短編 | ナノ


其処で終わるわけがない



ギン、と鈍い音と同時に手に痺れが走り、何本目かも解らない莫耶を弾き飛ばされて、無意識のうちにちっと舌を打った。

「あーらら、もうお仕舞い? その汎用性の低い下手な手品」

ぐるり、と等身程の馬鹿でかい水晶の槍を軽々と指で回して、目の前の女は憎たらしい程に不敵に笑った。

「まったく……一体何の罰ゲームだ」

最早目に焼き付いていた銀のポニーテールが風に揺れるのを見ながら、この理不尽な状況に悪態をつく。
情け容赦無用のバトルロワイヤルに強制参加させられたと思ったら、まさかそこで敵として生前惚れた相手と再会するなんて、とんだMr.&Mrs. スミスだ。
元来仕事とプライベートは分ける主義だが、彼女との生前の別れが別れだ。正直、やり辛いどこか、剣を向ける事だってしたくない。
常よりも動きの鈍い私に怪訝そうな顔をしていた彼女だが、しかしすぐにそんな事は些末な事だととらえたのだろう。何とも楽しそうな笑みを浮かべて手に持った槍を構えなおした。
まあ、お世辞にも好かれているなんて自惚れていたわけではないが、その思い切りの良さは、少しばかり堪える。
ふう、と改めて気持ちを入れ替える為に深く息をつくと、それを見た彼女が不意に口を開いた。

「思っていたより大した事無いのね。その無駄に隆々な筋肉は飾りなの?」
「…………………は?」

びきり、と反射的に眉間にしわがより、額に青筋が浮かぶ。
明らかに此方の機嫌が降下したのを解っていながら、彼女は生前と何等変わらない表情で、ふふんと挑発的に鼻を鳴らした。

「こんな調子じゃ、今日の相手は楽勝ね。マスター、今夜は早速一体目打倒記念に祝杯上げましょう。良いボトル開けてよね」
「……………おい。良い気になるなよ、怪力女」

泣かす。
もう生前のあの誓いとか、そんなの一先ず後回しだ。
とりあえず泣かす、絶対泣かす。あの小生意気な表情を崩して、生前の行いから何から何まで全部謝ってもらわなければ気が済まなくなってきた。特にあの最期の所を重点的に。
というか、もう泣いて謝ってきても赦せる気がしない。もう再起不能になるくらい、徹底的に叩きのめす。私が決めた。今決めた。
ああ、戦場で君の声を聞くと、本当に自分の第一目的によく集中できるよ。

「ちょ、ちょっと、アーチャー、あんた何だかムキになってない?」
「私が? まさか。ちょっと目の前の身の程知らずを躾けしようとしているだけだが」

オロオロと動揺しているらしい凛にわざとそう言ってやると、向かいの彼女の額にも青筋が浮かんだ。
ふん、精々大事なアイドルと私が仲睦まじい様を見て悔しがるがいい。

「…………聞き間違えたかな。誰が、何を、あたしにするって?」
「おや聞こえなかったのか。私が、君に、躾をすると言ったんだよ、ランサー」

怒りで声が震える彼女に、これ見よがしにこちらも挑発的かつ厭味ったらしく言ってやる。
みしり。彼女の手の中で、愛用の槍が悲鳴を上げた。

「………………ぶっ潰す」

彼女のその言葉が、私達にとっての再戦のゴングだった。

ダンッ、と地が爆ぜたのかと錯覚する勢いで、彼女が私の距離を一気につめる。
その勢いに乗せて振るわれる長槍を、投影した干将莫耶をクロスさせて防ぐ。
そのまま槍を弾くと同時に双剣を左右にぶん投げて、すかさずまた投影した干将と莫耶で彼女に斬りかかる。
それを当然の如く防いだ彼女に、遠慮なく全体重を掛けて押しにかかる。
ぐ、と体重を掛けられた事に気付いた彼女は槍を後ろに倒し私の重心をずらすと、そのまま槍を地面に突き立て、それを軸にぐるりと体ごと回転すると、大きく飛びずさって私の間合いから外れた。
が、そこを狙ったように先程放った双剣が彼女に挟み打ちを掛ける。

「はっ、甘い………!」

しかし、そこはやはり私の手の内を知り尽くしているだけあって、彼女は身を捻ってそれらを交わすと同時に、うち1つを掴み取って、足で私に向かって蹴りつけた。
それを咄嗟に避けて、残ったもう1つを掴み、一時的に三刀流になる。
互いの攻撃を交わし合い、もう一度腰を落として構えたところで、彼女の腕と、私の頬に、一筋血が流れた。
ギリギリで互いにかわし切れなかった剣戟に、今度は彼女がちっと腹立たしげに舌を打つ。
それと同時に、互いの視線が絡み合う。

別の意味で、オレ達の間で試合開始のゴングが鳴った。

「ああもうっ、アンタほんとむかつくわね! この自己犠牲男! 死んじゃえばーか!」
「お生憎だがもうとっくに死んでいるわ! それに馬鹿という方が馬鹿なんだぞこの単細胞馬鹿! お前はタンスの角に足の小指でもぶつけて悶絶しろ!」
「じゃあアンタは豆腐の角に頭ぶつけて妙な羞恥心に苛まれなさい! ついでにその白髪と豆腐の区別がつきにくくて気付かないうちに豆腐を頭の中で腐らせろ! 豆腐だけに!」
「ドヤ顔で言っている所悪いが全然上手くないからな! 西洋人が東洋人の笑いに追いつけると思うなたわけめ!」
「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿って言った方が馬鹿って言ったくせに馬鹿って言ってるばーか!」
「そっちこそ馬鹿と言っているだろうがばーか!」

いつもの如く罵り合いがスタートしたと同時に、を蹴って戦闘を再開する。
槍を防ぎ、剣を防がれ、蹴りを避けられ、アッパーをしかけてくる拳を払いのける。
既に交わした拳も蹴りも得物の数も、数十などとうに越している。
口も手も足も、何一つとどまる事無く繰り出し繰り出され、彼女の槍が下から大きく振り上げられ、それを体全体を逸らして避けると同時にバク転で彼女から距離を取る。
ずさ、と靴が校庭の砂で微かに滑る。
姿勢を低く獣のように片手を地について、頬から流れた血をぺろりと舐める。
対する彼女も腰を落としてやりを構えたまま、腕から流れた血を舐めとった。
絡み合う視線つり上がる唇。
愉しい。戦闘なんて好きでも何でもないというのに、こいつとの得物を使ってのやり合いは、いつだって血沸き肉躍る。

「――――ふ。楽しいわね、アーチャー」
「――――ああ。楽しいよ、ランサー」

歯を剥きだして笑う彼女と、恐らくは自分も同じ顔をしているのだろう。
さあ、まだだ。まだ終わらない。夜はまだまだこれからだ。
君には私が飽きるまで。少なくとも、夜が明けるまでは付き合ってもらわねば欲求不満でたまらない。
互いににやりと不敵に笑い、もう一度、互いに強く地面を蹴り上げた。





2013.10.6 更新