うきうきと、服をかき分け手に取ってみたり目の前に広げてみたりとせわしなく動いているエクストラを、そのマスターとアーチャーは店の端によって、壁に寄り掛かってそれを眺めていた。 今更ながら、彼等がいるこの店には2人を除いて男性が1人もいない。 店員すらも女性のみで、白や黄色のパステルカラーが基調とされた可愛らしい店に男2人というのは、少しいばかり居心地が悪かった。 「エクストラ、長いねー」 「恐らくまだまだ時間がかかるぞ。女性の買い物は、皆一様にして長いものだ。どこか他の場所で待っているかね?」 ぼうっと宙を見ているようなマスターにアーチャーが顔を覗き込むようにして尋ねると、彼は小さく笑って首を横に振った。 「ううん、ここにいるよ。エクストラが服を選ぶまで待ってる」 「そうか」 アーチャーが頷くと、マスターはうんと言って、やわらかく目を細めた。 「エクストラ、楽しそう。女の子はこういうのが好きなんだね」 「まあ、一般にはそうだな」 「ふうん。…………ふふ、変なの」 「?」 急にそんな事を言い出したマスターを怪訝そうに見てアーチャーが片眉を上げるが、マスターはエクストラだけを視界に映し、ゆるりと小首を傾げ、より一層優しい眼をした。 「何でだろうね。僕があそこにいるわけでもないのに、エクストラが楽しそうだと、僕も楽しいし、嬉しい」 今まで聞いてきた中て、何よりも優しく温かい声であったそれに、アーチャーは僅かに驚き目を見開いたが、ややあって優しく目を細め、マスターの髪を優しく撫でた。 「…………………俺、も。マスターが嬉しいのなら、同じくらい嬉しいよ」 「本当? じゃあ、そんなに変な事じゃないのかな」 「ああ。それなりに大事に思う者になら、そう珍しい事ではない」 「…………そっか」 少しだけ不安そうにアーチャーを見上げて問うマスターにアーチャーが微かに笑って頷くと、マスターはふにゃりと頬を緩ませて、甘く微笑んだ。 「えへへ、うれしいなあ」 「………しかし、ただこうして待っているだけというのも暇だな」 「じゃあ、歌でも歌ってる?」 「…………何故そうなる」 マスターの率直な好意に赤くなった顔を誤魔化すようにごほんと咳払いをしたアーチャーが話題にを変えると、思いの外マスターが食いつき、アーチャーが迷惑になるから止めろという前に、するりとマスターが音を奏でた。 歌う、と言ったわりに彼から聞こえてきたのは鼻歌で、1m先では店内のBGMに掻き消えてしまうほどに小さい。 正しくアーチャーにしか聞こえないその小さな歌は、不思議とアーチャーの耳に馴染んだ。 曲調はひたすらゆっくりで、まるで子守唄のようにアーチャーの鼓膜をふるわせる。 アーチャーが聞いた事もないような、恐らく本人に訊いたとしても知らないと答えるであろうそれに、アーチャーは腕を組み壁に寄り掛かった体勢のまま、ゆっくりと目を閉じた。 ♪ 「奏者よ、選んだぞ! 見るがよい!」 はつらつと弾んだ声のエクストラの大きな声に、アーチャーは自分のぬるま湯にたゆ立っていたような意識がゆっくりと浮上していくのを感じた。 目を開けると、何やら手に赤い服を持ったエクストラが、しきりにマスターにいかにその服が素晴らしいかを語っている。 しかしその服というのは、袖、背中、襟ぐりがとにかく大きく開いていて、いくら季節が初夏だと言っても、見ているだけで寒そうだ。 恐らくアーチャーと同じ事を思っているのだろうマスターは、嬉々として話しているエクストラに何と言って良いのか解らないようで、苦笑しながらうんうんと頷いている。 そこで、その困り切った眼がちらりとアーチャーを窺い、ぱちりと目があったのを驚いたように、マスターは少しだけきょとんとした顔をした。 その眼がいかにも「起きたの?」と言っているようで、アーチャーは僅かに顔が熱を持ったのを感じた。 「あっ、アーチャーはエクストラの服どう思う?」 「どう、とは………寒そうだと思うが」 「やっぱりアーチャーもそう思うよね。ほら、だからさ、この服はとっても良いと思うけど、今回はもうちょっとだけあったかそうなのにしようよ、ね?」 「むぅぅ〜〜〜っ」 エクストラの両手を握って言い聞かせるマスターに、てっきり自身のセンスに目を輝かせるとばかり思っていた彼女は、ぷぅっと頬を膨らませてむくれる。 「………これが良いのだ」 「んー、でも他にもいろんなのがあるよ?」 「折角寒さをあまり感じぬ体なのだ。存分に好きなように来ても良いではないか……」 しゅん、と悲しそうなエクストラと連動するように、彼女のアホ毛もへたりと垂れる。 それに罪悪感を刺激されたらしいマスターも同じように悲しそうな顔をして、慌てたように周囲を見回し、あっと声を上げて洋服が連なる棚に手を伸ばした。 「えっと、こ、これ! はっ、どうだろう!!」 「……………む?」 わたわたとハンガーに掛けられた服を突き出すマスターに、エクストラは眉を下げ涙目になったまま不思議そうに小首を傾げる。 差し出されたのは、襟ぐりの大きく開いた白いトップス。背中の部分が紐で緩く縫い付けられたデザインではあるが先程よりも露出が控えられたそれに、更にマスターがわたわたと辺りを見回し、黒のレースがあしらわれ首裏に紐を結ぶ形の袖なしのインナーを手に取り、それもエクストラに突き出す。 よく意味が解らずなおも不思議そうに小首を傾げるエクストラに、マスターは困った顔をし、気恥ずかしそうに頬を染めて俯きがちに上目で彼女を見上げた。 「えっと、エクストラの選んだ服がだめ、ってわけじゃなくって。こういう服を着ると、周りの男の人がじろじろ見るでしょ? なんか、それはやだなーって」 「そ…奏者……」 「………………マスター。1つ聞くが、その知識はどこからつけた?」 「てれび!」 「そうか………」 かあっと乙女らしく顔を真っ赤にほてらせて両手で頬をおおって身悶えるエクストラを見て半目でマスターに尋ねるアーチャーに、マスターは妙に満足そうなどや顔で即答した。 「(いや、それはそれで別にいいんだが……。マスター、もしかしなくとも妙な携帯小説のドラマに影響されたな)」 はあ、と溜息をついて項垂れるアーチャーを余所に、マスターとエクストラは何やら2人きりの世界を作って青春している。 何だか段々放って帰りたくなってきたアーチャーだったが、残念な事にホテルは今日の朝にチェックアウトしてしまったし、そのまま一人で帰ってしまったらあの2人は確実に迷う。路頭に。何故ならこの陣営の財布はアーチャーが握っているからだ。 はああぁぁぁぁぁ……と殊更に長い溜息を思いっきりついて、デニム地のミニスカートと飾りの大判のベルトを勧めているマスターとそれにお前は誰だと言いたくなるレベルで恥じらっているエクストラとのコントじみたやり取りに終止符を落とすことにした。 「ほら、君はさっさと試着していきたまえ。サイズがあったら買い取ってすぐに移動するぞ。このままでは午前中にマスターの服を買えなくなる」 「うっ…ううむ、そうであったな。しばし待て、着て来るっ」 「そうしてくれ」 結局マスターがあてがったミニスカートとトップス達を手に持っていそいそと試着室に向かうエクストラを、マスターはにこにこと見送っている。 どうしてこう、我がマスターは天然なのか。あれか、これが天然タラシという奴か。 胃痛がしてきたアーチャーを余所にうきうきとエクストラが出てくるマスターに、段々つっこむのがつかれてきたアーチャーである。というか、今彼女は店員に断りもなく試着室に入らなかっただろうか。 そうして数分後やたらともじもじしながらマスターのコーディネートを着用して出てきたエクストラに、マスターはそれはもう嬉しそうにとびきりの笑顔で可愛い等と褒めちぎったのだった。 おまけ ← |