Dear,my HERO | ナノ



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がッ、と持ち上げられた襟首に、思わずぐえっと蛙の潰れたような声が出てしまった。
少し首を反らして苦しい位置から逃れつつ視線を下ろせば、眉を吊り上げた氷の女王と目が合った。
わあお、化粧効いてるとさらに迫力があるねとか言ってる場合じゃない。

「もおおっ! 私に見向きもしないであんなどこの馬の骨とも知れない男に見惚れるってどういう事!?」
「や、別に見惚れてたわけじゃあ……」
「言い訳無用っ!!」

あの後、一先ず無事にヒーローTV。あの時の青年はいつの間にかどこかに行ってしまっていて、虎徹くんはその彼に「貴方は時代遅れなんですよ、おじさん」とか何とか冷たく言われてしまったという愚痴を聞きつつ、さてそろそろMVPの発表だというところで、ミニライブを終えた向日葵の種を頬一杯につめたハムスターよろしくむくれたブルーローズに捕まった。
行き成りヒーロースーツの襟首を掴まれて有無を言わせず強制的に表彰台の裏に連れ込まれた時には何事かと思ったけど、冒頭の文句を怒鳴られて得心がいった。

黒に近い紺碧の皮手袋をはめた手で頬をかきつつ、先程のじゃれあいのようなやり取りと違い半ば本で怒っているらしい彼女に苦笑する。
そういう嫉妬気のされ方は女冥利に尽きると言うかちょっと嬉しいしある意味心地良むず痒さがあるのだけど、何だか彼女に他の女性を目で追って咎められる彼氏のような気分だ。
まあ……実際ローズにとってしてみれば似たようなものなんだろうけど。

「はいはい、ごめんねカリーナ。じゃあ君はどうしたら私を許してくれるのかな」

ヒーロー名で泣くあえて本名で呼ぶと、彼女はまたさっと顔を赤くして悔しそうに私を睨むと、ふいっと私に背を向けた。

「知らないっ! 自分で考えなさいよね!!」
「……………」

何と言うか、私の周りにはこうやって自分の気持ちを素直に表す人がなかなかいないから、こうやって言葉の節々に「かまってよね」オーラを出されると、こう、すごく……甘やかしたくなる。

「困ったな、私は愛情表現のボキャブラリーが少ないから、どうしたら君が赦してくれるのか解らないんだけど」

そっとブルーローズの手を襟から外させて、下から彼女の顔を覗き込んでやる。

「週末のケーキ食べ放デートではいかがでしょうか、女王様?」
「……………っ!」

続いて、とびっきりのアルカイニックスマイルをプレゼント。
思った通り真っ赤になったブルーローズを、ぎゅっと抱きしめて耳元で畳み掛けに入る。

「まあむしろ、私にとっては役得なんだけどね」

変声機の力に頼らず、自分で低い声を作って耳元でそう言うと、彼女の顔がぶわわっと赤くなった。

「わわわわ、解ったから! 赦すから、それ止めて…………」

吃驚するほど真っ赤になったブルーローズに肩を押されて大人しく離れると、おろおろと目が泳いだブルーローズの顔が見えた。
どうやら、ご機嫌取りは成功したようだ。

「………バット、意外に細い」
「君の方が細いよ」
「そう?」
「うん」

顔の赤さを誤魔化すように聞いてくるローズに頷いて、よしよしと彼女のセットが崩れない程度に頭を撫でた。
そうしていると、丁度いいタイミングで、手首にしたPDAから表彰上に集合するようにと号令がかかった。

「………じゃ、行こうか」
「………うん」

最後にもう一度彼女の頭を撫でて、2人一緒にステージに向かった。






トーニョとカリーナの間といういつもの定位置に着くと、右隣のトーニョに声を掛けられた。

「よう、クールバット。今期はあんまり出てこなかったな」
「まあね。その代わり、出動した時は誰よりも沢山の人を助けるようにしてるから、少なくとも君よりは順位は良いよ」
「うるせえ」

軽口を叩き不機嫌そうな声色のトーニョにくすくすと笑って、そのまま世間話に花を咲かせる。

「この間休んでたのも病欠でか? 相変わらず体弱いな」
「こればっかりは治しようが無いんだから、しょうがないでしょ」

ふうっと肩をすくめて行ったところで、虎徹くんが走ってやってきた。

「遅いよ、タイガー」
「わりっ。今どこらへんだ?」
「もうすぐMVP発表されるところ」
「セーッフ」

子供っぽい仕草でほっと息をつく虎徹んに全くもうとばかりに溜息をついて、MVPを発表する画面に目を向ける。
そして、視界のマリオの声とともに、発表が始まった。
MVP、つまりキングオブヒーローは前期同様スカイハイに。私も同じく前期同様2位だった。

「あーあ、また2位止まりか」
「今期三分の二出るかでないかぐらいでその順位ならいいじゃない。って言うか、3位の私の隣でそれ言うって嫌味なわけ?」
「ごめんごめん」

大きく取り上げられられている“スカイハイ”の文字のすぐ下にある“クールバット”の文字。少し切ない気持ちになって呟くと、隣のブルーローズにじろりと睨まれて苦笑する。
彼女はそう言うけど、2位の位置から動かないって、ある意味1位との差を1番見せ付けられるから、あんまり好きじゃないんだよね。まあ、それ以下になるのも嫌なんだけど。
まあつまるところ、中途半端はいやな性質なのだ。やるなら1番じゃなきゃ気が済まない。

〔それでは、今期のKOHの座に輝いたスカイハイから一言どうぞ!〕

司会の声に頷いて、スカイハイが列から一歩進み出た。

「皆さんの応援のお陰です。ありがとう、そしてありがとう! ……そして、クールバットくん。私は、君にもぜひともお礼が言いたい」
「え?」

お決まりとも言える台詞に加えて、私の方を見て言ったスカイハイに、首を傾げる。はて、私は彼に何かお礼を言われるような事をしただろうか。と思いながら、観客の死角になるように出されたカンペに従ってスカイハイの横に進み出た。

「君は、いつもあまりヒーローTVに出ないが、現場に駆け付けた時には誰よりも多くの人を助ける。そんな君の姿を見ていると、私も負けていられないと元気が湧いてくるんだ。私は君を、1番のライバルだと思っている。だから、これからも共に頑張ろう!」

大袈裟な振りと共に告げられた告白に思わず目を見開く。恐らくフェイスガードの下には満面の笑みが広がっているであろうスカイハイに、動揺を隠しつつにこりと爽やかな笑みを向けた。

「ありがとう、そう思ってもらえて光栄だよ。これからも、みんなと共に頑張ろうね」

握手を求める意味を込めて手を差し伸べてスカイハイを見ると、何故だか彼は私を見たまま固まっていた。

「? スカーイハーイ?」
「っ! あ、ああ、こちらこそよろしく、そしてよろしくだ!」

不思議に思って彼の顔をしたから覗き込むと、スカイハイは弾かれたように顔を上げ、それから改めて私と握手を交わした。知れと同時に、待ち構えていたように一斉にカメラのフラッシュを浴びせかけられる。
…………正直言って、カメラではあまり撮らないでほしい。映像と違って、写真映りはあまり良い方ではないのだ。
まあかと言って、当然そんな事言える筈もなく。大人しく彼と握手を交わしたまま暫く写真を撮られていた。

ようやく2人して定位置に戻ったところで、ヒーローTVの社長兼アポロンメディアのCEOであるアルバート・マーべリック氏の演説が始まった。
形式的な挨拶をいくつか終えると、新しいヒーローを紹介すると言って彼はその人物を自分が立っている壇上の側に呼んだ。

「! あの子…………!」

でてきたのは、今期のTVを思わぬ形で締めくくる事になった元凶である、あの好青年だった。来期からアポロンメディアのヒーローとして本格的に活動を開始するらしい彼改めバーナビー・ブルックスjr.くんに、恋する乙女ばりに無駄に熱い視線を送る。

「………え、何、お前あーゆうのが好みなわけ?」
「はあ? 何言ってんの? 彼の身のこなし君も見たでしょ。あれがすごくみりょくてきだから、私はただ是非一度彼と手合わせしてみたいと思ってるだけだよ」
「ああ、そっち」

この戦闘好きめ、とか言いながら何故だか少し嬉しそうにしている虎徹くんを何こいつという目で見て、マーべリック氏の彼の紹介に耳を傾ける。だけど、次にマーべリック氏が言った「彼の能力は5分間だけ全ての身体能力を100倍にする」という言葉に、一気に熱が冷めた。
虎徹くんと同じ能力なら、当然動体視力や脚力なども上がっている訳で。つまり、特に訓練なんてしていなくても銃弾を避けたり氷山を真っ二つにする事くらいわけない。

「(なあんだ。つまらないの)」

急速に彼への興味が萎えていく中、虎徹くんがいつの間にかステージからいなくなってしまった事に気付かないまま、表彰式は終わりを迎えていった。











「えっ、虎徹くん打ち上げ来ないの?」

所変わって、ヒーローに用意された個別の控室の中で、私は電話口で思わず虎徹くんに素っ頓狂な声で聞き返した。
ヒーローTVのMVP発表後に毎回関係者だけで行われる打ち上げに出る為に、ヒーロー呼び出し用のPDAではなくプライベート用のスマートフォンで話す今の私はタキシード姿だ。でも変声器はまだつけていないから、傍から見たらやたら自然な高い声で話すオカマみたいに見えた事だろう。
胸はほぼ完全に潰されているし、多少の範囲なら胸筋って事で誤魔化せる。今の私は、どこからどう見ても男そのものだった。ちょっと女顔なのはご愛嬌って事で。

「貴方を支持してくれているスポンサーへの挨拶回りは?」
〔夏海が俺の代わりにやっといてくれよ〕
「何馬鹿なこと言ってんの。………………あのねえ、いくら職業名がヒーローっていったってね、実質そこらのサラリーマンとそう変わらないのよ? 結果を残せなきゃクビになるし、上に愛想振りまかなかったら支援されないの。ちょっとマーべリック氏に話しのネタにされたくらいで臍曲げないでよね」
〔曲げてねーよ! 良いんだよどうせ俺は誰にも期待されてないんだから〕
「だったらそれこそ期待されるように……あ、ちょっと!? こら! 虎徹くん!!」

説教の途中でブツ、と音を立てたケータイに向かって大声で怒鳴ったけど、そこから聞こえてくるのはもうツー、ツーという無機質な音だけで、思わずそのままこれを逆パカしたくなった。

「……………Shit!」

思わず舌打ちをして、はあー――と今月1番の重く長い溜息をついていると、コンコン、と少し控えめなノック音が鳴らされた。
変声器をそれだけの為に取り付けるのも面倒くさくて、自分で地声をクールバットの声に変えた。

「どうぞ」

短い返事と共に入室を許可すると、間を開けずにドアが開いて、見知った顔がひょっこりと顔を出した。

「おやおや、愛想が足りないよ? 何やら随分とご機嫌斜めだね」
「兄さん!」

現れた黒スーツに胸ポケットの青揚羽の刺繍が目立つ我が社長兼兄に、嬉しさのあまり思わず地声で叫んで駆け寄った。
最近兄さんが仕事をため込んでいて本社の執務室にカンヅメだったせいで、まともに顔を合わせるのは久しぶりだ。
兄さんが後ろ手でドアを閉めるのを見計らって、閉め終わったとこで思い切り飛びつく。さっきまでの苛々は嘘みたいにすーっと一気に失せていく。自分でもブラコンという自覚はあるが、いかんせん私はどうしようもなくこの兄が大好きなのだから仕方が無い。
生まれた時からずっと傍にいてくれたこの人の側にいれば、私はいつだって最高に癒されるのだ。
抱きつくと同時に兄さんからもぎゅっと抱きしめられて、まるで暖かい日だまりの中にいるような安心感に包まれる。ぐりぐりと兄さんの胸に顔を押し付けると、優しく頭を撫でられた。

「ランキング2位おめでとう。惜しかったね」
「うん。でも来期はもっと沢山出れるようにして、次こそMVPに返り咲いて見せるから」
「ははは、頼もしいなあ。我が社のヒーローは」

顔を上げで宣誓をすると、兄さんは目を細めて両手を私の腰に回して手を組み直した。

「ただし無理は禁物だよ? 君は身体が弱いんだから。ヒーローTV欠席の理由も全部体調不良が原因だしね」
「はい、気をつけます」

ぺち、と軽く額を叩かれて、そこは大人しく頷いておく。相変わらず過保護だなあと思いつつも、それが何やかんやで心地良い。

「それと、変声器もクールバットでいる時は必ず付けてなきゃ駄目。クールバットが控室に女を連れ込んでるなんて不名誉な事をゴシップに書かれかねないし、君の正体がばれる要因にもなり得るんだから」
「はい」

デスクに置きっぱなしになっていた変声器をつまんでネクタイの裏に取り付ける兄さんに、大人しく返事をする。そのまま鏡の前の椅子に座るように促されて、下の所で結んでいる髪をブラシで梳かれる。

「そういや、虎徹は来るって?」
「ううん。不貞腐れて帰っちゃったみたい」
「あいつも大概馬鹿だねえ」

小学生かよ、という兄さんの呟きに思わず笑って、動かないでと言われて慌てて背筋を伸ばした。
兄さんが私の髪を整え終わるの待つ間他愛ない話をしていると、しばらくしてパチ、と何かを止める音と共に、兄さんはよしっと呟いた。

「はい、出来たよ。それと、これは僕からのプレゼントね」
「え?」

兄さんの言葉に聞き返すと、無言で手鏡を取って合わせ鏡にして、髪の結び目を見せてくれた。
細いいつものゴムの上で光る青く輝く小さな石で縁取られた蝶を模った髪飾りに、驚いて後ろを振り返る。

「兄さ、これ………!」
「前に髪の色に合わないからゴムが目立たないようにしたいって言ってたでしょ? これなら結び目見えないし、より綺麗に見えるよ。なかなか良いのがなかったから、結局オーダーメイドで作っちゃった」
「つ、作っちゃったって……別に私、何もしてないし」
「兄が可愛い妹にプレゼントをして何が悪いの。僕は君達妹弟に、機会があればいつだって何かしらあげたいんだから、大人しく貰っておけばいいの。それにほら、夏海には蒼がとてもよく似合うからね」

今年で40を迎えるのが信じられない程綺麗に微笑まれて、思わずと言った風に赤くなった顔を俯けて、小さく頷いた。今も昔も、私はこの兄笑顔にとことん弱い。

「よし、納得したならこの話はおしまい。会場に行くよ。皆さんお待ちかねだ」

兄さんの言葉に頷いて、蝙蝠を模った仮面をつける。変声器のスイッチを入れて、“クールバット”の完成だ。

「さあ行こうか、クールバット」
「はい、ボス」

ヒーロー名を呼ばれて、気持ちを仕事に切り替える。兄さんの呼びかけに短く答えると、その後に従った。
さて、面倒だけど、スポンサー様のご機嫌取りに勤しむ事にしましょうか。





始まりよければすべてよし





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ずっとやりたかったタイバニ連載、スタートです!
アニメもう終わっちゃったけど、まだ映画があるから大丈夫ですよね!
これからも桜龍寺家の面々がかなり出張る事になるかも知れませんが、どうぞよろしくお願いします。







2011.12.28 更新