聖杯戦争における始まりの御三家が1つ、遠坂家当主遠坂時子。そして此度の戦争にて彼女が呼び出したサーヴァント…王の中の王、英雄王ギルガメッシュ。 クラスはアーチャー。三代騎士クラスの1つだ。 「問おう。貴様がこの我を呼び出した不届き者か?」 王気と呼べるオーラを盛大に辺りに発しながら尊大に問うギルガメッシュに、時子は自分が召還した英霊の満足さから目を細める。 ルビーよりも紅い深紅の瞳と、燃え上がるような黄金の髪を逆立てさせている、大変見目麗しいその美青年と、そして彼に対峙する此方も同じくアリスブルーの瞳と毛先を大きくウェーブさせているチョコレート色のロングヘアの見目麗しい美女。しかしその美女の方である時子はというと、内心ギルガメッシュの美貌にすっかり見惚れていた。 面食いの時子にとって彼はまさに好みの真ん中ドストライクだったわけだが、当然畏敬を示すべき偉大なる王に対してそのような浮わついた顔を一切見せることなく、時子は現れた英雄王を前にして、恭しく、かつ優雅に腰を折った。 「お初にお目にかかります、英雄王ギルガメッシュ。我が名は遠坂家当主遠坂時子。此度の聖杯戦争では、僭越ながら貴方様のマスターを務めさせていただきます」 そう、おおよそサーヴァントである使い魔に対するものとは正反対の態度を示す時子だったが、ギルガメッシュはそれを当然のものとし、ふんと鼻を鳴らし、不遜な態度で時子をねめつけた。 「成る程な。確かに魔力は申し分ないようだ。良いだろう、ここに契約は完了した。れより我が『弓』は貴様と共にあり、貴様の命運は我と共に或る。この我に仕える事が出来るのを光栄に思うがよい」 「ええ、ありがとうございます。王よ」 その傲慢にも程がある態度に、時子は顔を上げ、目を細めてゆったりと笑みを浮かべた。しかし、彼女の背後に控えた綺礼は不快そうに眉をしかめる。 それはこのマスターをマスタとも思わない態度に対して不満を抱いての事だったのだろうが、時子ら姉弟はそれに対して疑問を持ってはおらず、それが当然のように2人揃って頭を垂れている。 「………王よ、あれは私の弟の時臣といいます。その奥に入る男が言峰綺礼。そしてその隣に入るのがその父君である璃正氏です。彼等は共に聖杯戦争を戦う同士。そちらとも以後何卒よろしくお願いいたします」 「それは我が決める事だ。貴様が決める事柄ではない」 「はい、申し訳ありません」 再び深々と腰を折る時子に、ギルガメッシュはふんと鼻を鳴らして彼女を見据えた。 「まあ良い。今宵は我が呼び出された現世の様子を見て歩くとする。詮索は許さんぞ」 「はい。どうぞごゆるりと」 時子が恭しく頭を垂れる中、最古の英雄は、金の粒子となって消えていった。 そしてそれを認めて、時子はそっとギルガメッシュの気配を探る。意外な事に、パスは切られていないようだった。あのような傲慢な態度なのだ。きっとマスターとて、その気配を常に感じる事を不快に思い、すぐに切ってしまうのかと思ったのに。 いずれにしろ、説得する手間が省けてよかった。もっとも、これから煩わしくなって切られる可能性は十二分にあるのだが。 「…………なかなかどうして、性格面に難有りですね」 先程のやり取りを見ただけで、あの英霊のくせの強さは十分に理解できた。これからその手綱を上手く握りつつ計画通り勝利を目指すのは、少しばかり骨がいる。 そう思って僅かに眉をひそめて言う綺礼に、しかし時子はあっけらかんと返した。 「え? そう? とても素敵な方だったじゃない」 頭を押さえるような仕草をする綺礼にきょとりと首を傾げ、時子はそうあっさりと言った。 「……………は、」 「私、王というものを見るのは実際初めてだったけれど、あんなにも見るだけで他を圧倒する存在感を持っているものだとは思わなかったわ。 綺礼のサーヴァントを見た所英霊だからという訳でもなさそうだし、きっとあの方が生まれ持った王気といったものなんでしょうね。ね、時臣もそう思うでしょう?」 同意を求められ、今までギルガメッシュがいた辺りを見ていた時臣は姉に顔を向け、少し困ったように微笑んだ。 「そうですね。今まで見てきた誰よりも、彼は破格と言える存在なのでしょう。ただ、予想よりも幾分か奔放で破天荒な方だというのが、少し気になりますが」 姉の意見には概ね同意するが、これからの事を考えると些か見過ごせない不安要素がある、と言う時臣に対し、時子は全く気にした素振りは見せない。 「それは追い追いどうとでもなるわ。今は取り敢えず、王が帰ってくる前に夕餉をすましてしまいましょう。綺礼も璃正さんも、どうぞ食べていって下さいな」 そう明るく言って先程ギルガメッシュの扱いづらかろう点には一切頓着した様子を見せない時子に、綺礼は俄かに怪訝そうな目線を向けた。 そんな綺礼に、時子は明るく朗らかな笑みを向ける。 「大丈夫よ、綺礼。例えどんな英霊だろうと、私のサーヴァントには違いないんだから」 その絶対的な自身を感じさせる時子の眼を見て、綺礼はその問題がとても些細な事のように思えてきた。いや、実際、彼女にしてみれば気にする必要もない程度のものなのだろう。 彼女は常に、完璧であり完全。いつ何時でも遠坂の家訓を体現している彼女にとって、いかなる英霊であろうとも、サーヴァントとして召喚してしまえば、扱う事など造作もない、という事なのだろうから。 「――――はあ、でも」 「?」 と、綺礼が自己分析していると、不意に時子がぽつりと呟き、吐息をもらした。 そのどことなく恍惚としているとも取れる声色に綺礼がいぶかしんでいると、時子は少女に頬を染めてそれを両手で覆い、むずがるように身体をねじった。 「本当、嘘みたいに綺麗な方だったわ。ああ、遊興に出掛けると言うのなら、現代の服もお召しになるのかしら。素敵っ。きっとこの世の誰よりも美しくお栄えになるわ………!!」 ああ是非とも見てみたい! と恥ずかしそうに言う時子を見て、綺礼は半ば訳が解らず頭の上に大量の?マークを出した。その横で、時臣が小さくため息を吐く。 「…………師よ、その、時子師は一体どうしたというのでしょうか」 「ああ、綺礼はああなった姉君を見るのは初めてだったね。なに、ちょっとした病気のようなものだ。滅多になる事はないのだが、彼女が好みとする外見の異性を見ると、大体ああなる。見目麗しい美男子に目が無いようでね」 そう言って困ったように苦笑いする時臣を見て、きっとそれでこの男は色々と災難をこうむってきたのではないだろう、と綺礼は思わず推測した。 それを聞く限り、自分は彼女の好みでは無かったらしいことに対し、何故だか若干の憤りに近いものを感じた綺礼だったが、すぐに気のせいだろうと黙殺する。 きゃっきゃと今だ1人身悶えながら興奮したように独り言を言っている時子を見て、綺礼はこっそりと己の師に話しかける。 「………時臣師」 「何だい、綺礼」 「明日、胃薬を買って参りましょうか」 「………………。ああ、頼むよ。君も自分の分を買っておきなさい」 「………はい」 「ああどうしましょう、和装も洋装も見合う気しか起きないなんてっ……!」 未だに何か言ってる妙齢の女を見ないようにして、時臣と綺礼は互いに同情に近い念のこもった視線を投げかけあったのだった。 † 翌日、時子が身支度を整え終え今後の作戦の確認を行おうと魔術工房である地下へと行こうとしていると、後ろでシャラリと貴金属の擦れる音がした。 それと同時に感じる重圧にも似た存在感と、濃密な魔力ですぐにギルガメッシュだと気付き、時子が振り返って頭を垂れようとしていると、それより少しだけ早く、ギルガメッシュが時子を呼んだ。 「時子」 彼に、開口一番名を呼ばれて、時子は一瞬だけ思考をフリーズさせた。 ほんの一瞬だけ、それが己の名前だという事を忘れた。 ギルガメッシュが自分をマスターなどと呼ぶ事はないと、昨日の時点ですでに解っていた。けれど、ファーストネームを呼ばれるとも、思っていなかったのだ。 では一体何と呼んだのかと問われれば言葉に詰まっただろうが、とにもかくにも、彼にその名を呼び捨てにされて、一瞬だけ、時子は自分の体が火照ったのを感じた。 「――――はい。お早うございます、英雄王。なんでしょうか」 雑種とでも、呼んでくれればいいものを。 時子は一瞬だけ思った思考を打ち消して、振り返って優美に微笑んだ。 金の甲冑に身を包んだ英雄は、その姿にまあ妥協点だろうと脳内で点をつけ、用件を述べた。 「昨日言ったであろう。我はこの世を見て回ると。だがこの姿では少しばかり目立ちすぎる。この時代の服を用意せよ」 「はい。気が回らず申し訳ありません」 不遜な態度でそうのたまうギルガメッシュに、時子は一言も文句を言わず、柔らかく微笑んで腰を折った。 「では、すぐに車を回しましょう。新都の方で王のお気に召されたものをお選びください。それまでは、申し訳ありませんが、時臣の服を着て頂いてもよろしいでしょうか」 「……………あの雑種のをだと?」 露骨に顔をしかめるギルガメッシュに、時子はすまなそうに眉を下げてうなずいた。この家には、成人の男性の服は彼と弟子の綺礼のカソックくらいしかないから、と。 ギルガメッシュはそれに多いに不服そうな顔をしたが、流石に昼日中の町を、その金の甲冑で歩く事は人目に付きすぎると思ったのだろう。渋々とだが頷いた。 「ありがとうございます。では、すぐに時臣に服を持って来させます。王がそれをお召しになられたら、すぐに車で、新都へと向かいましょう。僭越ながら、運転は私が務めさせていただきます」 「………貴様、あれを運転できるのか?」 サーヴァントは、現世に限界する折、聖杯からある程度現世の知識を得ている。 だからこそ、ギルガメッシュにとってあの無粋な箱の乗り物を彼女が乗りこなすのとイメージが繋がらなかったのだろうが、時子はそれを聞かれると、少しばかり自慢するように胸を張った。 「はい。これでも、腕前は相当のものと自負しております」 胸に手を当ててどこか得意げにする時子は、彼が昨夜見た姿よりも随分幼く見え、まるで年若い少女のように見えた。 「………ふん。まあいい、ならば我は居間で待っていてやる。とく準備をせよ」 「はい、ギルガメッシュ王」 そう言って背を向けるギルガメッシュに、時子はゆったりとした声色で返事をし、頷いた。 臣下の礼を尽くしつつ、親愛にほど近い行為を隠さず表すその柔らかな声を、ギルガメッシュは居間に向かいながら、自分でも気付かないうちに少なからず好ましく思っているのに気づいた。 2012.6.25 更新 ← |