穂群原学園の屋上に立っている女子生徒と、そのそばに控えるうっすらと見える赤い男の2人組を、その十メートルほど上から眺める。 霊体化したあの魔力の塊を引きつれているという事は、彼女達はこの聖杯戦争に参加したマスターとサーヴァントであり、即ち、あたしとマスターの敵という事なのだろう。 「ようやく1人目を見つけました。………準備は良いですね、ランサー」 「んや、あたしはいつでも良いけど、マスターの方こそ大丈夫? 手首、まだ痛いんじゃないの?」 編然とした涼しい顔を装っているこの赤毛の男装の麗人マスターに振り返って声を駆けると、彼女の顔が微かに歪んだ。 悔しそう、とも取れるその顔は、彼女が嘘を見抜かれた時にする顔なのだと、つい最近知ったばかり。 このカッチリとした男物のスーツに身を包んだ隠れ巨乳なマスターは、名をバゼット・フラガ・マクレミッツという。魔術協会の封印指定執行者である。 その肩書き通りバリッバリの武踏派なのだが、それでいて意外に惚れっぽい所があり、あたしを召喚して冬木に降り立つと、まず初めに以前仕事を共にした代行者に協力を求めようと言いだした。 いやいや代行者相手なんてろくな事無いってそれにあたしが言うのもなんだけどマスターって人見る目ないしっていうかちょっと純粋培養な所あるから君結構騙されやすいんだよ自覚してないだろうけど。等々と必死に説得を試みたあたしをマスターは信じられない事に「黙りなさい!」と一括すると同時に令呪を発動し、見事あたしはその1日発言権を彼女にむしり取られたのだった。というか、彼は大丈夫なのですってそれ大丈夫の理由になってないんだよマイマスター……。 因みに令呪の方は無意識のうちにやってしまったらしい。君はあたしのアイドルと同じうっかり属性か。 そうして何の警戒もせずにのこのことその代行者のねぐらへ足を向けたマスターは、そこでその代行者に隙を見せた所で、令呪の現れた左腕をバッサリと切り落とされそうになった。 いやもう助けられたのはいっそ奇跡と言うしかない。代行者がマスターの手に振れた瞬間閃光と同時に対象に向かって爆発する仕掛けをマスターの手首に仕掛けをしておいて大正解だった。あの時あたしがとっさに助けようとしても遅かっただろうし。 あとで死ぬほど怒られたが、まあそれはご愛嬌というものだ。あたしだって、あんな初対面で「黒幕」って思うほど胡散臭い似非神父に仕えたくなんてなかったし。 しかし、爆発するのがちょっとだけ遅かったのか、マスターの腕は似非神父によって6割方切られてしまっていた。 マスターとのパスは辛うじて繋ぎ止められられてはいたけど、マスターの手首はあたしの我流の治療によって外見上は元通りになったものの、彼女の左手はもう2度と動かなくなってしまった。 それにサーヴァントはマスターを守るものなのにと申し訳なくってしょうがない心境で謝罪をすると、彼女はこれは自分の落ち度であって、貴方には何の落ち度もない。と言って強く笑って見せた。 一見男勝りなようで、実は乙女な所もある、繊細だけど強いあたしのマスター。 そんなマスターもあたしは好きだから、あたしはそこまで強い英霊ではないけど、できる限り勝たせたくなったのだ。 「……これしきの事、戦闘に支障はありません。来ますよ、ランサー」 「………オッケー、マスター」 マスターの言葉に頷いて、アタシは固定していた空間をほどいて、一気に屋上へと落下する。 「こんばんわ、お嬢さん。良い月夜だし、そこの男も一緒に、ちょっとあたしとダンスと洒落こまない?」 大きな音と共に降り立ったあたしたちに仰天している女生徒を見て、一瞬だけ、あたしの動きが止まった。 ……この、いかにも勝ちきそうな、少女は。 「ランサー、行きなさい!」 「っあ、了解!」 マスターの命令で、慌てて自分の武器であるクリスタルで出来た青銀の2m程の槍を現界させる。 そのまま構えて真っ直ぐつっこむと、女生徒は咄嗟に真横に跳んで、人にしては良いスピードでフェンスに駆け寄り、それを飛び越えてあっという間に逃げてしまった。 黙々と立ち込める砂埃の中に立って、たった今自分の視界から消え去った人影を見やる。 まさかまさかとは思っていたけど、あの豊かな艶のある黒髪を、あたしが見間違えるはずもない。 あの可愛らしい魔術師は、うっかりだが頼りになる、あたしの親友兼アイドルに違いない。声だって、ちょっと幼くなってるけど同じだったし。 「ランサー、何をしているのです! 逃げられてしまったではないですか!」 さあてどうしたものかとコキコキ首を鳴らしていると、後ろからいかにも真面目そうな叱咤がやって来た。 後ろを振り返るまでもなく、あたしの、あの娘と同じく致命的なうっかり属性を備えるマスターである。 「大丈夫、あっちだって拠点まで逃げようとか思ってないよ。仕掛けられたんだ。打って出ようと自分に有利な場所へ向かうのは当然でしょう」 「そ、れは、そうですが」 「へいきへいき。例え逃げようとしたって逃がさないよ。この身はランサーのクラスを関する者。スピードには一家言ありますよ?」 「もう、ふざけていないで早く行きますよ」 「はあい」 軽く返事を返して、マスターを抱えて先程の彼女のように柵を飛び越えて校庭へ飛び降りる。 重力軽減の魔術を掛けて、今まさにえっちらおっちらと先の校庭を駆けている少女を、文字通り一っ跳びで追い越した。 「鬼ごっこはここで終わりだよ、お嬢さん。結構楽しかったし、あたしとしてはこのままずっとやっていたかったんだけど、そんな事したらうちの生真面目マスターに自害を命じられかねないからね。名残惜しいけど、ここまでにしておこう」 マスターを横向きにして抱いたままぱっちりとウィンクを投げかけて言うと、向かい合った彼女は、一瞬ぽけっと呆気にとられたような顔をした。 うんうん。そういう意外性に弱い所も可愛いけど、あんまり敵に隙を見せたらいけないぞ? そう言ってみるのも一興だったけど、言ったら絶対彼女もマスターもブチ切れるので言わないでおこう。というか、さっきからマスターが下ろせ下ろせとうるさいが、このさい無視だ。 背丈は標準でも、力はけっこう強いんだから。伊達にD+ついてない。……あれ、これって低いのかな。いやいや、でも、女の子としてはかなり力ある方だと思う。うん。 「っ………今から戦おうっていうのに、敵をナンパするなんて随分と軽いサーヴァントね」 「そう? 走り抜けた人生はなかなかに重い部分もあるんだけど」 「だからスルーをせず下ろしなさいと言っているでしょうランサー! このまま私の言う事を聞かなければ令呪の行使も厭いませんよ!」 「うわっと、それはかんべん」 がーっとがなるマスターに苦笑して、大人しく彼女を地面に下ろす。真っ赤な顔でぷりぷりと怒る彼女を後ろに行くように促して、あたしは槍を片手に、あの娘の隣に佇んでいる赤い男を観察する。っていうか、やっぱりというか何というか、あの娘のパートナーはやっぱりあいつしかないって事か。ちくしょう、妬けるなあもう。 「マスター、下がって。何かあったら支援お願い」 「……ですが、私は治療系の魔術は、その」 「ならあたしがやばくなったらルーン使って火でも放ってくれればいいよ。とにかく、前には絶対出ないでね」 マスターが渋々とではあるもののこくんと頷いたのを確認して、あたしはにやつく顔を抑えられないまま、腰を低くしてあの男にいつでも飛びかかれる準備をする。 眼前に立ちはだかるは、見覚えのある2人組。というか、見覚えしかない。 片や、我らがアイドルカレイドルビー(仮名)。片や、今も尚正義に身を焦がす馬鹿エミヤ。 さて。あの天然ドンファンな大バカヤロウは、はたしてこのあたしの顔を覚えているのだろうか。 ………なんて、そのいかにも驚きました、みたいな笑いを誘う顔だけで、答えは十分なんだけど。 其処で終わるとは言ってない (もしもあいつがあたしに勝てたら)(死に際にアイラブユウとでも叫んでやろうか) 2013.6.1 更新 ← |