キィン、キィンという金属音がこだまする。 ここは、我が雲雀家が所有する、(多分)並森最大の道場だ。 ちなみに、朝の6時にここに来たので、もうかれこれ1時間ぐらい経っている。 「ねぇ……恭華」 「…………何」 左下から、空間をえぐるように迫るトンファーを、紙一重で避ける。 そのまま体勢を低くして、脇腹辺りに自分のトンファーを繰り出す。 「最近……何だかえらく楽しそうじゃないか。何かあったの?」 「…………貴方に、言う、必要は、これっぽっちも……無いよ!!」 右足を軸にして、くるり、回転。 後ろに回り込んで、右から懇親の一撃―――――を放ったものの、それは既に予想されていて、自分のトンファーとむこうのトンファーがぶつかる。 ガギィイン!! と、忌ま忌ましい金属音と共に、右手に来る鈍い痛みに、顔をしかめる。 対して、このカウンターを放った男は、この攻撃ではなく、先程の私の返答に苦笑した。 「酷いなぁ。いいじゃないか、教えてくれたって」 「…………黙れっ」 語尾にハートでもつけそうな口調とは裏腹に、反攻に変わった男の攻撃は、どこまでも鋭い。 右を受け止めれば、直ぐに左に迫り、私の体を吹っ飛ばした。 私はそのまま空中で体勢を立て直し、着地。 時間差でやって来る緩い痺れに、小さく舌打ちをした。 「ダメだってば。女の子が小さいうちから舌打ちなんかしちゃ」 「っ―――――――!!!」 声が、聞こえた。 私が飛んだ距離はおよそ数10メートル。 それを、この男は一瞬で詰めたのだ。 目の前には黒銀の武器(エモノ)。 ―――負けてしまう――― そう思い、仕方がなく目をつむって来るであろう痛みと衝撃に身構えると、来たのは鼻先の冷たい感触だった。 「ふふふ。また、僕の勝ち」 目を開けると、目の前には黒銀のトンファーと、むかつく程整った男の笑顔があった。 そのままあやすように頭を撫でる手を振り払い、男を睨みつけた。 「全く、本当悪趣味だよね―――――――父さん」 そう言ってキッ、と睨みつけると、男はへらりと笑ってみせた。 ―――そう。この男こそ、雲雀家現頭首。雲雀 刀弥その人だ。 「あははっ♪ まあまあ、そう怒んないでよ恭華」 「煩い黙れくたばれ死ね」 「えっ死ね!?」 額から流れ落ちる汗を拭いながら言うと、先程まで私を圧倒してみせた父は、情けない悲鳴を上げた。 相手を抗えない程の力で圧倒し、プライドが切れるギリギリまで攻めどおして、もう負るという感情を相手が持つと、ぴたり。と反撃の手を止める。 プライドの高い相手にとってこれ以上の精神的攻撃法は無い。 それを、このニコニコと終始笑っている男は平然とするのだ。 そういう男なのだ、コイツは。 ああ、忌ま忌ましい。大嫌いだこんな男。 私がてくてくと道場の隅にあるシャワールームに行こうとすると、ふわりと抱き上げられた。 「……離してくれない。暑いんだけど」 「ええー、お願い少しだけ。最近仕事で忙しくってなかなか顔合わせられなかったんだし……って痛っ」 突然小さく声を上げた父さんの方は放っておいて、父さんを殴った方を見ると、淡いスミレ色の着物に藍色のストールを巻いた、黒髪の女性が立っていた。 「もう。朝から娘にセクハラなんて、止めて下さい。馬鹿なんですか?」 ほう、と呆れたように口元に手を当てて溜め息をつく母のもとに父を蹴り飛ばして行くと、優しい手つきで頭を撫でられた。 「全く、あの人にも困ったものですね。後できつーくお灸をすえて差し上げなければ」 「………ありがと、母さん。でもそれはそうと、何で今日ここに? いつもは家にいるか内線で連絡を寄越すのに」 私の言葉に母はうーんと首を捻る。 実はこの道場。 軽く100坪はあるというデカさであるが、場所は家の裏にあるのだ。 まあ、家とこの道場との間は100メートルくらい空いてるから、外側から見ると、家と道場は別個になって見えるけど。 まあとりあえず同じ雲雀が所有する敷地内にあるのだ。 「実はですね、恭華さん。今日のだしまき卵の味がいまいちで……あと、お味噌汁のだしの味わいもちょっと………」 「………解ったよ。ちょっと待って、シャワー浴びて着替えたら、直ぐに行くから」 だから、先に行って待ってて。 そう言うと、母は二つ返事で頷いて、ふわりと藍色のストールを翻して去って行った。 ………今のが、私の今の母。雲雀 清華である。 ちなみに彼女は元より「雲雀」の姓で、父は婿養子になったわけだが、元から裕福なせいか、我が家の母は家事を全くしない。 いや、していなかったの方が正しい。 洗濯や掃除は、父と結婚してから少しだけ、料理は、私が産まれてからやり出したらしい。 だが、この母は料理の腕が壊滅的に無い。 卵を割れば、平面に卵をぶつける段階でぐちゃぐちゃに、米を洗えば「泡のち●ら」や「キュ●ュット」等を使って洗い、火を使えば火加減が解らないからと何故か豪快に全て火炎瓶やら火炎放射器で焼く。 なんにしろ、彼女が料理を私や父に手伝ってもらわずに完成出来た事など1回も無いのだ。 ちなみに、この場合の「完成」とは、人が食べて「美味しい」と少なからず言える状態の事で、物が焼けていれば、それがどんな状態であろうと「完成」だという母の理論は認められない。 そんな母なので、掃除も洗濯も、全て(数少ない)使用人達にやらせている。 「…………さてと、いつまで痛がってるつもり、父さん。いい加減邪魔なんだけど」 「ははは……ホント、清華といい君といい…容赦無いなぁ………」 私がふぅ、と溜め息をつきながら言うと、父は先程母にほうきで殴られた所 と私に蹴り飛ばされた箇所を摩りながら立ち上がった。 「じゃあ僕も、台所が焼け野原になる前に、家の方に戻るよ」 「はいはい。解ったから、早く行ってよ。うざったい」 「もぉホント酷くない!?」 にこやかに笑っている父にさらりとそう言うと、父は涙目になって叫んだ。 普通、只の幼稚園児を放って家に戻ったりしないが、この家は何故かそんな事は気にしない。 幼稚園児が家事とかやっても、30歳前後の大男を文字通り血祭りにあげても、全く気にしない。 というか、実際10日程前にそんな事があったが、母は「まあ流石は私の娘っ」と語尾にハートマークを付けて言い、父は「あっはっは。恭華はスゴいなぁ♪」と笑った。 なので、ちょ、普通幼稚園児が30歳前後の大男血祭りにあげるなんて有り得ねぇよというツッコミは、この家の数少ない使用人の登米さん(心の中で)がした。 「(この家の家系って……根本的に色々ズレてるんだよなぁ………)」 と、私雲雀 恭華(精神年齢二十歳以上)は、シャワーを浴びながら思ってたりする。 ♭ 「あ、この味噌何時ものと違う?」 「うん。新潟産の新しい味噌を試してみみたんだ。どう、美味しい?」 「うん、すっごく。流石は恭華♪」 「はいはい」 父の見え透いたお世辞を適当にあしらい、食べ終えた食器を片付けた。 あ、流しまでは身長的に届かないので、流しの横に踏み台を置いてもらっている。 「恭華さん。そろそろ幼稚園に行きましょう?」 「あーはいはいはい。待って、この食器だけ片付けちゃうから」 私が母の声がする方にそう告げると、母から軽い返事と車を用意して待っているとの事が伝えられた。 「恭華、あとは僕がやっておくから、行ってきなさい」 「? 珍しいね、何かあったの?」 何時もなら絶対に言わないような事を言う父に怪訝そうな顔をしながら振り向くと、父は困ったように苦笑した。 「別に、特に何かあるわけじゃないよ。行ってらっしゃい」 「……………行ってくる」 にこり、と微笑む父に、ガラにもなく照れてしまった。 ………もう何年と言われているけれど、何時までたってもこの「行ってらっしゃい」のくすぐったさには慣れない。 何と言うか、自分には帰る場所があると言われているみたいで、どうしようもなく嬉しくなる。 「恭華さーん、準備は出来ましたかー?」 「うん。直ぐに行くよー」 待ちきれなくなったらしい母の呼び掛けに応じながら、踏み台を飛び降りた。 そして、テーブルの上に置いてある鞄を持って、その横に置いてある黄色いリボン付きカチューシャを手に取った。 幼稚園に行くと、園児達が今日も元気に駆けずり回っていた。 ………うわぁ、スゴく咬み殺したいよ、あの群れ。 母も私と同じ事を考えていたらしく、園児達を一瞥するとそそくさと退散して行った。 それを見送っていると、腹にどん、と軽い衝撃を感じた。 「…………?」 見ると、綱吉が目に涙をためて、えぐえぐと泣いていた。 ………ついて早々泣かされたのかい? 君は。 「うっ……ひっく、きょうか…ちゃっ…」 「あーはいはい。解ったから、男がそう簡単に泣くものじゃないよ?」 そう言いながら、綱吉の額にキスを落とすと、少しずつ泣き止みはじめた。 それを眺めながら、よしよしと頭を撫でてみる。 …………私はきっと、卒園したらこの子のもとから離れるだろう。 何時までも、私におんぶにだっこじゃ、この子はきっと成長しないだろうから。 「(………最初はきっとツラいだろうけど、頑張ってね。綱吉)」 綱吉は只、何時もより優しい手つきで自分を撫でる私を、不思議そうな目で見ていた。 うちの恭華は、幼稚園を卒園したら綱吉のもとを離れるつもりです。 それは前々から決めていたコトで、理由は自分といつまでも一緒にいたら、綱吉が何時までたっても成長しないと思ったのと、何より自分がこれからも綱吉と一緒にいたら、原作が変わってしまうかもと思ったからです。 本人は別に忘れられても構わないし、原作に突入したら自然とまた会えるんだからまあいいじゃん、と軽く考えています。 加筆 2011.8.23 ← |