小説 | ナノ

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バッティングを嫌という程堪能した時子とギルガメッシュだったが、もう帰るのだろうと思っていた時子の予想とは裏腹に、ギルガメッシュはまだまだ時子を連れ回す気でいた。

「あの、ですがこの景品の量を持ち歩くのは流石に………」
「何、特に気にする事でもない」

やんわりともう帰ろうという方向に話を持って行こうとする時子を尻目に、ギルガメッシュはその景品の山を、王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)に事もなげに全て放り込んだ。
まさか生前王の集めた宝の山の蔵の中に俗世の玩具を入れると思わず、時子はそれをあんぐりと口を開けて見送った。

「え、ちょ、嘘……人類最古の蔵にあんなものあっさり……というか王の財宝って後から蔵に何か入れられるものだったの………!?」
「おい、何をボケっとしている。次行くぞ次」

呆然としていっそ倒れそうな程に混乱している時子をおいて、ギルガメッシュは既に次の遊興の場に意識を飛ばしており、愕然と固まっている時子の首根っこを掴むとずるずると引きずっていった。
そうして、ギルガメッシュは時子を連れて、ボーリング場、カラオケ、ビュッフェバイキングなど、次々と様々な場所を練り歩いた。
しかも、その先々でギルガメッシュは時子に勝負を挑んできた。
ボーリング場では言わずもがな。カラオケではどちらが多く点数を摂れるか。果てはバイキングでは大食い対決など。
次はこれ、その次はあれ、と矢継ぎ早に繰り出されるため、正直疲れで段々勝負がどうでもよくなってきていた時子だったが、その勝負を挑む時のギルガメッシュの顔があまりにも無邪気で、何となく可愛らしかったので、時子はつい絆されて、疲労を笑顔で隠して自身の王の遊興へとついて行った。
そうして、ギルガメッシュがようやく満足した頃には、時刻は既に1時を過ぎていた。

「っ………はあー。疲れたぁ………」

時子を部屋まで送るなりぱっと消えてしまったギルガメッシュを見送って、時子は一気に力尽きたようにベッドに倒れ込んだ。
折角のスーツがしわになってしまう懸念が一瞬頭をよぎったが、しかしそれもすぐに疲労と眠気でかき消える。

「…………“遊ぶ”って事が、こんなに疲れるなんて思わなかった」

やわらかい枕に顔をうずめながら、時子はぼんやりとそんな事を思う。
彼女は今まで、休日にどこかへ遊びに行くという事を殆どした事がなかった。
したとしても、精々宝石の買い付けや、気晴らしに綺礼や時臣を連れて洋服を買いに行く程度だ。
今日のようなバミューズメントパークに行った事など、無いに等しい。
今や自分よりも、遥か古代に生きていた筈のギルガメッシュの方が、余程この現代に詳しくなっている気さえする。
正直、1日歩き回って、感想は疲れたが真っ先に出る。低いながらもヒールのある靴を履いていたのも、原因の1つかもしれない。

「……………それでも、楽しかった、のよね」

品悪く足をばたつかせて革靴を脱ぎながら、ぽつりと、自分にも聞こえるか解らないくらい小さく呟く。
そう。それでも、時子は楽しかった。
ギルガメッシュと色々な場所に行って、話して、笑い合うのが、楽しかったのだ。

「…………ふふ。疲れているのに、楽しいなんて。変な感情」

ベッドに仰向けに寝転がってぐっと伸びをすると、体のあちこちからぺきぺきと音がする。
それだけ体も疲れ凝り固まっていたというのに、不思議と、時子はこれが苦痛だとは思わなかった。
その事が妙におかしくて、時子は天井を向いたままくすくすと忍び笑いをもらす。
それでも、今日はやっぱり疲れたし、常よりも眠気が強く襲ってくる。明日の事もあるし、今日はこのまま眠ってしまおうか。風呂は、明日の朝早くに入れば良い。
そんな、普段の彼女とはかけ離れた事を考えて、時子がその欲求に従って瞼を閉じようとすると、それを遮るように、聞き慣れた心地の良いバリトンが時子の鼓膜を震わせた。

『申し訳ありません姉君、少しよろしいでしょうか』
「……………時臣?」

自分を姉君などと呼ぶ人間は、この世でたった1人しかいない。
そのたった1人の申し訳なさそうな声色に、時子は身じろぎをすると、だるい体を引きずって体を起こした。

「何かしら。どうしたの?」
『は。姉君は、数刻前にあったハイアットホテル倒壊をご存知でしょうか』
「…………ハイアットホテル倒壊?」

取りを模したサファイアから聞こえた物騒な単語に、知らず時子の眉間にしわが寄る。
確かに、ギルガメッシュに連れられている時に、何か奥で物音がしていたような気もする。
けれど自分よりもずっと戦闘面で優れたギルガメッシュが何も言わないという事は大丈夫なのだろうと思い、特に気に留めずに流してしまったのを思い出した。

『……やはりご存じなかったのですね?』
「……………う。ごめんなさい」

どこか呆れたような口調の時臣に、時子は素直に謝ってうなだれた。
直接的な参加者でもない弟が頑張っているというのに、当の自分はサーヴァントと楽しく遊んでいたのかと思うと、申し訳なくてやるせない。
そうしょぼんと落ち込む時子に、サファイアから時臣の可笑しそうな笑い声が聞こえてきた。

「…………酷い子ね。何も笑わなくてもいいじゃない」
『ふふふ、すみません。姉君があまりにも可愛らしくていらっしゃるものだから』
「………怒るわよ」
『はい、すみません』

そう謝っているうちにも堪え切れていな笑い声が漏れていたのだが、時子は拗ねたようにじと目で通信口の時臣を睨むようにサファイアに目を向けると、それも無駄だろうと溜息をついた。

「もう、時臣の馬鹿」
『はいはい、すみません。とにかく、お疲れの所申し訳ありませんが、1つお耳に入れさせていただきたい事があるので、1度地下の工房にいらして下さい』
「……ええ。解ったわ、すぐに行く」

真剣なトーンに戻ってそう進言してきた時臣に、時子も真面目に戻って頷くと、サファイアの通信を切った。
途端に糸の切れた人形にようにふわふわと宙を打いていたのが落下し始めたヒバリの彫刻を掌で受け止めて、時子はそれをきゅっと握りしめると、白い毛の長いスリッパに足を入れて寝室を後にした。