はづみが自らの師である時臣の元を訪れたのは、近くして始まる聖杯戦争に、微力ながらも力添えをする為だった。 「師よ!」 幼い頃から自分に魔術のなんたるかを教授してくれた時臣に会えるのがよほど嬉しかったのか、書斎の扉をノックするのもそこそこにバンと大きな音を立てて中に入ると、そこにいた3人の男性がほぼ同時に振りかえった。 しかし、そのうちの師である時臣と兄妹弟子である綺礼は覚えがあったが、一番奥のまるでここが己の自室であるかのようにくつろいでいる美しい金髪の青年には全く覚えがなく、はづみははてと首を傾げた。 「師よ、この方は一体どなたなのですか?」 初めて見る人物だが師がこのように好きにさせているという事はとても高貴なる方に違いないと推測し、その青年に会釈をした後にそう尋ねると、時臣はああ、といつもと同じ優しげな微笑みを浮かべて口を開いた。 「この方は、私が召還したサーヴァントであらせられる、アーチャーだ」 「アー、チャー…さま?」 只のサーヴァントに対する態度にしては随分と丁寧な時臣に、はづみは内心疑問符を浮かべながら小さく彼の名を呟いた。 もうすぐ成人を迎える年であるにも拘らずまるで幼い少女のような仕草をすることはに、アーチャーは見やりと愉しげに笑った。 「我の真名はギルガメッシュという。謹んで接せよ、小娘」 「ギルガメッシュ、さま……」 尊大な態度でそう言うアーチャーことギルガメッシュにはづみが小さくその名を呟くと、彼は何とも美しく、そして愉快そうに笑った。 その表情に、はづみはついとばかりに頬を赤らめ見惚れてしまう。 そして、それを見た時臣と綺礼は、反射的にまずい、と思った。 何だかこのままでは、自分の可愛い愛弟子が取り返しのつかない事になってしまうと直感した時臣の心中を察したように、綺礼が時臣にしか聞こえないくらいの音量でまずいのでは、と呟いた。 「はづみ、王は恐れ多い方、お前が無闇に接して良い方では……」 「ギルガメッシュさま………」 「おう、我こそは王の中の王。何か質問でもあるのか? 今宵は特別に許可してやろう」 時臣がさっさとはづみを下がらせようとするものの、2人の間では着々と会話が成り立っている。しかも、ギルガメッシュの方はなかなかにはづみの事を気に入ってしまったようだ。 これはますます良くない、と時臣が内心冷や汗をかいていると、はづみがほう、と不意に熱っぽい吐息を吐き出してぽつりと呟いた。 「………なんて、麗しいお方」 完全に見惚れているはづみに、時臣と綺礼ははあああああ!? と普段のキャラを捨てて内心叫んだ。 本格的にこれはやばい、と脂汗を浮かべている2人を尻目に、ギルガメッシュは愉快そうに目を細めた。 「ほう。なかなかに見どころのある娘ではないか。おいお前、名は何と申す」 「はづみと申します。王よ……」 「ふん、悪くない名前だ」 はづみの名前は悪くないが、お前がことはを気に入るのは悪いなんてものじゃない! と、もし相手がギルガメッシュでなければ言い捨てていただろう言葉をぐっと飲み込み、未だにうっとりとした表情でギルガメッシュとの談話に興じているはづみを見て、時臣は頭を抱えたくなった。 それにしてもはづみ。お前は何てやっかいなものに気に入られたのだ。 高級なソファーの背凭れに腕を置き変わらず尊大な態度ではあるが、はづみの言葉1つ1つに返しているあの英雄王は、間違いなく己の愛弟子を気にいったのであろう。 「のう時臣。我はこの女が気に言った。こいつを我の世話係にする」 「………ですが、彼女はまだ未熟ゆえ、王の世話をするにはいささか、」 「ご安心を師よ。この不肖はづみ、師の顔にけして泥を塗らぬことを約束いたします」 そう堂々とあまりない胸を張って言い切るはづみに、時臣はそうではない! と言いたい気持ちを必死に押さえつける。 いずれにしても、王が気に入り、はづみが何の不満も抱いていないのなら、もう既に時臣がそれをどうこう出来る話ではないのだ。 こんな事なら、はづみを冬木の地に呼ばず、大人しく留学先のイギリスに置いたままにしていればよかった。 いっそぞっとする程に仲良く会話をしているギルガメッシュとはづみを見ながら、時臣はすんでの所で出そうになった溜息を飲みこんだ。 常に余裕を持って優雅たれ。これを実行するのは、これからしばらく難しくなりそうだと、時臣は胃が僅かに軋むのを感じた。 予定調和な番狂わせ 2012.1.27 更新 ← |