Dear,my HERO | ナノ



Daily is apt to be untimely.





虎徹くんと初めて会ったのは、私がまだ虚弱で、家に閉じこもっていた頃。
まだNEXTにも目覚めていなくて、年も一桁だった頃の、春の日。



ととと、っと世話係に見つからないように駆け足で、庭の裏にある沈丁花の方へと向かう。
春先に強く甘いいい香りを放つあの薄紅色の花はこの頃咲き始めていたらしく、昨日からほのかに部屋までいい香りが届いていた。温かい天気と、出かける前に襖を開けて縁側から外が見えるようにしてくれた兄に感謝感謝である。
それに、今日ある検診も苦いお薬も注射も、最近また変わったお医者様も大っ嫌いだから、丁度いい機会だ。
春にはあそこの沈丁花を、秋には反対側にある金木犀を見るのが私の数少ない楽しみなのだから、伊咲達には申し訳ないけど目を瞑ってもらおう。
そう思いながら一年ぶりの沈丁花の姿を楽しみに半分スキップになりつつある駆け足でいると、どこからか誰かが無く声がかすかに聞こえたような気がした。

「…………?」

気になって立ち止まって見をすまして見ると、やっぱり誰かが泣く声が聞こえる。
だけど誰だろう。ここら辺は森も山も大体は家の敷地内だし、誰かが入っているとはあまり考えられない。
だけど今家にはお母様と使用人しかいないし、お母様はまず除くとして、うちの使用人がこんな所で泣いているとも考えられない。こんな奥まで来ることは許可されてない筈だし。

じゃあ誰だ、だと思って声を辿って行くと、ちょうど私が行こうと思っていた沈丁花の前に、体育座りをした男の子が泣いていた。

「…………あなた、だあれ?」
「!」

恐る恐る声を掛けると、その男の子はびくりと肩をふるわせて、涙がたまったまま驚いた顔をして私を見た。

「………お、お前こそ、誰だよ。何で、こんな所に」
「何でも何も、ここは私の家の敷地内だもの。貴方がここにいる事の方がびっくりだわ」

涙で目元を濡らしている男の子にこっちも驚いて答えると、きょとんとした顔になった。

「……ここ、森の中だったんだけど」
「ここら辺の森と側にある森は私の家が所有してるの」
「…………マジ?」

ぽけっとした顔をする男の子にちょっと噴き出して、笑顔を浮かべて彼に近寄る。
すると、途端に男の子の顔が青褪めた。

「お、オレに近づいちゃ駄目だ!!」
「えっ?」

さっきまでとは打って変わって切羽詰まった表情の男の子に、驚いて足を止める。近付いちゃ駄目だと言いながら、そっちの方がよっぽど怯えた顔をしている彼に、脅えさせないように姿勢を低くしてじっと彼の顔を見つめる。
まるで野生の動物に対するような仕草だけど、実際、彼はまるで手負いの獣のように感じたから。

「どうして、近付いちゃ駄目なの?」
「お……オレ、みんなと違うから。オレの側にいると、みんな壊れちゃうんだ。小さな鳥も花も、みんなみんな。だから誰もいないような所に来たのに、何でお前がいるんだよ………!」

膝を抱えて丸くなって叫ぶ男の子に小さく苦笑して、気付かれないようにゆっくりと屈んだまま彼に近付いていく。

「あのね。私もあなたも、最初から他のみんなとは違うんだよ。それが、貴方は少しだけ他の人よりも個性が大きいだけ」
「………………」
「NEXT、って言うんだっけ? そう言うちょっと変わった力を持つ人の事」
「………そうだよ。オレはもう、この力がる時点で人間じゃないんだよ。だから。」
「そんな事ないよ」
「……え?」

全部の声を聞こえないように閉じこもる彼に、その外から声を掛ける。
驚いたように顔を上げる彼に、にっこりと笑いかけた。

「変わんないよ。前にね、私の兄が言ってたの。NEXTって言うのは、ただ普通の人の個性より目立つから騒がれるだけで、運動が出来るとか、頭が良いとか、そういう個性と何にも変わらないんだって。私もそう思うんだ。だって」
「ちょっ」
「ほら、壊れない」

うろたえる彼の腕を取ってぎゅっと握ると、零れそうなほど目を大きく広げる男の子と目が合う。

「あなたの側にいたって、私は壊れないよ。だってあなたは、私を傷つけたいなんて思ってないでしょ?」
「………そ、りゃ、そうだけど」
「じゃあ、何の問題もないじゃない」
「ちがっ、違う! オレの力は、俺がそう思ってなくても色んなものを壊すんだ! 今はただ光ってないから平気なだけで、また青く光ったら………!」
「そうなったら、私が怪我しないように強くなるわ。大丈夫!」
「…………………は?」

にこお、っと安心させるように笑って、彼の手を両手で握ると、男の子は必死に加減して手を振りほどこうとした状態で、ぽかんと呆けた顔をした。

「何それ…アホじゃないの?」

男の子は私の顔と握った手を交互に見てから呆然としてそう呟くと、それからふにゃっと、泣き笑いみたいな顔になった。

「ねえ、私は夏海。桜龍寺 夏海。貴方の名前は?」
「…………鏑木、虎徹」
「こてつ……虎徹、ね。良い名前ねっ」


やっと怯えるみたいな表情をしなくなった彼に満足して満面の笑みで笑った私に、虎徹はふんわりと顔を赤らめてはにかんだ。









パタパタと駆けてる軽快な足音で、目を覚ました。それとほぼ同時にけたたましく鳴り響く携帯のアラームに顔をしかめて、目を閉じたままそれをスヌーズごと停止させる。
目を開けて上を見ると、実家では無くてシュテルンビルトの模様の違う木目が目に入る。

「(……また、随分と懐かしい夢を見たもんだなあ………)」

あれは、確か私が5歳だか6歳だかの時だった筈だ。
今と違って虎徹くんは可愛らしくて、もっと初で純粋だった。今はもう枯れ果てたただのおっさんだけど。

「……おはよう、姉さん。起きてる?」
「うん、起きてるよ。お早う。着替えたらすぐ行くから、先に言ってて」

とんとん、と襖が叩かれて控えめに掛けられる声に笑って、寝起きの所為で少しかすれた声で応える。
わかった、じゃあごはん用意して待ってるね。と言う可愛妹へうんと返事を返して、またぱたぱたと廊下を歩くのを聞きながら、上半身を起こしてぐっと伸びをした。




今日の朝ご飯は、焼き鮭とサラダとほうれん草と油揚げのお味噌汁とごはんだった。

「うーん、美味しい。流石は初音ちゃん特性赤みそのお味噌汁。この濃い絶妙なみそ加減が堪らないわ」
「大袈裟だよ、姉さん」

出汁からちゃんと取ってくれているお味噌汁を絶賛すると、向かいに座った初音ちゃんが、照れて顔をちょっと赤くしてはにかむ。しかしまたその表情も堪らない、可愛すぎる。
だけど今は食事中なので抱きしめるのは断念して、大人しく朝食を食べるのに専念する。

そう言えば、今期から虎徹くんはトップマグから他の会社に移籍するんだっけ。
八つの巨大企業がヒーローを独占するとかいう新しい取り決めの影響らしいけど、こういう時に、薄情ながら自分は大企業に所属していてよかったと思う。
慣れ親しんだ上司や同僚と別れるのは辛いだろうし、新しい所で馴染むのも事業部のひと達と信頼を築くのも、そうか簡単には行かないだろうし。
それに虎徹君の移籍先はあのアポロンメディアだ。エリート集団で有名な会社(まあうちもだけど)だし、当然上司も堅物だろうから、彼のヒーロー論と合致できるかどうか心配だ。

「そういえば、姉さん、虎徹さんってまだトップマグにいるの? 時期的に考えて、もうそろそろ移籍するんじゃない?」
「…………初音ちゃん。貴女はその情報をどこで仕入れてきたのかしら」
「うん? だってこの間姉さんと草耶さんがお酒飲んでた時、八大企業でヒーローを独占する計画が決まったって草耶さん言ってたから。失礼な言い方だけど、虎徹さんが所属してるトップマグはお世辞にも大企業なんて言えるようなものではないし、むしろ最近落ち目って言っても良いくらい。だからこのタイミングで変わるのが切りが良いんじゃないかなって」
「…………成る程ねえ」

相変わらず敏い子だ。
私がクールバットととして初めてヒーローTVに映った時だって、会見で疲れた体を引きずって帰宅した私に、この子はかいがいしく上着を脱がしてくれながら言ったのだ。「お疲れ様。姉さんのヒーロー格好良かったよ」と。
彼女曰く、初めに見た瞬間から私がクールバットだと解ったらしい。
それから芋づる式にTV内でのやり取りから虎徹くんがワイルドタイガーである事にも勘付いたらしく、今では我が家では普通に虎徹くんとワイルドタイガーが同一人物として話題に上がる。
まあこの子も馬鹿では無い。と言うかむしろ聡明すぎてこちらが舌を巻く程なので、勿論この事は軽々しく口にしたりなんてしないし、口も堅いから、特に気にしてもいないんだけど。

「今期からアポロンメディアに移籍になるそうよ」
「へえっ。アポロンって言えば、この間紹介されたバーナビー・ブルックスjrもそうだよね。どんな人だった?」
「うーん、実は私もまだ話した事ないのよねぇ。まあ事件が起きれば嫌でも顔を合わせる事になるんだし、その時にでも話すわ」
「うんっ。どんな人か教えてね」
「それは駄目ー。ヒーローの個人情報は教えられませーん」
「ちぇー」

冗談めかしてそう言うと、初音ちゃんがぶうっとむくれて間の手を入れる。そうしてじっと2人で軽く睨みあって、示し合わせたようにぷっと同時に吹き出す。
まるで言葉のじゃれ合いだ。そんな事を思いながら冷めないうちにお味噌汁を全部飲み込んでしまおうとしていると、あっと初音ちゃんが声を上げた。

「そういえば姉さん。今日の楓の発表会、忘れてないでしょうね」
「勿論よ。この日の為に会社お休みさせてもらったんだから」
「虎徹さんちゃんと来れるのかなあ」
「引きずってでも連れてくるわよ。綱吉くんは?」
「午後から補習なの。4時までに終わって来れると良いんだけど……」
「優秀な監視が付いてるから大丈夫じゃない?」
「それもそうか」

なんてったって可愛い可愛い楓ちゃんの発表会、例え嵐が来たって行ってやると血判を押せるくらいだ。
昨日画像付き電話で「夏海さん絶対見に来てね。絶対の絶対。約束だよ?」と不安そうな顔で可愛らしくお願いまでされてしまったんだから、もうこれは行くしかないだろう。
そんな事を考えながらも、お弁当は何を作って行こうかと初音ちゃんと話していると、不意に、腕に付けたPDAから不躾なコール音が鳴った。

「…あー……」
「………行ってらっしゃい。怪我しないでね」
「うん……ごめんね。発表会の時間には間に合うように事件解決してくるから」

よりによって今日かい、とも思いながら、盛大な溜息と共に急いで朝食を完食して自室に戻ると、簡易的な部屋着から仕事着であるスーツに手を伸ばす。
洒落たフリルのついたデスクワーク用の…ではなく、“クールバット”用の飾り気のない真っ白のシャツに腕を通す。
紺碧のベストに、夜空色の上着を羽織って、1つに結んだ髪に蝶の髪飾りをつける。

「姉さん」
「はいな」

呼び掛けに応じて初音ちゃんの方を向くと、するりとなめらかな動作でネクタイを結ばれる。
綺麗に形作られた逆台形の真ん中に雪の結晶が来るように調節され、その下に縫われた白い丸がまるで夜空から降って来雪のように見えるネクタイは、この間のランキング2位祝いと称して渡された初音ちゃんからのプレゼントだ。

「行ってらっしゃい、クールバット」
「……行って来ます、初音」

畏まって敬礼して見せる初音ちゃんにちょっと笑って、真ん中に分けられてむき出しになっている額にキスを落として家を出て、車庫に止めてあるポルシェに乗りい込む。
エンジンが軽やかな音を立ててかかるの聞きながら、かっこつけていた顔を崩してはああと額に手を当てて大きくため息をついた。

「……………間が悪いったらない」

可愛い妹の前ではけして言えない愚痴をぽつりとこぼして、車庫から車を出すとそのままアクセルを力強くぐっと踏み込んだ。






日常とは 得てして 間が悪いものである
(犯人に空気を読めって言うのも)(可笑しな話だけどさあ)





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タイトルの英語は本気にしないで下さい。ただ辞書引いて作っただけなのでι






2012.1.3 更新