珍しく寝起きでもすっきりとした頭で、洗面台に立って髪に櫛を通す。 ここ数年でとうとう背中まで伸びた髪のお陰で、今年から黄色いリボンカチューシャは卒業だ。 代わりに髪を1つに高く結いあげて、飾り気のない黒いゴムで髪を結ぶ。 少々頭皮が痛いくらいにきゅっときつく締めると、そこには大人びたなかなかに顔立ちの整った、ちょっと目元がきつい少女が立っていた。 その姿を確認して、よし、と小さく気合を入れる。 しかし本当に雲雀家の遺伝子は優秀だ。前世では可もなく不可もなく、平均点を地で行って言っていた私の顔面偏差値は、今の世では随分と引き上げられた。 もう、さながら雲雀恭弥の女バージョンみたいな見てくれである。涼しげな大和撫子系美少女、みたいな。 いや自分で言うなという意見はもっともなんだけど、この容姿って自分のものっていう実感が薄いというか、ひとえに母様と刀弥が美形だからという遺伝子の大勝利というだけなので、むしろ2人の美人さの証明みたいで、ちょっとこの顔が誇らしい。 今年で随分とたくましくなった恭弥も、もし他人だったらショタコンに目覚めそうな勢いで可愛らしくって仕方がなくて、非常に10年後が楽しみな顔をしているし。 要するに、美人の遺伝子ってすげえ。 「恭華お嬢様、車の用意が整いましたでございます。式に間に合いませぬので、そろそろお急ぎくださいます事を推奨します」 「はいはい。君のその敬語は相変わらず変てこだね、楓」 足音を立てず私の後ろに立ってそう言った使用人の楓に応えて、彼女が不思議そうな顔をしているのをそのままに、ブレザーとリボンの位置をちょっと直してから洗面所を後にする。 今日。私は、並盛中学校に入学する。 校長のお決まりのかったるい話を右から左に流しながら、やっぱりこの格好は流石に失敗だったかな、と、今更ながらに反省した。 今私が来ているのは、少し古びた並盛の旧制服(男物)であるブレザーだ。 何故そんなものを私が着ているのかというと、それは私が出掛ける直前に遡る。 楓と颯人に急かされて玄関でローファーを履いていると、今日は彼女達とお留守番する事になっていた恭弥が、なんと私の為にコーヒーを1人で(!)持ってきてくれたのだ。 まだ幼いのになんて気が利く子なんだと喜び勇んでいただこうとしたが、しかし、その直前でつるりと足を滑らせてしまった恭弥の手からお盆とコーヒーの入ったカップが離れて宙を舞い、恭弥に気を取られていた私のブレザーに、消えない染みを作ってしまう事となった。 その後泣きじゃくる恭弥をあやしつつ、初日にブレザーなしは流石にまずいと代案を考え、両親の制服を、となったのだ。 しかし学生時代お嬢様学校に通っていた母様の制服は、セーラー風のワンピース。 これはいくらなんでもちょっと、となった所で、元並盛中生である刀弥の旧制服に目がつけられた。 幸いそんなに汚れてもいなかったし、時間もなかったしで、仕方なくこれを着る事になったのだけど。 「……………やっぱり、目立つよなあ」 新入生どころか、保護者や教師達の視線も独り占めである。 やったね、ファーストインパクトは大成功! てなもんでだ。…………いや、全然嬉しくないんだけどね。 ま、けどここで図らずも雲雀恭弥の服装をかぶせてしまっては、運命とでも思って、もういい加減腹をくくるしかないかな。 並盛の旧制服である真っ黒い学ランの余った裾をきゅっと握り、私は思わず苦笑いをした。 入学式を終えて、教室で軽い自己紹介を生徒と担任分した所で、解散になった。 当然ながら午前中に全てのイベントが終了してしまった所為で暇だった私は、暇つぶしに校内を散策していた。 どんな立地になっているのか、今まで漫画でしか知らなかったここがどんなもなのか知りたかったっていうのもある。 それに、これから私は少なくとも一年以内に風貴委員長になってその役員をまとめ上げて、実質的な並盛の制圧者になる予定だ。早めに知っておくにこした事はない。 ……………それにしても。私の自己紹介を聞いた教室の面々の狐見つままれたみたいな顔が、可笑しくって頭から離れない。 「並盛小出身雲雀恭華。逆らう奴はみんなまとめて咬み殺すから、よろしく」 事項紹介時にそれだけ言ってどっかりと椅子に着席した私を、教師含め教室中の人間がぽかんと呆気にとられたような顔で見つめていた。 そりゃそうだ。今の口上なんて、どっからどう聞いても完璧な中二病患者のそれである。 「正直、かなり恥ずかしかったんだけど…………ま、出だしが肝心だし」 前世の私だったら無難に笑い取って終了だったんだけど、今世の目的の為には、とりあえずこの学校の人間に「あ、こいつやべえ」くらいの認識はしてもらわないと困る。例えそれが本来の目的の意味でも、中二病的な意味でも。 インパクトというものは大事なのだ。例え最初に変人奇人と認識されていても、平々凡々からよりはよっぽど恐人強者にのし上がり易い。 「雲雀の家に泥を塗るのは流石にまずいから、さっさとここで高い立ち位置に立たなくちゃなあ…………っと、あった。応接室」 無駄に高級そうな表札に「応接室」と書かれた扉を見つけて、足を止める。 REBORN!を読んでいる人ならお馴染み、唯我独尊最強最凶な風貴委員長の根城のあそこである。 彼と形だけでも同じ立ち位置にいると決めたこちらとしては、是非ともここは確保したい。 とりあえず今日は、様子見の意味も込めて、散策がてらチラッとだけ覗かせていただこうという算段である。 扉の造りも思っていたより立派で、成る程これを手に入れたら結構格好がつきそうだ、なんて小心者丸出しな魂胆なあたり、私もまだまだ根が小市民だ。 まあ何はともあれ、内装とか、窓の見晴らしとか、色々と将来設計の為に下見させてもらおうじゃないか。 そう思い、私は何のためらいもなく応接室の扉を開けた。 「うわ…ヤニくさ」 と、開けた瞬間にむわっと煙ってきた煙と同時に嫌な匂いが鼻を差して、思わず口と鼻を学ランの裾で覆って顔をしかめる。 顔を上げると、そこにはいかにもな制服を着崩した人相の悪い男達がたむろしていた。 うっわあ。特に何も考えずに、思わずその言葉が口をついた。 「あっれえー? 何か変なのが来たんですけど」 「見ない顔だな。新入生か?」 「あれ、もしかして入学式でテンション上がって迷子になっちゃった系?」 「つーかオレら女のデリバリーなんて頼んでないんですけどー!」 私の姿を見止めた男達が、怪訝そうにしたり首を傾げたりしながら、最後の男の言葉にゲラゲラと顔に似合ったいかにもな笑い声を上げる。 それをボーっと見ながら、私はとりあえず学ランの下に隠してあったトンファーに手を掛ける。 あっちゃあ。まさかこんな所にこんなのがいるとは。まずったなあ、今日は下みだけして、さくっと帰って家族+草壁入れて会席料理食べに行くって、朝に母様言ってたのに。 めんどくさいなあ。出来れば見なかったことにして帰りたい。お腹も減ったし。 「つーか、何でこの子学ラン着てんの? しかもこんな薄汚れた」 「ていうかこの子小さくね。背丈もあそこも小さくね?」 「………………ああ?」 完全に見下したていの男達のうち2人の言葉に、図らず地を這うような殺気だった声が喉から零れた。 おい、誰だこの服のこと悪く言った奴。これはな、私のくそ親父が卒業後も貧乏ったらしくずっと取っておいたとっておきの一品なんだよ。これ見て年甲斐もなくわー雲雀さんみたーい! ってはしゃいじゃった私が恥ずかしいだろうが。 あと私の背が低いとかあそこが小さいって人の胸見ながら言った奴、もれなく死刑な。 背丈も胸囲もまだまだ発展途上なんだよ。第二次高度身体成長期はまだまだ先なんだよクソが。 ガキが。人を見た目で判断してんなっつの。あー、何かむしゃくしゃしてきた。 前言撤回。殺そう、さくっと殺っちゃおう。食前の運動も消化の助けに必要だよね、きっと。うん。 「………まったく。この学校の風紀委員は何してるんだか」 「はあ? 風紀委員?」 「んなもんこの学校にねえよ」 「……はい?」 男の言葉に、思わず気の抜けた声と共に眉間にしわが寄る。 風紀委員がない? つまりこの学校、風紀委員会自体がまだないの? えー、めんどくさいなあ。体勢がある程度整ってるのを乗っ取った方が楽なんだけど。 あー……なんか、入学早々目標地点が面倒すぎて心というかやる気が折れそう。向上心というものがメキメキしぼんでいくよ。空気を抜いた風船のようだよ。 「…しっかたないなあ………」 「あ?」 「なになにこの子、オレらになんかする気?」 「ご奉仕するから見逃して下さーい、みたいな?」 そう言ってげらげら笑いながら下ネタ連発してくる男どもに、耐えるのも馬鹿らしくて肺から思いきりため息が出る。 えー、中学の男子ってこんな感じなの。おばさん大学まで女子校しか行った事無かったから良く解りません。 というか、そんなご奉仕とか言葉、つい一か月前まで小学生だった子供が知ってるわけないでしょ、馬鹿が。 「もう良いや。そろそろ煙草の匂いも耐えられなくなってきたし、さくっと咬み殺してふぐ刺し食べに行こう」 「はあ? 咬み殺すぅ?」 「お前あれか、電波ちゃんか?」 「あーはいはい、もう電波でも中二でも何でもいいよ」 明らか馬鹿にした笑みを浮かべてこちらに話しかけてくる男どもを無視して、すっと学ランからトンファーを取り出して構える。 情状酌量する気はとっくに失せた。後はもう、ゴミ掃除あるのみである。 「とりあえず、今から私が風紀委員第一号になったから。君たちまとめて粛清ね」 「はあ? 何言って」 「はい、教育的指導」 怪訝そうな顔で近付いてきた男を、まずは顎に一発入れて落とす。 それを見た彼等は、あっという間に顔色を変えて、どこからか釘バットや角材、果てはナイフまで取り出してきた。 おーおー血気盛んな事で。というか、ナイフは駄目だよナイフは。使い方を良く解ってないと、むしろ自分が怪我するから。 そんな事を考えながら、目線でここにいる男の人数を数える。 じゅー、じゅーいち、じゅーに……合計15人か。うん、まあ、この程度の数なら余裕かな。 「さあ、歯を食いしばって逃げ惑いな。………君たち全員、咬み殺す」 久々の獲物に、唇が獰猛につり上がる。 ぺろりと舌なめずりをして、私は思いっきり床を蹴り上げた。 プルルルルル、と、ポケットに入れていたケータイが鳴る。 マナーモードにしていなかったのを反省しながら、それを取り出して通話ボタンを押すと耳に押し当てた。 「はい、もしもし。雲雀だけど」 『あ、恭華さんですか、草壁です。今ご自宅にお邪魔しているのですが、まだ恭華さんが帰っていらっしゃらないようでしたので』 電話口から聞こえてきた草壁の声に、思わず笑みが浮かぶ。 それでわざわざ掛けてきてくれたのか。……なんというか、ちょっと嬉しい。 私は小さく微笑みながら、近くの手ごろな高さの物体に腰掛けた。 『それで、どうなさったのか心配で。あの、かちこみなら、自分もご一緒します!』 「ああ、良いよ。もう終わったから」 『……………はい?』 怪訝そうに聞き返す草壁に、一面の肉塊を見渡しながら答える。 「私の巣の予定地に巣食ってたネズミは全員撤去したから、もう良いよ」 『…………恭華さん、まさか』 「何」 『……いいえ。解りました、ご無事で何よりです』 「ああ。それじゃあ、すぐ帰るって家の人間にも伝えておいて」 草壁が了承したのを聞き届けて電話を切って、今私が腰掛けているのと同じ肉塊―――ボロボロになって気絶している男子生徒の残骸を見渡して、派手にやったなあ、と他人事のように独りごちる。 さて、これからこれを楯に教員から風紀委員会設立権をもぎ取って、手駒は………とりあえずここにいるのを仕立てあげれば良いか。草壁はまだ入学して来ないしね。 さて、忙しくなりそうだと思いながら、ポケットからボールを取り出して中に放る。 中から優雅に回転しながら出てきたキルリアに、軽く笑いかけた。 「ヒジリ、いきなりで悪いんだけど、家までテレポート、よろしくね」 【キールーっ】 こくこくと頷いて、腕の中に飛び込んできたかわいい我が子を抱き止める。 直ぐに技が発動されて、ぐるんと視界が回る瞬間、目の前一帯に広がった肉の山に、思わず笑みが浮かんだ。 「絶景かな絶景かな、なんてね」 2013.10.10 更新 ← |