※多分スレツナより 爽やかに澄んだスカイブルー。その上にぷかぷかと浮かぶ無駄に立体感のある雲。 それがゆっくり動いている様を眺めていると、唐突に頭上に影が差した。 「沢田くん」 「………生徒会長さん」 不機嫌そうな声色のそれに、彼女の通称を呟いてくすりと笑うと、それを叱るようにぺち、と額を叩かれた。 全然痛くない攻撃がおかしくて、彼女の顔を見上げる。 「今、2−Aは校庭で体育じゃなかったかしら?」 「………ふふ、俺けびょう上手いんです。シャマルも黙認してくれてるし」 暗にサボりだと首を傾げて聞く生徒会長さんに笑って言うと、彼女は機嫌の悪そうな顔をして、俺の絆創膏が張られた頬をぷに、とつついた。 「……これ、恭弥ちゃんが作った傷じゃあないね」 「…………はい」 目を細めて言う彼女。その目が全く笑っていないのを見止めて、少しだけ気まずくなって目を反らした。 でも彼女はそれを許さないで、俺の顔をがしっと掴むと、無理やり自分の方に向けさせた。生徒会長さん整ったキレイな顔が、逆さまになって眼に映る。肩まで伸びた黒髪が、頬に当たってくすぐったい。 雲雀さんの従姉弟である彼女は、小さい頃から彼の喧嘩という名のリンチを見てき所為で、ことこう言う事には敏い。 「………また、喧嘩したんだ」 「はい」 間近に覗きこんでくる彼女に白状すると、そっちの方がいたそうな顔をされた。 これは苦手だ。見た瞬間、息が詰まるような気になる。 「相手は誰?」 「……黒曜中の奴らでした。何か、すれ違いざまに喧嘩吹っ掛けられたんで、そのままぐわーって」 「…この間は仲里中。その前は美濃元中。君は喧嘩吹っ掛けられたらその全部を買うつもり?」 「近くに獄寺くんたちがいなければ、ですけどね」 にこ、と傷だらけの顔で笑うと、逆さまのまま頭だけ抱きしめられた。 「…………たいして強くもないくせに」 「……でも、衝動的に、殴りたくってしかたなくなる時があるんです」 それはもう、まるで発作のように。 抱きしめられて、また抱きしめてるせいで、お互いくぐもった声になる。 この人の言う通り、俺は喧嘩は買ってるけど別に特別強いわけじゃない。それに、普段はこんな感じじゃなくて、もっとおどおどとして、不良なんかにもびくびくしている、普通の一般人。 まあ、それはただネコ被ってるだけなんだけど。 俺は、ただ毎日を平凡に過ごしたい。そりゃ、友人はあんまり普通とは言い難いけど、でも結構好きだし。それなりにただ駄弁ったりバカやったりするのが楽しい。 ………けど、たまに、その普通に狂いそうになる。同じ事の繰り返しばっかりに見えて来て、きもちわるい。 リボーンが言うような、マフィアなんかじゃなくていいんだ。 人を思いっきり殴る、そのほんのちょっとした非日常。それを100日に一回でもすれば、それで俺は俺を保っていける。けど、そういうチャンスって意外となかなか訪れないから。だからそういう人達が俺に喧嘩を吹っ掛けてくる時に、それに乗る。非日常を味わうのなら、変に意地張らずに味わえる時に味わった方が、色々と俺的に楽だし。 「殴られたら、痛いよ」 「………俺、痛み感じないんですもん」 殴っても殴られても、何も感じない。ただ肉の感触と、自分と同じ生き物を壊している感覚がするだけ。 だから、最終的にボロボロになったそいつと、もっとボロボロになった俺が残る。口とか鼻とかからも一杯血が出るんだけど、液体が垂れてる感じしかしない。顔中傷だらけになっても全然痛くなくて。それが気持ち悪くて、もっと強い人を、俺が痛みを感じられるくらい強い人を探して、殴る。ハズレばっかだけどね。 「……でも、痛いんだよ」 「……そう言われても。俺、今まで痛かったことってないんです」 悪い点数とっても、クラスメートに悪口言われても馬鹿にされても。表面はさも落ち込んでいるという顔をするだけで。 本当は獄寺くんの事も別に怖くもなんともないし、ディーノさんや黒光りする銃も、怖がっているように見せているだけで、何も感じない。 「ああ、でも、獄寺くんたちがいる所にお礼参りに来るのは勘弁してほしいなあ。いつもより余分に殴られなくちゃいけないし、演技するのも結構疲れるんだよね」 殴られても痛くは無いけど、一応拳の衝撃はあるから、すぐ転んじゃうし、その時すりむいた手足を母さんに気付かれないようにするのも、意外と神経を使う。 それに、「ひ弱で弱虫」な綱吉をくずわけにはいかないから、なかなか難しい。必要以上に心配するヤツばっかだから、宥めるのにも苦労するし。 「みんな、悪い奴じゃないんだけど。必要以上にべた付かれると萎えるって言うか………」 友人は必要最低限の距離であればいい。プライベートにやたらと食い込んでくるようなのは、あんまり好きじゃない。 みんなもっと淡白になればいいのに。さっきのように、保健室に行こうとする俺についていくとうるさかった獄寺くんのようなタイプはちょっと…って感じだ。 まあ、無下に扱ってもめんどくさそうだから、そのままにさせてるけど。 「ああでも、生徒会長さんは好きですよ。俺になにか言っても、最終的には俺の好きにさせてくれるし」 「そんな事を言っているんじゃない…………!」 泣きそうな声で言う生徒会長さんに、ちょっと吃驚する。 ああ、この体制じゃあ、彼女の顔が見えないよ。早く顔を見て、泣いているなら、拭いてあげなくちゃ。放っておいたら、生徒会長さんが干乾びちゃう。 「泣いてます………?」 「さあ……どうだろうね」 そうだったら嫌だなぁ、と思いながら問い掛ける。 でも、はは、と自虐的に笑う声を聞きながら、きっと泣いてるんだろうなあと思った。 「ねえ、生徒会長さん。目までとはいわないから、せめて口が見えるくらいの位置に来てくれません?」 相変わらずのくぐもった声で言うと、ゆっくりと光が射しこみ、彼女のベストで黒く染まっていた世界が少しだけ明るくなった。 「生徒会長さんは最初から本当の俺を見ていてくれるから、俺はきっと貴女の事、いつまでも好きですよ」 そう言って、かろうじて見える唇にキスをすると、彼女が嗚咽を漏らすように、ひくりと喉の奥をふるわすのを感じた。 ああでも。やっぱり1度で良いから、彼女が心から笑っている顔が見たいなあ。 2013.3.1 更新 ← |