小説 のコピー | ナノ

一緒にねるはなし。





電気の消されたこじんまりとしたビジネスホテルのルームに、かすかな着ずれの音と共に、くすくすと楽しげな笑い声が響いていた。

「…………本当に、このまま寝るのか?」
「うん。あ、僕が寝た後でて行くのとかはナシだよ。もししたら令呪使っちゃうからね」
「つい数十分前に言っていたのは何だったんだね」
「なら貴様が大人しく布団に入っていれば良いだけの話だ。ふふふ、それにしても温かいな。やはり人の温もりというものはいい」
「そうだね。あったかーい」

嬉しそうに声を弾ませる青年と少女に対し、男の声色は心なしかげんなりしているように聞こえる。
そして、3人から聞こえる声は、限りなく近距離である。
つまり、彼らマスターとそのサーヴァントは、現在1つのベッド(シングル)に3人で入り就寝しようとしている真っ最中だ。
何故そのような状況になっているのかというと、事態は数分前に遡る。







「では、もう遅い事だし、マスターはそろそろ寝るといい」

備え付けのデジタル時計を見てそう言ったアーチャーに、マスターは返事を掛けて、はてと首を傾げた。
あの後、重湯を全て食べ終えたマスターは、少ししてから、それを全て吐いてしまった。
初めそれを見たアーチャーとエクストラは、2人して自身のキャラが崩壊する程おろおろとうろたえ慌てふためいたものだが、考えてみれば味覚が衰える程ろくに長い年月食べ物を口にしていないのだから、当然、胃もろくに機能している筈もなく。
見事に消化機能が低下しつくしていたマスターに、彼らサーヴァント2人は、これは長期戦になりそうだと改めて決意を固めた。
もう何と言うか、父性どころか母性本能が目覚め過ぎてえらい事になっているエクストラ陣営であった。

「僕は、って、アーチャー達は寝ないの?」
「何度言ったら解る。私達はサーヴァントだ。本来食事も睡眠もとる必要はない。外の見張りもしなければならないしな」
「なっ、余は寝るぞ! 王たる余が、何故見張りなどという兵士のまねごとをしなければならぬ!」

憮然として言ったアーチャーに、しかしエクストラはむっとした顔でマスターに抱きついた。
その様子に、アーチャーも眉間にしわを寄せる。

「馬鹿を言え、マスターの安全確保が何よりも最優先だ。未だサーヴァントは私たち以外召喚されてないとはいえ、ただの一般人相手でもマスターは十分殺される脆弱さだぞ。警戒を怠るわけにはいかない」
「ぜいじゃく………?」
「気にしなくていい」

こてん、と小さく小首を傾げるマスターに、アーチャーは米神をもみながら固い声でそう言った。

「いいから、行くぞエクストラ。寝込みを襲われる事態になったら目も当てられん」
「いーやぁーだぁー! そもそも、布団に入っても寝なければいい話ではないか! それかそんなに行きたいのなら1人で行けっ」
「事前に見張っておいた方が、事態に対処しやすいだろう。それに、君とマスターを2人きりにしておいたら、君が何をしでかすか解ったものじゃないからな」

むんず、とエクストラの首根っこを掴むアーチャーに、エクストラはじたじたと暴れながら振り切ろうとする。
確かに両刀なエクストラならマスターをぱっくりいってしまいそうなものではあるが、ぶっちゃけどっちもどっちである。
そのまま平行線が続くかと思われだが、醜い争いは存外早く終止符が打たれた。

「ええい、駄目と言ったら駄目だ! そもそも男女が同衾するな、ど……………?」

声を荒げかけたアーチャーだったが、くん、と不意に軽く引かれた外套に、アーチャーが不思議に思って振り返ると、そこには、心なしかうるんだ瞳で彼をじっと見つめるマスターの姿があった。
何も言わず、ただその星をちりばめた夜空のような無垢に過ぎる瞳をそらさず向けるマスターに、アーチャーはつい僅かにたじろいだ。

「………………な、何だね、マスター?」
「………アーチャー、僕と一緒に寝るのは、いや?」
「ぁ……いや、マスター。そういうわけではなくてだな………」

赤ん坊と大差がないくらいに無垢なその問いに、アーチャーは深く追及されたらどうしようと内心冷や汗をかきながら返答する。
しかし、それを聞いたマスターは、何故がほっとしたように、ぱあっと顔を綻ばせた。

正直言って非常に可愛くて大変結構なのだが、アーチャーはその表情にも葉や嫌な予感しかしないでいた。

「じゃあ、アーチャーも一緒に寝ちゃえば、だいじょうぶだよね?」
「……………………」

はい、いただきました爆弾突飛発言。
さらっと告げられたその一言に、アーチャーはひくりと頬を引きつらせ、つとめて穏やかな声色で問い返す。

「……何故、その結論に至ったのか、全く理解不能なのだが。一応聞いておこうか、マスター」

そう、辛うじて言った弓兵に対しての主君の回答は、ごく簡潔かつシンプルなものであった。

「へ? だって、アーチャーはエクストラと僕が2人きりになるのに反対で、エクストラはアーチャーと一緒に見張りに行くのに反対なんでしょ?」
「…………微妙に納得しがたい言い方だが、まあそうだな」
「なら、アーチャーも一緒に寝ちゃえば、何にも問題ないんだよね。ね?」

ふふ、と小さく小首を傾げて笑うマスターに、アーチャーは痛まない筈の胃が切り切りと悲鳴を上げているような気がした。

「いや、ね、ではなくてだな。………待て、一緒に、とは、エクストラも含め3人で1つのベッドに入る、という事か?」
「うん」

こっくりと。
さも当たり前ですと言わんばかりにあっさり頷かれて、アーチャーは段々泣きたくなってきた。
深刻なツッコミ不足。モラルを頭の螺子がぱっぱらぱーだった魔術師集団にぶち壊されているマスターはともかく、エクストラがそもそもの原因てどういう事だ。捌ききれないぞ、オイ。

「……………それに、」
「うん?」

ふとそこで言いよどんだマスターにアーチャーが首を傾げると、マスターはアーチャーの外套を握りしめたまま言い難そうに視線をさ迷わせて、やがておずおずと顔を上げ、眉を下げて上目使いにアーチャーとエクストラを見上げた。
今にも肉食獣に食べられそうな小動物のような瞳が、どうしようもなく庇護欲をくすぐる。

「僕………ずっと1人だったし、未だにあんまり現実味? がなくって、だから……」
「だから?」

思わずといった風に問い返したアーチャーに、マスターはまた言い辛そうに眉を下げて俯き、ぽそりと囁くように呟いた。

「…………ひとり、こわいし、さびしくて。……僕は、できるだけ2人と一緒にいてほしいし、そしたら、うれしいから。……………やっぱり、だめ……か、な………」

希薄な表情の中に、ほんの少しだけ不安そうな色をにじませるマスターに、アーチャーは思わず息をのんだ。
その時のマスターの表情を、恐らく彼らサーヴァント達は一生忘れる事はないだろう。
まるで雨の中に捨てられた濡れそぼった仔犬のような、言い様もない儚さと愛くるしさに、2人は完全にノックアウトさせられた。

嗚呼、今ならば、雨の日にダンボールに入れられて捨てられていた子犬を拾った不良の気持ちが理解できる。だってこれ放っておけないもん。絶対見捨てたら2・3時間後には死んでるもん。俺が護ってやらなくてどうするよ。
後にアーチャーは、とある青い槍兵に酒の席でそうこぼしたのだが、それはまた別の話である。ちなみに、それに対する彼の返答は「マス充爆発しろ」だった。

というかそもそも、リアルに人肌というものに恵まれていなかった彼にそんな事を言われて、根がお人好しのアーチャーが断れる筈もなく。

だがしかし、それでも今後のマスターの事を考えると、道徳や倫理的な問題が承諾に歯止めをかける。
アーチャーは何とかして反論しようと口を開き、思い浮かばず口を閉じ、米神をおさえてうんうんと唸るような声を上げ、ついに折れてがっくりと肩を落とした。

「………………もう、好きにしたまえ」
「「やったー!」」

ぼそ、とかすれ切った声でそう言ったアーチャーに、そのマスターとエクストラは待ってましたとばかりに声を上げて、2人でハイタッチをかましたのだった。

結局、こうしてアーチャーが折れ、3人で1つのベッドでぎゅうぎゅうのおしくらまんじゅうをする事となった。


しかし、元々シングルのベッドに2人でもきついというのに、それが3人となっては、当然、きつさはさらに増すわけで。

「…………きついな」
「きついな」
「でも、あったかいよ」

率直な感想を述べるサーヴァント達とは違って、マスターは依然にこにこしながらそんな事を言っている。
楽しそうなマスターは、まるで遠足前の子供のそれだ。いや、彼にとっては、今まさにその遠足の気分に該当しているのだろうが。

「ふふふ。はあーっ落ちつくなあ」
「…………そう何度も言う程のものではないだろう」

しきりに温かいと連呼するマスターにアーチャーが呆れ顔でそう言うと、それに対して、マスターは意外にも真面目な顔をして否定した。

「言う程だよ。こんなにあったかくってやわらかい所で寝るなんて、ずっとなかったもの」
「……………そう、か」

さらりと言ったマスターの言葉に、アーチャーは己の失言に気付き咄嗟に口を噤む。
しかしマスターはアーチャーの言葉に特別傷ついた様子も見せず、過去を反芻するように目を閉じて、おぼろになっている記憶を手探っていた。

「やっぱりはっきりとはしてないけど、とにかく冷たくて、硬くて、さびしい場所にいたよ。少なくとも、こんなに幸せな気持ちになった事なんてなかったし、楽しくもなかったと思う。
だって、未だに夢じゃないのかって思うもの。目が覚めたら、またあの人たちが目の前にいて、それで、まだ僕は外を知らないままなんだ、って」

目を開き、天井を見つめるマスターの瞳は、そこを見ているようで、どこも見てはいないような、不自然な虚ろなもので。
アーチャーが何と言って慰めればいいのかと言いあぐねていると、そこで今まで傍観に徹していたエクストラが、僅かに身じろぎをした。
それと同時にマスターの手にするりと絡められた滑らかな指の感触に、マスターは虚を突かれ、驚きに目を見開いたままエクストラの方に顔を向けて彼女を見つめた。
それに対し、エクストラはその視線をしっかりと受け止めた上て、にっこりと快活に笑って見せた。

「夢だと疑心に怯えるのなら、余がそなたの手を掴んでいよう。この手の温もりを感じていれば、そのような下らないものに気を取られる筈もあるまい」

そうしてここにいると証明するようにぎゅっと手の力を強めて握って見せるエクストラに、マスターはしばし呆然としたままその顔を見つめていたが、やがてほっとしたように、柔らかく頬を緩めて破顔した。

「…………うん。すごいね、エクストラは」
「うむ。余は何を隠そう王であるからな! 余ほどの為政者ともなれば、これしきの事どうという事もない!」

えっへん、というように横になったまま胸を張って見せるエクストラに、マスターはこくこくと頷きながら、またくすくすと楽しそうに笑った。

「………さすが。僕の王様はすごいね」
「当然である! ほれ、アーチャーも奏者の手を握らんか。片方だけ寒くてはバランスがとてぬではないか」
「い…いや、だが、流石に少々気恥ずかしいというか………」

さあさあと急かすエクストラにアーチャーが渋っていると、その手におずおずとマスターの手が触れ、それに後押しをされて、アーチャーもマスターの手をぎゅっと握った。

左右とも手を繋がれ、本来ならば身動きもとれず窮屈に思うのだろう。
しかしマスターはそのような不便を全く感じることなく、むしろ今までよりもうんと安心し、抑えきれぬ笑みをそのままに、今できる精一杯の力で、彼らの正反対な、けれどとても温かい手を、ぎゅっと握り返した。






2012.9.25 更新