小説 のコピー | ナノ

買い物に行くはなし。





とある冬木の新都にあるデパート内。
数多の客でにぎわいを見せるその中に混じって、少しばかり風変わりにな集団がいた。

「奏者っ! 早く行こう、ここはきっと楽しいぞ!」

明るく周囲に声を響かせるのは、美しい絹のような金髪を高い位置で団子にし、結んだ真紅のリボンをなびかせる可憐な少女だ。麗しい笑顔は見るものを誰しも振り向かせる程愛らしいものだが、しかし纏っているのはだぼっとした濃い灰色の男もののトレーナーとスウェットである。

「待って、エクストラ」
「少しは落ち着け。マスターはあまり早く歩けないのだから」

そんな二重の意味で人の目を集める少女に、2人の男性が声を掛けた。
片や、少しぼさぼさとしたくせっ毛のっ黒髪と黒目に、少女と同じだぼっとしたトレーナーとスウェットを着用し、首に包帯を巻いた年齢を目測しにくい顔立ちの青年。
片や、黒いぴったりとしたインナーを着、鍛え上げられた肉体を惜しげもなく晒している、褐色の肌に真っ白い髪を逆立てさせた灰褐色の瞳の偉丈夫。
3人合わせて、エクストラ陣営の完成である。

「う、す……すまぬ、奏者よ。つい気持ちが高ぶってしまった」
「ううん、いいんだよ。ここ何日かで、君がこんなに楽しそうにしてるの初めてみたし。エクストラが嬉しいと、僕も嬉しいから」

たたたっとすぐにはっとしてマスターの元に戻るエクストラに、マスターは淡く笑って首を振る。
そうして何気なくさらりと彼が口にした言葉に、エクストラは僅かに頬を染め、照れを隠すように笑ってマスターの手を取った。

「ん……うむ。奏者が言うのならそうしよう。っでは、早く行くのだ奏者よ!」
「はいはい」

ぎゅーっと一度手を強く握ってからまた駆けだしたエクストラを、マスターは楽しげにくすくすと笑って、彼女を追うようにアーチャーと共にゆったりと歩き始めた。

マスターたる彼が2人のサーヴァントに救い出されてから、数週間がたった。
その間、マスターは歩行の練習を重ね、今では持久力はないものの人並みより少し遅い程度の速度で歩けるまでになっていた。
そして、今まではマスターとエクストラは主にホテルで待機し、アーチャーが服などの生活に必要なものを調達しに出ていたのだが、流石にいつまでもホテルにいる訳にもいかないという事で、少し前にアーチャーが見つけたという新しい住居に移るため、家具や日用品、そして各々のきちんとした服を見繕うために、一行はデパートへと繰り出して行く事になった。
しかし、その1番の理由と言うのは、マスターの食生活にあった。
初めの夜に食べたもののほとんどを吐き出してしまったマスターに、サーヴァント達はまだ胃が上手く機能していないからそうなるのは仕方ない、しかし完全に機能していない訳ではないのだから、これから時間をかけて治していけばいいのだと、初めは僅かに楽観視していたのだ。
しかし、その後の食事でもマスターは口にした食事のほとんどを吐き出してしまい、それからも碌に栄養が摂れていな状態であった。
今ではマスターは食事=気持ち悪くなるものと認識してしまって、あまりものを食べたがらなくなったし、むしろ微かにだが嫌がるようになってしまった。
今では野菜ジュースと半人前のスープというお粗末極まりない食事スタイルになっている始末だ。
元々ルームサービスの食事は美味しくも不味くもないという中途半端な代物で、それも理由の1つになっているらしく、アーチャーが私が作ればもう少し……などとぶつぶつ呟いていたが、流石にビジネスホテルには簡易であろうとキッチンは備わっていないのである。
そんな訳で新都に繰り出した彼らであるが、今まで散歩のために周囲を出歩いた事はあるものの、これほどまでに人の多い場所に来た事になかったマスターは、内心浮足立っていた。

「ふふふ。楽しいね、アーチャー」
「………そうかね? あまり無理はするなよマスター。人ごみに酔った時はすぐに知らせるんだぞ。此処には一応だが、人が少ない場所もあるのだから」
「だーいじょうぶだよー。心配性だねえ、アーチャーは」

僅かに顔をしかめて案ずるアーチャーに、マスターはほんわりと笑って首を振る。

「そうは言っても、万が一というものがあってだな―――」
「何をしている! 遅いぞ!!」

のんびりと歩いていた2人を急かすように、もうブティック店を吟味していたエクストラが声を張り上げる。
それに従いマスターたちが前を向くと、振り返って大きく手を振るエクストラの姿があった。

「奏者、早くー!」

無邪気な笑顔で手を振るエクストラに手を振り返そうとして、マスターはふと、彼女の姿と、何かが重なって見えた。

「(……………え?)」

刹那、周りの情景が切り替わる。それは目の前の景色が変わったというより、脳が突発的に思い起こした過去の風景に視界がジャックされたという方が近い感覚だ。
その情景の中で、エクストラの姿と重なったであろう少年が、大きくこちらに手を振っている。
エクストラよりも大分幼く、まだ6・7歳程の、あどけない少年・
横はねした黒髪に、くりりとした黒い瞳。

「(あれは―――僕?)」

まさしく、それはますたーである彼をそのまま小さくして、少し襟足の髪の短く切ったような容姿をしていた。
ふと、少年が大きく手を振って、誰かに大声で呼びかける。

「おーい、■■■さん、早く!」

何故だろう、その少年が呼びかける誰かの名前だけが、ノイズとなって上手く聞き取れない。

「早くってば、先行っちゃうぞ。なあ、■■■さんってば!」

誰かに呼び掛ける自分の顔は酷く嬉しそうで、その人物に余程懐いていて、慕っているのだと解る。

「はーやーく。■■■さん、ほら!」

笑顔で手を振って呼ぶ自分に“マスター”は笑いかけ、ゆっくりと、“彼”へと向けて手を伸ばし――――

「「マスター?」」

同時に掛けられた男女の声に、マスターははっとして瞬いた。
気がつけば周りは元のデパート内に戻っていて、目の前には心配そうな顔をしたエクストラとアーチャーがいる。
耳に遠ざかっていた喧騒が帰ってくる。
そして不自然に伸ばされた手をみて、マスターは思い出したように呼吸を再開した。

「っ、ぁ……………」

は、と小さく息を吐き出したマスターの顔をエクストラは不安そうに覗きこんで、そっと自身の額と彼の額とをくっつけた。

「大事ないか? 奏者よ。熱はないようだが、もし気分が悪くなっているのなら………………」
「ぁ…………ぃ、ゃ、ううん。へいき……」

身体の一部を触れ合わせているため至近距離で自分を見つめるエクストラに、マスターは頭が回らないままかろうじて返事をし、ぎこちなく笑って見せる。

「ちょっと、ぼうっとしちゃって。もう平気だから。行こう、2人共。ね」

そうして半ば無理矢理話題を切り替え、頭上のアーチャーにも告げ、今度はマスターが片手ずつに己のサーヴァントの手を握り、先導するように歩きだした。
サーヴァント2人はいささか納得がいかず訝しげに顔を見合わせたが、しかしこれ以上追及しても、マスターは恐らく話さないだろうと諦め、大人しく彼に手を引かれるままについていく事にした。








やっと日にちが動いたー……!
私は一体何話かけて1日を終わらせればいいんでしょうか。もっと簡潔に文章をまとめるスキルが欲しい。どうしても長くなっちゃうんですよねーorz
そしてマスターの過去がちょこっと出ました。まだ読んでる方は何が何だかでしょうが、まあ、それは後々のお楽しみという事で。
買い物編はあと何話か続きます。ていうかこれ何話で解決するんだろう………。見切り発車でスイマセン!!
それでは、ここまで見て下さって、ありがとうございました!





2012.12.13 更新