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お月見のはなし。





「じゅーうーごーやーおー月さん、ごーきーげーんさーん」
「奏者、何だその歌は」

開け放たれ涼しい風が舞い込んでくるベランダに続く窓の前で、月を見上げながら歌っていたマスターに、エクストラが声を掛ける。
彼女が体育座りをしているマスターのすぐ横に顔を出して尋ねると、マスターは優しく目を細めた。

「この歌はね、日本の童謡で、「十五夜お月さん」っていうんだよ。今日、図書館に行った時に司書くんに教えてもらったんだ」
「ほう?」
「司書くんが言うにはね、今日はじゅうごやって日なんだって。だから、今日の夜には、この歌がぴったりだろうって」

おいでおいでと手招いて、マスターの足の間にエクストラがちょこんと腰かける。
それを支えるようにエクストラの腹の前で手を組んでそう語ったマスターに、エクストラは頷き掛けて、そこではてと首を傾げた。

「奏者よ、そもそも、そのジュウゴヤとは何だ?」
「え?」

不思議そうに尋ねたエクストラに、マスターは思わず首を傾げて、そして確かに、と小さく呟いた。

「あれ……何だったっけ。えっと、たしか、えーっと」
「十五夜とは、別名『中秋の名月』といって、旧暦の8月5日の事を言う。また、1年で最も月が近くなる日とも言われているな」
「アーチャー!」

不意に聞こえた声にマスターとエクストラが振り向くと、先程まで洗いものをしていたアーチャーが、お盆の上に布巾が掛けられた何か大きな皿を乗せてやって来た。

「それにしても、今時そういった事を気にするとは、君の友人は随分と風流だな」
「えへへ、でしょう」

盆を四角いちゃぶ台におきつつそう言ったアーチャーに、マスターは嬉しそうにふわりと頬を緩ませる。
恐らく言葉の意味はよく解っていないのであろうが、単純に彼が司書くんと呼び慕っている人物が褒められた事が嬉しいのだろう。
その頭をよしよしと撫でながら、アーチャーも先程マスター達がしていたように、ベランダから見える月を見上げた。

「銘打つだけあって、やはり、今夜の満月は大きいな」
「…………うん。そうだね、すごくきれい」

マスターも顔を上げると、雲一つない夜空に金色の光を放つ月が目に映る。
それを瞳に焼き付けるようにして見ていると、ふと、自分の顎の下にあるエクストラの頭が目に入った。
そのまんまるい頭と、頭上の月とを見比べて、マスターは無意識のうちに、エクストラの髪を一房掬っていた。
自分の髪をいじられた感覚に、エクストラがきょとんとした顔でマスターを見上げる。

「奏者? どうしたのだ一体」
「えっ? あ、ごめんねエクストラ。つい」

不思議そうにエクストラに尋ねられて初めて気付いたのか、マスターはエクストラの髪を掬っては落としている自分に軽く目を見開いて、反射的に謝罪をした。
エクストラの方は特に気にもせず、別にかまわないがどうしたのかと問うと、マスターはえっとと少し何と言おうか迷うそぶりを見せて、空に浮かぶ月を指差した。

「あの月とエクストラの髪が、同じ色だなって」
「月?」

聞き返すエクストラに、うん、とマスターも頷く。

「まじりけのないきんいろで。すごく、きれいだ」

エクストラの髪を見つめながら、しみ入るようにマスターがそう言うと、エクストラがぼっと音を立てる勢いで顔を真っ赤にさせた。
そのままあわあわと言葉にならないうめき声を上げるのに、マスターは不思議そうに首を傾げる。

「エクストラ?」
「あ、そ、そそそそそそなたは本当にっ………!」
「…………?」

膝の間に入って抱きしめられるという行為を恥ずかしげもなくしておきながら髪を褒められただけで初恋もまだな少女のように顔を真っ赤にさせるエクストラに、アーチャーはこっそり苦笑する。
エクストラは、マスターのこういった無意識の言葉に酷く弱い。
マスターは、エクストラが人とは違う存在である事も、かつてどこかの時代で名を馳せた英傑である事も理解している。しているのだが、それでも、それでもマスターにとってはエクストラは「かわいい女の子」であるらしい。
だから彼女が例え何であれ、大切にしたいのだと。

マスターはエクストラが赤くなっている理由なんて、きっと見当もつかないのだろう。
そう思う何とも微笑ましい限りだが、しかし放っておいても収集が付かなくなるので、アーチャーは2人の視線を集めるようにぱん、と手を叩いた。
それに反応してこちらに顔を向ける2人に、にやりと笑って見せる。

「ところで、君達は十五夜のもう一つの意味を知っているかね」
「「?」」

意味ありげにアーチャーがそういうと、マスターもエクストラも訝しげに眉根を寄せて小首を傾げる。
その様に内心ほくそ笑みながら、アーチャーはちゃぶ台に置いていた盆の上にかぶせられた付近に手を掛けた。

「むしろこちらの方が今は主流なのだがね。十五夜というのは、月見、つまり、月を見ながら茶や団子を食べる日という意味もあるのだよ」

布巾を取りさり、大皿いっぱいに盛った様々な種類の団子を見せると、マスターとエクストラは目を輝かせた。

「「お団子ー!!」」
「はいはい。たんと食べたまえ」

わーいと歓声を上げて団子に手をつけ始めた2人を見て、アーチャーの顔に無意識のうちに笑みが浮かぶ。

「うむ。王道のみたらしも捨てがたいが、余はやはりあんこが捨てがたいな。この舌をくすぐる絶妙な粒がたまらぬ」
「僕はあんこも好きだけど、アーチャーのお団子はきな粉が一番好きだなあ。ちょっとしょっぱいのが癖になるんだよね」

むぐむぐもくもく。口いっぱいに団子を頬張り口ぐちに感想を言い合う2人は、もう完全にそちらに夢中になり、月のことなど眼中になくなってしまっている。
そんなまんま子供のような彼等に、アーチャーはまだまだ花より団子だなと苦笑すると、2人を余所に、ベランダから見える月に視線を移した。
いつの時代も、この大きく丸い月だけは変わらない。
願わくば、次のこの日も、彼等と共に在れたらと。
そんな他愛もない事を考えながら、アーチャーは月と彼の作った団子を食べる子供たちを肴に、入れたばかりの熱いお茶を一気に煽った。






2013.12.31 更新





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