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ごはんのはなし。





麗らかな日差しの差すリビングに、微かに黒鉛が紙を擦る音がする。
彼らエクストラ陣営の拠点である冬木大橋近くの深山町にあるアパートのリビングの真ん中に置かれた机で、マスターとアーチャーは向き合っていた。
開け放たれたベランダへと続く窓から心地の良い風が吹きカーテンを揺らし、マスターの髪をそよそよと撫でている。

「ではマスター、次だ。これは何と読む?」
「えっと、『ひとく』…かな」
「正解だ。君は本当に呑みこみが早いな、教えがいがある」
「本当? えへへ、やったっ」

漢字ドリルと睨めっこをするマスターの頭をアーチャーがぐりぐりと撫でると、彼もくすぐったそうに微笑んで首をすくめた。
現在、マスターはアーチャーと共に勉強にいそしんでいる。
数日前初めて訪れた図書館で無事目当ての本を借りる事が出来たマスターだったが、肝心の本の内容が読めなかった。
アーチャーやエクストラに読み聞かせてもらう、という事も出来たが、それでは意味がない。マスターは、自分で調べようと決めたのに、肝心の所を彼等に頼っては意味がない。
かといって、勉強するにもどこから始めれば見当もつかなかったマスターは、その日の夜に、アーチャー達に勉強を教えてほしいと頼んだ。
それを聞いたアーチャーとエクストラは、喜んでと笑顔で了承した。
アーチャーなど夕食後嬉々として漢字や算数ドリルを持ちだしてきたので、もしかしたら自分がそれを言うのを待っていたのかもしれない、とマスターは思った。

その後話し合った結果、エクストラが歴史を担当し、アーチャーは国語と算数を担当した。
そんなわけで、ここ数日午前中は基本的に勉強の時間となっていた。
漢字の書き取りをしつつアーチャーの出す読みの問題に答えて、もう3時間が経つ。
そろそろ昼食の時間だという事で、今日のマスターの勉強はこれで終了となった。

「ねえねえっ、アーチャー、僕どれくらい勉強が出来るようになったかな」
「うん? ……ふむ、そうだな」

うきうきと台所に行く前に食事用の椅子にかけておいたエプロンを着床しているアーチャーにマスターが尋ねると、アーチャーは顎に手を当て、少し考えるそぶりを見せると、おもむろに机の上に置いてある食材を指差した。

「例えば、君が予算5千円で買い物に行ったとしよう。そこで君は八百屋で1セット300円のトマトと、それぞれ1つ100円の梨を3個、キュウリ2本、玉ねぎ3個、ニンジンを3本買う。次にスーパーで1本千円の傘を3人分を買ったとしよう。さて、残ったお金はいくらかな」
「600円!」

はいはい! と先生の問題に答えるように手を高く上げて間髪入れずに答えたマスターに、アーチャーは小さく笑ってその頭を撫でる。

「少なくとも、その暗算と記憶力は大したものだ。私も教える身として鼻が高いよ」

掛け値なしの称賛を贈ると、マスターは殊更うれしそうに、へにゃりと幼い笑顔をアーチャーに向けた。
この数日で、マスターは算数なら小学5年、国語なら中学生の授業で出て来るようなレベルは完璧にマスターした。
元々脳が何も覚えていない状態だったのがかえって幸いしたのか、マスターはスポンジのように教えたもの全てをすいすいと吸い込んでいく。1日1学年の科目を習得するようなペースで貪欲に知識を吸収していくマスターを見るのは、アーチャーとしても誇らしい。

「さて、今日君は随分と頑張ったからな。ご褒美に、今日はおやつの時間にケーキ屋に行こう。好きなだけ頼んでいいぞ」
「えっ!? いっ…良いの、アーチャー。本当に?」
「ああ。ただし、きちんと食べきれる量で、だぞ」
「うん、うんっ……ぃやったあ!」

ばんさーい、と両手を上げてはしゃぐマスターに、アーチャーは目を細める。
初めてケーキを食べた時から、マスターは相当スウィーツ類がお気に召したらしい。ことあるごとにケーキケーキとはしゃぐのは、最早日常だ。
やはり中でも初めに食べたチョコレートケーキが1番らしく、最近は新都にある『Serial Phantasm』…通称SE.RA.PHのケーキがお気に入りだ。
食べれる量が好きないマスターにとってカロリーの高いものを好んでくれるのは、アーチャーとしても助かる事だ。今のマスターはあまりにも体重が軽い為、せめてもう少し増えてもらわねばならない。それに今の体脂肪率だと、雨に濡れただけで体温が維持できなくなる危険性が高い。

「………マスター、君は本当にケーキが好きだな」
「うん、大好きっ!」

思わず呟いたアーチャーに、マスターは輝かんばかりの笑顔を向ける。
確かに、マスターがケーキのようなカロリーの高いものを好むのは良い事だ。今は栄養管理もさることながら、体重を増やす事こそ最重要項目とも言えるのだし、単純に今までの彼を見るに、食に興味を示してくれた事は嬉しい。……………が、

「マスター、実は今冷蔵庫の中に、私が作ったカスタードプリンがあるんだが」
「えっ、アーチャーのプリン!?」
「今からあの湯浴み大好きな困った皇帝を浴槽から引っ張り出して来てくれるなら、さらに生クリームとフルーツを乗せてア・ラ・モードにする事もやぶさかではない」
「解った、すぐ呼んでくるね! わあいっ、アーチャーのプリンっ!」

すたたーっと転ばない程度の駆け足でリビングから出て行ったマスターの反応に満足して、アーチャーは人知れずふっと勝ち誇った笑みを浮かべる。
まあ、マスターがケーキに興味を持ったのは良い。が、かといって、彼が自分の作った料理よりもそちらに気を取られるのが良いのかと聞かれれば、それはまた別の話なのである。
るんるんと鼻歌でも聞こえそうな程に嬉しげだったマスターの様子に、アーチャーの方こそ鼻歌まじりに昼食の材料を手に取る。
今日の昼食は親子丼だ。この前出したかつ丼が好評だったので、マスターとエクストラには一頻りの丼ものの味を教えてやるつもりである。

いつの間にか、マスターとエクストラの胃袋をがっちりキャッチするのが、すっかりアーチャーの楽しみになりつつある。
仕方あるまい。彼こそが、エクストラ陣営の主夫なのだから。





小休止ー、という事で。今回はアーチャーとマスターの話をば、ということでした。
基本アーチャーはマスターに対する執着とかはあんまりないんですけど、でも彼が自分以外が作った物を美味しいとか喜んでいるとモヤッとする、というか。君のサーヴァントは自分なのだから自分の料理を一番好きでいて欲しい、という食に対する変な独占欲があったらいいな、と思いました。
エクストラに対しても、彼女が外で食べた料理を褒める度に「自分が作った方が美味い」とかちょっと拗ねながら心の中で思っているとなおかわいい。
士郎もセイバーが自分の料理を美味しいと言うのに幸福を感じているので、こいつらきっとそういう性質なんでしょう(笑)
あと個人的にケーキ屋『SE.RA.PH』を出したかったのです。
というわけで、今回はこれで。ありがとうございましたー。





2013.7.16 更新