駒鳥とチワワ | ナノ


駒鳥の再会





いらいらする。
ここのところ、私の機嫌は最低記録をぶっちぎりで更新中だ。
全校の委員会が集まる各学期に一度の委員会議の為の生徒会議室の中、用意された椅子に座らず、窓に程近い壁に寄りかかって今期の委員会にあてがわれた委員室の一覧と、その委員会の委員長の名がずらっと並べられたプリントをちらりと見て、窓の外の景色に視線をやりながら、このふつふつと湧き上がる苛立ちを腕を組むことでかろうじて抑え込んでいた。
大体にして、綱吉たちが入学してからというもの、並中での問題が多すぎる。何故かって、当然綱吉とその家庭教師、そしてそのゆかいな仲間たちがいるからである。校庭を地割れさせて爆破させるは、自殺未遂は起こるは、やっぱり校庭がまた爆破されるは、家庭科室から毒物が検出されるは。とにかく学校のダメージがハンパない。その度に修理にかかる金はどこからともなく支払われているものの、事後処理するのは全てこっちだ。いい加減にしてほしい。もみ消すのはそれなりに面倒なのだ。この前その報告を受けた時だって、もしそこが委員たちの前じゃなかったら、ふざけろよ! と電話口に向かって叫んでしまったかもしれない。
それに最近では、その愉快な仲間たちに私の幼馴染2人まで加わりかけている。他に比べればその騒ぎの渦中にいる回数はほんの少しだけど、それすらも私のイライラを上昇させる。

というか、そもそもこの集まりって私が出る意味あるの? 別に私じゃなくても良くない。草壁とかでも良くない。確かにこの会議には各委員会の委員長が必ず出席する事とか決めたのは私だけどさ、もう私は特例とかで良くない? 他の委員よりも余計に面倒事背負い込んでるんだし。とにかく私は連日の連日につく問題の事後処理に追われて、この頃ずっと寝不足だ。
それに次いで今年の文化祭の出し物の希望がまだ出てないクラスがあるもんだから、余計に体を休められない。しかもそのクラスは1−Aというあるまじき事態。1年の分際でどれだけ私に面倒を掛けさせれば気が済むんだあのクラスの面々は。面倒事はさっさと済ませて、早く雑務は草壁に丸投げして寝たい。その所為でここ最近、私の睡眠時間は長くて3時間半だ。いっそいい加減しろよ莫迦共と怒鳴り込みたいわ。

「えーっ? 何これ、応接室使う委員会がある! ズルい、どこの委員会よ!? 」

そんな、他人がいる前で溜息をつきたくなってしまいそうに疲れた私の耳に、他委員の耳障りな声が割り込んで、ぴくり、と表面では全く動いていなかった眉が小さく反応した。

「何? 何か問題があるのかな」

その委員の発言に周りが勝手に騒然とする中、視線を投げかけると、その委員は状況を理解してさっと顔を真っ青にして、慌てて席を立って頭を下げてきた。
個人的には、その発言に苛立っただけだから、別に謝られてもどうでも良いんだけど。

「………そう。なら、続けてよ」

そこでも意地になるのも面倒なので、そのまま流して司会を行っている委員に促す。大方、初めて委員長になったから風紀委員の委員室を知らなかったのだろう。それ1回だけならば、次がないだけで特に何をするつもりもない。
それで場を収めようとしていると、不意に向かいから声がかった。

「でもさあ、風紀委員だけ特別扱いってのもおかしくない?」
「だよなー」
「わざわざ応接室使う必要だってないだろーが、ヒバリさんよぉ」
「…………ふうん。君たちは仲良し委員会か何かかい? ここに来るのは各委員会につき1人だけの決まりだけど」

視線だけ向ければ、そこには緑化委員会のプレートが置かれた席に座っている委員長を取り囲むように立っている、数人の委員。
完全に場が凍りついた状態で目だけを向けて促せば、訊いたその集団のリーダーである委員長が、我が意を得たりという顔をして口を開く。どうでも良いけど、完全に空気読めてないな、この子。

「俺達緑化委員会は他とは違うんだよ。地球温暖化問題に立ち向かう意識とかが強いからさ、仲間意識があんたら不良とは違うんだ!」
「………仲間意識、ねぇ」

仲間意識。私が2度目の生を生きてきて、1番意味が希薄だと感じたのがこの言葉だ。
どんなにお綺麗な言葉で飾り立てても、息を一吹きすればたちどころに崩れるのがそれだ。この世に真実それが存在する集団なんてほんの一握り。殆どの人間が、その集団の威を借りているからつるんでいるだけの烏合の集。だから、弱い人間は、みんなこぞって群れたがる。
だから私は、群れるばかりの草食動物が大嫌いだ。
見ているだけで不愉快で、潰したくなる。

「けれど各委員の代表1人だけというのは決まりだよ。この場の風紀を乱したからには、誰であろうと処罰は受けないとね」
「だから何っ………ひ!?」

カタカナのロの形に並べられた机を一足飛びで飛び越えて、座った緑化委員委員長の喉元に、棘を出したトンファーを押し当てる。
1秒もしないうちに突き付けられた鋭い棘の感触に、緑化委員長の顔が引きつらせる。

「………で、どうしようか。後ろの取り巻きの誰かが、代わりに彼の制裁を受けるかい。仲間意識の高い、仲良し委員会」

机に乗り上げたまま後ろの面々を見上げれば、彼らは慄いて尻餅をつくか冷や汗をかいて一歩退くだけで、私とろくに目を合わせようともしない。

「…………ふ。話にならないね」

嘆息して緑化委員長の喉元からいったんトンファーを引く。それに彼が安心して息をついた瞬間に、棘を引っ込めたトンフォーを彼の脳天にぶち当てた。
それに脳を揺さぶられた彼が軽い脳震盪で力なく椅子から倒れたのを一瞥して、机から降りてへたり込む緑化委員たちを踏んで後ろのドアの方へ行き、そのまま開ける。そこに既に草壁が待機しているのを見て、草壁に目線で状況を伝えた。

「ルールを守れない無能に割く予算はない。今日から緑化委員会は撤去だ。君は私の代わりに、無感権者を外に出して始末しておいて。それと、司会の祭り委員会が伝えたい事があるそうだから、それも聞いておいてね」
「はい、委員長」

一礼する草壁に頷いて、そのまま生徒会議室を後にする。
そのすぐ後ろから、祭り委員会の焦った声が聞こえてきた。

「知らないよ、そんなの」

この学校の長は私。
この場所では、私は誰の指図も受けないんだから。まあ学校の外でも受け付けないけど。
私はここ最近忙しくてろくに寝てないんだ。もういい加減、ちゃんとした睡眠をとっておきたい。
取り敢えず応接室に戻って、エンとスイとヒジリを抱いて眠って。話はそれからだ。

ガラッと乱暴に音を立てて応接室の扉を開けて、そのまま窓辺に直行してカーテンを閉める。
ここは3階だからみられる心配はあまりないけど、万が一の事をきしての対策だ。

「ただいまみんな。さ、もう出てきていいよ」

振り返って声を掛けると、左の給湯スペースや私の机の下から、お馴染みの3匹が飛び出してくる。
エンとスイなんかは尻尾をちぎれんばかりにいふって腕の中に飛び込んでくるものだから、その可愛さに思わず破顔した。もちろん、手をいっぱいに伸ばしてこっちにてけてけとやってくるヒジリもまとめて抱き上げる。

「ごめんね、最近は忙しかったら、余り構えなくって。ん? ああ、良いんだよ今は。面倒だったから草壁に投げてきちゃった。頭使うのももう疲れちゃったし、一回ぐっすり寝てからまた考えるよ」

腕の中で仕事は? という風に心配そうな視線を投げかけてくるヒジリに穏やかに言って、3匹を抱えたまま真ん中に机を挟むように向かい合わせている黒塗りのソファーの片方にダイブする。
気が抜けてはーっと大きく息を吐き出すと、エンのふかふかな首の毛に顔を埋めた。

「もうだめ、むり。とにかく寝たい。悪いんだけど3匹とも、私が寝るまで抱き枕になってくれる?」

3匹を撫でながらそう言うと、エンたちは不思議そうに互いの顔を見合わせると、勿論というように、私の頬や胸にすり寄ってきた。
エンはふかふかで心地良いし、スイはひんやりとして気持ちが良いし、ヒジリは細く柔らかい腕をいっぱいに伸ばして私の動に抱きついているのが可愛くて癒されるし、この子たちほど優秀な安眠枕なんて他にないんじゃないだろうか。
つい頬が緩むのを抑えられないまま、これは良い夢見れること間違いなしと確信しながら、3つのやわらかい体温を感じて目を閉じた。












しかしこのまま放課後になるまでぐっすりと眠る私の計画は、予想以上に早く覆されることになった。
うとうととまどろんで、ちょうど今まさに眠りに落ちんとしていたその時、バタバタと聞きなれない3種の足音によって、私の安眠は妨げられた。

「……………………何?」

つい先ほどまで甘美な眠りに落ちんとしていただけに、中途半端に遮られて、今の私の機嫌は数十分前と比べてもさらに最悪だ。
前髪をぐしゃぐしゃかき混ぜながらもぞりとエンたちを落とさないように抱えたまま体を起こして、ドアの外の人影に視線を向ける。
数はさっき感じたのと変わりなく3つ。そしてやはり聞き覚えのない足音で、一度私が応接室に引きこもれば放課後まで絶対に入らせないようにしているから、新入りの風紀委員でもない。
………という事は。ああくそ、億劫なことに部外者だ。

「ヒジリ、カーテンを開けて」

3匹を床に下ろしながら命じると、ヒジリはその小さな手をぱっと窓の方に向けて、閉め切っていたカーテンを開く。
残念ながら植えてないのでくちなしの香りもしなければ優しさに包まれる事もないけど、やって来た雑魚で私の憂さ晴らしをすることは出来る。
3匹に給湯スペースの方へ行っているように促しながら、さっき自分で崩した前髪を手櫛で整える。
やれやれとソファーから立ち上がるのと同時に、私の城の扉が開かれた。
やって来た侵入者に胡乱げな視線を投げて、とりあえず体面的な質問を一つ。

「君達、誰?」

さあ。ここでうまい具合に私が納得するような言い訳を言えたら、見逃してあげよう。
視線を投げた先には、黒と銀と茶色の髪の、なんともカラフルな頭の3人の男子生徒。それは偶然か必然か、今年に入ってよく目にする問題児の1年の3人組だった。
山本武に、獄寺隼人。…………それと、沢田綱吉。
先頭に立っていた山本武は私の姿を見て顔色を変えて硬直したけれど、どうやら他2人は私の事を気づいていないのとそもそも私の事を知らないらしい。

「なんだお前?」
「獄寺、待て」

私の視線を受け止めた獄寺隼人が、こちらに真っ先にガンを付けてくる。
別にそれはそれで構わないけれど、最初の第一声がそれだった時点で、私の憂さ晴らし決定だ。

「私が誰だかは君には関係のない事だよ。それより、風紀委員長の前ではたばこは消してくれる? どちらにしても、君たちはもう、ただでは帰れないけど」
「ああ!? んだと、てめ――――」
「消せ」

私が消せと言ったら、いつであろうと消すんだよ。
一歩で間を詰めると同時に、袖の中からトンファーを取り出して彼がくわえていた煙草の先端を切り飛ばす。
瞬間、ばっと間を取る獄寺隼人を目を細めて見送り、音もなくもう片方の手にもトンファーを携えて、のこのこやって来た獲物を見据える。

「私は弱くて群れるしか能のない草食動物が大嫌いだ。だから君達みたいなのが視界に入ると、咬み殺したくなる」
「なっ…………何だとこら!」

こちらの発言にいきり立つ獄寺隼人に構わず、そのまま間を詰めて、彼に向かってトンファーを振り下ろす。
音も気配も、予備動作すらもなかったからか、彼の目が驚愕に見開かれる。それでも待つなんて言葉は、私の辞書には今のところないわけで。
先ず1匹、と胸中で考えていると、不意に獄寺の右わきから何かがひょこりと飛び出てきた。
反射的に、そちらに矛先を変えて頭部に振り下ろす。

「1匹」
「ツナ!!」
「10代目!!」

振り下ろし終わった後で、それが綱吉だというのに気が付いた。

「ああ…………。そうだった、君もいたんだっけ」

まあ、別に今更関係ないか。
個首を傾げて気絶して動かなくなった綱吉を見下ろして思い出していると、そこで獄寺の纏う空気が変わった。
そういえば、この子は獄寺にとってボスだったんだっけと納得する。

「のやろぉ! ぶっ殺す!!」
「ふうん。やってみなよ」

言うと同時にこちらに突っ込んできた彼を見て、内心呆れながらそれを促した。
莫迦だな。確かにスピードは悪くない。けどそれもその一方にしか行けないのなら、それは猪と同じだ。
単調な動きは、立っているだけの的より狙いやすい。

軽く身をひねるだけで躱して、彼の首筋にもトンファーを一振り。

「2匹」

これで、1時間ほど彼の意識は闇の中だ。
さてどうするという風に山本武の方に目を向ければ、彼は彼でなかなかに怒り心頭らしい。うん、これは良いね。先の似非仲良し委員会とは大違いだ。

「てめぇ………!!」
「……ワオ」

そのままこちらに向かってくる彼の心意気に僅かばかりに敬意を表して、もう片方に構えたトンファーも使うことにした。
繰り出す私の攻撃を、山本武は紙一重で避けながらこちらに反撃を仕掛けてくる。それそのものは何てことないものだけど、私に対して懸命に攻撃をしようとしてくる人間は、最近ではなかなかいない。
だからこれは前2人と違ってちょっとは楽しめそうだと思ったんだけど。………まあ、所詮この程度か。避けられる速度ぎりぎりに加減するのも、退屈なだけで特に楽しくもなんともない。

「動きは良い。けど……怪我でもしてるのかい?」
「!!!」

格上対手に利き腕庇いながらやり合えると思う時点で、もう論外。
もう少し腕磨いて出直してきな。

「さよなら」

左でガードした時の一瞬の隙間をついて、容赦なく鳩尾に足を叩き込む。それにより態勢が崩れたところを、トンファーで顔面を横殴りにして壁まで吹っ飛ばした。

「3匹。…………まあ、ただの草食動物ならこんなものか」

ぐるりを肩を回して、気を失った3人を見て嘆息する。
軽く体は動かしたものの、こんなの朝のラジオ体操程度の運動にもならない。おまけに中途半端に目が覚めてしまったからこれから二度寝もし辛いし、体はまだまだ欲求不満だ。
いっそ家に帰って刀弥と一戦やってくるか、なんて考えていると、後ろで何かもぞりと動く気配がした。

「うー……ん、あれ?」

振り合えれば、綱吉が後頭部をさすりながら、焦点の定まらない目で辺りを見渡していた。

「えっと、オレ何で床に倒れて………って、ええ!? 山本、獄寺くん!? っていうか、ひっひひひひひヒバリさん!!?」
「……………ワオ」

かと思えば、左右に殴り捨ててあった彼の連れ2人に駆け寄って心配そうに患部に手を添えて、果ては私を見て仰天してひっくり返ったり、本当に忙しない。
………初撃という事もあって、一応、1番力は強かったはずなんだけど。
それでもあわあわちょろちょろとパニックになって動き回る小動物みたいな動きに、何だか気が抜けてしまって、腕を下ろす。

「………随分丈夫だね。あのくらいの打撃だと、普通2・3時間は起きないものなんだけど」
「へ? え、えっと、その。オレ、丈夫なだけが取り柄なんで。………あはは」

何の気なしに漏れた心の声に、綱吉はなぜか照れくさそうに笑って頭をかいた。
それで殴られた患部までかいてしまったのか、途端にいってえ! と悲鳴を上げる綱吉があまりにもばからしくって、毒気が抜けて笑ってしまった。
こうなると、もう追撃して改めて鎮める気も起きない。

「はあ………。何だか、もういいや。飽きちゃった」
「え?」
「そこにかけなよ、沢田綱吉。君の群れは放っておいてもそのうち目を覚ます。その間でも、少しばかり話をしようじゃないか」
「へ、ヒバリさんが、オレに話って………えええー!?」
「うるさい」
「ひぃっ。すいません!!」

ぼすっとソファーに体を預けて向かいにある同じ造りのソファーを指で示すと、またもや慌てる綱吉を一括して黙らせる。
さて、成行きとはいえ、数ヶ月ぶりの再会だ。特に何かを話す予定もなかったけど、さて。
私は一体、君と何を話そうか。






2014.5.8 更新






- 20 -