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おまけ




魔術用の蓄音機の前で綺礼との対談を終えた時臣は、張られた結果の僅かな揺らぎを感じて、時子が帰宅した事を察知した。

「ただーいま、時臣」

とん、とん、と軽快なステップで石の階段を下りて地下の共同の魔術工房に足を踏み入れた時子が、ひょっこりと扉から顔を出す。
その両耳には、見慣れない豪奢な造りのちぐはぐなイヤリング。美しく繊細な、かつ高級そうなものには違いないが、対となっているものとは考えにくい。

「―――お帰りなさいませ、姉君。英雄王は」
「帰宅すると同時に、私が用意した閨に入ってしまわれたわ」
「…………そうですか」

時子の言葉に、時臣は早速外に出掛けて行かなかったのを意外に思いつつも何も言わずに頷く。
時子が用意した閨というのは、彼女が人類最古の英霊を呼ぶにあたって失礼のないようにと、念のため用意した、赤を基調とした調度品で飾られたこの遠坂邸で1番大きな一室である。
元々は時子の書斎であったそこを改装し自身の書斎と併合する事に時臣は初め難色を示したのだが、時子は珍しく譲らなかった。
別に、時臣は自身の書斎とが併合される事が嫌なのではない。寧ろ、無自覚ながらシスコンである時臣にとっては、時子と共に過ごせる時間が増えて嬉しい限りだ。
しかし、だからと言って、たかが英霊の輝きをコピーしたにすぎないサーヴァントの為に、わざわざ遠坂家の当主の書斎をその閨に作り上げる必要など、ないと思わずにはいられなかった。
しかし、一度決めた事を曲げないのも、また遠坂の人間らしい事ではあった。
結局押し負けて今はもう何も言わないにしろ、やはり、時臣としてはあまり気持ちのいい事ではない。

「……姉君、つかぬ事をお伺いしますが」
「何?」

不思議そうに部屋に入りながら此方を見てくる時子に、時臣は先程から想っていた疑問をぶつける。

「そのイヤリングは、どちらで」
「―――ああ、これの事」

それで、漸く時臣が自身が付けているイヤリングを見つめている理由に合点がいったのか、時子は照れ笑いまじりに、ダイヤの形にカットされたダイアモンドのイヤリングを弄りながら話し出す。

「これはね、本当は今日私が王に送ろうと思ったものなんだけど、成り行きで半分こする事になっちゃったの」
「………はあ」
「それで、もう片方のは、王が元からしていたのをいただいたのよ」

そう言って、少し照れたように微笑む時子の形の良い耳を、インゴットを思わせる金のイヤリングが我が物顔で彩る。
それにどこか悔しさを感じた時臣は、大人げないと思いながらも、つい子供のような口振りになってしまった。

「良いのですか、そのように慣れ合って。いずれ、6人のサーヴァントを駆逐したら、最後に令呪を持ってして、姉君はアーチャーに自害を命じなければならないのですよ。その時に、余計な情がわいて、殺せないでは困ります」

そう、どこか拗ねたように言う時臣に、時子はくすくすと楽しそうに笑う。

「っふふふ。何よもう、時臣ったら、焼きもち? 大丈夫よ。私は遠坂家5代目当主。そんなバカげたこと、万に1つもあり得ないわ」
「……………そう、なら、いいのですが」

からかうように、椅子に座ったままの時臣をぎゅうっと抱きしめて、ぽんぽんと軽く肩を叩いていった時子に、時臣は僅かに、少しだけ体重を時子に預け、目を閉じた。
そんな時臣の様子に、時子は内心可愛い可愛いと叫んでいたのだが、ふと気がついて思考を中断した。

「(あ………え?)」

奇妙な違和感を覚えて、時子は時臣に気取られないように、少しだけ意識をそちらに持っていく。
今、時臣が言った言葉に、時子は1も2もなく頷いた。それが当然だからだ。所詮は使い魔であるサーヴァントに、余計な情など沸くべくもない。

なのに、だ。
今、一瞬だけ、ギルガメッシュが死ぬという事実を、自分は想像するのを拒絶しはしなかっただろうか。
それを嫌だと、自分は、思わなかったか………?

「(……いやいや。まさか、気のせいでしょう)」

しかし、そんな事があるわけないと時子はすぐに思考を打ち切り、それ以降無意識的に、意識的にその事がらに触れないようにしながら、時子は時臣を抱きしめる腕に力を込めて、そのまま目を閉じた。






2012.7.22 更新