真っ暗な世界。
父の断末魔。
逃げろと叫ぶ母の声。
ゆっくりと下がっていく抱きかかえた弟の体温。
私は一生忘れない。
「―――透子、透子」
「……ぇ、あ、はいっ!」
不意に呼び掛けられて慌てて返事をすると、もうそろそろ着きますよと告げられた。
長く大きい妙にファンシーなピンクの車の中から外を見ると、正十字学園を中心とした普通の日本の町並みとはまた違った家々が見えた。
「わあ………凄い」
「ここは私が管理している学園を中心とした巨大な学園町です。
結界により、中級以上の悪魔は侵入出来なくなっています」
わたしの頭にぽんと手を押いて優しく撫でてくれるヨハン・ファウストさんに、わたしはもう一度はいと呟いた。
わたしの家族は、みんな悪魔に殺された。
親戚ともろくに付き合いがなく、1人残されたわたしはどうして良いのか解らなくて不安でたまらなかった時、ファウストさんがわたしに養子縁組みを申し出てくれたのだ。
ファウストさんとは、以前から何回か顔を合わせた事があった。
お父さんとファウストさんは所謂悪友というものらしく、会うとしょっちゅう言い合いをしていたけど、2人ともどこか楽しそうだったのをよく覚えている。
危うく殺されそうだったわたしを助けてくれたのも、ファウストさんだった。
「透子、もう直ぐ私の…いえ私達の家に着きます。荷物は粗方運んでありますから、車に積んである 分は自分で整理して下さい」
「ありがとうございます、ファウストさん」
あれです、と一際大きい家…と言うより屋敷を指差すファウストさんにお礼を言うと、ファウストさんは少し困ったような苦笑いをした。
「透子」
「は、はいっ」
ファウストさんの言葉に慌てて返事をすると、わたしを安心させるようにまた頭を撫でてくれた。
「固いですよ、透子」
「へっ?」
きょとんとするわたしに、ファウストさんは続ける。
「あの時の貴女はそうするより他なかった訳ですが、今の私達は言わば親子! その子供が、いつまでも父親をファミリーネームで呼ぶというのは如何なものでしょうかねぇ?」
「えっ、あ、そっか……! そうですよね!」
仰々しく身振り手振りで言うファウストさんの言葉に納得して、大きく頷く。
確かに。いくらなんでも、養子うんぬんの前にこれから長い間、下手をしたら十年以上お世話になる相手を何時までも他人行儀にファミリーネームで喚ぶのは如何なものだろ3
うか。
「解りました。じゃあ、これからはわたし、ファウストさんのこと、“パパ”って呼ぶねっ」
養父になってもらっていることから、お父さんとの呼び分けも兼ねてそう言って精いっぱいに笑顔を作ると、ファウ…パパはぽかんと私の顔を見ると、一拍おいてからくるりと反対の方向を向いて、窓のちょっと上の所に腕をおいてそこにおでこを押しつけてぷるぷるし出した。
「えっ、えっと、パパ……?」
「いえ…これはこれでなかなかクるなあと………」
「?」
驚いてそっと尋ねると、パパはぷるぷるしたままよく解らないことを言った。
……えっと、嫌って言われなかったって事は、そう呼んでも大丈夫なのかな…。
そうこうしているうちに、車はパパの自宅に着いたみたいで、やっとぷるぷる状態から抜け出したパパが車のドアを開けてくれた。
「さあっ、着きましたよ。ここが今日から貴女が住む家です」
仰々しく両手を広げて言うパパに苦笑して、車を開けた途端に目に飛び込んできたコールタールににこりと笑い掛けた。
「律儀ですねぇ透子。そんな小さなものにまで気を回していたら、いつかパンクしてしまいますよ?」
わたしが悪魔を見れるようになってから出会った悪魔みんなに笑顔を向けているのがそんなに不思議なのか、奇妙なものを見るように片眉を上げて言うパパに、これでいいのと照れ笑いをした。
「わたしは全部の悪魔さんを、平等に好きになりたいから」
そう言ったわたしの言葉はまごうことなき事実なのだけど、パパはどこか納得いかないというような顔をしてから、まあ良いでしょうと言って、何時もの表情に戻った。
「そうそう透子、1つ言い忘れた事がありました」
「?」
トランクからわたしのスーツケースを運ぶように指示しながら、パパは屋敷に向けていた身体をこちらに向けた。
「知っての通り、私は正十字騎士團に属する祓魔師です。ヨハン・ファウストというのは、それを隠す為の言わば表の名前。
本名はメフィスト・フェレスというんです」
「へ……」
「と言うわけですので、これからよろしくおねがいしますね? 透子・フェレスさん☆」
そう言ってバチコンと星を飛ばすみたいにウインクをするパパを見たら、何だかそれが本当の家族として受け入れられた証みたいで、妙に嬉しくなって、自然と頬が綻んだ。
あたらしいおうち!
(沈んだ心が)(浮き上がる)
更新 2011.8.27