並森幼稚園を卒園して早数年、私は小学3年生なった。 …………正直言って、学校は普通だ。 普通に登校して、普通に授業を受けて、普通に給食を食べて、普通に下校する。 ……………つまんない。 幼稚園にいた頃は、綱吉がいた頃は、毎日が楽しくて楽しくてしかたなかったのに。 授業なんて解りきっている問題点をもう1度習うなんてうんざりするし、 同じクラスの子達の変にマセた話もイライラする。 まったく、毎日が苦痛の連続だ。いっその事不登校…ヒッキーにでもなってしまおうか。 それはそれで面白そうだ。 「あっ、いたいた。恭華ーっ」 なんて縁側に寝っ頃がって考えていると、うちの父…刀弥が私を呼ぶ声がした。 それに返事をすると、数秒のうちに刀弥が来て、何故か私を1回コロンと転がした。 ガスッッ!! 「………で、何か用?」 「うん……。ちょっと用事が………」 ムカついたのでトンファーで思いっきりコイツの頭をぶん殴った。 その後刀弥は立ち上がってパンパンと着物をはらい、「いたた……」とか言いながら起き上がった。 「恭華、ファントムハイヴ社って知ってるよね」 「知ってるよ。日本にも沢山支店出してる、イギリスに本店構えてる大手玩具メーカーでしょ」 「さっすが恭華。よく知ってるね〜っ」 小さい、私が4・5歳の頃、この男が取材帰りの土産にそこの「ビターラビット」っていうウサギのぬいぐるみを買ってきたのを、よく覚えてる。 「実は、そのファントムハイヴ社の社長とは結構古い仲でね。今度ファントムハイヴ社の10周年記念パーティーがあるからって招待されたんだ。社長直々の招待状貰っちゃったから、行かない訳にはいかなくてさ。清華は体の調子が悪いから無理って言ってたんだけど、恭華はどう? 行ってみない?」 「母様は大丈夫なわけ?」 「うん。その為に使用人増やしたし、行くのは1泊2日だからね、すぐ帰るよ。 清華もいってらっしゃいって言ってくれたしね。お土産にイギリス産ワイン頼まれちゃったけど」 「ふうん」 あの母がそう言ったのなら大丈夫だろう。 私としても、行くのがそれ程イヤな訳ではない。 だけど、最近憂鬱なせいか、どうも気が乗らないのだ。 「ちなみに、彼には恭華より少し下の可愛い御子息がいるらしいよ?」 「!」 まるで狙ったかのようなタイミングでそう言った刀弥に目を向けると、バチリと目が合った。 その目は私に「行かないの?」とでも言いたげで、私は微笑みながらゆるく首を傾げるバカ親に、返事変わりに再びトンファーを投げ付けた。 ♭ 「………あ。ヴィンス、ヴィンセントっ!」 色々すっ飛ばして数日後、私は今、イギリスのまるで日本の鹿鳴館のみたいなパーティーホールにいた。 まあ簡単に言えば、私はファントムハイヴの10周年パーティーとやらに行く事に同意したのだ。 ………しかし、イギリスに来て驚いた。 このパーティーホールは中世の頃のように華やかな内装だし、中にいるお客さん達(私をふくめて)も、女性はふんわりと盛り上がったドレスを、男性はタキシードかスーツを着ている。 …………でもコルセットって怖い。内臓とか臓器的なものが出るかと思った。 父が会場の中で声を張り上げると、1人の長身の男性が振り向いた。 黒に近い青紫の短髪に、切れ長の目、スッとした鼻筋。 ……うわぁ、何という美形…。 さっきからたくさんの女性が、彼に熱い視線を送っている。 まあ、それはうちのバカ父にも言える事なんだけど……。 「相変わらずの色男だね、君は」 「ははっ、ありがとう。でもトーヤには負けるよ。………おや、トーヤ、そちらのお嬢さんは?」 お互いににっこり笑って握手を交わしている2人を見ていると、ファントムハイヴさんが私に気づいて、体をずらして刀弥の背に隠れる形で立っていた私を見て刀弥に問い掛けた。 「ん……? ああ、この子かい? 手紙に書いただろ、この子が我が家の1人娘、恭華だよ」 「…………初めまして、雲雀 恭華です」 「おやおや、これは礼儀正しいお嬢さんだ。初めまして、私はヴィンセント・ファントムハイヴ。君のお父さんとは古い友人関係にあります」 柔らかい素材のバイオレット色のドレスの端をちょいと持ち上げてお辞儀をすると、彼は楽しそうに笑って自己紹介をした。 「………さて、お前もこのお嬢さんを見習って、挨拶の1つでもしてごらん」 そう言ってファントムハイヴさんが後ろにいた人影を前に連れ出すと、それは小さな、7歳くらいの子供だった。 「ぇっ………………と。初め、まして。シエル…ファントムハイヴ、です………」 そうはにかみながら言うシエル君に、私は大きく目を見開いた。 …………………似ている、綱吉に。 「へーえ、君が噂のシエル君か。………どうだい? うちの娘と、1曲踊っていただけないかな」 「は……………はい。わかりました」 刀弥のいきなりのお願いに、シエル君は驚いたような顔をしたが、すぐにこくんと頷いた。 そして、私の手をそっと取って、またふんわりとはにかんだ。 「ぇえと、よかったら………。僕と一緒に、踊って、いただけますか……?」 「…………………ええ。喜んで」 その笑顔が、あんまり綱吉に似ていたから、私はなんだか泣きたくなってしまった。 それから私達は一緒に1・2曲踊って、食べ物と飲み物を持って、テラスにあった椅子に腰掛けて話していた。 「それで、綱吉が…………」 「……………あははっ」 「? 何? 私、何か変な事言った?」 私の友達や生活環境が知りたいと頼まれたので、京や了。 それから綱吉の事を話していると、不意にシエル君が吹き出した。 びっくりしてシエル君に変な事でも言ったかと聞くと、彼は笑いながらふるふると首を横にふった。 「違います。…………気づいていないんですか? さっきから、ヒバリさん「ツナヨシ」って人の事しか話してないんですよ?」 「えっ………………」 思わずポカンとすると、それが面白かったのか、シエル君はまた肩をふるわせて笑った。 「あなたは本当に、その「ツナヨシ」っていう人が大好きなんですね」 「っ…………。そうだね、うん。私は綱吉が大好きだよ」 シエル君の真っ直ぐな瞳と向き合って、きっぱりとそう答える。 そうだ、私は沢田 綱吉が大好きだ。 それは恋愛対象としてじゃなく、弟としての好きだけれど。 でも、その大好きな綱吉がいないから、毎日が味気無い。 胸にぽっかり穴が空いたような気持ちになる。 好き。あの子の笑った顔も、怒った顔も、泣いた顔も、拗ねた顔も、全部全部。 「………あ、勿論君の事も気に入っているよ、シエル・ファントムハイヴ」 そう言ってシエル君を見ると、彼はまた嬉しそうにはにかんだ。 「…………ありがとう、ございます……。僕のことは、シエルって呼んでください、ヒバリさん」 「うん」 そうほんわりと笑って言うシエル君に、私もにっこりと笑顔を返した。 「…………もう、帰ってしまうのかい? もうちょっとゆっくりしていったらいいのに」 「あはは、悪いねヴィンス。清香が心配でさ。それに、この子には学校もあるしね」 「……………お世話になりました。シエル、またね」 翌日の朝10時。 大きな黒のトランクと共に、ファントムハイヴのドデカイ屋敷の門の前にいた。 「もう帰っちゃうんですか………?」 「うん、ごめんね。でもその代わりと言っちゃなんだけど、手紙を書くよ。勿論、ちゃんと返事は書いてくれるよね?」 「! はっ、はいっ。ぜったい、ぜったいぜったい出します……っ」 彼はどうやら私の名前をヒバリだと勘違いをしているらしい。 指摘するのも面倒なので、そのままにしてある。 悲しげに潤むシエルの瞳に苦笑して、がしがしと彼の小さく丸っこい頭を撫でた。 「それじゃあ、せめて送りの車をよこすよ。田中、すぐに手配してね」 「はい。かしこまりました」 ファントムハイヴさんが50歳前後の初老の執事に命じると、その執事さんは恭しい態度でそう言った。 「ありがとう。何から何まで悪いね、ヴィンス」 「構わないよ。俺と君の仲じゃないか」 「っはは。確かにね」 くすくすと笑い合う2人の大人達を見て、シエルと顔を見合わせていると、黒塗りのいかにも高そうなベンツがやって来た。 「……………おや、送りの車が来たみたいだね。じゃあまたね、トーヤ。今度は夏にでも遊びにおいでよ」 「ああ、そうする事にするよ。またねヴィンス。………行こっか、恭華」 「うん。じゃあねシエル」 そうファントムハイヴ親子に言って手をふって、車に乗り込んだ。 「…………どうだった? 恭華。パーティーとやらは」 「意外と楽しかったよ。ちょっと色々吹っ切れたし」 「……そっか。それは良かった」 車の中で聞かれた問いにそう答えると、刀弥は何故かそれはもう嬉しそうににっこりと笑った。 「ここ(イギリス)に来て正解だったね」 「うん。………………………………………ありがと、父さん」 最後の方は聞こえないくらい小さな声で小さく呟いて、甘えるように彼の肩に頬を擦り寄せた。 ちょ、お前綱吉好き過ぎだろというツッコミは無しの方向で。 綱吉が大好きなのはむしろ私です。綱吉可愛いよ大好きだよチクショウ。 ヒロインにとって、自分では気付いて無いけれどやっぱり綱吉は大切な存在で、逢えないもやもやとかイライラとかのストレスを無意識のうちに体の中に溜め込んでしまって、それで消化不良を起こしていたのでした。 それを今回シエルくんのお陰で消化不良を治す事が出来ましたが、やっぱり原作に突入するまでは綱吉に逢う気は毛頭ない我が家のヒロインです。 ではまた。 加筆 2011.8.23 ← |