小説 | ナノ

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そうして、彼の王が試着室に入ること数分。
そうして出てきたギルガメッシュを見て、恐らくその場にいる殆どのものが息をのんだ。

「っ――……お、お似合いですっ」

と、辛うじて正気を保っていた店員の高い声が上ずる。
その声もろくに耳に入らずに、時子はやはりギルガメッシュに見惚れていた。
普段のギルガメッシュも悪くないが、髪を下ろしていると、また一段と麗しい………。

時子がぽうっとギルガメッシュを見つめていると、当の本人が怪訝そうな顔をして、顔を覗き込んできた。

「何をしている、時子」
「っ、は、はい、とてもお似合いです、英雄王」

あまり言葉が耳に入っていなかった事もあり、時子が反射的に賛辞を口にすると、ギルガメッシュはまた呆れたような顔をして、時子の頭をくしゃりと撫でた。

「何を当然のことを言っている。行くぞ、時子」
「――……ふえっ? っ、は、はいっ!」

颯爽と踵を返して店内から出ようとするギルガメッシュに、時子は慌ててクレジットカードで支払いを済ませて、その後を追った。







その後、興味の赴くままに店を歩きわたるギルガメッシュに時子は着き従い、最後に入ったのは、わりと大きめの宝石店だった。
そこでしばらくディスプレイされているものをひやかし、ギルガメッシュが顎に手を当てたままじっとそのうちの1つを眺めているのに気付き、時子はそれを同じように見つめた。

「………王、これに何か」
「―――ふむ。なに、別段何を思ったわけではない。ただ、この現世は醜悪の一言に尽きるものだが、装飾だけは観賞する価値もある」

そう言って、尚もじっとディスプレイされた――金で綺麗に縁取りが施されたダイヤの形にカットされたダイアモンドの大ぶりのイヤリングを眺めるギルガメッシュに、時子はでは、と呟いて微笑んだ。

「貴女、これを包装してちょうだい」
「はい。かしこまりました」

ギルガメッシュが見つめているイヤリングを指差して言う時子に、近くにいた店員は特にうろたえた風もなく頷き、白手袋をはめた手で丁寧にイヤリングを持ち上げ、包装を施し始めた。

「……何の真似だ、時子」
「お気になさらないで下さい、王。臣下からの、ささやかながらの貢物です」

胡乱げな視線を送るギルガメッシュに微笑んで、時子はクレジットカードで簡潔に支払いを済ませると、包装の終わったイヤリングを受け取り、それを彼に差し出した。

「どうぞ、英雄王」

そう言って差し出された箱をギルガメッシュが受け取ると、では私は少々店内のものを物色して参りますと言って魔術に使う宝石を見始めた時子に、ギルガメッシュは、静かに問い掛けた。

「――…時子、貴様が、我が宝物を欲する理由は何だ」

いきなり声を掛けられたことに少し驚いたように頭を揺らしたが、ギルガメッシュのそれが、聖杯の事を意味しているのに気付き、時子は迷うことなく、そのまま素直な己の祈りを述べた。

「私は…ただ、見てみたいのです。この世界の外というものを」

根源に至る事が出来れば、それは自ずと知れるというもの。それが、私が遠坂家当主として聖杯を望む理由です。
根源の渦。それ即ち、アカシックレコードとも呼ばれる、あらゆる現象の源。全ての原因・心理へと到達することを意味する。
そう簡潔に説明した時子に、ギルガメッシュはつまらなそうに鼻を鳴らした。

「つまらんな。何だそれは、そんなものを目指して何になる」
「さあ……何になるのでしょう」

ともすれば侮辱とも嘲りとも取れるギルガメッシュの言葉に、時子は怒る事もせず、ただゆるりと小首をかしげて見せた。
それにますます機嫌を損ね眉をしかめる最古の英雄に、時子は困ったように微笑む。

「自分でも、なかなかに無謀で、愚かなことを望んでいるという自覚はあります。でも、魔術師は皆そういうものです。みんながみんな、その愚かな“外”への高みへと手を伸ばす。魔術師とは、総じて愚かな生き物ですよ」

そう言いつつも、時子の顔は清々しく晴れやかだ。
訝しげに片眉を上げるギルガメッシュに、魔術師はディスプレイされていた大振りの宝石を手に取り、じぃっと眺めながら答える。

「それにそもそも、根源に到達できる存在などほんの一握りです。それは全て生まれ持った才能で決まる。並の才能しか持たない人間がどんなに努力して根源への穴を開けても、世界の抑止力によって殺されてしまいます。反対に最初から才を持ち合わせている存在は、生まれた時から既に根源へと繋がっているような者もいると聞きます。
………ですが王よ。私は知りたいのです」
「む?」

首を傾げるギルガメッシュに、時子は手に持った彼の瞳とよく似た色の宝石をその目の高さに持ち上げて透かしながら、子供のように無邪気に笑う。
それは、ギルガメッシュが戯れに召喚されたその日に見た時子の姿とは、180℃違っているものだった。

「私はどうしても見てみたい。アカシックレコードと呼ばれる、この世全ての現象の原因を、この世全ての、ありとあらゆるものの本当の姿を。根源へと行けば、それはたやすく丸裸にされ、私の目の前に転がっている事でしょう。それは、それは私にとって、この上なく幸せなことです」

そう言って、1人の魔術師は、いや、1人の妙齢の婦女子は、まるで花畑に夢を見る少女のように晴れやかに、澄んだ冬空の瞳を己のサーヴァントに向ける。
そのあまりにも透明で凛と澄んだ色に、不覚にも彼は、一瞬見入ってしまった。

「私のような器では、根源への穴を開けた時点で世界の抑止力によって殺されてしまうかもしれない。行ったところで、その瞬間から己の願望も、この世界の事も何もかも忘れてしまうのかもしれない。だけど私は見たい。この世全ての謎の最初を、本性を、1つでも多くこの眼に、魂に刻みつけたい。………それが、僭越ながら、私の願い。そして願わくば、祖の師キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグのように、魔法の域にまで到達する魔術を、生み出したいのです」

最後に手に持った宝石を両手で包みこみ胸に当てて、ほうと高揚から頬を染めてそう締めくくった時子は、しかしすぐはっとしてすまなそうに眉を下げてギルガメッシュに頭を下げた。

「……も、申し訳ありません王よ。詮無い事を、長々と聞かせてしまいました」
「…いや、良い」
「は……い?」

小馬鹿にされるか侮蔑されると思っていたのだろう。意外そうに固まる時子に、ギルガメッシュは重ねて言う。

「良い、と言ったのだ。ただ考えなしにそんな愚かなことを言ったのなら興ざめも甚だしいが、貴様のそれは、なかなかに面白い。まあ及第点というところか」

にやにやと何やら楽しげに笑うギルガメッシュに時子が困惑した顔をしていると、不意に彼は手に持った箱を時子に手を差し出してきた。

「時子。先程貴様が我に送るといった品を出せ」
「は、………包装からでしょうか」
「無論だ、早くしろ」
「……………は、はい」

訝しげな顔をしながらも言うとおりに時子が袋から一対のイヤリングを取り出すと、ギルガメッシュはそれの1つを、時子の左耳に付けた。

「……………はい?」

いきなりの行動の意味が解らず、思わずぽかんと間抜け面を晒す時子に低く笑って、ギルガメッシュは自身の両耳についていたインゴットのようなイヤリングを右耳だけ外し、先程時子にしたのと同じイヤリングをつけ、その際外した元から付けていた方のものを、時子の右耳に付けた。
呆然と己を見上げる時子に満足そうに笑って、ギルガメッシュは彼女の顎を掴んで上を向かせると、酷くあくどくも美しい笑みを浮かべ顔を近づけた。

「良いだろう。なかなかに気に入った。貴様を今世での我のマスターとして認めてやろう、遠坂時子よ」

息がかかる程、ギルガメッシュの顔が時子に近付く。
その柘榴よりも紅い、血のような瞳に魅入られ、身動き1つできないまま、時子は頷けない代わりに、瞬きを1つ、した。

「ありがとうございます――我が王、ギルガメッシュ」

ふるえる唇を懸命に動かして言葉を紡ぐ時子を満足げに見やって、ギルガメッシュはやはり、美しく笑った。





おまけ