あれから早数年、私はオムツを変えてもらうという羞恥を見事に乗り切り、並盛幼稚園に通っている。 この頃の子供はみんな無邪気で、元気に保育士の人達に挨拶しているのだが、私はというと…… 「はいっ、恭華ちゃんおはようございます!」 「……おはよう」 精神年齢が二十歳を迎えている私が、そんな無邪気に振る舞えるはずもなく、まだ二十才未満(自分でそう言っていた)の保育士には、そう返すのが精一杯なのだ。 「恭ちゃんっ!」 「うわっ」 不意に背中に乗っかった重みに危うくこけそうになったが、なんとか踏ん張り、その背中にいるであろう人物をじろりと睨みつけた。 「………京、重いんだけど…」 「えへへっ、だって、早く恭ちゃんにあいたかったんだもんっ!」 このキャラメルマキアートより甘い笑顔を私に向けているのは、最近私にやけに懐いている笹川京子だ。 初対面で唐突に名前を聞いてきたとおもえば、いきなりあだ名で呼びだし、加えてやたらと私に名前を呼ぶようにせがむので、仕方なくあだ名で呼ぶ事で落ち着いたのだ。(そのまま言う通りにするのは私のプライドが許さなかった) 「おお、京子が急に走り出したと思ったら、恭華ではないか!!」 「お兄ちゃん!」 「(また煩いのが…)」 背中に京を背負ったまま露骨に溜息をつくと、また了に熱苦しく怒られた。 この熱苦しいのは京の兄、笹川了平だ。 京と同じく、初対面でいきなり名前を聞いてきたかとおもえば、馴れ馴れしく呼び捨てにしだし、こっちも名前で呼べとしつこいので、仕方なくあだ名でよぶ事にしたのだ。 まったく、見掛けは全く違っても、やる事は同じなのだ、この兄弟は。 「で、京。重いよ、どいて」 「む〜。恭ちゃん、せっかく可愛いんだから、もっと笑った方が良いのに」 「うむ。極限その通りだぞ、恭華!!」 私の言葉をきれいに無視して(多分悪気は無いんだろう、てかそう思いたい)私のことについてぶーぶー文句をたれる笹川兄弟。 仕方ないので、京は無理矢理降ろし、だんだん熱く討論し出した二人を置いて、さっさと教室に入った。 ちなみに、今の私の格好は、服は幼稚園指定の物なのだが、頭には黄色いリボンつきカチューシャをつけている。 一応私の名誉のために言っておくが、私には断じてそんな趣味は全くなく、これは私の母が無理矢理つけさせた物だ。 母は髪が腰辺りまで伸びたら取っていいと言っているので、今頑張って伸ばしている(今はショートボブ)。 まあこれが、今の私の日常だ。 ♭ 「恭ちゃんっ、紙のゼッケンちゃんと着けた?」 「うん。(と言っても、参加するつもりはこれっぽっちもないんだけどね)」 実は今日、月に一回の「水鉄砲大会」なんてのをやっている。 これは、みんな紙で作った手作りのゼッケンをきて、水鉄砲やら水風船やらを使ってその紙製のゼッケンを破いていき最後にゼッケンが破けなかった子が優勝するという、「おいおい、それで良いのか並森…」とツッコミたくなるような大会である。(水鉄砲以外の道具を使っているというのはスルーしてね) ちなみに、私は毎回優勝している。(基本的にちょっかいを出してる奴らをのしてるだけ) 「はいっ、みんな、ちゃんとゼッケン着けましたねー?」 「「「「「はーい!」」」」」 保育士さんの声に、園児達は元気に声を上げた。 もちろん、私は無視したが。 「水風船はお友達の顔に当ててはいけません。ゼッケンを破いた後水をかけるのもダメです。 それから、ゼッケンが破けちゃった子は、すぐに着替えて下さいね。わかりましたか?」 「「「「「はーいっ!」」」」」 保育士の言葉にまた元気に返事をする園児達を見て、満足そうな顔をして、「それでは、よーい…ドン!!」といきなり合図を出しやがった。 私はとりあえず周りの子達を擦り抜けて、端っこにある木に寄り掛かるようにして座った。 此処は木のおかげでいい感じに影が出ているので、このクソ蒸し暑い中を避難するには絶好の場所なのだ。 そこで一息ついていると、てけてけと京(と了)が駆け寄って来た。 「恭ちゃん、またそこにいるの?」 「うん。京達は行って良いよ。私は此処でちょっと休憩」 「う…ん…」 不服そうに頷く京に苦笑して、よしよしと頭を撫でて言った。 「……じゃあこうしよう。もし優勝したら、今日私の家に泊まりに来ていいよ」 「わぁっ、本当!?」 「うん。了もね」 口を挟みたそうにしていた了の方を向いてそう付け足すと、こっちもたちまち嬉しそうな顔をした。 「それはまことか!? よし京子、先手必勝だー―――!!!」 「うんっ!」 そう言って二人仲良く駆けて行ったのを小さく手を振って見送った後、また木にもたれた。 「(これで、やっと休める…)」 そう思って長く深呼吸をして本格的に寝に入ろうとした時、京達とは違う不快な足音に、顔をしかめた。 「………また君達? いつもいつもよく飽きないね」 「うるせぇっ、今日こそおれ達はお前を倒すんだ!」 先頭の子供に続き、「そうだそうだ」と後ろの子達が声を揃えて言った。 まったく、なんてイラつく群れなんだろう。 この群れ達は、何故か私を勝手にライバル視しているようで、こうして事あるごとに私に突っ掛かってくるのだ。もちろん、勝つのはいつも私だが。 あ、言い忘れていたが、私の母は元ヤンキーで、弱い者同士で群れることで自分達が強いと思い込んでいる輩が大嫌いだったそうだ。(その時、雲雀恭弥はこの人の血を余程強く受け継いだんだなと思った) ちなみに、そんな母が何故あんなヘタレた父と一緒になったのかというと、「初めて私を女の子扱いしてくれて、尚且つ私よりも強かったんですもの」らしい。 まあ何が言いたいかと言うと、私もそんな母の血を色濃く受け継いだらしく、そういう群れを見ると無償にイラついて来て、思わず咬み殺したくなってしまうのだ。 「はあ…私、いつも言ってるんだけどさ……私の事、なめすぎてない?」 そう言って、両手の指の間に挟んだ水風船をそいつらに投げ付た。 すると見事に全弾命中し、そいつらのゼッケンはみんな揃って破けてしまった。 「はい、ゲームオーバー。君達の負け」 自分に何が起こったのか分からないでいたそいつらは、私の声で自分に起こった事を理解したらしく、ハッとして慌て出した。 「ずっずりーぞ!」 「よそ見してた方が悪い。それに、これをずるいって言うなら、女一人に何人も連れだって来るのもずるいんじゃない?」 「そ、それは…」 「とりあえず、君達は負けたんだから、風邪を引かないうちに着替えたほうが良いよ。じゃあね」 後で京からきいた事なのだが、あの子達は全員私に気があったため、突っ掛かっていたらしい。 「さてと…これからどうしようかな」 とりあえず、人が居なさそうな裏庭を歩いていると、誰かの泣き声が聞こえた。 「………?」 気になったので、気配を消してそうっと影から覗いてみると、数人の子供達が、一人の子供を囲んで虐めていた。 この年でもうこんな陰湿な虐めをするなんて、この子達の将来が心配だ。 とりあえず、真ん中で虐められている子を助けるべく、水鉄砲をいじめっ子達が着ているゼッケンの紐の接合部分にあわせて撃った。 ピス、ピス、ピス、と間の抜けた音がした後、べろーんといじめっ子達のゼッケンの紐の部分が破けた。 「!? な、なんだ!?」 「はい、ゲームオーバー。さっさと着替えに行ったらどうだい? それとも、先生呼んでもらいたいの?」 いじめっ子達はいきなりの私の登場に驚いた顔をしたが、「先生」の言葉を聞くと、慌てて走り去って行った。 「何、あれ? ずいぶん弱いな…」 「うぅっ……ヒック、グスッ…」 「………はあ、君も、こんな所で泣いてると、また虐められるよ? ホラ、立って」 そう言って手を差し延べると、その子は涙でぐしゃぐしゃの顔を上げた。 …………てあれ? 「女…の子?」 「…………(ふるふる)」 確か周りにいたのは全員男だったんだけどな…なんて思っていると、その子はふるふると顔を横に振った。 どうやら男の子らしい。 よく見れば、名札にもちゃんと「さわだつなよし」って………え? 「さ、わだ、つなよし?」 「ひっ、ひぐ?」 半分唖然として少年に訪ねると、少年はまだ涙ぐみながらもコクんと頷いた。 「…ワオ、何かのドッキリかい…?」 はあぁ〜と大きな溜息をついて座り込むと、少年こと沢田綱吉が心配そうに顔を覗き込んできた。 「だいじょうぶ?どこか痛いの?」 「……ん、大丈夫だよ。私は雲雀 恭華。君は、つなよしであってる?」 「っ!うん。えっと、きょうか…ちゃん?」 「(ちゃん付け…ま、いっか)うん。じゃあホラ綱吉、立って、行くよ」 「うっうんっ!」 綱吉は嬉しそうな顔をして、私の腕に抱き着いてきた。 「(やれやれ…)」 笑顔で私の腕に擦り寄ってくる綱吉を見て、ふう、と溜息をついた。 ……どうやら私は、何かと小さい子に懐かれやすい性質らしい。 加筆 2011.8.23 ← |