宵月物語 | ナノ





家に到着してからは忙しかった。
案内された部屋はパパの自室の隣で、どうぞ、と促されて入ったパパのお屋敷の中は、外観を裏切らずとても豪華な造りになっていた。
玄関を開けるといきなり大きく視界が開けて、真ん中に吊されている巨大なシャンデリアが眩しかった。その先にはまた大きくて広い階段があって、途中で2つに別れたそれを見て、ここは本当に日本なのかと少しの間呆けてしまった。
それをパパに伝えると、不思議そうな顔をしてこんなの普通でしょう? と言われた。…………流石ブルジョア、恐るべし。
多分これはもうわたしの価値観の基準で考えてはいけない世界なのだと思うことにした。

「はい、ここが今日から貴女の部屋になるところですよ」

食事をする場所はここ、キッチンはここ、パパの書斎はここ、と家の色々な場所を案内してもらって、最後に通されたのは、パパの寝室のすぐ隣の、私の部屋になるという所だった。

「…………すごい」

扉が開かれると同時に広がった夢のような景色に、私は目を丸くしてぽつりと一言呟いた。

なんて大きいんだろう。この部屋だけで、わたしの前の家の居間の広さを越えている。
部屋の壁紙は上半分がクリーム色、下半分がラズベリー色の女の子らしい可愛い色で、家具は可愛い造りのソファーと、まるでお姫さまみたいな淡い金の天蓋がかかった大きなベッド。
大きな茶色い本棚に、真っ白い木で作られた勉強机。そこについてる棚に前の学校の教科書がしまってあった。
机の横には私のランドセルがかかっていて、それを見て初めて、わたしがパパに預けた荷物がそれ以外に見当たらないことに気が付いた。

「………あの、パパ。わたしのお洋服とかは?」
「ああ、それなら心配ご無用。こちらの部屋に」

素朴な疑問にパパは楽しそうに私にウインクして、部屋の真ん中辺りの壁にある扉にわたしを促した。
まだ部屋があるの!? と仰天しているわたしを尻目に、パパはわたしが扉の前に来たのを確認すると、意気揚々とその扉を開けた。

「え、わ、わぁ………っ!」

私がパパに預けた荷物は、ランドセルと前の学校の教科書、それと箪笥1つ分の洋服と数個のくつ。
パパが開いた扉の向こうには、その洋服たちと、それを圧倒的に上回る数の洋服があった。

「え、え、洋服がこんなに沢山………!」
「ウォークインクローゼットです。洋服を選びやすくする為の部屋ですよ」

何となくだけど、パパのその説明は少なからず間違っていると思う。
だけどそれはあえて口には出さずに、高級そうな可愛らしい服たちを、おっかなびっくりしながらしげしげと見回した。

「透子が来るのが楽しみで、テンションが上がってついつい買いすぎてしまいまして。初めに用意していた洋服箪笥に入りきらなくなってしまったんですよ」

いやあ参りましたなんて言いながらはっはっはと笑っているパパを、ぽかんとして見つめる。
引き取ってもらえる事だけに頭がいっていただけに、まさかパパがこんなにわたしの部屋に費用を費やしてくれていたなんて夢にも思わなかったのだ。
よくよく考えてみたら、普通一人暮らしの男性の家に、こんな女の子向けの可愛い壁紙が貼ってある部屋があるはずがない。
多分だけど、わたしの為にわざわざ貼り替えてくれたんだろう。
そう思うと、少し申し訳ない。だけど、凄く嬉しかった。

「えへへ、パパ、ありがとう!」

嬉しくって、満面の笑顔をパパに向けると、パパは目を見はって動きを止めた。

「………? パパ?」
「っああいえ、何でもありませんよ」

不思議に思ってパパを見上げたまま首を傾げると、パパは弾かれたようにわたしの方を見て、ぎこちなく微笑んだ。
それにまた首を傾げていると、パパはこの話はもう終わりだと言うように、ぱんと手を叩いた。

「お昼にしましょうか」

にっこりと微笑んだパパに、わたしも笑って二つ返事で頷いた。







お屋敷1日目のおひるごはんは、それはもうおいしかった。誰かお屋敷にいる気配もパパがご飯を作った様子もなかったから、お昼のキッシュをさくさくとフォークで食べやすい大きさに切りながらパパに聞くと、パパの使い魔であるウコ…バク? というお料理上手な使い魔が作ってくれたんだとか。
世の中には色んな悪魔がいるもんだなあと思いながら、目の前を通り過ぎて行ったコールタールにタルトの欠片を食べさせてやった。(そしてまたパパに珍獣でも見るような顔をされた)

それからわたしの新しい部屋を過ごしやすいように少しだけ作り替えて、それからパパのお仕事が終わるまで、部屋に置いてくれたハードカバーの童話集を読み耽り、日が暮れた頃にパパと一緒にお夕飯を食べた。
その時のメインは鰆のムニエルで、信じられないくらい美味しくて、ウコバクは各家庭に一匹いるだけで幸せになれると思った。

それから大きな猫足のバスタブにゆっくり浸かって髪を乾かして。寝る支度を整えると、パパに部屋のベットに入るように促された。

「さて、と。では透子、私はまだ仕事があるので行きますが、きちんと1人で寝れますか?」
「うん」

枕元に立ってそっと聞いてくるパパに、笑顔で頷く。
もう9時になるけれど、パパはまだまだお仕事があるみたいなので、ここで我儘を言って困らせる訳にはいかない。

本当を言うと、まだ1人で寝るのは怖いのだ。
いや、前は平気だったけど、私の家族が死んでしまってから、厳密に言うと暗闇に1人でいられなくなってしまった。ついでに、広い空間に1人でいる事も。
だけど、そんな事を言ってパパを困らせる訳にはいかない。
もう十分ってくらい良くしてもらっているんだから、これ以上迷惑なんて掛けられるはずがない。

「パパ、お仕事がんばってね!」
「はいはい。あなたも早く寝なさい」
「はーい」

手袋を嵌めた手でポンポンと頭を撫でてくるパパにはーいと返事をして、目を閉じる。
これから暗くなる、と思っただけで、背中に汗がにじんできた。

「…………………」
「……お、おやすみなさーい」

目を閉じたまま、目を閉じて怖くない怖くないと念じながら出来るだけ明るい声を出してそう言うと、布団から冷気がもれてきた。
驚いて目を開くと、上着と手袋と靴を脱いだパパが、私の布団に入ってきた。

「えっ、えっ、パパっ?」
「気が変わりました。少し仮眠をとる事にします」

そう簡潔に言うなり枕に頬杖をついて私の方を見るパパを呆気にとられて見ていると、パパはそのままベッドのサイドデスクに置いてあるランプをつけるとリモコンで部屋の照明を消した。

「疲れもとれますし、どうせなら透子と一緒に寝ようかな、と。嫌ですか?」
「! う、ううん、嬉しいです!」
「フフ、そうですか」

慌てて首ふり人形みたいにこくこくと頷くと、パパはほんのりと頬を緩めて笑った。
今まで見た中でもとびっきり優しい綺麗な笑顔に、ついついどきまぎする。

「………すみませんでした」
「えっ?」
「あんな事があった後で、暗闇に1人でいるのが平気である筈がないのに。配慮が足りませんでしたね」
「うっ、ううん! そんなこと………っ」

天井を見たまま静かにそう言うパパに、身体を半分残して否定しかけると、そっと口に人差し指が置かれて、口を閉じざるをえなくなった。
ついでとばかりに弱い力で肩を押されて、しぶしぶベッドの中に戻る。

「もういいですよ。寝なさい。しばらくの間は、夜は私と一緒に寝ましょうね」

そう言って、おやすみの代わりにわたしの頭を優しくなでてくれたパパに、にっこりと笑ってはいと呟いた。






(良い夢を、と)(夢現の中で、パパがそうつぶやいた気がした)







2012.1.25 更新
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