ライダーの神威の車輪(ゴルディアスホイール)は、想像していたよりずっと乗り心地が良かった。 見かけが牛車で、それもバチバチと紫電を放ってその上を駆けるというトンデモ飛行法で走っているというのに、ちっとも揺れずに、静かなまますさまじいスピードで走っている。 ただ―――問題があるとすれば、1つだけ。 「…………うっぷ。気持ち悪」 「はっ!?」 あまりにもぐんぐん景色が通り過ぎていくので、逆にそれによってあたしが酔ってしまう事だけである。 「あ、だめ。酔った」 「何やってるんだよお前! 外の景色ばっか見てるからそうなるんだよ、早くこっち来て目ぇ離せって!」 「だ、だって。周り見ないと敵に反応できない………うぶ」 「ああもうほら言わんこっちゃない!」 ぱっと手で口を覆うあたしに、ウェイバーがわたわたあたしを牛車の縁から引き離して、慌てて背中をさすってくれた。 あったかい手は気持ちいいんだけど、それによって揺れるので、どんどん気持ち悪くなっていってるのは言った方が良いんだろうか。 「はっはっは! 豪気な娘だと思っていたが、やはりそう弱点なしとはいかぬか。小娘は乗り物が苦手か」 「へ? ああまあ。飛行機も離陸するときがちょっときつかったし」 「おお、あの空を飛行する鉄の鳥か! 面白い。余も一度乗ってみたいものよ」 いや、その空を飛ぶ鉄の鳥より、この神様の牛が引く牛車の方がずっと速いし凄いと思うんだけど。 がっはっと豪放磊落に呵呵と大笑いするライダーに、そう思ってちょっと苦笑する。 この豪快なおっさんもとい王様は、なんとも器がでっかすぎるのか、時々妙にボケたことを言う。 「あー……きつ。もういっそ猫になった方が楽かしら」 「いや、ここで転身したら絶対気持ち悪いの悪化するからな!? お前ただでさえ普段の状態でも転身する時は少し気持ち悪くなるって言ってるんだから!」 「だってさぁー……」 めっ、とばかりに言うウェイバーに、ぶすくれてそっちにもたれかかる。 人は苦しみから逃れるすべを模索する時、たとえ逆にもっと自分の身を苦しめることになっても試してみたくなるものなのだよ。 つーらーいーと日和ながらウェイバーに甘えていると、ライダーからもうすぐ着くぞと声がかかった。 「え、早いなもう着、ひゃああっ!?」 「ひぃぃいいい!」 着いたの? と訊こうと思った瞬間、ガタン、と大きな音がして、ああ地面に着いたのかと思えば、そのまま凄まじいスピードで走りだした。 反射的にあたしに引っ付くウェイバーの背中を支えていると、牛車はものすごい勢いで走ったかと思えば急ブレーキをかけ、セイバーとランサーの交戦の真っただ中であるこの倉庫街のど真ん中で、敵方は勿論あたしたちですらあんぐりと口をあけてライダーを見つめている中、彼は大きく両腕を広げて、空に向かって高らかに吼えた。 「双方剣を収めよ、王の御前である。我が名は征服王イスカンダル! 此度の成敗戦争では、ライダーのクラスを持って現界した!!」 「……………へ」 ぽけ。と。 うおーっと万歳の態勢でそう高らかな宣言を果たした我がご主人のサーヴァントに、酔いも混乱も吹っ飛んで目が点になった。 「何を…考えてやがりますか! この馬ッ鹿はあああああああ!!」 その言葉の意味に絶句し、真っ先に我に返ったウェイバーがあわあわと顔を真っ青にさせてつかの間彼に対していた畏怖などをわすれてみゃーみゃーライダーのマントを引っ張ったり叩いたりしながら抗議をしたが、それもすぐにライダーにデコピンされて沈められる。 あたしはというと、ライダーがあまりにも堂々この戦争の戦略の要である真名を当の本人がぶっちゃけたものだから、一瞬「あれ、これってそういうルールだっけ?」なんて思ってしまっていた次第である。 だって、そんなこと誰も予想なんてするわけがない。もうほんと、うちのご主人のサーヴァント実はただのバカなんじゃないだろうか。 しかもさらには、何やら続けざまにまた何からかす気満々だよ、このアレクサンドロス大王は。 「うむ、噛み砕いて言うとだな。一つ我が軍門に下り、聖杯を余に譲る気はないか? さすれば余は貴様らを朋友と遇し、世界を征服する快悦を共に分かち合う所存である!」 「はぁっ!? ちょ………ライダーあなた自分が何言ってるかわかって……」 「? 無論であろう。さあ皆の者、名乗りを上げたいものから前へ出ろ!」 …………え。え、えぇぇー……!? 聖杯取りにわざわざ英霊の座から呼ばれて飛び出てしてる輩に、よりによって自分の配下になれとか言うかふつう。 「…………一体何考えてるの、この人は」 何だかもう、やってることが全部めちゃくちゃだ。 どこまでも我が道を行き過ぎる我がご主人のサーヴァントである規格外すぎるライダーを、あたしは何とも言えない気持ちになりながら、呆気にとられて呆れ交じりに眺めていた。 2013.10.27 更新 ← |