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おまけ




言峰綺礼は、当初の予定通りアサシンの1人を犠牲に脱落したと偽装し、教会に保護を要請するという茶番を経て、晴れて元々の自室に戻ってきた。
慣れ親しんだソファに身を沈め、綺礼は1人静かに息を吐く。
首尾は、確かに上々だった。これでただでさえ気配遮断スキルを持つアサシンは思う存分その真価を発揮できるし、敵マスター及びサーヴァントの調査も滞りなく進むだろう。
しかし。綺礼は礼拝堂での父である璃正の熱意を思い出し、背凭れに全身を預け腕で目をおおった。
自分には、父の熱意が共感できなかった。いかなる奇跡であろうとも、綺礼の心を揺さぶることはなく、彼は依然として、空虚な心を抱えたままだったのだ。

それにどうしようもなくもどかしさや苛立ちを感じ、しかしそのままずっとそうしているわけにはいかないと、綺礼は薄く溜め息を吐いてソファから身を起こした。
ふと、そこで、自室に置いてあった通信用の蓄音機が反応を示しているのみ気が付いた。
師である時臣からの連絡だろうと、綺礼は蓄音機に近付いて通信を受理する。

『もしもし、綺礼?』
「…………時子師、ですか?」

しかし、そこから聞こえてきたのは落ち着きのある深い声ではなく、どことなく甘さを感じる柔らかな女性の声だった。
その声に覚えがあり、聞き返す綺礼に、声の主――時子は、時臣だと思った? とからかうようにくすくすと笑った。

「ええ……今後の方針の確認であるなら、時臣師から来るだろうと思っていましたので」
『ああ、そういうことね。残念ながら、私はそういう堅苦しい事を言いにきたのではなくってよ』
「………では、何か他にご用が」
『ふふ、硬いわよー綺礼。ただ労いの言葉を贈ろうと思っただけよ。そういうのは明日でも十分間に合うわ』

返す綺礼に、時子は可笑しそうに笑いながらそう言った。
しかし時子のその行為は、綺礼にとっては全くと言っていいほど無駄に思え、彼は蓄音機の前で首を傾げる。

「しかし、それこそ今でなくともいい事ではないでしょうか。態々私の行った行為に対して、傍聴をされないとしても、魔力の流れで勘付かれるリスクを冒してまでする事では………」
『解ってないのねー綺礼。貴方はサーヴァントを失ったという事になっていて、此処へ来るまでに他の魔術師に襲われる危険もあったのにそれを成し遂げてくれたの。良い子には、ちゃんと褒めてあげなくちゃ。ああ、頭を撫でれないのが残念だわ』

そう言って本当に残念そうに憂いのこもった溜息を吐く時子に、綺礼は何と言っていいのか解らず、魔具越しでは伝わらないというのに視線を泳がせ困ったように眉を下げた。
そんな綺礼を知ってか知らずか、時子は改まったようにこほんと咳をして、綺礼に語りかける。

『ありがとう、偉いわ。よく頑張ったわね、私達の綺礼』
「っ……………」

短い、しかし酷く慈愛の滲んだ言葉。
まるで人が思い描く理想の母のような、温かな愛情さえこもっているように感じる、柔らかなソプラノ。
そんな時子の声を聞いた時に胸に渦巻いた筆舌に尽くしがたいむず痒いような感情に、綺礼は一瞬息を詰める。

『? 綺礼?』
「…………いえ、何でもありません、時子師。元より、私はあなた方の手助けをする為にアサシンを召喚したのです。これからも、時子師や時臣師の好きなように、私を使って下さい」
『…………ありがとう。貴方は本当にいい子ね、綺礼』
「まさか。私のような人間を良い子などと言ってしまえば、今頃世界中の人間が聖人にでもなっています」
『あら、そんな事はないわよ? 謙遜も度が過ぎれば嫌味になるというものだわ。それに、私達は本当に貴方が大好きよ、綺礼』
「……………からかわないで下さい、時子師」

僅かに眉をしかめる綺礼に、それを感じ取ったのか時子は笑いまじりに早々に話を切り上げ、お休みなさいと告げてから通信を切った。
綺礼はそのまま蓄音機を見、疲れたように溜息をつく。

「はあ……相変わらず、突飛のない事を言う方だ」

いや、それは、彼の弟である時臣も似たり寄ったりか。
唐突に、かつよく解らないタイミングで好きだの良い子だの私達の綺礼だの言う所など、彼ら姉弟はそっくりだ。
やれやれと思いつつ再び身をソファに沈める綺礼だったが、そこで、はてと首を傾げた。

「………暑い? 冬だというのに、空調設備に不備があるのか?」

何だか、時子に好きだのなんだの言われた辺りから、妙に顔が火照っている。
顔が熱いのを感じた綺礼は、暖房が故障したのかと思い、エアコンを止め夜風に当たる為に窓を開ける事にした。
しかし、しばらく夜風に当たってもほてりが鎮まることはなく、彼は1人不思議そうに首を傾げていた。
それがただのほてりではなく、世間一般で言う赤面だという事に、いっそ冷水でも浴びてくるかなどと思考していた綺礼は、ついぞ気付く事はなく、そして執拗にほてりを鎮めようとしている事も、それに対する気恥ずかしさだと、無自覚に鈍感な彼が気付ける筈もなかった。






2話続けて見つめ合いエンドとはいかがなものか。
と思いつつ、結局それ以外に思いつかなかったのでこうなってしまいました。
AUOに見つめられたいという、謎の欲求が管理人の中にあるのです。
そんなこんなで、3話目お送りしましたが、書き掛けを放置していた所為で変に遅くなってしまいました。
近々アネクドートの方も更新しますので、そちらの方も、どうぞよろしくお願いします。





2012.8.24 更新