小説 | ナノ

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淡いブルーの、優美なフォルムを描いた一台のフェラーリ。
冬木の片田舎にはおおよそ相応しくないその高級車が、文字通り、新都に向けて爆走していた。
一方通行、対向車線などもちろん無視。信号は赤になる前に突っ切ってしまえとばかりに黄色から赤に変わる途中で、むしろ速度を上げる始末。
法定速度など当たり前のようにぶっちぎっており、周りの車に当たるギリギリで運転している。不思議なことに、まだ一度も他の車とかすってもいない。
そんな最早常識など丸めて焼却炉に放り投げる勢いな運転をしているのは、そんな横暴な手さばきとは無縁と言っていい、うら若い貴婦人であった。

「どうでしょうか、王。車の乗り心地は」
「まあ思ったよりは悪くはない。この皮の手触りもなかなかのものだ」
「光栄です」

周りの車を恐ろしいスピードで追い抜いていきながら、まるでごくゆっくりと運転しているかのように助手席に座っているギルガメッシュの方に顔を向けて窺う時子は、ギルガメッシュが僅かに笑みを浮かべて座席の皮張りのシートを撫でるのを見て、至極嬉しそうににっこりと笑った。
それに対するギルガメッシュは、聖杯から知識を得ているものの実際初めて乗ってみた車を思いの他気に入り、宝物庫に入れてやるのもありか、などと内心思っていた。
そのギルガメッシュの満悦顔を見ながら、時子はやはり自身が運転をして良かったと実感した。
時臣は聖杯戦争の火蓋がいつ切って落とされるかも解らない状況下で時子が外出するのに難色を示していたが、どの道彼女達御三家が参戦することなどはなから解りきっている事だ。
それにこの真昼間に攻撃をしかけて来るほど馬鹿な敵がいるとも考えにくい。そして万が一そんな状況になったとしても、時子の傍にはギルガメッシュがいるのだ。負けるどころかかすり傷一つ負う筈がない。
何せ、自分が呼び出したサーヴァントは最強なのだから(集中線)。

「時に、時子よ」
「はい。何でしょうか、王」

ぐりん、と大きくハンドルを切って盛大にドリフトをかましながら相変わらず恐ろしいスピードで運転をしている時子にギルガメッシュが声を掛けると、当然のように時子は顔をギルガメッシュの方へ向けた。勿論、アクセルは全開に踏んだままで。

「貴様の住むこの国にも、一応は法があるのだろう? その中には確か、この車とか言うやつに対する規制もあっただろう。これほどスピードを出して良いのか?」

揶揄するように聞くギルガメッシュに、時子はああ、と小さく呟いて、すぐになんて事ないように肩をすくめた。

「それなら何ら問題はございません、王の中の王よ。この車に簡単な暗示を掛けてありますので、魔術の心得のないものはこの車の事を長時間記憶する事が出来ないようになっております。数十秒としないうちに、車の輪郭も思い出せなくなりましょう」
「ほう。なかなか便利なものだな、魔術というものは」

僅かに感心するように目を見開くギルガメッシュに、しかし時子は少し恥ずかしそうに眉を下げて苦笑する。

「そうはいっても、魔術は決して万能ではございません。そこには常に等価交換が付いて回ります。紛らわしいかもしれませんが、魔法と魔術は決してイコールではありませんから。私達が扱う魔術など、魔法に比べたら微々たるものです」

そう僅かに自嘲するように言う時子に、ギルガメッシュは興味ないとばかりに生返事を返す。
それに少し肩を竦めて苦笑してから、時子はまたハンドルを切り、新都のデパートの駐車場へと、車を走らせた。












がやがやと微かに賑わうデパート内。その中でも一等高級な部類にカテゴライズされるブティック店がならぶエリアを、時子はギルガメッシュと共に歩いていた。
女性からは熱のこもった熱い視線を、男性からは嫉妬と羨望がまじりあった複雑な視線を周囲から向けられながら、ギルガメッシュは悠々と、むしろ己の身を見せつけるように歩を進める。
その姿を気付かれないよう横目で見ながら、時子はその姿にそっと見惚れていた。
ギルガメッシュの姿は、正直言って、その、とても、格好良かった。
ギルガメッシュは、それが元が時臣の服だったとは思えないくらい、完全に自分のものとして着こなしていた。
何事も規定通りを信条とする時臣と違って、ギルガメッシュはパリっとノリの利いた白いシャツをスラックスの中に入れる事をせず、襟のボタンも第3ボタンまで外している。
しかし一見するとだらしくなく見えるようなその格好が、まるで彼にとっては最も正しいものだと思わせる程に、ギルガメッシュに合っている。
そこに真紅のスラックスも相俟って、時子はたまらず惚れぼれとしそうになってしまう。
昨夜と違い髪を下ろしているのも、若干幼く見える事もあり彼の魅力を倍増させている。
同じく真紅の上着を片手で肩にかけるようにして持ちながら店並を眺めている姿だけで、それを見た女性は顔を赤くしたりくらりと額を押さえていた。
つまり、そんな彼を最も間近で見ていた時子はというと。

「(格好良い! 私のサーヴァント本当に格好良い!!)」

ばっちり魅了されていた。
今までの姿も好みにストライクだったが、髪を下ろしたその姿はさらに真ん中ドストライク。
何故か重火器で心臓を打ち抜かれたような感覚を味わいながら、時子はそれを表には一切出さずギルガメッシュを先導した。

「此方です、王。私共が懇意にしている呉服屋の分店でして、このような下賤な建物に入ってはおりますが、なかなかの老舗。良い品が揃っているところです」

そう言う時子にギルガメッシュは無言で頷き、時子の後に続いて店内に入っていく。
2人が店内に入ると、数人の店員が、礼儀正しく礼をして口を揃えて「いらっしゃいませ」と言った。

「お待ちしておりました、遠坂様。この度はどのようなご用件でしょうか」

恭しい態度で接してくるチーフらしい女性店員に、時子は朗らかに挨拶をすると、早速本題に入った。

「今回は、この方の服を見立ててほしいの。勿論1番はあの方が自分で選別したものだけれど、とりあえず何着か上下コーディネートして持ってきて」
「はい、かしこまりました」

時子が簡潔に指示を出すと、店員は一礼して他の店員に声をかけた。
そうしてしばらく待つと、店員達が何着かみつくろったものを持ってきた。
その内どれが良いかと尋ねる時子に、ギルガメッシュは少し思案する顔をしてから、ヘビガラのズボンとブイネックのシャツ、そして白いファーのついた上着を選択した。

「此方でよろしいでしょうか」
「ああ」
「では、サイズの確認も兼ねて、一度試着して頂いてもよろしいでしょうか」
「うむ、構わぬ」

服を差し出しながら控えめにいる店員に頷いてから、ギルガメッシュがおもむろに自分が着れいるシャツに手を伸ばしたのに、慌てて時子がしがみついた。

「おっ、王っ! あ、あのですね、この時代は公共の場で服を脱ぐのは少し憚られる事でありまして。その、あちらに試着室なるものが設置されていましてですね、そこで服を着て頂くんですっ!」

ですから、あの、ここでは脱がないで下さいっ!
そう真っ赤になってギルガメッシュの手を抑えつける時子に、ギルガメッシュは僅かに怪訝そうに片眉を上げたが、ややあって、そ手を確認する様に時子が示した個室を指差しだ。

「あれか? 全く王たるこの我をあのような下賤なる場に押し込めるなどと、巫山戯たものがあったものだ」
「う…しかしですね、王………」

言いにくそうに言葉を続けようとする時子にギルガメッシュは僅かに溜息をつき、呆れたような表情を作ると、ぽん、と彼女の頭に手を置いた。

「仕方ない、貴様のその忠義に免じて、そのシチャクシツとやらで妥協してやろう」
「っ! は、はいっ、ありがとうございます!」

ややってそう告げたギルガメッシュに、時子は嬉しさから、思わずの素のまま顔を綻ばせた。
その様子は、ぶっちゃけ蚊帳の外な店員達にとってはなんのこっちゃというかそれにそこまで喜ぶ必要性があるのかも解らなかったが、やはり老舗という事で時子を小さい頃から知っている店員も多かったので、まああの子があんなに喜んでるならまあいっかと気にしないことにした。