生存戦争 | ナノ


つまりはそういう話





聖杯戦争
それは、60年に一度、聖杯に選ばれた7人の魔術師が同じく7人のサーヴァントを呼ぶ出し競わせ、殺し合い、万能の願望機である聖杯を求める。
これは、その第4回目の戦争と、それにまつわる男女の物語





昔、母は言った。
今日からお前はこの方に尽くし、だが決して絆されてはならない。隙を見て操り、我がリチェイグル家を再興させるのだと。


時計塔の魔術講義の時間。講師であるケイネス・エルメロイ・アーチボルトの講義を、あたしは欠伸まじりに聞いていた。
議題はそう、我がご主人であるウェーバー・ベルベットが提出した論文についてだ。
まあその内容は、彼が書いた「魔術師の血など才能で補えば関係ない」という理論に対する誹謗中傷だ。さっきまで丸くなってアーチボルトの話を聞いていたあたしに「真面目に聞けや」という視線を向けていたそのウェイバーは、今や立ち上がって肩を怒らせている。

「親に意見する前に、まずは言葉を覚えるのが先じゃないかな?」

ふっと嘲笑と共にそう言ったアーチボルトの言葉によって、周りから大爆笑が起こる。それを聞いたウェイバーは肩を怒りでぶるぶるふるわせ、とうとうその場で踵を返した。
教室を出て行こうとするウェイバーの背中に飛びついてひっついて、一緒に廊下に出る。

「馬鹿にしやがって、馬鹿にしやがって馬鹿にしやがって! あれが教師のやる事か!!」
「………まあまあ。そういきり立ったって良い事なんてないよ」
「うるっさいばーか!」

どしどしと鼻息荒く歩きながら怒鳴り散らすウェイバーに、ものの見事に八つ当たりされた。相変わらずぷりぷりと子供っぽく怒る彼に、背中にひっつきながらふううと息を吐き苦笑する。
彼が此度提出したあの論文は、構想3年、執筆1年に亘る、彼にとっては紛れもなく大作と呼べるものだった。
自分の考えと資料とを見合わせて一生懸命構想を練り、出来てからというもの毎日のようにあたしにそれを音読して聞かせて、「なあ、変じゃないか? ここの文章構成がおかしいとか、そういうのない?」と真剣な眼差しでこちらに意見を聞いていた。
………そこで自分の理論に何の疑問も抱かないのも、またこの子らしい。

だけどその自信作があの評価のされ方じゃあ、この子だっていきり立つのも無理はないでしょう。
ま、けどこの血筋第一主義な魔術教会で、こんな内容の論文提出したら、あんな風にばっさり一蹴されるの当たり前、かなあ。
というか、あれを真っ二つに裂かれなかっただけ、ウェイバーはラッキーだと思うべきだと思うんだけど。

思わずその光景を想像してしまってやれやれというようにふにゃあと鳴くと、ぎろりと音が聞こえそうな勢いで、背中越しに睨まれた。おお怖い。

「レニスだって何か言ったらどうなんだよ。それとも何か、あいつみたいにまだ3代しか続いてないからってボクの事馬鹿にしてんのかっ!? どうせ、お前だって何代も続いてる名家だからって………」
「あーもう、そんなに卑屈らないの。そんなこと別に思ってないって。あたしの家だって、没落しちゃって今はもうしがないベルベット家の使用人でしょ。君は少し気にし過ぎなのよ」

片方の手だけ爪を引っ込めてぽふぽふと肩を叩いて励ますと、ウェイバーは少しだけ表情を緩めて、ちょっとだけ情けない顔になった。
でもまたすぐに眉を吊り上げて、背中にひっついていたあたしの首根っこを掴んで胸に抱えた。吃驚して、つい声を上げる。

「んにゃあっ」
「アーチボルトの奴、あの論文を読んでボクの才能に嫉妬したんだ! 僕の才能を恐れたんだ!」
「……んー、別にいいんだけどね、それは。とりあえずウェイバー、まえまえ」
「は、前……? ってあだっ!」

今まで此方を見て喋っていた所為で前方不注意になっていたウェイバーに声を掛けたけど、それに気付く前に業者さんが押していた台車にものの見事に足の脛をぶつけてしまった。
はずみでほどけた腕の中から飛び降りて、ひょいと簡単に地面に着地する。
脛を押さえて蹲るウェイバーに近寄ってその足に顔を擦りつけると、涙目ながらウェイバーは頭を撫でてくれた。

「にゃあ」
「ぅう……ボクは大丈夫だよ、レニス…」
「んにゃああう」

ちっとも大丈夫そうじゃない。
流石に可哀想になってウェイバーの足をてしてしと撫でていると、このカートを押していた業者さんが吃驚した顔をして山のように積まれていた荷物の陰から顔を出した。

「大丈夫かい、君……」

心配そうに声を掛けられて、ウェイバーも慌てて顔を上げて大丈夫ですっと答える。それに業者さんもほっとした顔をしたけど、すぐに不思議そうな顔でウェイバーを見た。
案の定、まだ授業中だというのに廊下を出歩いているこの子を不審がっただろう業者さんに、ウェイバーはあわあわとアーチボルト先生に用事を頼まれて…と苦し紛れに言い訳をする。
普通はそこでおかしいと気付くだろうが、彼は特に不審がった様子もなく納得したようで。逆にそれならばとばかりに、ウェイバーに1つの包みを渡してきた。

「これ、アーチボルト教授に渡しておいてもらえないかな。大事なものみたいで」

そう言って業者さんから手渡されたものを見つめて、ウェイバーは顔を見開く。
不思議に思って首をかしげるあたしに、ウェイバーはさりげなくそれが見えるように包みを動かしてくれた。
送り元はマケドニア。アーチボルトの大切なもの。そして、生徒達の間で実しやかに囁かれている彼に対しての噂………。

じゃあよろしくね、と言って台車を押して去って行った業者さんをちらりと見て、次に床にしゃがみ込んだままのウェーバーと顔を見合わせる。

「………あいつが近々聖杯戦争に出るって噂、もしかして……」
「かもね。まああの高慢ちきぶりからして、想像に難くない結論だけど」
「ああ。……………こうしちゃいられない。図書室に行くぞ、レニス!!」

そう叫ぶと同時に、きっともう足の痛みなど興奮の果てに消し飛んでしまったのだろう事に、勢いよく立ちあがって走りだす。
そのぐんぐんと遠ざかっている背中を見て笑みをこぼすと、もう周りに誰もいないのを確認して目を閉じて息を止める。

「(…………Reproduction‐サイセイ‐)」

頭の中でそう唱えると、途端に身体全体が大きくなる感覚が全身を包み込む。
身体の毛が吸い込まれるようにして消えていく感覚や、頭の上に生えていた耳が解けるようになくなって逆に顔の横に毛におおわれていない耳が出てくる奇妙な感覚を目を閉じて息をとめたまま大人しく待って、やがてそれらの感覚が完全になくなった頃にようやく目を開け呼吸を再開した。
窓硝子に映るのは、先程までの小柄な白猫ではなく、オレンジがかった茶色の髪をツインテールにしている、いつもの自分の姿だった。

動物化。
これが、我がリチェイグル家に伝わる、所謂秘術みたいなものだ。
1つの動物の種族に身体を変化させ、そして、一度それを使えば元に戻ってから少しの間だけその変身していた動物の特性を使えるようになる。
うちの家が落魄れたのも、当主である父にその能力が使えなかったかららしい。
だけど何故かあたしの代になってそれが回復したらしく、母が口うるさく家を再興させろなんて言ってくるのもこれが原因だ。まあ、そんなことは今はどうでもいい。
左にだけついている大きな花飾りの位置を少し直してから、もう随分遠くを走っているウェイバーの背中を追い掛けた。



そう時間はかからずにウェイバーに追いつき、一緒に図書室に入る。それと同時にこの間その噂を聞きつけた時に片っ端から調べ上げた聖杯戦争についての文献をまた持ってきて再確認とばかりに読み耽るウェイバーを尻目に、隣に腰掛けてアーチボルトが使う予定だった聖遺物(多分)が入った箱をしげしげと見つめてみた。
それを一通り見てから机に置いて視線をウェイバーに移すと、彼は真剣な眼差しで文献を読んでいた。
その目が字を追うごとにに熱っぽくきらきらと光るのを見て、此方の胸も熱くなる。ウェイバーの瞳がこんなにも生き生きとするのを見るのは、かなり久しぶりな気がする。

「聖杯戦争は、肩書きも権威も何もいらない、正真正銘の実力勝負。………ボクにぴったりじゃないか」

心行くまで調べ終わったのか、文献の分厚い本を閉じて熱っぽく呟いたウェイバーが、輝く眼をそのままに椅子の上に体育座りをしていたあたしを振り返った。

「レニス! …………あ」
「?」

興奮冷めやらぬという顔をしてあたしの名前を呼ぶと、何かを言いかけてから、どこか言い淀むような顔をして目線を明後日の方向にずらした。

「なに? ……どうかした?」
「いや…その、聖杯戦争、日本の冬木って土地で行われるんだけど。その……お前は、アンヌネラさんに言われて、家の再興の為にわざわざここに通ってるわけだし、だから、ええと……」

遠回しについて来たくないなら良いよと言いながらも、さっきからちらちらと此方を見る目は不安でいっぱいだ。ここでもしあたしがじゃあ行かないなんて言ったら、きっと目に涙の膜を張りかけながら精一杯強がって、じゃあ聖杯持ち帰って来てやるから、精々大人しく待ってろよ、とか言うに決まってる。ちなみに、アンヌネラとはあたしの母の事である。
……あたしの家庭事情なんてお構いなしに、いっそ強引に命令をしてくれたら、まだ被害者面出来たものを。
全く。あたしがこの弱っちいご主人を、放って祖国に留まるなんて出来る訳がないでしょうに。……けれど、そんな此方の思考回路なんて1割も解っていない打算の無さも、あたしがこの子を好きな理由の1つでもある。

「行くわよ、あたし」
「!! ……けど、レニス」
「学校なんて、少し休んだぐらいじゃどうってことないって。なんせ、あたしは優秀だもの」

ふふん、と茶目っ気たっぷりに胸を反らして言うと、ウェイバーは途端にぱあっと表情を和らげた。うんうん。君にはそう言うちょっとおばかっぽい顔をしてる方が似合ってるよ。

「っあ、でも、やっぱりレニスの家が………」
「その点の心配もなーし! 第4次聖杯戦争を勝ち取ったのがあたしのご主人なら、何の問題もないでしょ?」

からかいまじりにぱちっとウインクして笑うと、ウェイバーはようやく本当にほっとした顔をした。
ついでとばかりに近付いて、その小さくて小枝みたいに華奢な身体を、ゆっくりとぎゅっと抱きしめる。

「……それに、君がどこへ行こうと、あたしは君の行く先について行くって、言ったでしょ」

宥めるように頭を撫でると、ややって、ウェイバーがあたしのカーディガンを戸惑いがちに掴んだ。

「……危ない、戦争なんだ」
「危なくない戦争なんてどこにもないよ」
「………死ぬかも、知れない」
「護るよ」
「……お前の事言ってんだっつの。………ばあか」

口では何とでも言えようが、ウェイバーの態度が、この子の本心を如実に表していた。
ふるえる腕であたしの背中に手を回すウェイバーを、さっきよりも強く抱きしめる。

「った、レニス………」
「一緒にいるよ。ウェイバーが望む限り、あたしはずっと君と共に在る」
「…………」

何も言わずに腕の力を強くするウェイバーに、思わず涙が出そうになって、奥歯を噛みしめた。

大丈夫。あたしは君の可能性を否定しないよ。
ずっと一緒にいたいと、幼心に願ったあの日から。
だから、君のしたいように、したいことを好きなだけすれば良い。
大好きな、可愛い可愛いあたしのご主人。







(物語の歯車が、廻り出す)






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今年に入って新連載!(笑)
フェイトはまってしまって抜け出せない。
今ステイナイトの方もアニメ見てるんですけどね……。
小説はまだ読み途中なので、しばらくはアニメと小説の混じり混じりなものになってしまうかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。
お前Longの連載多すぎなんだよ更新のそうくせによおとか思われるかもですが、亀更新から兎更新にまで速度を速めたいと思いますので、なにとぞ見捨てないで見て頂けたら幸いです>_<




2012.1.31 更新