生存戦争 | ナノ


つつがなく進行





ウフフ、だのイヒヒ、だのと笑いを噛み殺しきれていないウェイバーを見て、思わず苦笑した。
あれから数日、あたし達はその日のうちにイギリスを発ち、聖杯戦争の舞台となる、日本の冬木なる町に降り立った。
そこで下宿先に息子夫婦や孫から見捨てられた寂しい老夫婦の家に目をつけ、ウェイバーは海外遊学から帰って来た孫と偽り、あたしはその幼馴染として住みついていた。まあ、あたしがウェイバーの幼馴染なのは嘘ではない。使用人としてだけど。
ちなみに、空き部屋が1つしかなかったので、あたしとウェイバーは相部屋である。
そんなウェイバーも、今は昨日自分の手に宿った令呪に夢中だ。ここ数年で1番の笑顔の彼に、思わず顔がほころぶ。幸せそうで何よりである。

「ね、ウェイバー。あたしにも見せて」
「おう」

彼と同じベッドで寝っ転がって言うと、同じく寝っ転がってるウェイバーが、嬉しそうな顔で手の甲を此方へ向けた。
ウェイバーの右手に宿る、赤い3つの印。これが、聖杯戦争への片道切符。
これが現れた以上、もう後戻りは不可能だ。
だけど。いや、だからこそ。
勝ち残らなければ、生き残らなければならない。
自分は、この小さな少年を護らなければならない。

「勝とうね、ウェイバー」
「当たり前だろ? あの聖遺物があれば、文句無しに強力なサーヴァントを呼び出せる」
「うん」

にっこりと自信満々に笑うウェイバーに、此方も同じように笑顔を返す。
そう。この子は、この子がやりたいことを、やりたいだけすれば良い。
それをあたしが、後ろからしっかりと支えてやればいいだけの話だ。

「ウェイバーちゃん、レニスちゃん。朝ご飯ですよーう」
「はーい!」

一回から聞こえるマーサ夫人の声に、2人揃って返事を返す。
そうしてお互いに身体を起こすと、どちらともなく顔を見合わせた。
ちなみに、今のあたし達は、2人揃ってパジャマスタイルだ。

「「………最初はグー、じゃんけんぽん」」

あたしがチョキで、ウェイバーがグー。
今日先に着替えて下に行くのは、ウェイバーに決定した。







とて、すとん。とて、すとん。
洋服に着替え、簡単に髪をまとめながら階段を下りてリビングに向かう。
早くおばあさんの甘いカフェオレが飲みたいなあと思ってリビングの扉を開けると、ウェイバーがトーストにマーガリンを塗りながら夫妻と話している所だった。恐らく、英霊召喚の為に昨日獲ってきた鶏の言い訳をしてるんだろう。
明日には返してくるからさ、と友達から預かって来たペットと誤魔化して言うウェイバーの隣に座って、同じく皿に乗ったトーストを手に取った。

「あら、おはようレニスちゃん」
「おお、おはようレニス」
「おはよう。おじいさん、おばあさん」

どうぞ、とカフェオレを差し出すおばあさんと正面に座ったおじいさんににこやかに言って、トーストにイチゴジャムを塗りたくる。
この安っぽいパンは噛みしめる度に故郷のイギリスパンが恋しくなるけれど、それは多めにジャムを塗ることで我慢しよう。

「………しっかし、やっぱりあの鶏の声喧しいよなあ」
「あら、あたしが取ってきた獲物がご不満?」

嫌そうに顔をしかめてぼやくウェイバーに視線だけ向けて問うと、彼は苦笑してひらひらと手を振った。

「全然。むしろ上々だよ。ありがとうレニス」
「ふふ、どういたしまして」

おばあさんが入れてくれたカフェオレをごくごくと半分ほど飲みほして、今度はプレーンのヨーグルトにジャムを投入する。

昨日、この今コケコケと煩く鳴いている生贄用の鶏を捕まえるのは、なかなかに難儀だった。
まず冬木氏で鶏の養育所を見つけるのにすごく苦労した。まあそこら辺の情報収集はウェイバーが頭をかきむしりながらやってくれたので、あたしはただ見ていただけだったんだけど。
そしてなんとか養育所を見つけたものの、最初はウェイバーが自分が行くと言って柵の中に入って行って、思いっきり鶏に引っかかれて敗北に終わった。
仕方がなしに、あたしが猫になって柵の中に入って行って、大きいのを適当にみつくろってきた。その際やはり鶏は抵抗して寄ってたかって攻撃してきたが、そこはやっぱり猫。鳥をかるのが趣味のようなこの身体が、そうやすやすと鶏の小さな爪で割かれるわけがない。
でもやっぱりあの爪をかわしながら捕まえるのは面倒くさかったから、その際、つ目の方は此方の爪でスパッと削がせていただいた。

「何にせよ、この喧しい鳴き声も、今日英霊を召喚するまでの辛抱だ。それまで、ボク等はのんびりと過ごすことにしよう」

そう余裕たっぷりに言うウェイバーにちょっと笑って、トーストの最後の一口を口に放り込んだ。






(このまま何も無ければいいのだけど)







2012.2.3 更新