最近の刀弥(私の父)は、何だか変だ。 いつも変だけど、最近は輪をかけて変。本当に。 この間、取材の為と言って行ったイタリアから帰って来てからずっと(うちの父の副業は物書き)。 ぼーっとしている事が多いし、急に縁側で月見酒とかやり出したりして。 元気が無いと言うか………どこと無く、悲しんでいる感じがする。 まだ一緒に過ごし始めて10年も経って無いからイマイチ良く解らないけど、何と無く、本当に何と無く、そんな気がする。 ………ホラ、現に今だって、縁側に座って、持ってるお酒をついであるおちょこに見向きもしないで、ただぼうっと月を眺めてる。 「…………刀弥」 「―――――ん、え? あ、ああ、何だい恭華」 私が話し掛けても、返事しながら上の空だし。 刀弥のくせに、何かムカつく。 「ねぇ、何かあったの。最近あなた輪をかけて変だよ」 「ちょっ……輪をかけてって酷くない?」 「もしかして浮気?」 「ないないないない」 刀弥と同じ様に縁側に腰掛けて尋ねると、刀弥はぶんぶんと手と首をふって否定した。 「そう。そうだよね、あなた母様にべた惚れだもの」 「ちょ、べた惚れって………」 「違うの?」 「いや違わないけどさ」 少しふざけて聞いてみると、彼は大真面な顔をして即答した。 実の娘に隠さずべた惚れ宣言。 本当にこの人は、雲雀 清香と言う女性に心底惚れ込んでいるのだと思う。 この人のそうやって堂々と相手の事を好きだと言える所を、実はひそかに尊敬している。 …………っと、話が逸れた。 「……ねぇ、本当に何かあったの?」 「…………ありがとう。恭華は優しいね、本当に」 「?」 私の問い掛けとは見当違いの事を言う刀弥に、不思議に思って首を傾げた。 やっぱり、何だか悲しそう。 「ねぇ、恭華。君は、いつか自分にはどうしようも出来ない、抗いたくてももう既に手遅れになってしまっている事態に出くわしたら、どうする?」 「………は? 何言ってるのあなた」 言っている事の意味が解らない。 聞き返すと、彼はごまかすように曖昧に笑ってみせた。 「………ごめん、何でも無いよ恭華。今のは忘れて」 「……ばっかじゃないの、貴方」 「え?」 刀弥を睨みながらそう言うと、彼はきょとんとして目をぱちくりさせた。 っていうか、いい年してそんな表情しないで欲しいんだけど、この年齢不詳男。 「ばっかじゃないの、ほんとばっかじゃないの貴方っ」 「え、ちょっ、恭華?」 「無理なんて決め付けて何もしないなんて、貴方らしくない。無理って思うような事を可能にするのが貴方でしょ。 何なの急に弱気になんてなって。いつもの自信満々な態度はどうしたの。 出来ないって決め付ける前に、不可能な出来事を少しでも可能に出来る事を考えなよ。本当に貴方ばっかじゃないのっ」 ポカンとする刀弥に一息で言って、ふん、と息を吐いて腕を組んだ。 すると、刀弥は驚いた様に目を真ん丸にして私を見つめて、それから、泣きそうな顔をして微笑んだ。 「っ……ははっ、ほんっと、敵わないなぁ、恭華にはっ。………………恭華、こっちにおいで」 急に静かな声を出して、おちょこを床に置いて私を自分の膝に手招く刀弥に首を傾げたが、今回ばかりは大人しく誘われてやる事にした。 よじよじと膝によじ登ると、そのままそっと刀弥に抱きしめられた。 苦しくは無いけど、何だかこの彼が来ている着流し越しに刀弥の悲しみとか苦しみが伝わって来るような気がして、この温かくて優しい体温に、何だか訳も無く泣きたくなった。 「ありがとう、恭華。………ごめんね、こんな弱い父親で。ごめんね…」 「………………………」 ほんの少しだけ震える声で言う刀弥に、私は無言でこの人の着流しを握った。 ………………何で、何で謝ったりなんてするの。 あなたは強いよ。私はあなた以上に強い人なんて知らない。 この世界でたった1人の、私の自慢のお父さん。 まだ1回も言った事無いけど、私はあなたの事が本当に好きなんだよ。 お願いだから、自分を弱いなんて言わないで。 私の、私の中の強さを、否定しないで。 そう言いたかったけれど、言ったら、本当に刀弥が泣いて仕舞いそうで。 結局、私は何も言えないまま、只震える手で私を抱きしめる刀弥の服を、自分も泣かない様に必死に握りしめる事しか、私には出来なかった。 次の日、また取材だと言ってイタリアに行った刀弥を、私と母は黙って見送るしか出来なかった。 「…………だめです、ね。私。夫が辛そうにしているのが解っているのに、何も出来ないなんて」 「そんな事無いよ、母様」 「……………ありがとう…ございます。恭華さん」 私が悲しそうにする母に慌ててそう言うと、彼女は、ほんのりと弱々しく私に微笑んだ。 ………ごめんね、父親の事も母親の事も、ろくにちゃんと慰める事も出来ない、ダメな娘でごめんね。 私は気の利かないダメな娘だから、母様達に何もしてやれない。 ―――だから私は……刀弥が、母様が、早く笑顔になるように、祈るよ。 ずっとずっと。2人が、元気になるまで。 笑顔になるまで。 ♭ 「たっだいまぁーっ♪」 数日後、この間の事なんてまるで無かったかのように明るく振る舞う刀弥に、殺意を覚えたのは、私だけでは無い筈だ、絶対。 「――――あなた、覚悟は良いですか」 「はっはっはっ、どうしたんだい清香。 夫が帰宅して早々薙刀なんて持って来て―――ってごめんごめんごめん! 謝るから薙刀こっちに向けないでいたたたた」 ハイテンションで片手を上げながら帰って来た馬鹿父に、母様は何故か高校を卒業したと同時に封印したらしい薙刀を持って来て、それをザックザックと馬鹿父に突き刺した。 「ちょっ、痛っ! 痛いってば清香! 恭華ー助けてー!」 「貴方を助けるくらいなら、血みどろのゾンビを助けるよ」 「酷いっ!」 酷いもんか。こっちはこの数日間、ずっと貴方の事で悩んでいたんだから。 わーわーと喚く父親を欝陶しく思いながら――実際欝陶しい目で――見ていると、刀弥が何やら慌てた様子で後ろを指差した。 「待って待って! 今日はイタリアで拾いモノをしたから、持って帰ってきたんだよ!」 「はあ? 意味解んないんだけど。拾いモノをしたから何――――」 顔をしかめて刀弥の後ろを覗き込むと、刀弥の後ろにいる“モノ”に、思わず言葉を失った。 「イタリアのスラム街で見つけたんだ。………おいで、2人共」 なんとか母様の薙刀から解放された刀弥が手招きをすると、玄関の扉から2人の小さな子供が怖ず怖ずと入って来た。 子供は、洗えばきっと綺麗に輝くであろうくすんだ金色の髪と、小さく整った顔立ち。 そして、髪が長い子供の方が綺麗なマリンブルーの、髪が短い方の子供がシーグリーンの瞳をしていた。 「…………父さん、この子達は」 「だから、イタリアのスラム街で拾ったんだって。この2人をね、君の専属の従者……というか、世話係にしようと思ってさ」 ぽん、と2人の肩を軽く叩いて、顔を2人に近づけながらにっこりと笑って言う刀弥に、戸惑いながらも曖昧に頷く。 「………さ、恭華。この子達に挨拶して」 「うん……」 刀弥に促されて、玄関に膝を抱えて座る2人の前にしゃがみ込んだ。 あと、今気づいたけど、この子達、麻で出来たボロボロの服を着てる。 多分見つけて拾ってそのまま連れて来たんだろーなぁ……。 服くらい買ってあげれば良いものを。 とりあえず、髪が長い子供の頬に手を伸ばして、話し掛けた。 「――――初めまして、こんにちは。……ねぇ、あなた達、名前は?」 まずはとりあえず挨拶から、と思ってそう聞いたのだけど、何故か2人の子供は目を見開いて驚いたような目で私を見た。 しかも、目には涙さえ浮かんでいる。 「…………ありま…せん……」 「! …そう………」 短い髪の子供が言った事に僅かに驚きながら、顔には出さず、小さくそう呟いた。 成る程。それは悪い事を聞いてしまった。 確かに、スラム街で育ったのなら、名前が無いのも頷ける。 ――――だけど、名前が無いのなら、付けてしまえば良い。 「じゃあ、私が君達の名前を決めても良いかな。 髪の長い君は楓、髪の短い君が颯人。……どう、なかなか悪く無い名前だと思うんだけど」 言って、文字通りぽかんとしているこの子達に、薄く微笑んで言ってやる。 「これからあなた達は、私の身の回りの手伝いをよろしくね。………あと、これから、あなた達は私とずっと一緒にいる事。――――なんせ、今日からあなた達は、私の従者なんだからね」 そう言って2人の髪を優しく撫でてやると、いきなり2人の両目から、涙が溢れてぽろぽろとこぼれ落ちた。 …………もしかして、名前、勝手に決めちゃったから……? 「えっ、ちょっ。何、どうしたの。……この名前、嫌だった?」 慌ててそう聞くと、2人ははらはらと涙をこぼしながら首をふった。 「……………違います、違います。嬉しいんです」 「………ありがとう、ございます…………」 ぽろぽろ、ぽろぽろ。 ただただ静かに涙をこぼす2人――否、楓と颯人を、私はそっと抱きしめた。 「大丈夫」 「「!」」 「大丈夫。何にも怖い事なんてないよ。私が君達を守ってあげる。可愛い可愛い、私の従者」 そう口に出して言うと、何だかこの子達が、とても愛しい存在のように思えた。 ちょっと照れ臭くなってふふ、と照れ笑いをすると、彼女達はふ、と。 まるで、呼吸をするみたいにそっと、さりげなく笑った。 ☆おまけ★ 「……………様。恭華様。 起きて下さい。起床時間は、もう3分も前に過ぎました」 「んん…じゃあ…あと2分……」 「なりません。起きて下さい」 その言葉と共に、ぬくぬくとした柔らかい布団の感触から引き離されて、私はむ、っと顔をしかめた。 「……………寒いんだけど。解ったからその布団はぐの止めてよね、―――楓」 「申し出を非許可させていただきます。私には、恭華様を起床時間通りに起こすという義務がございます。 その為には、恭華様とお布団を引き離す事も手段の1つとして考慮させていただかなくてはいけません」 しぶしぶ起き上がって文句を言うと、それを生真面目に楓に返され、やっぱり頼むの颯人にしておけば良かったかなぁ、と小さくため息をついた。 楓と颯人と出会ったあの日から、もう何年も経った。 あの日から、楓と颯人は私の何が良いのかとても慕ってくれていて、特に楓は、その元来の真面目さも手伝ってか、私の身の回りの世話をよくしたがった。 ………まあ、それは嬉しいんだけど。 流石に、私だって1人でパジャマも脱げるし服も着れる。そういう所、いい加減解ってほしい。 「…………恭華様。私の顔に何かついていますでしょうか」 「いーや、別に。っていうか、いつも言ってるけど、君の日本語は少しおかしいよ」 「そうでしょうか。 ですが、こうして恭華様に言葉の意味が伝わっているのなら、問題はほんの僅かにしか発生しないと考察します」 「…………そう」 相変わらず、真面目な顔して少しおかしな日本語を話す楓に苦笑しながら、制服に着替える。 それからいつも朝食を食べている広間に向かって歩いていると、楓はふと思いついたように私に尋ねてきた。 「ああ、そういえば恭華様。今日は随分とぐっすり寝られていたようですが、何かあったのですか」 「ああ、それ」 確かに、普段眠りの浅い私は、いつもは楓が私の部屋に入って来た時点で目を覚ます。 今日みたいに、彼女に揺すられてやっと起きるなんて滅多にない。だから、楓も気になったんだろう。 もしくは、心配してくれたのかもしれない。 「………夢をね、見たんだ」 「……ユメ、ですか?」 「そう。貴女達と初めて会った日の夢。楓は覚えてる?」 「っ………さあ。何せ昔の事ですから」 私の質問に声を裏返させる楓に、私と出会った時の事を覚えていると確信する。 「ふーん。…………楓」 「っ!」 少し語尾を強めて呼ぶと、びくりと肩をふるわせる楓。 そのまま彼女の耳に口を近づけて、あの時彼女達に言った言葉を楓に囁いた。 「“可愛い可愛い、私の従者”」 そう言うと、楓は途端にぼんっと顔を真っ赤にした。 「何だ。しっかり覚えているじゃない」 「っ……! あ…あなたは、相変わらず意地が悪いっ………」 更に顔を真っ赤にさせた楓の苦し紛れの文句に、思わずぷっと吹き出した。 実はずっと出したかった。双子のヒロインの従者。作中では解りにくいですが、双子なんです。 その証拠に、彼女達の目の色は海繋がりにしています。……本当に解りにくい。 ……何か、この話の過半数はオリキャラが占めている気がする。 彼女達は所謂「本日の空模様」の山吹先輩の様なポジションです。 これからちょくちょく出したいと思うので、気に入っていただけると嬉しいです。 加筆 2011.8.24 ← |