小説 | ナノ


犬桜倶楽部





とある月曜日の午後、オレは体育館裏へ呼び出されていた。

「ちょっとアンタ、最近桜龍寺さんの近くに居すぎなんじゃないの?」
「桜龍寺さんが優しいからって、調子乗ってんじゃねーよ」
「恥ずかしいと思わないわけ?」

ちなみに、目の前にはケバ…少々濃いめのメイクをした恐ーい女の先輩が3人。
そしてオレは、壁に背をつきそうなくらい追い詰められてて、3人の先輩はオレを囲むようにして立っている。

「(さっすが初音……女の先輩にも大人気………)」
「何笑ってんだよ!」
「笑ってんじゃねーよ!!!」

初音の人気の強烈さに思わず引き攣った笑みを浮かべると、
両サイドにいた先輩達が、激昂してオレの両脇の壁をドンと蹴った。
それに思わず悲鳴を上げる。

「ヒイッっ! す、すみませ「男のくせに悲鳴なんて上げてんじゃねーよ!!」
「きめーんだよ女男!!!」
「(オレにどーしろってゆーんだよ!!!)」

こっちだって好きで女々しくなったわけじゃない。ていゆうか、悪かったな女々しくて!!
ていゆうか、貴方達だって女なのに男言葉ってどーなんですかっ!
何て事を思いながら先輩達の罵詈雑言に耐えていたけど、流石にお昼休みも終わりに近づいてきたし、このままでは心配した初音や獄寺くん達が、ここにやって来てしまう可能性がある。
そーなったら、困るのはオレじゃなくて目の前にいる彼女達だ。

前にオレが男の先輩達に呼び出されて暴力受ける寸前ってとこで初音が助けに来てくれた時があったけど、その時初音は、フルボッコにした先輩達をまるでゴミ…というか、物凄く汚いモノを見るような目で、「………死ねば? ゴミ蟲」とボソリと吐き捨てていた。

………あれはクル。精神的にかなり。
今回は女性だから初音も程々にするだどうけど、きっと軽蔑の眼差しぐらいは向けるはず。
これは早々に切り上げなければ。

「えっと、あの……じゃあオレはどうすれば………?」
「決まってんでしょ。もう2度と桜龍寺さんに近づかないで」
「っていうか、隣の席にいるってゆうのもムカつくから席替えしろ」
「話し掛けんなよ」
「えっ…と、すみません、それは無理です」
「「「ハァッ!? ナメてんじゃねーよ!!!」」」

そんな目くじら立てて怒んなくても…というか、席替えは流石に無理でしょ。初音ならやろうと思えば出来るだろーけど。
それに、オレは初音と離れる何て絶対にイヤだし。
先輩達にそんな感じの事を伝えると、先輩達はその言葉にかなりぷっつんしたらしく、真ん中のリーダーっぽい先輩が殴りかかってきた。

「なら死ねよッ!!!」
「うわっ……!!」

次に来るだろう痛みに耐えるべく、顔の前で腕をクロスする。
………けど、待っても全然痛みがやって来ないので、おそるおそる目を開けて腕を退かすと、オレの前に、1人の女の先輩が、凛と背筋を伸ばして立っていた。

それに驚いたのと、殴られ無かった事に安心して力が抜けて、地面にぺたりと尻餅をついてしまう。

「や……山吹…三茶花………」

……やまぶき…さざんか………?
恐らく目の前の先輩だろう名前を心の中でぼんやりと復唱する。
キレイな金髪…きっと地毛だ。
高い位置で結ったポニーテールに、その先に続くタテロール。後ろからちらりと見える前髪にも、タテロールがある。
その先輩が、先程の違う先輩の拳を片手で受け止めていた。

「…………まったく、見苦しいにも程がありますわ。恥を知りなさい」
「ぁ……ぁ……」

殴ってきた先輩の拳を振り払いながら冷ややかに言ったその先輩の一言で、殴ってきた先輩は怯えたように後ずさった。

「だっ……て、コイツ。生意気で………」
「何、馬鹿な事を言っているのです。この方は当然の事を言ったまででしょう。
仲の良い友達に近づくなだの、話し掛けるななどと言われて、はいそうですかと頷く人がありますか」
「で、でも………」
「でも、ではありません。………散りなさい」

そう言って目の前の先輩が3人の先輩達にギロリと冷たい眼差しを向けると、3人の先輩達は先を争うように逃げて行った。

「ぇ…ぁ……」
「まったく、ファンの傍にいる者を愛せずに、ファンを名乗るなど以っての外だというのに。…………ああ、大丈夫ですか? 沢田 綱吉君」
「はぃ……」

くるりとこちらを向いて、先程とは打って変わって優しく微笑んでオレに手を差し延べる先輩に、戸惑いながらもその手を掴んで、立ち上がらせて貰う。

「あ……あの、ありがとうございます…」
「いいえ、礼には及びませんよ、沢田 綱吉」

にっこりと、何とも上品に笑う先輩を、単純にただ綺麗だと思った。

「………? どうかしましたか? 沢田 綱吉君」
「あっ、いえ、その………綺麗だな、と思って」
「は……………?」

ぽかん、とした顔をする先輩を見てやっと自分がとんでもない事を言ったんだと理解して、慌てて謝る。

「え、あ、わぁっ! す、すみませんっ!!」
「っ、ふふっ…あははっ……」
「(わっ、笑われたっ………)」

慌てて先輩に謝ると、先輩はくすくすと可笑しそうに笑った。
それを見て、オレの頬に熱が集まる。

「あ、笑ってしまってすみません。
…………それと、もう呼び出しには応じない方が良いですよ。それでは、ごきげんよう。……沢田 綱吉君」

そう言って、その先輩はひらひらと手を振って、金色の髪をなびかせて颯爽と去っていた。

「………格好、良かったなぁ…」

去って行く先輩を見ながら、オレは憧れから頬を染めてそう呟いた。











「っていう事があったんだよ」
「あははっ。綱吉興奮しすぎだよ」

その翌日のお昼休み、私達は綱吉が昨日あった先輩の事を聞いていた。

「その先輩が本っ当に格好良くてさあ!」
「はいはい解った解った。……それで、その格好良い先輩は何ていう名前なの?」
「えっと……。山吹…さざんか先輩」
「へえ、山吹…ねぇ」

綱吉が言った「山吹」の言葉に、はてと首を傾げる。

「その名前…どこかで聞いた事あるような………」
「えっ、初音、山吹先輩の事知ってるの?」
「うーん…どうだろうか……」
「まあそれは置いといてさ、お前等知ってっか?」

うんうんと唸っていると、山本くんに話し掛けられた。

「「何を?」」
「噂なんだけどさ、お前等2人のファンクラブが出来たらしいぜ?」
「はっ? 初音の、じゃなくて?」
「おう。ツナと桜龍寺のファンクラブらしいぜ。噂じゃ最近出来たばっかりらしいけど、その割にはかなりの人数が入会してんだってさ」
「へぇーっ。いつの間にそんなの出来たんだろーね」
「10代目の凄さがやっと解ってきたのかあいつらは!!」

頭の裏で手を組んでニカッと笑う山本くんと、嬉しそうに言いながら購買で買ってきたパンにがっつく隼人に苦笑する。
そこで、先程綱吉が話してた先輩の事を思い出して、1つの疑問を感じた。

「………何で、その先輩、綱吉の名前知ってたんだろ」
「それは」

私の疑問にかぶせるように聞こえた声に、慌てて振り返る。
すると、後ろから開いた屋上のドアから、かつかつといった靴音と共に、物凄い美人が現れた。

「わたくしが、“犬桜倶楽部”会長を務めているからですよ」
「あっ!!」

かつ、と最後に靴音を響かせ、腰に手をあて斜めに仁王立ちをして立っている美女に思わず見惚れていると、綱吉から大きな声が発せられた。

「へ……? 綱吉?」
「お久しぶりです。昨日ぶりですね、沢田 綱吉君」
「あ、あ、貴方っ。昨日昼休みにオレを助けてくれた………!」
「はい。2年の山吹 三茶花と申します」

綱吉の言葉ににっこり笑ってお辞儀をした……えと、山吹先輩に、思わず頬が熱くなる。
………うわ、すっごい美人……。

美人は何やっても様になるなぁと思っていると、山吹先輩は今度は私の方を向いてにっこりと私に笑いかけた。

「初めまして、桜龍寺 初音さん。わたくし、山吹 三茶花と申します」
「…………は、はい。初めまして……。……あの、昨日は、綱吉を助けていただいて、ありがとうございました……」
「いいえ、御礼をいただく程の事はしておりません。
あれは、単なるわたくしのお節介。ただわたくしが彼を助けたいと思ったから、助けたまでです」

けっして驕る事をせず、ただ穏やかに、しかしきっぱりと言い切る山吹先輩に、少なからず尊敬の眼差しを送る。
………ヤバイ、めちゃくちゃ格好良い。
ぽ〜っとして彼女の顔を眺めていると、山本くんが山吹先輩に話し掛けた。

「ちわっす。初めまして。アンタがあの噂のツナ達ファンクラブの会長さんなんすか?」
「っ、ええ。わたくしの方こそ初めまして、山本 武君」

山本に問いに、山吹先輩は一瞬顔を嫌そうにしかめて、それから質問に答えて、山本くんに笑顔を見せた。
その、顔をしかめたのは一瞬だったから、他の皆が解ったどうかはわかんないけど。
でもそれを見て、やっと引っ掛かっていたのが何だったのか思い出した。

「あっ、思い出したっ! 2年B組の男嫌いで有名な山吹 三茶花先輩っ!!」
「あら、わたくしの事をご存知でしたの? 嬉しいですわ」

失礼ながらビシッと先輩を指差しながら大声で言った私に、彼女は嬉しそうににっこりと笑った。

「いかにも。わたくしが男嫌いで有名な山吹 三茶花です」
「えっ………あの、ちょっと待ってください」

にこにこと笑って言う山吹先輩に、綱吉が少し焦ったように話し掛けた。

「あの………失礼ですけど、何で男が嫌いなのに、オレ達のファンクラブの会長なんかやってるんですか………?」
「ふふ、よく聞かれる質問です。確かに、わたくしはつい数ヶ月前まで男性は大嫌いでした。男という生き物は……下劣で、短気で、乱暴で、それに不衛生な方が多かったので。
…………ですが、今年の春…真新しい制服を着て笑い合っているあなた方2人を見て、思ったのです。ああ……何て可愛らしいのでしょう、と」

………………………え?

「あの可愛らしい新入生達は一体誰なのだろう、そう思ってわたくしは調べました。あなた方の名前、生年月日、星座、血液型、住所……そして、わたくしは知れば知る程あなた方に夢中になっていったのです。
そして気がつけば! 犬桜倶楽部なるものを発足させていたのです!!
そう! 犬桜倶楽部のとは、仔“犬”の様に可愛らしい沢田 綱吉君と、“桜”の様に美しい桜龍寺 初音さんを、崇め、敬い、崇拝し、そして保護をする、由緒正しい倶楽部なのです!!!」
「いや……由緒正しいって、まだそれ発足して1年も経ってないですよね………?」

そう控えめにつっこんでみたものの、何やらヒートアップ
してしまった山吹先輩には聞こえていないようだ。

「ねぇ綱吉…ここって普通の人はいないのかなぁ……」
「さあ……いてほしいげどね………」

ああ…遠くでチャイムの音が鳴り響く……。
そんなのどかな並森中の午後だった。



犬桜倶楽部
(ああ)(癒しがほしい…切実に……)







今回は、標的20の「波乱まみれの体育祭」にちょろっと登場した、山吹 三茶花先輩の初登場話でした。
この人は1度ヒートアップすると、もう誰にも止められません。
これからも準レギュラーとしてちょろちょろ出たりしますので、何とぞよろしくお願いします。




2010.5.9 更新
加筆 2011.10.2