小説 | ナノ


ムカつく女



標的5その後



オレが10代目のファミリーになって早3日。
最近オレには、限りなく気に入らねぇヤツがいる。



―――そいつの名は、桜龍寺 初音―――



いきなり初対面でオレに平手打ちをかまし、ケロッと機嫌を良くしたと思ったら人の名前呼び捨てにしやがったとんでもねぇヤツ。
そいつは、オレが10代目のファミリーに入るずっと前に、既に10代目のお傍に居たらしい。
改めてコイツを観察して見ると、つくづくコイツは出来る奴だと思わせられる。

例えば、授業中に先公が10代目を当て、10代目がしどろもどろに成っていた時、何気ない仕草で答えの書いてあるノートを10代目の視界に入るようにずらして、サポートしている。
オレがいくらジェスチャーをしても伝わらないのに…とアイツを睨んでいたら、心を読んだように、「あんなのじゃ誰にも伝わんないよ」と苦笑された。
さらにアイツのムカつく所は、オールマイティになんでも出来て、しかもそれにオレは何1つ勝てない事だ。
ガキのくだらない意地だとは十分分かっているが、それでも割り切れないというのが男と言うものだ。

最近は10代目が体育の授業の時肩身の狭い思いをしていると気遣い、ちょくちょく男子の体育競技にも加わるようになった。
………奴が10代目と一緒に居るのを見ると、まるで自分は要らないように思えてきてしまう。

―――本当に、気に入らない―――

こんなモヤモヤを解消するために、放課後、オレは奴を体育館裏に呼び出した。






「なあに、隼人。急に呼び出したりなんかして」

おかげで綱吉と一緒に帰りそびれちゃったじゃないと愚痴をこぼしながら、アイツは銀をまぜこんだ白い髪をかりかりとかいた。

「っせぇ、オレに指図してんじゃねぇよ」
「別に、貴方に指図した覚えはないわ」

呆れたように肩を竦めるコイツを見ると、まるで自分がちっぽけな人間に成ったように感じる。
………ったく、何もかも気に入らねぇ。

「おい、お前に聞きたい事がある」
「んー?」

オレがキッとアイツを睨みつけて言うと、なんとも間の抜けた声が帰って来た。
だが、声に反して、ヤツの顔は好戦的な笑顔で彩られている。

「お前、オレが10代目にお仕えするよりも前に、10代目のお傍に居たらしいな」
「そうだけど?」

オレの問いににこやかな笑顔で答えるアイツに、ダイナマイトを構える。

「てめぇ見てぇな貧弱なヤツに、10代目をお護りするなんて出来るハズがねぇ。オレが、お前の身の程を教えてやる」
「…………へぇ?」
「っ!?」

瞬間、アイツの顔に見たことのない程の悍ましい笑みが刻まれた。

ぞわり、と、肌が泡立つ。

「………へーえ、貴方ごときが、この私に?」
「んなっ、ごときだとっ!?」
「ごとき……でしょう?」

ごときという言葉に、反射的に怯みながらも睨んで言い返した瞬間、すぐ傍で声がしたと思うと、いつの間にかアイツがオレのすぐ前にいて、顔を覗き込んでいた。

「っ! うわっ!!」
「まったく、女だ男だって……マフィア界でのし上がるのに必要なのは、「性別」じゃなくて「実力」でしょう? それはさぁ、貴方が1番良く分かってるんじゃない?
………ねぇ? ハーフだから、ピアノ弾くからとファミリー入りを散々断られてきた、獄寺 隼人くん?」
「なっ……」

桜龍寺がニヤリと不敵に笑って言った言葉に、オレは動揺を隠せずうろたえた。
何故知っている? 何時知った? リボーンさんに教えられたのか? それとも、元からコイツはマフィア…!?

「あー、なんか誤解してるみたいだけど、私は別に最初からマフィアだったわけじゃないからね? リボーンが綱吉の前に現れるまでは、ごくごく普通の一般人でしたよ、一般人」
「…………悪ぃが、どう見てもお前は一般人には見えねぇ…」

オレの考えを読んだように、手をひらひらさせながらにこーっと笑うアイツに、思わず硬い声でつっこんだ。
アラヒドイ、なんて言ってまた笑うコイツを、軽く睨んで頭をこずく。

「…ったく、何なんだお前は、いきなり人の事呼び捨てにしたり、平手打ち食らわせたり…」
「ふふっ、でもそれは隼人が悪いんだよ? 綱吉の机蹴ったりするから」
「ぐっ…」

それを言われると少々…いやかなり弱い。
もちろん、その事実に蓋をした、なんてムシの良いこと考えちゃいねぇが、10代目のお傍に居られるのが只嬉しくて、その事を忘れかけていたというのもまた事実だった。

「だから、あれは私なりのけじめ。でも、その後隼人はちゃんと改心したから。だから、それを認めるって意味を込めて、名前呼び捨てで呼ばせて頂きましたー」

そう言っておちゃらけるようにニヘラと笑うコイツを見た瞬間、何故だ顔が熱くなった。

………何だ、コレ!?

「あ、そうそう。あのねぇ、隼人」
「あ゛?」

にやぁーっと笑みを深めて言うコイツを訝しげに見詰めて(睨んで)いると、スッとコイツの白くて華奢な腕が伸びてきて、ぐい、と顎を手で捕まれて引き寄せられた。

「私、隼人の事、けっこう好きよ?」
「っ!?」

アイツの整った顔が近付いてきたとおもったら、ちゅ、と頬に軽いリップ音と、暖かい感触。
…………って、ちょっと待てよオイ!?

「な、は、ぅ、え!?」
「あっはははっ、隼人ったら変な顔〜」

ケラケラとコイツは声を出して笑っているが、生憎こちらはそれどころじゃない。
ヤツのく、唇が触れたところを中心に、耳まで真っ赤に染まっているであろう顔の口をぱくぱくと開けたり閉めたりしていると、ようやく笑い終えたらしいアイツが、ピシッと右手の人差し指をオレに突き付けて言った。

「とりあえず、もう無言でガン見したり、睨んで来るのやめてよね。私だって、やっとできた家族に嫌われたくないんだから」

そう言って少し困ったような、哀しそうな顔をして笑うコイツに、オレは何故か胸がぎゅうっと締め付けられるような感覚を覚えた。
―――が、当のコイツは、先程とは打って変わってにこにこ笑いながら、シュピッと手を挙げて言った。

「じゃ、これから私、スーパーのタイムセールに行くから、そろそろ帰るね」

バイバーイと言いながらオレに背を向けるアイツに、思わず声をかけた。

「おいっ、待てよ桜龍寺!!」

そう声を上げて呼び止めると、コイツは少し驚いたように振り向いた。

「………わ、初めて名前呼んでくれた…。って言っても苗字だけど」

と言ってふふっと笑うコイツを、不覚にも今の笑顔で赤くなってしまったであろう顔で力の限り睨みつけると、にやにやと笑われた。

「照れちゃってかっわいーっ」
「〜〜〜〜〜っ、うるせぇっ!」

目をつむって顔を赤くしたまま怒鳴ると、こいつはまたクスクス笑いやがった。
…ったく、なんでコイツこんなにムカつくんだ。

「じゃ、今度はホントにバイハイ。
最近私、駅前のスーパーが夕方頃に値引きセールしてるって知ってさー。これもう、行くっきゃないかなぁ〜って」
「はあ?」

いきなり素っ頓狂な事を言い出したコイツに、オレが少し上擦った声を上げてポカンとほおけていると、次は##NAME1##って呼んでねー!と言いながら行ってしまった。

「………何なんだ、アイツ…」

本当に、訳がわからない。
先程一瞬だけ見せた、歴戦のヒットマンに匹敵する程の殺気も、破天荒な思考も、自由奔放な行動も。
…………それに一々心を乱される、自分も。

ただ、仕方ねぇから、少しくらいなら認めてやるよ。




ムカつく女
(それでも)(ムカつくもんはムカつくんだけどな)






加筆 2011.8.31