短編 | ナノ


いつか誰かと何処かの大地で



第一印象は、頑固でいけ好かないバカ。
“正義の味方”なんて、今時小学生でも口にしない目標を本気で掲げているそいつに、あたしは初め呆れ返って言ったのだ。

「あんた馬鹿じゃないの。そんなのなれる訳ないじゃん」

そうインスタントの味気ないコーヒーを飲みつつ言ったあたしに、すると奴は本気で怒って言い返してきた。
そこで一般的に当たり前の事を言ったにも関わらず怒鳴られた、と思ったあたしは、一瞬呆気にとられて、次の瞬間、自分でもびっくりするくらい苛立ちが胸を焼き焦がした。
正直、あの時どうしてあたしがたったあれだけの事であそこまで怒りを覚えたのか、自分でも解らない。
自分の信念を否定されたのだから、それがどんな内容であろうと相手が怒るのは当然だっただろうに、けど、むしろあたしはその事に腹が立ったんだと思う。
そして実際にあたしはあいつに掴みかかり、信じられない事に、あたし達は初対面のくせに、胸倉を掴み合いながら遠慮なしに互いに罵り合いをスタートさせた。
すぐに騒ぎに気付いた互いの所属していた団体の人間に引き剥がされながらも、あたし達は最後まで癇癪を起した猫みたいに威嚇し合っていた。
その時からすでにあたし達の仲は最悪の一言に尽きたのだが、あの日戦争を止める為に戦場に赴いていたあいつと、戦争によって出た怪我人を治す為に戦場にいたあたし。その似ていながら全く違うあたし達は、その日を境に、事あるごとに出くわす事になった。

戦場に取り残された人々がいれば怒鳴り合いながらヤツは敵を牽制しあたしは怪我人を治療しながら助けだし、地雷原に取り残された子供達がいれば嫌味の応酬をしながらその子達を助ける為に脇目もふらずに突っ走って1人でボロボロになるあいつを治療しながら共に地雷原を駆け抜けた。
エミヤシロウという名のそいつは、とにもかくにも変なヤツだった。


「そりゃあしょうがないわよ。それが士郎だもの」

いつもあたしの一方的な愚痴りに付き合ってくれていた彼女は、いつも最後にそんな事を言っていた。

「その一言で片付けられたら、あたし何も言いようがないんだけど」
「そうはいってもねぇ………。あ、それよりあんた、いい加減士郎の事ちゃんと名前で呼んでやりなさいよ。あいつああ見えて意外と気にしてるわよ、きっと」
「いーや。あたしあいつ見てるといらいらして仕方がないの。名前思い出すのだってまっぴらよ」
「あんたもあんたで大概ねえ」

ぷいっとそっぽを向いたあたしに苦笑して、次いで彼女は「ねえ、それで最近の士郎はどんな感じ?」とどこかわくわくと身を乗り出してあいつの近状を聞いてきた。
あたしはそれに、当たり障りのない奴の事を語っていく。
最近急速に浅黒くなっていく肌と、色を失いつつある髪を、彼女は知らない。きっと、それは良い事ではないのだろうけど、知ってしまったら、あいつに付いて行かないと決めた彼女は、きっと強い後悔と罪悪感に苛まれるだけだから。
没落の一途をたどった魔術師の家の絞り粕のあたしに手を伸ばしてくれた彼女を、かつて彼女を師事したあいつと同じように、あたしは大切に、愛していた。
大事にしたい。幸せになってほしい。あたしとあいつの数少ない共通点であるそれ。この赤い美しい、遠坂凛という少女は、あたしたちにとって、永遠のアイドルなのだ。
そうしてあいつの事を話し終えると、凛は変わらないわねと笑って、いつものように、修繕を頼んでいた水晶の槍をあたしに渡してくれた。
こんなに自分を思っている人がいるのに理想を取るエミヤシロウという男は、本当に、筋金入りの大馬鹿ものだ。



あたしは、エミヤが嫌いだった。
自分の事は後回しで考えなしに突っ走るエミヤが嫌い。
自分の事を大事に思ってる人間がいるのを解ってないエミヤが嫌い。
人が笑っている所がみたいと言って奮闘して、そんな些細な願いすら叶えられなくて、それでもそれ以外を選ぶのが恐ろしいというように一心不乱に走り続けるエミヤが嫌い。
………そして、そんなあいつを解ろうとしない周囲を、どうでもいいと切り捨てるエミヤが、一番嫌い。

頑張ってる人間が、認められないなんて間違ってる。
そんな事を言っても、周りは聞く耳なんか持たなくて、ただあいつのひたむきさに怯えるだけだ。全く、役に立たないったらありゃしない。
だからせめて、私だけは、あいつの味方になってやろうと思った。
正義の味方になりたい、とあいつは言った。ならあたしは、その他の誰にも助けを求められないあいつだけの味方になろう。
あいつそう言ったらお前は何を言ってるんだと間抜け面を晒していたけど、そんなお関係ない。
どうせあっちだって好き勝手やってるんだから、こっちだって、一々そっちの意見なんて聞いてやらない。そっちが自分の事を気にしないなら、あたしだってあんたの事なんて気にしない。こっちで勝手に助けるだけだ。
だから、あんたは気にせず、今までみたいに馬鹿みたいに突っ走っていればいい。あたしはちゃんと、その隣を走ってあげるから。

まだってしょうがないじゃないか。簡単に言って、どんなに口では嫌いだなんだと言っていても。
あたしはとっくに、あの男の真っ直ぐさが、好きなっていたんだから。







………………だからと言って、これは、少しやりすぎたかもしれない。
目の前で、あたしに向かってあいつが何か言ってる。
嫌みの1つでも返してやりたいけど、珍しく必死にこっちに話しかけてくるから、そのタイミングを失ってしまった。
嗚呼、それと、段々目がかすんで、あいつの顔が良く見えなくなってしまっているのも、原因かも。


ここは、所謂辺境の地の、崩れかけた製鉄所だった。
いつもと同じく、あたしとあいつは、顔も知らない人を助ける為に粉骨していて、これもその一つ。
暴走した熔鋼炉の所為で崩れかけたそこで逃げ遅れた人間を救助していた。
今にも倒壊しそうな高温の向上を駆け回って、全員避難させ終わったと2人で確認したところで、それは起こった。
なんて事無い。単に、屋根を支えていた鉄骨が、ついに耐えきれなくなって落下してきたのだ。
ただ、それが、あたし目掛けて落ちて来たってだけ。
救助が終わった時を抜いていたあたしは、それに気付くのに遅れて、気を抜いていなかったいつは気付いたっていう、それだけの話だ。
当然、10メートル程前にいたあいつは、血相を変えてこちらに向かって走って来た。情けない事に、それを見て初めてあたしは、自分の上に鉄骨が降ってきているのに気付いたのである。
高温の工場にあった鉄骨も、当然ながらとんでもない熱さになっていて、距離も相俟って当たったら間違いなく死ぬようなものだった。
あたしは焦って逃げようとしたけど、疲労の所為か身体が思うように動かない。そんな中、こっちに手を伸ばしてきたあいつが目に入った。
でもそれは、俺に掴まれ、みたいな意味じゃなく、むしろあたしを突き飛ばして自分が下敷きになる構えだった。
瞬間、あたしはもう何度目になるかも解らないくらいにあっさりとキレた。今まで散々自分を大事にしろと言い続けてきた相手を、よりにもよってその止めろと言った自己犠牲の精神で助けようとするのか。
ぶざけんな。あたしは他の誰に助けられたとしても、お前にだけは助けられるのはごめんだ。
その苛立ちを込めて、あたしは、残った力を総動員してあいつを……衛宮を突き飛ばした。
その顔は今でも思い出せる。信じられないモノを見たような、呆然と目を見開いている様はなかなかに貴重だった。
そうして一応は逃げようと身を捻ったけど、成す術もなく、あたしは仰向けのまま、鉄骨に胸と腹の間を貫かれた。

「――――――――!」

ああ、エミヤが叫んでる。うるさいなあ。そんな大声出さなくても聞こえてるって。
突き飛ばされていたあいつは、驚愕に目を見開きながら、足をもつれさせつつもあたしに駆け寄って、熱い床に寝そべるあたしの側にしゃがみ込んだ。
頬に手が添えられて、あったかいそれに、つい目を細める。
身体は熱い筈なのに、なんでか寒くて寒くて、震えが止まらない。
そんなあたしを見て、あいつはすぐに助けてやるとか言っている。……自分でも、助けるなんて無理だって知ってるくせに。
出来ないって解り切っている事を諦められないのは、こいつの悪いくせだ。
あんまりにもうるさいから、あたしは腕を持ち上げて、ぺたりと、あいつの口をふさいだ。
途端に黙って泣きそうな顔をするあいつに小さく笑って、口を開く。

「…………エミヤ。もう、良いよ。早く、……行って」
「止めろ……何でこんな時に名前を呼ぶんだよ。お前を置いていく訳ないだろ。すぐに、すぐに助けるから。ちょっと黙ってろ。こんなモノ、すぐに退かしてやる」
「だいじょぶ……だって。あたし、後悔とか、してないよ。なんやかんやで、あんたと一緒にいるの、たのしかった」

最後だからと素直な気持ちを吐露すると、エミヤは泣きそうに顔を歪める。あたしが死ぬ覚悟を決めたと解ったのだろう。死にお前は死なない、とか、俺が助ける、とか言ってくる。
それが、ちょっとだけうれしくて。もうこの声が聞けなくなるのかと思うと、ちょっとだけ、さみしかった。

「あーあ。……でも、エミヤに会えなくなるの、は…いやだなあ」

今まで、こいつと一緒にいるのが楽しかったのに。喧嘩しながらエミヤの作ったご飯食べるの、結構好きだったのに。男のくせに、あたしよりずっと美味しいんだもん。妬けるよ、くそ。
そう言ったら、あいつは余計に泣きそうな顔になって、そんな事を言うな、とか、帰ったら好きなもの好きだけ食べさせてやる、とか、なかなかに嬉しい事を言ってくれる。
なら、一度でいいから、エミヤの満漢全席食べてみたかったなあ。
嗚呼、それだけは本当、心残りだ。

「っ……おい、頼むから、そんな事言うなよ。助けるから、ちゃんとすぐに助けるから。しばらく物は食えないだろうけど、完治したら、ちゃんと作ってやるから」
「いい……って。早く、行きなよ。崩れる、……っでしょ」
「嫌だって言ってるだろ! ! !」

本気で怒った時の声で怒鳴られて、ちょっと吃驚する。
あんまりにも驚いて、口調、初めて会った時のに戻ってるよ、とも言えずに、ぽかんと必死に焼けたように熱くなってしまっている鉄骨を退かそうと躍起になるあいつを見上げる。

「隣を走っていてやるって言ったのはお前だろ。なら、ちゃんと隣にいろよ! 飯も作ってやる。金が食ってもちゃんと2部屋分取ってやる! だから死ぬなんて言うなよ。そんな簡単に、死ぬなんて言わないでくれ………」

小さくかすれるような声でそう言ったあいつに、つい、笑みがこぼれる。
うれしい。不謹慎だけど、あいつにそんな事を言われたのが、嬉しくってしょうがなかった。

「………ね、エミヤ」

もう視界がもや程度でしか見えなくなってしまったけど、残った力を振り絞って、あいつに向かって手を伸ばす。
エミヤがしゃがんで、あたしの手を取ったのが感触で解って、自然と笑みが浮かんだ。

「………あたし、さ。エミヤの事、嫌いってよく言ってたけど、本当は、ね」
「止めてくれ………頼むから、そんな事、今言わないでくれよ」

嗚呼、声が本当に、今にも泣きそうな声だ。
視界が不明瞭なのがもったいなくて、根性で瞬きをすると、目尻を何かが流れてって、少しだけ視界がクリアになった。ああ、良かった。エミヤの顔、ちゃんと見える。
っていうか、泣きそうな顔、って思ってたけど、本当に、涙をこぼしてくれるとは、思わなかった。
嬉しくて、やっぱり頬を緩ませながら、手に握り込んだサファイアに、残った魔力を総動員する。
魔力の奔流を感じ取ったのか、瞬間、エミヤの顔が凍りついた。
その顔を眺めながら、最後に、あいつに向けて一言だけ。

「……あたしは、あたしの所為でエミヤが死ぬのだけは、絶対に許さない。酷い言葉だけど、あんたはあたしの分も………ちゃんと、生きて」
「待っ―――――!」
「……………eiezione(噴出)」

最後に、小さく詠唱を唱えると同時に、サファイアから粉雪が吹雪じみた勢いで放たれ、エミヤを強制的に外へと放り出した。
何かを叫びながらこっちに手を伸ばすあいつを、手を振りながら笑って見送る。
怪我をしないように加減をしたけど、どこまで遠くに飛ばしたかは解らない。なるべく戻ってこられないように勢いを重視したから、もしかしたら最悪隣町まで行ってしまうかも。
それを想像したら笑えたけど、胸が酷く痛むのですぐに止めた。
上を見上げて、崩れ始める空を見る。
大丈夫。死ぬ事だって毎日覚悟をしていた。こんな風に1人さみしく死ぬのだって、自分で想像していた最期よりは、悪くなかったと思える。

「……………あーあ」

結局、エミヤに伝えられない事がたくさんあった。でも、しょうがない。特にこの胸に秘めた思いだけは、伝えたかったけど、絶対に、伝えないと決めていたんだし。

………でも。
ねえエミヤ。もしも、あたし達がもう一度会えるような奇跡が起こったら、あたしはきっと、あんたに好きと伝えるよ。
到底あり得ない事だけど、夢想するのだけは自由でしょ。
だからさ……普段は想像すらしない死後の世界にくらい、期待してもいいよね。
あんたと過ごした時間は半分以上喧嘩ばっかりで、あんたはやっぱり、あたしの事は嫌いかもしれないけど。どうせ言ったところで、俺は遠坂が好きだから、とでも言うかもしれないけど。

ああ、天井が崩れいていく。死にそうなくらい痛いのに死ねないっていうのは、結構辛いもんだ。
ほんっと、強がってはみたけど、碌な最後じゃないなあ、これ。

嗚呼―――でも。
あいつのこんな泣き顔見れただけ、めっけもんかなあ………。





(またいつか、なんて)(流石に言えはしなかったけど)


Dopo storia…




曰く、様に提出。ありがとうございました!





2013.6.3 更新