短編 | ナノ


サヨナラなんてしないから

※劇場版銀球ネタばれ注意



上で、何か、大きい音を聞いた。
それで、ああ、終わったのかと思って、止まりかけていた足を無理矢理前に踏みだした。
たった五年で、この世界は変わりすぎた。
江戸も、歌舞伎町も。この、今私がいるターミナルさえも。
本当、何事も落ちる時は一瞬だなとしみじみ思う。
それで、その世界を変えた大魔王は、暑苦しい格好のまま、その世界に頭を垂れるようにうなだれていた。

「ひさしぶり、銀時」

死んだみたいに動かなくなってるそいつに声を掛けると、そいつは微かに頭を動かして、死んだような目に私を移した。

「よぉ…お前か。元気そうじゃねえか」
「まあねえ。誰かさんのおかげで、かわいい家族を独り占め出来て毎日極楽よ」

死んだような顔をしてるくせに、五年前と変わらない顔を作るそいつに、私も務めて昔みたいな軽口の応酬を返す。
ぼろっぼろのターミナルを無理矢理上って来たせいで着物についた汚れを軽く払いなが、地面の砂利を踏みつけて近付く。

「………俺に近付くんじゃねえ。知ってんだろ、白詛が感染るぞ」
「うっさい。そんなのに感染する程私はやわじゃないわよ。ふざけたことばっかり言ってると殺すわよ」
「っ………はは、もうじき死ぬっての」

自嘲するような口調のそれに、知らず奥歯を噛みしめる。
知っていた、知っていた。白祖がナノウイルスだってことも、それがかつて厭魅達が使っていた蠱毒だってことも。
調べて、知って。それなのに、私は銀時がいなくなるのを止められなかった。
こいつが大事な事は全部しょいこんで、勝手に行っちゃう奴だって知っていたのに。
十年一緒にいても、変える事が出来なった、こいつの悪癖。
知った時には、銀時はもう消えてしまっていた。
手を伸ばそうとしても、もうそこにはいなくて。
私は結局、こいつを助ける事が出来なかった。こいつに頼られる事が出来なかった。
銀時が頼るのは、いつだって自分だけだから。

「………ほんと、馬鹿。大人しく私に言っとけば、五年も辛い思いする事なんてなかったのに」
「ばっかおめえ、そんな事させられるわけねえだろ。この身体のほとんどはもう俺のもんじゃねえ。この身体が殺されそうになったら、俺の中のウイルスが全力でお前を殺しにかかる。………惚れた女手に掛けるなんて事、俺にさせんなよ」

目の前にあるのは、昔と似た腹の立つ笑い方のそいつ。
歯が欠けるくらい奥歯を噛んで、そんな馬鹿を抱きしめた。
どうして、こいつはこんなにも、馬鹿なまま変わらない。

「おいっ……馬鹿、離れろっつってんだろ!」
「うるさい! 何ていつもそうなのよ。1人で全部背負ってひた隠しにして。それでいい事があったことなんて一度もないでしょう………!?」

慌てた声を出す銀時を抑え込むように頭を抱えて、そのやわらかな髪に顔を埋めた。
銀時は、変わってない。
自分で全部なんとかしようとする頑固さも、このわたあめみたいな髪も。
それなのに、十五年前の置き土産の所為で、私達の世界はこんなに変わってしまった。

「吐きなさいよ、弱音くらい。最後の最後くらい、私に何か頼っていきなさいよ」
「…………………」

ぎゅ、と抱く力を強めてそういうと、銀時は何も言わないまま私の着物を握った。
こんな事しか言えない自分が酷く情けない。
それでも、もう時間がないから。今できる事を、全部やってしまいたかった。

「……ほんと、おめえは俺を甘やかすのが上手ぇなぁ……」

じっと待っていると、小さく笑い声を見らして、銀時がそうぽつりと呟いた。

「………正直さァ、辛くねえわけねぇよ。だってオイ、この五年間パフェも食ってねえし、いちご牛乳もお預けだし、結野アナ見れてねえし。それで…………それでさ、五年も、万事屋に帰ってねえんだ」
「……………うん。待ってた」
「………ああ」
「私達ね、ずっと、銀時を待ってたんだよ」
「…………ああ。知ってるよ。ずっと、遠くから見てたんだ」

かすれた声で話す銀時に、頷き返してその頭を撫でる。
………うん。そうだと思った。
口には出さないけど、万事屋は貴方の宝物だから。
一人いるだけじゃ足りない。私四人そろっての万事屋だから。
昔みたいに、私だけじゃもう足りない。私達の世界は、新八と神楽がいて初めて完成するものだったから。

「あーあっ、酷い五年間だった。銀時の髪全然もふもふ出来ないし、銀時がこっそりとっておいたお菓子食べる楽しみもないし」
「ひっでぇ女。どんな悔やみ方だっつーの」
「ふふっ」

最後の最後に、五年前と変わらない軽口の応酬。
これがもう最期だと解っているから。尚更、湿っぽくなんてしたくなかった。

「…………お前、あいつが過去から来た俺だってことも気づいてたんだろ」
「私だけな訳ないでしょ、あの子達もよ」
「………そうか。じゃあ、あいつが何をするかも、解るよな」
「……………当然でしょ」

この馬鹿が、今までだれにも頼らなかったことから、過去の自分に何を頼んだのかなんて、想像に難くない。
過去の銀時は、時間をさかのぼって、まだ蠱毒が潜伏している時の……上位戦争時代の銀時を、きっと殺しに行く。
………それを、今の私は止められない。
だけど、未来の私が、そんな未来を、きっと壊す。
だって私達は万事屋だもの。大将を欠いたそんなお綺麗なもの(未来)に、満足なんてする筈ない。

タイミングを測ったように、視界が、世界が光で真っ白に塗り潰される。
その中で最後まで存在を確かめるように、銀時を力いっぱい抱きしめた。

「見てなさい。私も、あの子たちも、そんな退屈な世界で満足するようなタマじゃないわ。あんたが何度自分を殺そうとしても、私達がその度にそんな未来をぶっ壊す。何度だって、あなたの隣に在れる未来を取り戻す」
「……………は。やれるもんなら、やってみやがれ」
「……………上等」

挑発するように笑う銀時に不敵に笑い返して、額を突き合わせる。
ここに来て初めて、銀時の眼は、前のように笑っていた。
もう、私達の世界は二人じゃ完結しない。あの子達がいて初めて、私達は万事屋なんだから。
思い知りなさい銀時。万事屋は、歌舞伎町は、そんなヤワなんかじゃないんだから。
消えゆく銀時を見つめながら、私は歯を見せて思いっきり笑ってせた。
お約束の綺麗なエンディングなんて、私達には到底似合わない。
最期の最後の最後まで、バカみたいな結末がお似合いなんだから。
……………さあ、未来(セカイ)を取り戻せ。






劇場版銀球完結篇記念に。
厭魅銀さんが最後まで一人なのが切なくてしょうがなくて、衝動のままに書いてしまいました。
それでも書いてるうちに銀さんは誰か一人っていうより、万事屋の新八と神楽じゃないときっと駄目で、万事屋っていう家族を心の奥底で待ってたんだろうなあとか想像して二倍落ち込みました。
最終的に救われたけど、一人で死んでいく彼の側にだって、誰か最後まで寄り添った人がいてもいいんじゃないかと思いました。……作文?




2013.9.17 更新