人工的な光がまぶしいシュテルンビルト。 そんな煌びやかな地上に負けず、きらきらと輝く星を、自社のゼウスレイチェルを象徴する大鷲を象徴するクラウンイーグル像の上から眺める。 綺麗な空だ。上は、下とは違って、穏やかな静寂を守っている。いつか、このシュテルンビルトにも、そんな時が訪れればいのに。 ……………ま、そうなったら、私は失業してしまうのだけど。 少し自嘲気味に笑って、目に蝙蝠をかたどった仮面を付ける。それに内蔵された追尾システムを起動して標的をズームすると、ヒーローTVのヘリと、逃走している強盗犯の乗った車が見えた。 その位置をしっかりと確認すると機能を切って、小さく息をついた。 「………それじゃ、クールに狩りといきますか」 パキパキと指を鳴らして、両手を広げ、今日も犯罪がうごめく地上へと飛び込んだ。 強盗犯達に追いついた時には、彼は最初に乗っていた車から、民間のタクシーに乗り換えて逃走していた。 それを見止めると、一気に急降下して、能力を発動させた。 私のネクストは“素手で触れたものを刃に変える”こと。一度触れたそれは、私が望めば刃に変わり、それを解除すれば元に戻り、また素手で触れなければ刃に変える事が出来ないと言うものだ。 そんな使い勝手が良かったり悪かったりする能力だけど、割りと攻撃性に特化しているから、こういう犯罪者の逮捕向きだと言える。 ちなみに、能力で変えた刃の切れ味は、私の意思次第。つまり、その気になれば―――何だって斬れる。 強盗犯達が乗っているタクシーの後ろに降りるやいなや、刃に変えた右のロングブーツで、タクシーの屋根を勢いよく薙ぎ払った。 いきなり外の風が入り込んできて驚いたのか、運転をしていた犯人が勢いよくブレーキを踏み、車はくるくると回転しながら止まった。 〔おおっと! ロックバイソンとファイアーエンブレムが取り逃がした車を止めたのは、最近ご無沙汰だったクールバット!! 今日もクールに足技を決めたぁー!!!〕 「(…………悪かったね、最近ご無沙汰で)」 私のヒーロー名を高らかに叫びながら大きく煽りを入れるマイクに内心苦笑いする。こっちだって、好きで休んでいたわけじゃない。 やれやれと思いながら、犯人の1人にあらかじめ触れてあるトランプの入った銃を向け、それを発射するのと同時にそれをナイフくらいの鋭さの刃に変えてその場に縫い付けた。 さて後の2人もと思っていた所で、空からよくドラゴンキッドが降って来て、勢いよくタクシーのボンネットに着地した。 そしてそのままの勢いで、電流のこもったアームハンマーで犯人のうち一人を捕まえた。 「おやおや。流石だね、ドラゴンキッド」 「ううん、バットさんもすごいよ! 久々の登場であんなに格好良く決めるなんてずるいっ」 可愛らしく膨れるキッドに癒されて、此方も一応テレビ用の“クールバット”らしい爽やかな笑みを向ける。 このまま犯人を警察に預けて彼女と談笑を続けたかったけど、キッドが気付いた違和感によって、中断せざるを得なくなってしまった。 「………ねえ、クールバットさん」 「何?」 「逃走中の犯人って、確か3人だった…よね?」 「ああ、うんそうだね……え?」 「ボクらが捕まえたの、2人だけじゃない」 ハッとしてキッドと顔を見合わせて、慌てて車の中を見渡すけど、当然ながらもう3人目の犯人の姿はなかった。どうやら私達がほのぼのとしている間に逃げおおせたらしい。 次に、近くのビルに設置してあるテレビへと目を向けた。 シュテルンビルトの到る所に設置されているテレビは、すべてヒーローTVが始まるとそのチャンネルに切り替わるようにプログラミングされている。そんな事が出来るのも、偏に、ヒーローTVの社長がメディア王と謳われるアルバート・マーべリック氏だからこそだ。 そのテレビの内容を要約するに、私達がのんびり談笑に花を咲かせている間に逃げ出した犯人の最後の1人は、今はモノレールをジャックしてしまっているらしい。そしてその危機的状況で、その先のレールの上に立っていたのは………………。 「たっ、タイガぁっ!?」 デビュー10年のベテラン(崖っぷち)ヒーロー、ワイルドタイガーがそこにいた。 っていうか、どうして、何故、このタイミングなの!? リポートしてるマイクだって不安げな声出してるじゃない! 病み上がりの私が言うのもなんだけど、はっきり言って彼が大丈夫なのか不安でたまらない。 「何やってるんだあの人は!!」 「いや……バット、タイガーだって一応ボクらより年上だよ? そんなに心配すること………」 「だからって、心配なものは心配なんだよ。悪いけど、私はここで失礼するね。ああ、犯人は2人とも私が警察に引き渡しておくよ。かしてくれるかい?」 「うん。じゃあお願い」 ドラゴンキッドから彼女が捕まえた犯人を受け取って、スーツの機能のお陰で随分と軽く感じる彼等を両手に、足早に背を向ける。 「流石は“漆黒の貴公子”だね。ボクバット以上に格好良い男の人って見た事ないよ」 「……お褒めにあずかり光栄だよ、お嬢さん」 後ろから投げ掛けられた言葉に、振り向かずに半分苦笑して返事をした。 私が女と言うのを隠して、表向きは年齢不詳。実質的には男という世間の認識でヒーローをやっているのは、何と言うか、物凄く身内的な理由でだ。 企画当初の予定では女性的なラインを強調するような、セクシーかつアダルトなヒーロースーツがデザイン及び開発されていたんだけど、それを見た昔馴染み兼上司が猛反対したのだ。 「こんな格好を夏海にさせるくらいなら、いっそ男っぽいモノの方がまだまし!」と彼女が言ったことがきっかけで、じゃあそうしようと軽いノリで路線が変更になり、こうして今のスタイルになった。 「夏海のスタイルなら、ブルーローズ以上にアダルトなお色気系がいけると思うんだけどねぇー」というのは、私の社の社長兼兄の草耶兄さんの言葉だ。ちなみに、夏海というのは私の本名。 この事をヒーロー内で知っているのはワイルドタイガーである虎徹くんと、ロックバイソンであるトーニョだけだ。 彼等とは4歳程度年が離れているものの、割りと良い友人関係を築いていると思っている。 「しっかしまあ、この短時間で展開早すぎでしょ」 犯人を警察に半ば無理矢理押しつけて、マントをハングライダーへと変えて空高く飛び上がったところで、犯人の最後の1人を抱えて飛行船にしがみついている虎徹くんと目が合ってぎょっとする。 周りの状況から察するに、彼等が乗っていた飛行船は、今操縦不能になってるみたいだ。 「おお、クールバット、久しぶり!」 「何を暢気にしてるのかな君は。久しぶりじゃないよもう、とりあえずこの飛行船を何とかしないと…………っ!?」 虎徹くんと飛行船に気を取られていて、接近している客船に気付かなかった。 目の前に迫る大型のそれは、とてもじゃないけどこの距離では対処が間に合わない。 いっその事飛行船を全部バラスかと、スーツの一部を刃に変えるべく手袋を外そうとした瞬間、大量の水が勢いよく飛行船を押し上げた。次いで、手の形状で凍りつくそれを見止めて、周りを見回すと、辺りの運河全体が凍っていた。 「なあにちんたらしてんのよ」 相手を蔑むようなその口調。凍りついた海原に、一際目立つ氷のステージ。そこで両手にフリージングリキッドガンを構えて、お馴染みの台詞を恥ずかしげもなく言い放つあの姿は――――― 「ブルーロ−ズ!!」 「―――あなたの悪事を完全ホールド! ……ちょっとクールバット、久々のくせに私に挨拶に来るのが随分と遅いんじゃない?」 「ごめんね。だけどそんなふうにむくれる君も、とてもキュートで素敵だよ」 リキッドガンをブーツに付けてあるガンベルトに収めてぷりぷりと怒るブルーローズに、笑いながらそのぷくぷくと膨れた頬を突っつくと、顔を真っ赤にさせて手を振り払われた。 「子供扱いしないでよねっ、バットのばかっ!」 「ごめんごめん。君があんまり可愛いから、つい」 「もう……っ。恥ずかしい奴………」 〔クールバット、相変わらずの誑しっぷりでブルーローズも骨抜きです! もし彼があそこまでの美貌でなければ、今頃テレビの向こうの男性ファンの皆さんは殺意を抱いていた事でしょう〕 「君のハートを完全ホールド?」 「ばかっ!」 「彼」……ね。 茶化すようにぴっとブルーローズに指を向けて言うと、最早ゆでだこ状態になったローズに、顔を私の胸に押し付けたまま腹の辺りをぼかりと殴られた。 残念、ブルーローズ。 このスーツは1つの衝撃を百分の一に和らげる特殊素材なんだよねー。ちなみにうちの社のメカニックズお手製。 「っ………と、」 余所見をしている内に犯人が私達に銃を向ける音を聞いて、ローズの腰を抱いて此方の方に引き寄せつつ、マントを引っ張って彼女事銃撃から身を守った。 防弾・断熱・頑丈、おまけにスイッチ1つでハングライダーにも変わって羽根のように軽い万能マント。開発してくれた我が愛しのメカニック達には、こういう場面で役に立つ度に拍手をしたくなる。 「怪我は? ブルーローズ」 「ぅ、え、大丈夫……」 いきなりの銃弾に、驚いて目を白黒させているブルーローズに尋ねると、困惑気味に頷いた。 虎徹くんの方を見ると、彼は撃たれたものの、ハンドレッドパワーのお陰で大事には至らなかったみたいだ。 それにほっと安心しつつ、うおおだかうわああだか叫び声を上げながらこっちに向かってくる犯人の無謀さに呆れる。 ブルーローズを横抱きに抱きあげて斜め横に跳んで、今シーズン最後ぐらいは決めなよ、と視線を送ると、虎徹くんは頷くと同時に大きく跳躍した。 彼は不器用だけど、パワーだけならヒーローの中でも随一を誇っている。いくら虎徹くんでも、あの程度の雑魚相手なら楽勝だろう。 …………と、思った私が馬鹿だった。 大きく跳び上がって犯人を確保しようとしたところで、虎徹くんの能力が切れた。ハンドレットパワーが5分間限定でしか使えないのは周知の事実だけど、だからこそ自分が1番気を付けるべきだろうに。まさかこんなタイミングで…………。 どうしよう。ブルーローズを抱えているからマントをハングライダーに変えるスイッチが押せないし、まさか彼女を放り投げる訳にもいかない。 でも、今の虎徹くんがこんな氷の棘だらけの氷上にぶつかったら、ぐちゃぐちゃのスプラッタになることは確実だ。 「っワイルドタイガー!!」 こうなったら、私の能力で氷を砕いて海に落とすか、と虎徹くんの着地予想地点に銃を向けるのと、ピンクの閃光を放つ人影が虎徹くんがお姫様抱っこして救うのは、ほぼ同時だった。 フェイスガードの側面の兎の耳のような飾りが目立つごつめのヒーロースーツらしきものを纏ったその人は、虎徹くんを少しぞんざいに地面に放ると、犯人が放つ銃弾を次々と軽やかにかわして、犯人が立っている先程まで私達がいた氷の山を、回し蹴り1つであっさりと真っ二つにした。 「…………わぁお」 そのまま犯人を流れるような動作でスマートに犯人を拘束するその人に、目を輝かせる。 強い。簡単な動作しかしていなかったけど、動きに一切無駄が無い。何より、あの氷山を楽々と二分するキック力! 「何て素晴らしいんだろう」 すぐ側にいる筈のブルーローズの声すら、まともに届かない。 ヒーローTVのリポーターすら知らなかった謎の人物。ヒーロースーツらしきものを纏いながらもマスクの下の甘い素顔を惜しげもなく晒している好青年に、うっとりと熱のこもった視線を注ぐ。 「何なんだろうね、彼は……」 そのまま今期を終了するというアニエスの声を聞きながら、小さく呟いた。 → ← |