小説 | ナノ


ある晴れた日の事





これは、まだ初夏のくせに、蝉がミンミンミンミン煩かった、夏休みが始まるちょっと前のお話。





「おーい、だいじょーぶですかー?」

○月×日
綱吉の家の前に、何故か人が倒れていました。



この炎天下の中、無防備な格好で仰向けに寝っころがっているこの少年。
顔をじっくり観察してみたところ、どうやら入江 正一その人らしい。

とりあえず、このまま放っておくとこの子日射病に成り兼ねないので、近くの公園まで運んで、ちょうど日陰になっているベンチに彼を運んでそこに寝かせて、何か彼の頭の下に敷くべきかと考えていたら、ルリがこの少年の枕になるのを買って出てくれた。

「うーん…この子、よーく見ると綺麗な顔してるわねー。―――ね、ルリもそう思わない?」
【キュウッ】

私が入江少年の頭の下にいるルリに話し掛けると、それに応えるように一鳴きして、私を見上げた。
肌も白いし、赤茶っぽい色の髪の毛も、別に染めている訳じゃなくて地毛っぽいし。髪の色素がゼロに等しい私にしてみたら、羨ましいことこの上ない。

「――――ま、いいか。飲み物買ってこよっと。ルリ、留守番お願いね!」

あの茹だるような熱さの中に居たのなら、当然喉も渇いているだろう。
そうふんで、私はルリに番を頼んでから公園の入り口にある自販機にむかった。
まあ普通、子狐に番をさせる人なんていないんだろうけど、ルリはそこいらの中学生よりも賢いから、別にOKだろう。




自販機でスポーツドリンクを1本と、炭酸飲料を1本。それと、ルリ用に小さめの水を1本買うと、またベンチの方に戻った。

すると、入江少年(命名)が起きだそうとしていたので、そうっと駆け寄って、彼の頬にスポーツドリンクが入っているペットボトルを軽く押し当てた。

彼はそれに言わずもがな驚いたようで、目をカッと見開くと、勢い良く上半身を起き上がらせて、まるでモケーレ・ムベンベでも見たかのような目で私を見た。
まったく、命(?)の恩人に対して失礼極まりないな、入江少年よ。
あ、ちなみにモケーレ・ムベンベとは、虹色に光る全長1メートルほどの手足つきの蛇っぽい生物だ。 アフリカの奥地の湖に住む謎の爬虫類で、近づいてきた人間を襲うという、ちょっとどころかめちゃくちゃアブナイUMA(ユーマ)なのだそうだ。
良い子のみんなは近づいちゃアブナイぞ☆ ………なんちゃって。言ってて恥ずかしくなってきた。

そんな訳の解らない生物を何故知っているかというと、それはひとえに、隼人の唯一の愛読書、[世界の謎と不思議]を貸してもらって読んでるからに他ならない。
別に好きで借りてるわけでもないんだけど、たまに眼をキラキラさせてUMАついて語る彼が、話の最後に必ずそれの最新刊を取り出して「よっかったら読むか?」と少しだけ笑っているその顔を見てしまったら、とてもじゃないけど「いえいいです」とは言えない。
まあ、何はともあれ、とりあえず私は、たった今目を覚ました入江少年に声をかける事にした。

「あ、起きた? 入…じゃなかった。名も知らぬ少年よ」

私がそう言ってにっこりと笑うと、入江少年はあからさまに驚いた顔をして半分悲鳴を上げるようにして叫んだ。

「んななな………っ!!
だっ、誰だっ君はっ!」
「あらま、失礼しちゃう。せっかくこの炎天下の中無防備な状態でぶっ倒れてた君を、日陰に運んで介抱までしてあげたっていうのに。お礼の一言もナシなんて酷いわ」

大袈裟に身振り手振りで悲しそうに言うと、入江少年が本気で申し訳なさそうな顔をしたので、直ぐにふっと笑ってスポーツドリンクを渡した。

「ジョーダンよ、ジョーダン。ほら少年。脱水症状予防にはスポーツドリンクが良いって小耳に挟んでね」
「……はぁ…ドウモ」
「あはは。カタコトだよ、少年」

私が渡したスポーツドリンクと私を怪訝そうに交互に見つめる入江少年に、私は苦笑しながらツッコミを入れた。
そして、未だに状況把握がうまくいっていない入江少年のネコっ毛をうりうりと撫で回し、今の彼が陥っている状況を説明をした。

「……うーんと、覚えてる?
君、道端で倒れてたんだよ。しかも家のお隣りさん家の真ん前で。何かあったの?」
「え……あっ……」

私が簡潔に事の説明をすると、私にされるがままでんぐんぐとスポーツドリンクを飲んでいた入江少年が、思い出したように小さく呟いた。
同時に、だんだんと顔色が悪くなっていく。
私は何も知らないフリをして、再び入江少年のネコっ毛をうりうりと撫で回した。いやはや、意外と触り心地が良いのだ、この子の髪の毛。

「大丈夫? 顔色悪いけど。良かったら家まで送りましょうか?」
「え? い、いえ、平気…です…。………あ、そうだ。あなたの名前は?」

私が入江少年に声をかけると、入江少年は青かった顔を元にもどしてそう言うと、名前を聞いてきた。
ふっふっふ、だが生憎、私はそう簡単に人に名前は教えない主義だ。

「人に名前を聞く時は、まず自分から名乗るのが礼儀ってものじゃないのかな?」

私がそう言うと、慌てたように顔を赤くしてそれに応えた。
まったく、青くなったり元に戻ったり赤くなったり、忙しいね、入江少年は。

「ええっと、僕の名前は、入江 正一……です」
「(もう知ってるんだけどね〜)私は桜龍寺 初音よ。よろしくっ
…うーん、そうだなぁ……正一…正一…そうね!
あだ名は正ちゃんが良いわ。決定!」
「え!?」

ビシッと入江少年もとい正ちゃんに指を突き付けて言う私に、正ちゃんは目を真ん丸に見開き、裏返った声を上げた。

「うん、良いわね正ちゃん。可愛いし」
「や、ちょっ…待って下さ「敬語は要らない! ついでに否定も認めない!!」えー!?」

またもビシッと正ちゃんに指を突き付けて言う私に、正ちゃんは抗議の声を上げた。
だんだん素になってきている正ちゃんを見て、思わずにやにや…いやにこにこと笑ってしまう。

「ふふっ、まあ良いじゃない。私正ちゃんの事、介抱もして飲み物までおごってあげたんだから、その対価ってことで」
「イヤイヤイヤイヤ、そんなの、対価にならないでしょう」
「えー、そう? だって対価っていうモノは、その人が誰かにやったコトに見合うって思ったからこそ貰うモノなのよ? 簡単に言えば、私がやったコトに対する対価を決めるのは、貴方ではなく私ってコトじゃない」

そう言うと、正ちゃんは苦虫を潰したような顔をして私を見つめた。
うんうん、物分かりが良くて大変よろしい。

これが綱吉だったら、思いっきり?マーク10コは出して首を傾げているだろうからね。

「まあそんなワケで。これからもよろしくね? 正ちゃん」
「ぅ゛……………コチラコソ…」
「うっふっふーっ。カタコトだよー? しょーうちゃんっ」
「〜〜〜〜〜っ、ううううるさーい! 正ちゃんって言うなー!!」
「あははははは!」

ついに素を完全に出して叫んだ正ちゃんを見て、私は思わずお腹を抱えて笑ってしまった。

その後、正ちゃんはなんだかプリプリ怒ったまま、大きな木箱を抱えて帰ってしまった。
その箱なーにー? っと聞いてみたら、うっさいバーカ!、というなんともツンデレ感溢れる返答をいただいた。ちぇーっ。せっかくその箱、綱吉に届けてあげよーと思ったのにー。


――――――まあでも、去り際に正ちゃんが言った「じゃあまたね、初音!」、というのが、ちょっと嬉しかったのはここだけの秘密。





ある晴れた日の事
(魔法以上のユカイが〜…って)(コレ、何て言う歌だったっけ?)



「あ、綱吉綱吉〜。今日ね、面白い男の子に逢ったんだ〜」
「(ムカッ)………っふーん…(ムカ…?)」
「?? 綱吉? どうかしたの?」
「うっ!? なっ……何でもないっ…!」


自分の知らない所で誰かに知り合ったヒロインに、少しヤキモキを焼く綱吉くんでした。







みなさん、Buongiorno! 管理人なる咲羅です。
今回の《本空》番外編はと言いますと、ヒロインが入江 正一くんに初めて逢った出来事を書きました。

ほんとは原作を番外編で書くのはいやだったんですけど、ヒロインと正一くんのファーストコンタクトは、どうしても原作のごたごたがあった後にしたかったんです。
で、そんなもんだから、必然的にページ数も本編に出すには短すぎてしまいまして……。
泣く泣く番外編に載せてしまいました


さてさて、今回のヒロインは実に自由奔放でしたね。
うちのヒロインちゃん、テンション上がるともお誰にも止められません。綱吉くんが本気で止めれば止まると思いますが、多分。(←え
あ、それとですね、この時まだ綱吉くんの宿題騒動は起こっていません。
それが起こる前に逢わせたかったんです。スミマセン、御了承下さい。

というか、ぶっちゃけ只単にヒロインに正ちゃんって呼ばせたかっただけの話なんですケドね〜。ではまた〜。





2009.9.4 更新
加筆 2011.9.22