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買い物に行くはなし4。





さて、忘れかけていた事だか、今日、彼等はアーチャーが見つけてきた新しい拠点へと移る事になっている。
アーチャーによるとそこはごく普通のアパートで、当然今現在そこにある荷物は一切ない。せいぜい、前に住んでいた者が残して言った旧式のブラウン管のテレビくらいだ。
そこで、生活に一番初めに必要となってくるものは何だ? と問い掛けたアーチャーに、マスターとエクストラは己の得意な問題が出たとばかりに、「ベッド!」と仲良く声を揃えて即答した。

「なんでさ」

普通、一番必要なものといったら「衣、食、住」の食。つまりキッチン用品だろう。
と、アーチャー(おかん)が思ったのは秘密である。


というわけで、一行は6階の寝具コーナーにやって来たわけだが、そこに着くなり、マスターとエクストラの2人は嬉々としてわーっと駆けだし、うきうきと寝具を選び始めた。といっても、マスターの場合はまだ完全に歩き慣れているわけではないので、気持ちだけ駆けだしてのゆっくりな歩きだったのだが。
寝具は、エクストラとマスターがベッドしか知らないからか、自然と2人はベッドのエリアに直行し、和気藹々と吟味し合っていた。

「やはり、このキングベッドとやらが一番だな」
「そうだね。前のベットよりも、こっちの方がずっと3人で寝易そう」
「…………いや、この面子で同禽するのは決定事項なのかね」
「「え?」」

当たり前のようにキング・クィーンサイズのベッドのコーナーに直行し選び始めたマスター達に思わずアーチャーが声を出すと、2人はむしろその問いの方がに不思議そうにアーチャーを振り向いた。

「だって、今までずっとそうだったし」
「貴様からしてみれば、ベッドを3つも購入せずに済んで経済的であろう」
「………そうではなくて、君達は嫌ではないのか?」
「何で?」
「何故だ?」

ほぼ同時のタイミングで答えられて、逆にアーチャーの方が鼻白む。

「…………もしかして、アーチャーは僕と一緒に寝るの、本当はずっと嫌だった? 嫌なのに、無理やり我慢して僕たちと眠ってたの?」
「い、いや、それは違うが」
「本当? よかったあー」

いかにも不安そうな顔で詰め寄われ、それでもって心細そうに瞳を潤ませたマスターに問われて、ノーなどと言える奴がわけがない。というか、いたらいっぺん面を拝ませろ。顔面を一発殴るから。
などと間抜けた事を思っているアーチャーを知ってか知らずか、マスター達は再度ならキングでも問題はないなと念を押してから、今度はエクストラとベッドのデザインの方に論点を移し出していた。

「この天蓋付きのが良い。美しく、それでいて華やかだ!」
「ええ、でも、これだとちょっと大きすぎないかな。こっちの木の枠のはどう? 頭預ける所に葉っぱの形が掘ってあってかっこいいよ」
「う、むー……。しかし、それでは少々は味気ないではないか。む、金の縁取りのものがあるではないか!」
「わあ、すごいきれいだねっ。じゃあ、そこの白いクッションと一緒にして……」
「おおっ! シロネコのクッションとな。うむ。なかなかに愛いっ!」

きゃっきゃと話し合う彼等は、見ている分には大変目の保養になる。
が、それでいてこの自由奔放な2人を諌める役目は、アーチャー1人しかいないのである。
全く難儀だと思いながら、アーチャーはしばらく2人の好きなように選ばせる事にした。



マスターとエクストラが相談して選んだベッドと冬用夏用の布団を購入し、指定した時間に取りに来るまで置いておくように頼んでから、マスター達は次なるエリアへと向かった。
残る買い物はキッチン用品と、こまごまとした日用品のみとなった。この分だと思った以上に早く終わりそうだとアーチャーが機嫌を良くし、エクストラもこういった事を経験した事がないからか楽しそうにぶんぶんと買い物袋をゆらして共に歩いてした。
そんな時に、それは起こった。


アーチャーとエクストラがキッチンコーナーがある階へ向かっていると、すぐ後ろで、とさ、と小さく何かが落ちる音がした。
それに不思議に重い2人が振り向き掛けると、先程まで隣にいた筈のマスターがいない。
慌てて彼等が振り向くと、そこには、地面に力なく崩れ落ち、くったりと床に手をついているマスターの姿があった。

「マスター!?」
「奏者!? どうしたというのだ!」

直ぐに手に持った荷物を頬り出さん勢いでマスターの元に膝をつくアーチャー達に、マスターは弱り切った顔を上げて、微かに口角を上げて見せた。
それが笑おうとしているというのはかろうじて理解は出来たが、だからこそ、マスターの体力がかなり消耗しているという事は一目瞭然だった。

「そっ、奏者よ、何があった。ま、まさか敵襲か!?」
「流石にそれはないだろう、落ち着かないか」
「………だ、大丈夫、だよ、エクストラ。ちょっと、疲れちゃっただけで」

困ったように笑うマスターの言葉に、アーチャーは無言で袖をまくり、先程3人色違いのお揃いで買った腕時計で時間を確かめる。
小さなガラスの中に収まっている短針は、出る時には9を指していたが、今は12を大きく過ぎてしまっている。

「約3時間以上か……。すまなかったマスター。まだ体力も少なく歩き慣れていない君を気遣えなかった、私達の落ち度だ」
「ん……んーん。へいき、だよ。アーチャー」

ふぅふぅとか細く息をつきながらへにゃりと顔を緩ませて笑って見せるマスターに、アーチャーとエクストラは顔を見合わせる。
明らかにやせ我慢しているが、そうと言っても、マスターは変に頑固な所があるのか、かたくなに平気だと言ってきかなかった。

「だから、まだあるけ……」

そう言ってぐぐ、と体を持ち上げかけたマスターの頭を、エクストラがチョップで鎮めた。
驚いたのと痛みで涙目になって顔を上げたマスターに、エクストラは怒っている、とばかりにマスターの視線に合わせたまま眉をしかめて腰に手を上げて。

「辛いというのに我慢する者があるか、たわけめ。奏者は、我らがそれしきの事で疲れると思っておるのか? 甘く見るでないぞ。そなた1人の重みくらい、我らは何時だって抱えられるのだ。遠慮無く乗りその身体を預け、堂々と我らに甘えるがよい!」
「エクストラ………」

むん、と胸を張るエクストラに、マスターは眩しそうに目を細める。
強い。この少女は、本当に強い。こんな自分に呆れもせずに、当たり前に手を伸ばしてくれる。
遠慮無く甘えて良い。彼女にしてみれば何気ない一言であったけれど、強い慈愛と親愛を感じさせるその言葉は、マスターの胸を、優しく温かくくすぐった。

「うんと……じゃあ、お願いして良い?」

おずおずと己のサーヴァント達に手を伸ばしたマスターを見て、彼等はにっこりと笑って、お安い御用だと、力強く頷いた。

「で、結局背負うのは私なんだな」
「奏者が流石に余に背負われるのはちょっと、と言うのだから仕方がないであろう」
「ご、ごめんねアーチャー。やっぱり重い?」
「まさか。寧ろ軽過ぎて驚愕している。君はこれからはもっとカロリーを多く摂取するように」
「きょうが………せっしゅ?」
「驚くという事と、簡単に言えばもっとモノを食べろという事だ」
「ふうん?」

てくてくと歩きながら、赤い少女と、赤いジャケットを着たくせ毛の青年とそれを背負った赤いレザージャケットの白髪の男が、見掛けに反してとちんかんな会話をしながら進んでいく。
相変わらず通行人に二度見されまくる彼らだったが、マスターはそんな事は気にせずに、見た目通りやっぱり頼もしく逞しいアーチャーの背中に、甘えるようにくったりと身を寄せて、その肩に額をすりつけていた。











飲食店が多くあるエリアに移動したエクストラ陣営は、エクストラの要望でこじゃれたカフェで昼食を摂る事になった。
幸い、3人という少人数のお陰で昼食時でもすんなりと席に案内してもらう事が出来果が、やはりその場にいた人間には妙な顔をされてしまった。
それなりに背丈のある男がそれよりもガタイの良い男に背負われているというちょっとした異様な光景に席に案内しにきたウェイトレスもかなり怪訝そうな顔をしていたが、アーチャーが苦笑して「連れは身体が弱く、貧血気味なんだ」と説明すると、すぐにすまなそうな顔をして3人を窓際の席へと案内した。
そこでマスターを下ろし、ようやく腰を押し付けたところで、何か口に入れようという事で、アーチャーがメニューを開き、それをマスターに差し出した。

「う……ごはん、食べなきゃだめ?」
「ダメだ。先程も言っただろう。君はただでさえ痩せすぎているんだ。もっと栄養を摂らなくては、栄養失調で死んだっておかしくはないんだぞ」
「んー………」

さあ、と促すアーチャーに、マスターは珍しく口を尖らせて、ぐずるように首を振って目を伏せた。
マスターは、初めの夜から今まで、まだきちんとした食事を摂れていない。少しでも固形物を口にすればたちまち吐いてしまうのだから、仕方ないと言えばそうなのだが、それではいつまでたっても一人前の体格にはなれない。未だ骨と皮が大半を占めているマスターの身体は、些細な怪我や病気で弱り切ってしまう程に免疫力がないのだ。

「無理に沢山のものを食べろとは言わない。ただ、せめてスープだけでも飲んでくれ」
「うう……」
「辛くなれば食べるのを止めても構わぬ。けれど今はものを口に入れるという事が大切なのだ、奏者よ」

心底心配そうな顔のサーヴァント達に代わるがわると説得され、それが掛け値なしに本気で自身の身を案じているからだと知ってしまっているマスターは、しばらく不服そうにメニューの字面を睨みつけていたが、ややあって渋々とだが頷いた。

マスターの頭の中で、今や食事=吐く=気持ち悪くなる行為という方程式が出来上がってしまっている。初めと違い、今では食べるという事自体好きにはなれないのだろう。
だからこそ、これからの生活で、アーチャーは腕によりをかけてマスターの食事をこしらえようと決めている。
これでも、自分の料理の腕はそれなりのものだと自負しているのだ。初めは胃の為に軽めの、しかしとびきり質の良いものを。そうして自分の料理で、マスターが少しでも食べる事を好きになってくれればいいと、アーチャーは思っている。
マスターがメニューの中からコーンスープだけでもチョイスしたのを見届けて、アーチャーが注文を待ち構えていたウェイターに声をかけた。
そして自分も頑張って食べるのだからアーチャー達も食べないと絶対に食べない、と条件として告げてきたマスターの言葉通り、アーチャーはボンゴレパスタを、エクストラはハンバーグとオムレツのランチプレートを注文した。
次いでデザートは如何なさいますか、と事務的に訊いてきたウェイターに、マスターが首を傾げた。

「でざーと?」
「主に食事の後に食べる甘い食べ物の事だ。この中から選ぶのだが、……何か、食べたいものはあるかね、マスター」

期待はしないものの、一応メニューの最後の方のページを開き、カラフルなケーキやプリンの写真が載っているページをマスターに見せると、マスターはこてりと首を傾げてから、注文票を持ったウェイターに、おすすめは何かと尋ねた。

「そうですね。当店のおすすめはやわらかなスポンジのチョコレートケーキが人気となっています」
「じゃあ、それください」

微笑みながら答えるウェイターに従って、マスターは追加の注文をする。
珍しい事もあるものだと半ば瞠目しながらも、それならばとアーチャー達も各々デザートを注文する事になった。

料理が届くまで、あと何を買うべきなのかを話し合おう、という事になり、アーチャーが口を開き掛けたが、ふとそこで言葉を区切った。

「………と、その前に、先にこちらを済ませなくてはな」

そう言って、アーチャーはごそごそとレジ袋をあさり、先程薬局で買っていた包帯を取り出した。
くるくると長さを伸ばしていくアーチャーに、マスターは不思議そうに首を傾げる。

「アーチャー。それ、どうするの?」
「君の首に巻くんだ。マスターの首に出ている紋様、令呪は、いわばマスターの証だからな。いかに魔力を悟られぬよう工夫をしていても、これが見えていては一瞬にして君がマスターだという事が露見してしまう」
「ふうん」

マスターのタートルネックをずらして、アーチャーはするすると丁寧に包帯を巻いていく。
赤い令呪が見えなくなる濃さまで巻いたところで、鋏でぷつりと包帯を切って、テープで留めた。

「それに関して、君の服装の選択は優秀だった。首が隠れる服なら、この包帯もそう目立たない」
「えへへ……」

よくやった、と言うようにアーチャーがマスターの頭をなでると、マスターも気恥ずかしそうに頬を染めて笑顔を作る。
まるで年の近い親子のような2人に、エクストラはと言うと、面白くなさそうに、両手で頬杖をついて半目でアーチャーを睨みつけていた。

「むー。なんだかんだと言いつつ、アーチャーの方がよっぽど奏者に過保護ではないか」
「そんな事はない。私は必要な事をしているだけだ。ほら、料理が来たぞ」

まだ何か言いたげな顔をするエクストラを、アーチャーは見計らったように運ばれてきた料理の話題を振ってあしらう。
エクストラはそれにまた不機嫌そうな顔をしたものの、マスターのコーンポタージュも運ばれてくると、ようやっとそれを引っ込めてマスターにそれを手渡し、かいがいしくスプーンを握らせた。
そして、大人しくマスターが食べ始めるのを見届けてサーヴァント達も料理に手をつけ始めた。
もっとも、余程マスターが心配なせいか、2人はフォークを口に運びながらも、ちらちらとマスターの方に目を向けていたのだが。

して、当の本人はというと。スプーンですくったコーンスープを飲みながら、マスターは何を言うでもなく、時折小首を傾げながらもくもくとスープをすすっている。
美味いか、とアーチャーが訊くと、どうにもそうではないらしい。
ただ「変な味がする」と言ったわりに、今までのように食べる事嫌がるそぶりは見せず、こくこくとスープを飲んでは、やはり不思議そうに小首を傾げるマスターだった。
結局特に感想らしい感想も言わずスープを完食したマスターをアーチャー達は不安げに見守っていたが、今までのように吐きそうになる兆候は見られない。
一先ずそれには安心し、次いでデザートが運ばれてきた時には、あまりに心配なせいか、最早デザートに手をつけず、じっとマスターがケーキを口に運ぶのを見守っていた。完全なる不審者である。

しかし当然というかアーチャーとエクストラの視線に気付いていないマスターは、おぼつかない手つきでフォークをケーキに突き刺し、無言でそれを口へと放った。

「――――――」

その瞬間、目に見えてマスターの様子が変わった。
フォークを口に含んだまま乏しい表情の中に驚愕の色を滲ませ、ただでさえ大きめの瞳をまん丸く見開いている。
今だ無言のままだが、マスターは目を丸くしたままじっと今しがた自分が口にしたチョコレートケーキを凝視している。
その或る意味解り易過ぎるマスターに、エクストラがおずおずと声をかけた。

「奏者……もしや、美味いのか?」
「ええっと……」

期待を滲ませて訊くエクストラに、マスターは言葉に詰まるように眉を下げて、考え込むように小首を傾げた。

「あのね、えっと、何て言うか、口の中がふわふわってして、頬を押さえたくなるっていうか、ぎゅってなるっていうか」
「…………? つまり、頬が落ちそう、という事か?」

一生懸命言葉を探して伝えようとするマスターに、エクストラも根気強く言葉を噛み砕いで聞き返すと、そうかも、と何とも自信なさげな声で返って来た。

「奏者よ、これを、何度も食したいと思うか」
「うん。何だか、あと1個くらいは食べれる気がする」

まだ一口しか食べていないというのに妙に真面目な顔で頷くマスターに、エクストラはふっと嬉しげに目を細めた。

「うむ。つまり、それが“美味い”という事だ」
「うまい?」
「そうだ。まあおいしいとも、美味とも言うな」

微笑んで鸚鵡返しに返すマスターに答えるエクストラに、マスターもこくこくと頷く。
それを黙って見守っていたアーチャーは、ややあってわしわしとマスターの真っ黒いぼさ髪を撫でた。

「その感覚を忘れるなよ、マスター。まあ、忘れる暇もない程に、私が君に美味い物を飽くほど食べさせてやるが」
「ぇ……アーチャーが、つくるの?」

不思議そうな顔をして聞き返すマスターに、アーチャーは得意げな顔をしてしかと頷いた。

「こう見えて、料理の腕は確かなものだと自負している。新しい家に着いたら、君があのホテルでの重湯の味など忘れ去るほど美味いものを食わせてやる」
「うまいもの……」

アーチャーの言葉にふんふんと頷いたマスターが、ふとアーチャーの顔を見て、ほにゃっと酷く愛らしく笑った。

「じゃあ、夜になるの楽しみだねっ」

その瞬間、アーチャーとエクストラは咄嗟に顔を両手で抑えてマスターから顔を逸らした。

「「(………は、鼻血が出るかと思った)」」

日に日にマスター愛が大きくなりすぎて、徐々に頭がおかしくなってきているエクストラ陣営のサーヴァントであった。







そうして時間が過ぎて行き、所変わって、マスター達エクストラ陣営はアーチャーが見つけてきた深山町の冬木大橋近くのアパートに着いていた。
炊飯器、食器一式、フライパンなどの鍋類に加え、帰りに取り置いてもらっていたベッドや布団も回収した為かなりの大荷物になっていたが、特に大きな荷物も持っていないエクストラとマスターと違って大体の荷物を持っていたアーチャーは、それでもこれからマスターに料理を振る舞うという楽しみの為か、妙に生き生きとした顔をしていた。
辿り着いたアパート自体はそこまで新しくはないものの、内装はそれなりに広く、綺麗な状態に保たれていた。

「1LDKではあるが、一部屋一部屋はそれなりの広さだぞ」

そう言ったアーチャーの言う通り、それぞれの部屋は3人が過ごしても窮屈さを感じさせない程度には広い。
エクストラは初め狭い狭いと苦言を呈していたが、マスターが嬉しそうに目を輝かせているのを見て、ぐっと不満を呑みこんだらしい。
それに、エクストラ曰く狭い方が奏者とくっついていられるな! らしい。

そしてリビングと繋がっているキッチンに買ってきた材料をどさどさと置いていき、アーチャーはエクストラがセレクトしたピンクのエプロンをかぶり、意気揚々と材料を手にした。




「さあ、遠慮なく食べたまえ」

1時間ほどしてアーチャーが作ってきたのは、和風出汁の利いた鳥雑炊だ。
勿論具材はそれだけでなく、水菜や人参など野菜もふんだんに使われ、どれも柔らかく煮込まれている。椎茸などのきのこ類も豊富だ。
栄養面もしっかりと考えられており、見るからに食欲をそそられるような香りに、エクストラも満足そうに目を細めた。

「なんと良い香りか。初め見た時は何だこのゲテモノはと思ったものだが、こうして見るとなかなかどうして腹が減る」
「…………サーヴァントには、そもそも魔力さえ足りていれば空腹の概念はないのだがな」
「それはそれ、これはこれだ!」
「はあ……」

意気揚々と返すエクストラに、アーチャーはやれやれという風にため息をついて額を押さえる。
そして当のマスターというと、今までの重湯とは全く違い色どりが豊かな雑炊を興味深そうにじっと見つめている。
アーチャーが土鍋の中から陶器の器によそい差し出したのを礼を言って受け取り、コップに緑茶を注いだところで、アーチャーがでは、と言ったのに合わせて、3人はほぼ同時に手を合わせた。

「「「いただきます」」」

言って、スプーンで雑炊を掬って一口口に入れる。
瞬間ふわりと香る出汁の風味と、やわらかな米と具材の触感に、マスターは思わずという風に目を細める。

「………おい、しい」

言い慣れない単語を、たどたどしくも精一杯に口にするマスターにアーチャーとエクストラは一瞬顔を見合わせて、嬉しげに破顔した。

「ああ。たんと食べるといい、マスター」
「おかわりもまだまだあるからな!」
「作ったのは私なのだが」
「む、早速だが余はおかわりだ」
「早いな!」
「ふふふっ」

いつも通りと言えばいつも通りな会話を繰り広げるアーチャーとエクストラに、マスターは楽しそうに笑い声をもらす。

楽しい。彼ら2人といるのが、素直に楽しいと思う。
共にいるだけで嬉しくなって、もっともっととくっついていたくなる。
この感情を、きっと“好き”というのだろう。
マスターは相変わらずな口論を続けているアーチャー達をにこにこと見つめながら、さて自分はいつこの会話に混ざろうかと、内心うきうきとしながら考えていた。






やあっと買い物編終わりましたよー。長かったですが、これからは基本的に一話一日になると思います。
あんまり長くやりすぎても、いつまでたっても聖杯戦争できないので。





2013.5.15 更新