おうさまは独占欲が強い。 というか、自分のものだと認定したものの興味が余所にそれるのを頑として認めないのだ。 それは人であろうと者であろうと関係なくて、それを使いたければ、絶対におうさまの許可を取らないといけない。もしそれを破ってしまったら、その時のおうさまは想像するだけで恐ろしい罰を与えるだろう。 まあ、つまり何だというと。 うん……お願い、誰かこの状況何とかして? おうさま………ギルガメッシュの両足両腕にすっぽり収まったこの状況にひたすら冷や汗をかきながら、切実にそう思った。 「お……おうさまー。あのね、ちょーっと離してほしいかなぁ、なんて………」 「ほう。貴様にそんなことを言う権利があると思っているのか?」 「あはははは………」 テレビの前に陣取った数人掛けのソファーの上に足を乗っけて壁を作ったおうさまの間に強制的に体育座りをさせられて左右の逃げ道をふさがれ、その立てた足を囲むようにわたしの体の前で手を組まれ前の逃げ道をふさがれ、さらには頭におうさまの顎が乗っけられて上にも逃げようのない、このぜったいぜつめいな状況。 何が困るって、この人が冷え冷えとした空気を纏ってわたしをいじめている理由が解らないのが困りもので。 なんだろう。昨日の晩御飯おうさまの嫌いなピーマンとシイタケの肉詰めだったのがそんなに気に入らなかったのかなぁ。 朝起きてリビングに来てからずっとのこの体勢に、そろそろ緊張がピークに達してお腹痛くなりそうだ。 「うーん。おうさまぁ、わたしなにかしました?」 「……………」 はい、来ましたおうさまの無言の抗議。 その位の理由さっしろやボケ雑種という事ですね解ります。理由は全然わかんないけど。 ちっとも進まない状況に途方に暮れていると、ラフな格好をしたランサーが出てきた。 「らっ、らんさー!」 「あ?」 「ちょうどいいところにっ。助けて! おうさまさっきからずっと威圧感すごくてこわい!」 「はー。つかお前、どうやったらそんな状況に……げっ」 これ幸いとろくに手も伸ばせない包囲網の中から声を上げると、ランサーは、けだるそうな半目の顔でわたしたちを見て、ぎょっとしたように目を丸くすると、うげぇと言わんばかりに顔をしかめた。 「ら、らんっ」 「失せろ犬。貴様にかけている時間など、我には一秒たりとも存在せん」 「……へーへー。流石に俺でも、馬に蹴られて死ぬ気はねーよ。ったく、痴話げんかなら余所でやれってゆーの」 ああ、なんという事でしょう。最後の砦が行ってしまった。 あーと去ってしまったランサーを見て声を漏らすと、おうさまの腕がわたしの体にぎゅって絡みついて、ますます逃げ道がなくなってしまった。 ぬいぐるみにするみたいに抱きすくめられて、それが子供みたいで、思わず笑ってしまった。おうさま怒ると怖いけれど、一時過ぎるとぐっとかわいくなるから、そこが好き。 「なんですかーおうさま。ごめんねぇ、わたし、ちゃんと言ってくれないと解んないよ」 「…………」 「このふできな雑種めに、教えていただけないでしょーか?」 軽く頭を振っておうさまの顎を頭からどかして見上げれば、むっと頬を膨らませた、子供みたいな顔で拗ねた、わたしの可愛いサーヴァントさま。 神父さまにマスター権だけをゆずり受けている状況で、一応だけど、彼はわたしのかわいいおうさまだ。 むすっとした彼にもう一度お願い、というと、ますます強くわたしを抱きしめながら、渋々といったていで口を開いた。 「贋作者に」 「ふぇいかー?」 「商店街で………あの赤雑種の使い魔と、話していただろう」 「あかざっしゅ……。あ、りんの…アーチャーのことですか?」 聞き慣れない言葉に一瞬首を傾げたものの、あっと浮かんだ黒髪のツインテールに、連想ゲームみたいに赤い外套の男性がぽんと思いついて名前を出すと、途端に増しになった眉間のしわが、正解だと示していた。 「アーチャーには、お店の値引き情報教えてもらっただけですよ。知ってた? 閉店30分前に行くとお惣菜全部20%offになるんですよ」 「それだけのことであんな者と話すな」 「20%offは、しょみんには魅惑の響きすぎるんだよ! おうさまにはわかんないだろーけど」 「そのようなことは知らん」 ぶっすーっとして不貞腐れるおうさまに笑って、体に回されたおうさまの手をぽんぽんと叩く。 「それにね、アーチャーと話してたのは、りんのついでってだけですよ?」 「……………」 「りんにね、お料理を教わっているんです。この前は春巻きの作り方を習ったんですよ」 「…………そのようなもの、わざわざ教えを乞う価値などないであろう」 「おうさま、女の子にもしっとしているの?」 にやつく顔を抑えきれないままにおうさまを見上げると、その頬がほんのり桃色に染まっていて、やっぱりちょっとうれしくなる。 「おうさま、子供みたい」 「黙れ。首を刎ねるぞ」 「わあ、それは大変です」 大げさに目を見開いて驚いてみると、おうさまはますます不機嫌になる。 けど、もうそんなおうさまはわたしにとってはしてみればかわいいだけなので、もう全然怖くなんてないのである。 だから、こんな余計なことも言ってみたりして。 「でも、他の人に殺されるくらいなら、おうさまに首を刎ねてもらった方が、きっと一等幸せですね」 「………うるさい、黙れ」 「ねぇおうさま、おうさまは本当に刎ねてくれますか?」 「黙れ。……誰が、貴様なんぞの首を跳ねてなどやるものか」 「ふふふ、言いだしっぺはおうさまなのに」 ぐりぐりとわたしの頭に額を押し付けるおうさまに、笑みがこぼれるのを止められない。 あーかわいいなぁ、もう。おうさまってばだいすき。 「でもおうさま? もしもわたしが殺されそうになったら、その前におうさまが絶対にわたしを殺してくださいね」 「………ふん。その前に、お前の目の前の輩の方から首を刎ねてくれる」 「あーっ、おうさまってば、わたしよりもそのどことも知れない相手を優先するの? むー。わたしが先のがいいーっ」 「貴様の感情なんぞ知るか」 ぶーぶーと文句を言ってみると、思いの外平坦な声で却下された。 この声の時は、ちょっとおうさまが弱っている時だ。なんてかわいいんだろう、この子供のような我が儘なおうさまは。それでもやっぱり、わたしにとっては万物の王で、英雄たちの王で。 そしてそんなおうさまがわたしのサーヴァントであることに、時々、とてつもない快感を覚えるのだ。 体に回された腕を掴むと、思いの外簡単にはずれて、自由になった体で膝立ちになっておうさまに向き合うと、その小さな頭をそっと胸に抱き込んだ。 抵抗されないのにほっとしながら、さらさらと流れる太陽色の髪をよしよしと梳いていく。 「わたしはおうさまだけのものだよ。大丈夫、わたしはずっとおうさまのそばにいるし、離れたりしない。ずっとずっとあなただけのものですよ、おうさま」 「………………ん」 もぞりと腕のなかでおうさまの頭が動いて、頷いたのが解った。その感触が嬉しくて、唇が勝手に吊り上げる。 ぎゅうっと、珍しく弱気になってしまっていたおうさまの頭を抱きしめる。そして向かいの扉の端に寄りかかって面倒くさそうな目でこちらを見ていたランサーに、口元に人差し指を添えて「しーっ」というポーズをとった。 だめだよ、誰にも言っちゃだめ。これは、わたしとおうさまだけの秘密なんだから。 このおうさまがこんなふうになるのは、わたしの前でだけなの。だから、こんなかわいいわたしのおうさま、誰にも言っちゃ、ダメ。 「(もしも言っちゃったら、わたし、何するかわからないかも)」 口パクで伝えた言葉に、ランサーは呆れたように肩を竦めて「誰がんなめんどくせーこというかよ」と同じく口パクで返して、足音を立てずにその場を立ち去った。 「おうさまー? 機嫌、なおった?」 「………ん」 「ふふふ。じゃあ、いっしょにお出かけしよう。それで、たい焼き買って、食べようよ。ね、おうさま?」 「………良いだろう。許可してやる」 「ありがとう。ずっとずっと大好きよ、おうさま」 よしよしと頭を撫でるのを止めずに、おうさまに言葉を注ぎ込んでいく。 もぞもぞと動きながら頷くおうさまにきゅんとしつつ、そのすべてを逃がさないように、おうさまの体をそっと閉じ込めた。 その様子を見て、とある槍兵がこう呟いたのを、2人は知らない。 「ったく、あおの金ぴかも金ぴかなら、あいつもあいつだな。セイバーが苦手にするのも納得だなぜ」 あのどろりと歪んだ瞳で、彼女はギルガメッシュに関わる全てのものを拒絶する。 “彼女のあの眼は、どうにも苦手です。ざわりとして、心の奥を無遠慮に探られるようで” 少し気まずそうな顔をして、かつてあの騎士王が溢していた言葉に納得する。 ギルガメッシュに干渉するような人間か否か、かの王が見ていないところでいつも彼女は相手を観察している。そしてそうであるならばさりげなさを装ってそのすべてを遠ざけ、また自分だけに見せるギルガメッシュの姿を間違って目撃しようものなら、あのどろりとした眼で牽制する。 「歪んでんのはどっちだか」 けれど関わって藪から蛇を出すのはごめんだと言って、ランサーは教会を後にする。 良くも悪くも、ランサーは彼女たちに必要以上に関わるつもりはない。例えはたから見てどうであろうと、本人たちが幸せなら、それはそれで構わないと思っているのだから。 キリ番リクエストしてくださった澪さまに捧げます! ギルガメッシュで甘めの夢という事でしたが、思ったよりヒロインが歪んだ感じの子になってしまいました(;^ω^) ひさびさの短編だったが、気に入っていただければ幸いです。 それでは、澪さま良いお年をm(_ _)m 2014.12.30 更新 ← |