駒鳥とチワワ | ナノ


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驚きというのは、自分が予想もしていない事だからこそ起こるものだ。
いつも通りの朝になる筈だった食卓で、カランと音を立てて乾いた音を立てて漆塗りの自分の箸がテーブルに落ちるのを聞きながら、そんな事を呆然と思った。


「かあ、さま……今なんて」
「だからですね、恭華さん。わたし妊娠したんです。お医者様のお話によりますと、3カ月なんですって」


恭華さんもお姉さんになるんですねー、といつもの笑顔で抑えきれない嬉しさを滲ませる母に、私はそれどころでは無く目をこれ以上なく大きく見開いて、母の腹部をまじまじと見た。
帯におおわれたそう目立っていないものの、そう言われてみればいつもより帯が緩いようにも見えるし、心なしか膨らんでいるようにも見える。


「にん、しん………!?」
「はい」


どんなお名前にしましょうか、という母様に、そうだね、と半分意識を遥か遠くに飛ばしながら頷いた。
そういう事は、全くの予想の範囲外だった。







「………で、どうしたらいいと思う。草壁」
「どう、と言われましても……」


ドラえもんでよく見る空き地に積み上げられた石筒の中の中で聞く私に、同じくその中で顔を突き合わせていた草壁が困ったように眉を下げた。
母様からあの衝撃的なカミングアウトを受けてから、どうにかこうにか普段通り学校で授業を受けて、放課後いつものように校門の前で「お疲れ様です!」と私に頭を下げていた草壁をちょうど良いとばかりにひっつかみ、この空地へと引っ張りこんできた。
もちろん、自宅にも草壁の家には少し遅くなると連絡済みである。


「私、自分に弟や妹が出来るなんて考えた事もなかったんだよ。だからどうリアクションしたら良いのか今一解らなくって」
「はあ……」


正直に今の自分の気持ちを吐きだすと、草壁は再び難しそうな顔をしてザンギリ頭をかいた。
現在黒曜小学校に通っているこの草壁は、原作のようにまだ老け込んでもいなければ髪形がフランスパンでもない、どちらかと言えば可愛らしい顔立ちをしている、どこにでもいる普通の男の子だ。
これがこれからあの風貌になると思うと、時よ止まれと思うのも仕方ないと思う。


「自分が思うに、通常の場合は、単純に喜ぶのではないでしょうか」
「喜ぶ……?」
「はい」


まだ小さいのに綺麗な敬語で話す草壁に聞き返すと、こっくりと頷く草壁。


「そういう状況の場合、子供は喜び勇んで母の腹にひっつくものだと思います」
「………君は、私に母の腹にひっ付けと」
「いえ、あくまで一般論です」
「そう」


慌てたように手と首を振る草壁に、成る程、と目を細めて考える。
確かに、普通の子供だったらそうするのがベストなんだろう。しかし、この性格の私が無邪気にあの母様の腹に抱きつくとなると…………。うん、想像出来ん。
じっと黙ったままの私を不安そうに見つめる草壁に怒ってないよとフォローを入れつつ、これは無理だとそうそうに諦めをつけた。第一、その行動がベストとか計算ずくでしようとしてる時点で、既にそれは無邪気ではない。


「………恭華さんは、母君に子が宿る事がうれしくないのですか?」
「……そういうわけではないんだけどね」


純粋な疑問として草壁に聞かれて、思わず顎に手を当てて考え込む。
うれしくない、というわけではない。母様に子供が出来たのは素直におめでとうと言うべき事だし、私自身、前の世でも弟や妹がいなかったので、少なからず楽しみでもある。
ただ………そう。
何となく、その全てが、他人事のように思えてしまっていた。













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