短編 | ナノ


うだる心臓

死ネタ、微グロあり注意


セカイは、悲鳴と絶望で満ちている。
血まみれの空間に立って、ぼんやりとそう思った。

「……ふ。ふふ、ははははは」

口から、わけもなく笑い声がもれる。もれてから、首を傾げた。
あれ、どうしてわたし、笑ってるんだろ。
こんなに血がいっぱい周りにあって、みんなみんな死んでるのに。
でも、別に悲しいとも思わない。じゃあ、愉しい?

「…………わかんない、なあ」

肩を竦めて、ふと見知った残骸を見つけて近付く。
きんいろのかみのおんなのこも、ながいながいむらさきのかみのおんなのひとも、ぴんくのりぼんがにあうがーでぃがんをきたおんなのこも踏み越えて、そこにしゃがんだ。
赤いハイネックに、黒いミニスカートの、ツインテールの女の子。
わたしの友達だった、りんという、可愛い私の親友だったもの。
もう動かない、僅かに硬くなってしまったその身体をちょっと勿体なく思いながら。そっと抱き上げて、その額に口付けをした。

「………ごめんね、凛。でも、あなたがいけないんだよ? あなたが、わたしを■■そうとするから」

光を失った綺麗な蒼い瞳を、ちょっとだけ残念に思った。
彼女達がこうやって死んでしまったのは、簡単に言えば私のせい。
わたしという存在は、大きな死の塊だった。文字通り、呪いが服を着て歩いている、という感じ。
遠く遠く遥か昔に、魔女が作った呪い人形。だたその“死”という呪いを撒くだけのモノ。
その手で触れれば呪いが滲み込み、呆気なく生き物は死に絶えて、息を持って囁けば、たちまち全てが腐り落ちた。
そんな死の塊を、理性という方に無理やり押し込めて抑制できるようにしたのが、わたしだった。
それでも、自分の意思で抑え込む事が出来るのはある程度というだけで、どうあってもこの身体からは呪いが滲み出て、何もかもを殺してしまった。
それでもと、今までずっと、わたしはその呪いを必死に抑えつけて生きて来た。
わたしを作った魔女が死んでからも、ずっと。
一か所に留まっていれば呪いがその地に滲み込んでしまうから、絶えず移動を繰り返していた。
初めはわたしはただ、人として生きていたかった。人も、動物も殺したくはなかった。だって、わたしの姿、人間と何も変わらないのに。それなのに、どうしてわたしは人間じゃないのか。こんなのはおかしい。きっと、何かの間違いなんじゃないのかと。
それでも、人と交わろうとする度に、自分は異形なのだと突きつけられた。
いつ生まれたかなんてわからないくらい昔に生まれて、それでもっていつまでたっても死ねなくて。
人間に化け物だって言われて暴力を振るわれても、腕とか、足とか、四肢全部を切り落とされても、胴体ごと切断されても、心臓を刺されない限り死ななくて。死ぬほど痛いのに、死ねなくて。
何度も何度も、人に切りつけられて、裏切られて、犯された。
それでも、やっぱりわたしは、人を嫌いになれなかった。この世界を嫌いになれなかった。
わたしと違う、人や、草木や、動物を。自然の中に産み落とされたモノたちを、わたしは愛していたから。
私が長く触れているものは、やっぱり壊れてしまうから。
だから、人や、あらゆるモノから逃げて逃げて逃げ続けて。いつしか、わたしがわたしでなくなるのを夢に見て。人と解り合えるのを夢に見て、生きて来た。

でも、それから何回も何回も月日がめぐって。それでも私は私のままで。
これ以上、望まないまま人を殺してしまうのが悲しくて、おぞましくて。
もう、本当に死んでしまいたいと思った。
自分で死ぬのは怖いけど、殺されるのなら良いと思った。
だから、一度だけ、この私を私の為に使おう。逃げ回ってたどり着いたこの極東の地で、思い切り私をばらまいてしまおう。
この地を呪いで染めてしまえば、また、昔みたいに聖職者の衣に身を包んだひとごろしがやって来てくれる。
そしたらきっと、今度こそちゃんと、殺してくれるはずだ。

「おい、大丈夫か、あんた」
「……………え?」

そう思って、いたのに。
雨の所為でずぶ濡れになって、団子みたいに蹲っていたあたしに、雨を避ける為の傘を差してくれた人がいた。
あかいかみと、きいろいめ。
幼い顔立ちをした、まだ年若い男の子。
衛宮士郎と言ったその人は、私の目線に合わせてしゃがんだまま、私に自分の家に来るかと、優しい笑顔でそう言った。

その瞬間。
私の価値観は、もろもろ全部。それこそ、木っ端みじんに吹き飛ぶ事になった。


士郎の家には、たくさんの人がいた。
料理上手な人、食べるのが大好きな人、本が好きな人、楽しい事が好きな人、宝石やお金が好きな人。
それでみんな、温かい人だった。
名前なんてないと言ったわたしに、みんなで考えたという名前をくれた。
三日間徹夜で会議したんだ、なんて言った士郎に、嬉しい筈なのに、どうしてか涙が止まらなかった。
それからも、この家に来てから初めての事がたくさんあった。
凛と友達になった。桜に料理を教わった。セイバーに稽古をつけてもらった。ライダーに本の読み方を教わった。……士郎と、共に過ごした。
士郎という人に、恋をした。
2人でたくさんの場所を回って、知って、想いを通わせる事が出来た。
おいしい料理も、温かい布団も、優しい人も、愛しいと思う人も、全部全部今まで無かったもので。
幸せで、あったかくて。自分が今度こそ本当に人間になったんじゃないかと思えてくるほどだった。
ずっとここにいたいと思った。こんなにも満ち足りて、穏やかな日々は、初めてだったから。
………けど。やっぱり、わたしは呪いのお人形だった。
冬木に、長く居すぎてしまった。
この土地は完全にわたしの呪いを吸いこんでいて、ここが霊脈の多くあったのも災いして、冬木は完全に“わたし”に侵されていた。
それを言峰って人が察して、わたしの事を調べ上げて凛たちに知らせるのは、思えば必然で、当然だった。
それでも、わたしはみんなと話し合いたいと思った。
その結果出ていけと言われても死ねと言われても、大人しくそれに従おうと思った。
でも、凛やセイバー達が話しているのを聞いてしまった。
話そうと、今の襖に手を掛けようとして、凛の言葉に動きを止めた。

「……で、肝心の、あの娘の殺し方だけど」

その瞬間、わたしのあらゆるものに対する枷が外れた。
ぶつりという音がして、わたしの理性が千切られたのを感じた。
今までの人間は、みんなわたしの話を聞かずに、直ぐにわたしを殺そうとした。でも、この家の人間達だけは、そうではないと思っていた。
でも、結局、凛たちも同じだった。わたしがそういう存在だと知ると、すぐにわたしを殺そうとする。
人間なんて、やっぱりみんなおんなじなんだ。解り合うのも、同じになるのも、どうあがいても不可能なんだ。
…………………ああ、もう。どうでもいいや。

カラリ、と音を立てて襖を開けると、わたしの姿を見るなり直ぐに警戒する様に身構えた彼女達に、うっすらと笑いかける。

「…………凛の、うそつき」

何があっても友達だ、って、言ったのに。




そうして気がつけば、わたしの周りは血で染まっていた。きっと、気付かないうちにわたしは呪いを彼女達に浸らせてしまったんだろう。
まあ、今となってはもうどうでもいい事だ。

「五木!!!」

声がした方を振り向くと、息を切らせた士郎が立っていた。
わたしの腕の中にいる凛と、セイバー達を見て、目を大きく見開く。
その顔が絶望に染まっていくのを見て、それを少しだけ申し訳なくなった。

「ねえ、驚いた、士郎?」

わざとおどけて歓迎するように腕を広げると、ぼとりと凛が地面に落ちて、自分の手からどろりと泥がこぼれた。
もう、わたしの身体のほとんどは原形を留めていなくて、このままいくとやがてわたしという自我はあっという間になくなるだろう。
こんな形であの時の願望が叶うなんて、なんて皮肉だろう。

呆然と立ち尽くしている士郎に、にっこりと笑いかける。

「もう、わたしの身体の事は神父さんから聞いてたでしょ? 一度呪いを放っちゃったからかな。わたしに付与されていた人格と肉体がほころび始めちゃって。それでほら、いつの間にか、ここにある聖杯の中身と同化しちゃった」

言葉通り、わたしの身体の下半分は完全に泥になりつつある。
“わたし”という死の概念に等しい呪と、“この世全ての悪”をになった泥が合わされば、間違いなくこの冬木が、それどころか世界中の生き物は全て死に絶えるだろう。

「そんな…五木、どうして」
「どうしてって。だって、みんながわたしのことを殺すとするんですもの。人っていっつもそう。わたしは何もしてないのに、勝手に盛り上がって勝手にわたしを殺すとする。まるで自分達が何よりも正しいみたいに。人間のくせに、話し合いって考えがまるでないのね。………あーあ。結局、この子たちも他の人間と変わらなかったってことか。ちょっとがっかり」
「違う……遠坂達は、お前をどうやって救えるか探して………」

ふるえる声で、必死に言葉を繋ごうとする士郎に、ちょっと笑って首を振る。

「違うよ。そんなこと思ってたのは士郎だけ。人の善性を信じすぎるといつか足元すくわれるよ? わたしはしっかり聞いたもの。この子たちの作戦会議中に、凛が「肝心のわたしの殺した方」を考えようって言ってたの」

その言葉に、士郎が息を飲む音がする。
ああ、本当にかわいそうな士郎。この家にいたのは、所詮合理的な魔術師や、騎士や戦士。
全てを救いたいと願う正義の味方は、この家にはあなた1人しかいなかったっていうのに。わたしを助けようなんて思う大バカさんは、士郎みたいなよっぽどレアな人以外いる訳がなかったのだ。
それを、そもそも期待した方が間違いだったのだ。

「お馬鹿な凛。そんなこそこそ話してないで、一言わたしに死ねって言ってくれたら、わたしだって死んでもよかったのに」

それが他ならない凛のお願いなら、きっと訊いていた。これは本当。わたしは士郎を愛していたけど、凛やみんなのことだって大好きだったのだから。
でも、それは彼女達があっさりとわたしを殺そうと話しているのを聞いただけで崩れ去ってしまった。
彼女達にとって、所詮わたしはそんなものだと思い知らされて、きっとわたしは悲しかったのだと思う。
泣いてしまいたいくらい悲しくて、でもそれより先に心が一旦壊れて、全てが反転してしまった。
今はもう、わたしはただの物ノ怪以下の害悪でしかない。
どろどろと崩れつつある腕を振って、もう一度士郎に笑顔を向ける。

「ねえ、士郎。お願い、わたしを殺してくれる?」
「え……なに、言って」
「今はもう、他の人になんて指一本触れてほしくないけど、士郎なら良いかなって」

だって、助けを求めるものを救うのが正義の味方なら、悪いやつをやっつけるのも正義の味方でしょう?
今のわたしはもう士郎の恋人じゃない、倒すしかない化け物なんだから。
どうせ死ぬのなら、殺されるのなら、士郎が良い。死ぬしかない運命なら、好きな人の手にかかって、死にたい。
贅沢なお願いだけど、最期にこれくらい赦して欲しい。

「ねえ、はやく、早く。早く殺してくれないと、抑止力がきちゃう」
「五木……俺、は」

士郎が、わたしに付けてくれたわたしの名前を呼ぶ。今はそれが無性にうれしくて、涙が出た。
そういえば、嬉しくても涙が出るのを知ったのも、士郎たちに出会ってからだった。
士郎に出会った時に、本当の意味でわたしは生まれて、凛たちに見捨てられた時に、わたしは死んだ。
この身の生死の与奪は彼らの手にある。だから。この身体を殺すのも、士郎であってほしかった。
間違っても、あのいけすかない赤い男に殺されるのだけは、まっぴらごめんだった。

「………五木」
「うん」
「俺は、さ。お前が好きだ」
「うん。ありがとう」

ゆっくりと、士郎がこちらに向かって歩いてくる。
それを、しっかりと見つめて待った。

「一緒に星とか見たりさ、たくさん遊びに行ったよな。五木は身体を俺に触れさせてはくれなかったけど、近くにいるだけでお前の体温が感じられて、俺、お前と夜に星を見るのが大好きだった」
「うん。わたしも大好きだったよ」

投影開始(トレース・オン)と、士郎が呟く。その両手に見慣れた夫婦剣が握られたのを見て、目を細める。
凛たちを殺した時点で、わたしは赦される存在ではなくなった。自分の意思で人を殺したんだから、当然だ。
それを処断してくれるのが士郎だというが、わたしにとっての最後で、最高の最期。
だから、もう十分。
士郎を好きだという気持ちを抱いたまま死ねる事に、ただ、感謝を。

「初めは変な奴だと思ったし、実際すっごい世間知らずで、おいおいって思う事も少なくなかったけど。何でもかんでも目をキラキラさせてさ、嬉しそうに世界を見る五木が、俺はすごい好きだった」
「……わたし、そんな顔してた?」
「おう、してたしてた。何だ、気づいてなかったのか? じゃあ惜しい事したな。一回写真にでも撮っておけばよかった」
「………はは、もう、士郎ってば。普通かわいい彼女に向かってそういう事言う?」
「自分できっぱりかわいいとか言うやつは、本当に可愛いやつじゃないってよく言うけどな」
「酷いなあ、士郎」

くすくすと互いに笑って、目の前で対峙する。
もう、距離は50センチもない。完全に士郎の間合いに入った。
さあ、はやく。早く、士郎。貴方のその剣で、わたしの世界に終止符を。

「…………悪い。やっぱり、1つ訂正」
「え?」

思わず聞き返すと、士郎はこの場には不釣り合いに照れ臭そうに笑って、口を開いた。

「本当に可愛いやつじゃないなんて、嘘だ。五木はかわいい。俺にとって、五木は世界で一番かわいい女の子だ」
「は――――」

バカ士郎。最後に、何で、それを言うのか――――。
士郎の剣を握っていない手がわたしの頬に伸びて、触っちゃだめと言うより先に、その手がわたしの目尻の雫を掬った。

「…………だから、泣くな。五木」
「ぁ…………」

立った一滴の雫でも、わたしの身体からいでたモノは全て猛毒だ。
手に触れているだけでもその部位を腐らせていくそれを、しかし士郎は、そのまま躊躇う事無く舌で舐めとり、呑みこんだ。
何をやっているんだこのバカと怒鳴るより先に、辛うじて形が残っている腕を取られて、強く抱きしめられる。
身体全部が士郎の温もりと匂いに包まれて、堰を切ったように涙が流れだした。
ぼろぼろと、加害者であるなら絶対流さないと決めていた筈なのに、涙は止まらず顎を伝って流れ堕ちる。

「っ…………しろう、おねがい。はやくころして」
「………ああ」
「わたしが死にたくないなんて馬鹿な事言い出さないうちに、早く、一切の情なんて持たずに、ただの虫ケラみたいに殺して…………!」
「………ああ。任せとけ」

士郎がそう言った瞬間、背中から胸が冷たい剣によって貫かれた。
心臓が突き破られる感覚。それは心臓に大穴を開けただけじゃ飽き足らず、そのままわたしの表の皮を突き破り――――その持ち主の身体さえも、貫いた。

「………え?」

その音に、恐怖から固まるわたしの上で、士郎がごぽりと血を吐いた音が聞こえた。

「し……しろ、う。何で」
「………お前が悪っていうのは、その通りだろう。前までのお前ならともかく、今のお前は間違いなく倒さなきゃならない悪だ。
……それでも、俺が五木を好きだって気持ちが、無くなるわけじゃないんだ」
「ぁ………意味、解んない。しろう、なに、言ってるの……?」

まるで、死ぬのを最初から決めてたみたいな言い方に、止まりかけてたはずの涙が決壊する。
止めてよ。何で、何で士郎まで死んじゃうの。
勝手なのは解ってるけど。わたしは、今までみたいな、わたしの所為で勝手に人が死ぬのが一番嫌いなんだよ。なのになんで、よりにもよって士郎が死んじゃうの。

「馬鹿…バカ、バカバカバカバカ士郎! 何でそんなことするの、そんなの誰も頼んで無いじゃない…………!」
「ああ。けど、俺がこうしたいんだ。こう見えて、けっこう悩んだんだぞ。殺すべきだと何度も思った。でもそれ以上に、殺したくないって何度も思った。でもやっぱり俺は正義の味方になるって決めたから。それでも、そうしたら俺は一生自分を赦せないと思った」
「だからって……こんな事したら意味なんてないよ」
「……はは、意味ならあるぞ」

泣きじゃくるわたしに対して、何故か士郎はすっきりとした声で、心なしか嬉しそうに言った。

「最期まで好きな女の子を抱いたまま死ねるんだ。これ以上幸せな死に方なんて、きっとない」

その、あまりにも堂々とした言い草に、動きを止める。
そしてそのまま背中に士郎腕が回って苦しいくらいに抱き寄せられて、小さくばかと呟いた。
同じ剣で貫かれた心臓が、動かない筈なのに鼓動する。
どくん、どくんと、まるで共鳴するみたいに。馬鹿らしい話だが、どうやらはわたしは今の言葉が本気で嬉しくて、本気で照れ臭かったらしい。
どろどろの腕を士郎の背に回して、同じように抱きつくと、上で士郎が嬉しそうに笑ったのが聞こえた。
もうじきわたしは死に絶える。………けれど、その時は、彼と一緒。
わたしが死ぬ時は、きっと何よりも無残で、独りぼっちのまま死ぬんだと思っていた。それなのに、今はすぐそばに、士郎がいる。
ひとりきりじゃないのが、泣きたくなるくらい、嬉しかった。





(そうしてわたしは)(目を閉じた)




我は汝の人狼なりや様に提出
遅れてしまい申し訳ありませんでしたι