人気の疎らなバーに、一人でふらりと立ち寄る。 時刻は午後十時を回って、夜遊びを楽しむガキ共も、そろそろ家に帰る時間だ。 ツナがボンゴレの十代目を襲名してから、十月十三日にあいつと俺の誕生日を同時に祝うのが通例だった。 あいつはあんな見掛けで意外と祭りが好きだったなのか、守護者や俺たちアルコバレーノやヴァリアー、そして京子やフゥ太たち家族の誕生会を、毎年欠かさずやりたいと言って、その日はボンゴレの城で一番大きな部屋で朝になるまでのドンチャン騒ぎをする。 その都度ハメを外したあいつらが馬鹿騒ぎを起こして城の一部が破壊されその処理に追われるのは最終的にはツナ自身だというのに、それでもツナはそこだけはかたくなだった。 “――――京子ちゃんやハルさえ、みんな、いつ死んじゃうか、わからない世界だから。だからこそ、オレは一年歳を取って、またオレに笑いかけてくれるみんなが生まれてきてくれた日を、祝いたいんだ” 一度、なぜそう意固地になるのかと軽い気持ちで質問した時のツナの台詞が、ふと頭をよぎる。 ソファーに寝そべって銃の手入れをしながら聞いた俺に、らしくなく儚げな笑顔を浮かべたツナを見て、それを片手間に聞いてしまった事を、少しだけ後悔した。 「まあ、それでもその顔がむかついたんで一発殴ったんだけどな」 マスターに適当なカクテルを注文しつつ、当時を思い出してつい含み笑いをもらす。 あれは傑作だった。マフィアのきたねえ仕事に慣れ始めていたツナが、久しぶりに学生時代のように俺に殴られて腫らした頬を抑えながら全力でツッコミを飛ばしてくる。 俺はそれをいつもと同じくおざなりに受け流して、余計に怒ったツナの様を、隣にいたあいつは腹を抱えながら爆笑していた。 「………チ。いらねぇ事まで思い出しちまった」 今まさに思い出したくなかった奴の顔を連想的に思い返してしまって、つい舌打ちする。 あいつ、は……一応、俺にとっての本命の恋人と言える立場だ。 ビアンキの嫉妬からくる暗殺をものともせず、むしろ手玉にとってけらけらと快活に笑って見せる程の手腕のあいつは、俺でもたまに度肝を抜かれる事がある。 ボンゴレに所属しておらず、けれどフリーでありながらほぼボンゴレの専属と言ってよかった諜報員であるあいつは、急な外部の依頼で、今、このイタリアにはいない。 きっと明日の十三日にも間に合わないだろう。俺だってガキじゃない。今更自分の誕生日に恋人の仕事の都合がつかなくなくて会えないくらいで、拗ねもしないし落胆もしない。 だが、何を勘違いしたのか、やたらとツナが「はづみさんの分もオレらが盛り上げるから!」と息巻いているのがうざかっただけだ。 お前はその次の日の傘下・同盟ファミリーを招く自分のバースデーパーティーに集中しろというと、口を尖らせて「オレあれ好きじゃない」とぶうたれていた。 その顔もまた腹が立ったので、無言のままもう一発殴っといたが、まあ別に良いだろう。 何度も言うが、俺は別にあいつが俺の誕生日を祝えないと謝るどころか、俺の誕生日の存在すら忘れているかのようにフランスに出張に行くというのに何のアクションもなく、さりげなく十三に丸のついたカレンダーをベッドの枕元に置いておいたというのにやはり何のリアクションもなく、極め付けに「デーチモくんの誕生日プレゼント何が良いと思う?」とホテルでやる事やった後にピロートークも何もなしに弾んだ声でそう言ってきたからといって、別に気になどこれっぽっちもしていない いい加減ガキじゃねぇんだ。今さら年が一つ増えたくらいで、祝うようなものでもないだろう、誕生日くらいで。 はづみだって、もうガキじゃねえって事だろ。 「マスター、ウイスキー。ロックで」 「おいおいリボーン、明日もドン・ボンゴレにたらふく飲まされるんだろ? いいのか今日のうちからそんなに飲んで」 「こんなもん水と変わらねぇぞ」 「そうかい?」 空になったグラスをカウンターのマスターの方にぐいと押しやると、マスターは楽しそうに肩を揺らして笑った。 大方、こいつも俺がはづみがいないからこんな所にいる、なんて事思ってんだろう。 全く、どいつもこいつもそればっかりか。頭が浮ついてやがる。 こうなったら、今日の持ち金がゼロになるまで飲んでやる。そんでもって、今頃アホ面で寝こけているだろうツナに、帰ったら未処理の書類たらふくブチ込んでやる。 あいつもあいつで、遊びにばかりかまけていないで仕事をしろというのだ。 「マスター、おかわりを」 「あら、今日は随分早いペースなのね? こんな色男がヤケ酒かしら」 「は、まさか。たまに無性にのみたくなる時があるのさ」 ふと、空になって再びマスターに押しやろうとしたグラスを、別の細い指が掴んだ。 俺のおしゃぶりと同じ色の黄色のマニキュアに、白いバラのネイルアート。 俺とは段違いに白い指の付け根には、その女らしい手には不釣り合いのごつごつとしたリングが付いている。 視線を上げれば、月に似た金色の髪を結いあげた妙齢の女が、エメラルドの瞳をゆるりと細めて俺を見下ろしていた。 その見慣れ過ぎた女の姿に、一瞬、動きが止まった。 「マスター、私にもウイスキー。ロックでね」 「はい」 にっこりとほほ笑んでマスターに注文をする女に、マスターは二つ返事でボトルを取りにかかる。 そして女はそのまま当たり前のように俺の隣に座って、コリをほぐすようにぽきぽきと肩を鳴らした。 「…………お前、フランスにいるんじゃなかったのか」 「いたわよ? ついさっきまで」 俺の問いに上機嫌答えたそいつは、でも、と付け足して意味ありげに俺を見る。 「かわいい恋人のバースデーだもの。祝ってあげないとって、急いで飛んで来たんだから」 「ぶ」 ふふん、とどこか得意げに笑って言ったはづみに、思わず飲み込みかけたウイスキーを吐きだしかけた。 そうしてはづみが見せてくるケータイの画面を見ると、成る程、いつの間にか、日付は十三を示している。 「…………誰が可愛い恋人だ」 「ええ? だって、私が貴方の誕生日を忘れてるそぶりを見せたら露骨に動揺してたし、わざわざ誕生日の日に丸をつけたカレンダーを目に着く所に置くし、デーチモくんの誕生日の話をしたら思いっきり不機嫌になるし」 「おい」 「ふふふっ。提案はデーチモくんなのよ。『誕生日を忘れられたショックをあいつも味わえばいいんだー』って」 楽しそうにくすくすと肩を震わせるはづみに、ボルサリーノのつばを目深にかぶって大きく溜め息をつく。 ダメツナが。十年前の意趣返しのつもりか? 付き合ってられない。世界最強のヒットマンと謳われたこの俺が、こいつ相手だと振り回されてばっかりだ。 「ふん。それで、俺の愛しいアマートは、こんな可愛い俺にどんなプレゼントをくれるんだ?」 「そうね。ストレートに私、とでも言っておこうかしら。それとも、今夜一晩の熱い夜? お好きなほうをどうぞ、私の可愛いカーロ」 するりと俺の首に腕を回してしなだれかかってくる細い体を抱いて、笑みを浮かべる。 はづみの髪からかおる嗅ぎ慣れた硝煙の匂いと、それに混じる彼女自身の香り。 それだけで、俺の身体ははづみを求めて熱くなる。 「もちろん、愛しいお前を。その後ホテルで朝までだ」 「まあ、欲張りな人」 「知ってるだろう?」 楽しげに笑っているはづみにキスをして、いつも通りの不敵な笑みをたたえてやる。 それでそっちも乗ってきたのか、凭れるだけだった身体を、俺の上に乗り上げて首筋に口付ける。 「プレゼントはベッドの中であげる」 「今くれないのか」 「だーめ。貴方がそっちに夢中になっちゃうもの」 そう言って甘えるように俺の胸に顔をよせるはづみを抱き上げて、多めに財布から紙幣を抜き取ってカウンターに叩きつける。 Buon Compleanno、と言ったマスターに手を振って、手近なホテルはどこだったかと思い出しながら、今日はこいつに何をしてやろうかと考えて、愉しみで笑みが抑えられなかった。 2013.10.13 更新 ← |