唐突に言い出したライダーの申し出に、当然ながらセイバーとランサーは怒りでもって返答を返した。 しかもそれでセイバーが言った言葉にライダーがいらんことを言ったもんだから、青銀の騎士は眉間に深くしわを刻んで怒りもあらわに剣を振るった。 「その小娘の一太刀を浴びてみるか? 征服王!」 ぶん、と見えない剣を振ってライダーを鋭く睨み付けるセイバーに、たまらず冷や汗をかく。 怯えたようにあたしのセーターを掴むウェイバーの肩を支えて、じとりと恨みを込めて目の前のご主人のアホサーヴァントをねめつけた。 「何やってるライダー!? わざわざ聖杯を勝ち取るために魔術師に使役されてるサーヴァントがそんな要求飲むわけないでしょ!」 「だがまあ、物は試しというではないか」 「物は試しで真名ばらしたんかい!!?」 けろりとした顔をするライダーに、涙目でウェイバーがつっこんだ。 これにはあたしも開いた口がふさがらない。 もうこの人馬鹿だ。器がでかいとかじゃなくて、ただの馬鹿決定だ。 「アホすぎる………」 はああ、と重い溜息をついて、ぽかぽかとライダーを叩いているウェイバーにフォローを入れるのもめんどくさくなって放っておいていると、不意にどこからか見知ったしゃべり方の声が聞こえてきた。 【nそうか、よりにもよって貴様か】 「っ!?」 ぞく、と悪意しか感じないその声に、悪寒が背筋を駆け抜けて反射的に肩を竦める。 「一体何を血迷って私の聖遺物を盗み出したのかと思ってみれば………よりにもよって、君自身が聖杯戦争に参加する腹だったとはねぇ。――――ウェイバー・ベルベット君」 この、ねっとりかつ嫌味ったらしい後味の残る話し方……! 反射的にウェイバーを背に隠しながら、空を見て発生源の解らない声の主を睨み付ける。 間違いない。この声、この話し方は、ロード・エルメロイにしてあたしの元恩師、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトだ! 完全に失念していた。そうだ。元々ウェイバーが使ったライダーの聖遺物はこいつのだった。あの勝気で血統主義なこの男が、一度行くと決めた物事を高だかそれだけで諦めるわけがない。 どう考えても、こいつがウェイバーを見つけたら真っ先に標的にするに決まってるのに。 ライダーの性能に甘えて完全に油断していた。ウェイバーはこんな所で派手に行動しちゃまずかったのに。 自分の考えの甘さに頭が痛くなる。この体たらくじゃ、ライダーの事を言える立場じゃない。 恐らく初めてであろう生粋の魔術師から己に向けて発せられる殺意に脅えて、頭を抱えて震えるウェイバーに、そっと肩を抱いていつでも守れるように抱き寄せる。 兎に角今は、ケイネスの意識をウェイバーから引き離すことが先決だ。 「……………お久しぶりです、ケイネス先生」 「おやぁ? 誰かと思えばリチェイグル君ではないか。君のような優秀な魔術師がまだウェイバー君の腰巾着に甘んじていたとは意外だねぇ」 白々しい。いくらライダーの戦車に乗ってるからといって、ウェイバーが見えてる時点でばっちり見えてるくせに。 どこから見ているのかは解らないけど、とにかくウェイバーをなるべく周囲の視線にさらさないように庇いつつ声の聞こえる虚空に向かって話しかけると、予想より数倍腹の立つ嫌味を返されて、意図せず額に青筋が浮かんだ。 「お言葉ですが。あたしはウェイバーの腰巾着ではなく、れっきとした従者です。あたしのご主人に対する侮辱は看過出来ませんよ、先生」 「………フ。君が私の手元を離れて数年。落ちこぼれの御守など、そろそろ飽きたのではないかね?」 「……………何が仰りたいんで」 怯えるウェイバーを見てか、悠々とあたしのご主人を侮辱するケイネスを、油断なく周囲を警戒しつつ睨み付ける。 相手は同じ魔術師という名の研究職といっても遥か格上。油断なんてしたら、いつウェイバーの命が刈り取られるか解ったもんじゃない。 そんなあたしの考えなど知らぬとばかりに、ケイネスは自分の優位性に酔ったように、有り得ない戯言を口にし出した。 「従者ごっこももうやめたまえ。今なら君の今までの数々の行いを不問としてやろう。私の元へ戻るのなら、そこの臆病者を見逃してやろうではないか」 「……………何ですって?」 聞き捨てならない台詞に、無意識に声が低くなる。 驚いたように目を見開いてあたしを見るウェイバーに安心させるように軽く微笑んで、ポケットの中の小瓶に手を伸ばす。 「私はねぇ、君を評価しているんだよ。重ねされた代によって造られた優秀な魔術回路。豊富な魔術知識と技術。そして代々リチェイグル家に伝わる秘術。どれをとっても、今年の生徒の中でも最上級だ」 声高らかにウェイバーを、あたしを嘲笑うケイネスの言葉なんて、もう半分も聞いちゃいない。それでも、彼のあたしのたった1人のご主人に対する露骨な侮辱は、聞き逃すこともできずずぶずぶとあたしの中に入ってくる。 気持ち悪い。こいつのすべてが胸糞悪くてしょうがない。 頼むからその口今すぐ閉じてくれないか。じゃなきゃ、あたしは腸が煮えくり返りすぎて、手元が狂って今すぐ無差別に誰かを殺してしまいそうだ。 「だというのに、だ。私からすれば、君がなぜそこまでウェイバーに尽くすのか理解不能だよ。私の元へ来るのなら、今が最後のチャンスだと思うがねぇ。他でもないリチェイグル君なら歓迎しようじゃないか。君のような優秀な生徒が、彼のようなボンクラに使い潰される運命しかないかと思うと、私はほとほと胸が痛む」 「な、僕は…………っ!」 ケイネスの言葉に反応したのか、とっさに反論しようとウェイバーが顔を上げたものの、次の言葉を言う前にケイネスの高笑いが周囲に響いたのに気圧されて、二の句を告げずに悔しそうに歯噛みして俯いてしまった。 「はっははははは! お笑いだなぁウェイバー・ベルベット。所詮君のような何のとりえもない人間が、この聖杯戦争に参加しようと思う事自体が分不相応なのだよ!」 「……………さい」 聞くに堪えない汚声に、ついにぷちんと緒が切れた。 何の緒かって? んなもん、堪忍袋に決まってる。 「うん? どうしたのかねリチェイグル君。謝罪なら私は」 「五月蝿いって言ってんだよ、この若ハゲがッッッッ!」 煮えくり返った腸の所為で湯だった本能の命じるままに、ケイネスの言葉を遮って立ち上がる。 どこにいるとも知れない―――けれど確実にこの倉庫街のどこかにはいる―――ケイネスに向かって声を張り上げた。 「あんたの元に行く? 馬っ鹿じゃないの。あたしは一度だってあんたに師事した覚えはない! あたしは既にウェイバーのものだし、あんたの所にレニス・リチェイグルなんて人間ははなっから存在してないのよ!!」 「な、何だt」 「うっせえこのバーカバーカ若禿ばああああああああか!」 んべえ、と片目の舌を指で伸ばして舌を出して、ポケットの中で握っていた小瓶を取り出して、そのまま地面に思い切り叩きつけた。 中の液体が地面に飛び散り、そこから黒いヒビが地面に入っていくのを冷めた目で見ながら、ふん、鼻を鳴らして腕を組んで空を睨み付けて声を張り上げた。 「ゴー、ファミリア!」 あたしの言葉を合図に、黒いヒビの隙間から、ミイラのような土気色の小さな手がいくつも這い出てくる。 さあ行けマイステディ・ゴブリンども。ケイネスをこの場に引きずり出して、その腹の中身を思う存分むさっぼって来い。 情けなんてかけない。要らない。これは戦争だ。負けた人間には無残な死しか用意されちゃいない。 なら、遠慮なんてするだけ無駄だ。 明らかに動揺した声を空に響かせるケイネスを睨み付けながら、あたしはにやりと唇を吊り上げた。 2013.11.7 更新 ← |