駒鳥とチワワ | ナノ


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「………というわけなんだけど、どう思う、君達」


夜、布団の中にポケモンたちを招き入れて、そんな事を聞いてみた。
ラルトスのヒジリと、この間拾ったブースターのエン、そしてシャワーズのスイ。3匹は顔を見合わせるような仕草をすると、口ぐちにこの子達特有の鳴き声を上げた。………まあ、せっかく答えてくれてるのにあれだけど、私この子たちの言葉わかんないんだけど。

多分、私が母様の妊娠を素直に喜べないのは、この家の子供、という実感が、薄いからなのだと思う。
そりゃ、あの人たちは大好きだし、父とも母とも、ちゃんと思ってる。だけど時々、まるで彼等からすごく遠い所にいる気がするのだ。
自分が彼等と親子でなく、まるで親戚の夫妻に預けられた子供のような、すっと背が凍りつくような感覚。
私の居場所はここではないのではないか。私のこの場所は、……この場所は、本来なら、雲雀恭弥のもののはずなのに。
私は、彼がいるべき場所に、無理やり割り込んでしまっただけのものなんじゃないかって。

…………いや、きっと実際そうなんだろう。
この場所に、一度死んだはずの私が図々しく居座っているのが、既にきっと「間違い」なんだ。
だから、自分にきょうだいが出来るという事に純粋に反応できないのは、「雲雀家の娘」という、私が唯一獲得しているアイデンティティが、この場所にいて良いんだっていう理由がなくなってしまうからだと思う。
その子供が生まれてしまったら。純粋な雲雀の子供が生まれてしまったら、私はあの人たちにとって、もう要らなくなってしまうんじゃないか。
………そう思えてしまうのが、怖い。


「はあ…………情けな」


がっくりうなだれて自己嫌悪に陥っていると、腕の中のポケモンたちが、途端に大きく鳴きだした。


「ちょ……っ!? こら、駄目だってば、母様達が起きちゃうでしょ!?」


ラルラルブゥブゥシャワシャワと、その独特の鳴き声で遠吠えでもするように大きく吠える3匹に、慌ててその口を抑えにかかる。
それをいやいやと首を振って振り払って、どこか怒っているようになおも吠え続けるこの子達に、困り果てて布団から身を起こした。


「駄目だったらっ。お願い、頼むから止めてみんな。こんな大声出したらこの家に迷惑が………っ」


ほとほと困って宥めるようにそう言うと同時に、頭に何か重みのあるものが乗せられて、そのままがくっと頭が下がった。
そのまま頭が撫でられる感覚に、はっとして目線を上にあげる。
この足音を感じさせない、気配を完全に消した私の部屋の来方をするのは、間違いなく刀弥だ。
その事実に、どうしよう、と思うと同時に、心臓をわし掴まれたような恐怖と焦りが身を焦がした。


「ぁ、ご、ごめっ……」
「そうやって変な気を使っているから、この子達が怒っているんだよ」


慌てて謝ろうと口を開くと、そっともう一方の手で口をふさがれて、そんな事を言われた。
頭の手が退かされて、顔を上げると、月夜に照らされながら、いつものように微笑んだ刀弥がいた。
いつの間にか、ポケモンたちの泣き声が止んでいた。
訳が解らずにぽかんとしている私に、刀弥はさらりと髪を揺らして私を見つめている。


「恭華って見掛けによらず根暗だから、もしかしてって思って来てみたら、やっぱり妙な勘違いしてたや」
「っだ、誰が根暗だヘタレ自営業………っ!」


けらけらと笑う刀弥に反射的に返すと、その意気その意気なんて笑いながら頭を撫でられる。
そうされるのはそう珍しくない事なのに、それが今日は何だか居た堪れなくて、顔を歪めて刀弥の手を振り払った。
まるで癇癪を起したような私の態度に、だけど刀弥は笑ったままだ。


「根暗だよー。恭華は頭が良いから。普通の子供が考えなくてもいい事まで考えちゃって、しかもそれが自分1人では手に負えないようなことばっかりだから、ぐるぐる思考がどうどう廻りになっちゃって、結果段々思考が後ろ向きになっていく。ようは考え過ぎって事」
「っ………私は。……別に、頭なんて、良くない」


大学生までの記憶がある人間が、小学生の成績で1番を取るのは当たり前だ。そんなの、カンニングと何も違わない。
俯いたまま絞り出すようにかすれた声でそう言うと、刀弥はそうかな、と不思議そうに言って、また私の頭を撫でる。
……………この人は、知らないから。私が、普通の子供より優れている、それでも「普通の子供」と同じカテゴリにいる子供としか思ってないから、そんな事が言えるんだ。
つい数年前まで大学生だった大の大人が、こんな姿でこんなうじうじ悩んでるなんて、気持ち悪いだけだろう。


「どーっせ今清華のお中の赤ちゃんが生まれたら自分が僕等にとって要らなくなるとか思ってるんでしょ。お父様にはお見通しだよー」
「…………何でちょっと嬉しそうなの」


にひひ、と歳に似合わず子供みたいに歯を見せて笑う刀弥に、睨みつける事しか出来ない。
図星だし、当の方人に肯定されたら、流石に立ち直れるかちょっと怪しい。
何だか腹を立てるのさえ馬鹿らしくなってまた俯いていると、刀弥は私の脇に手を入れて抱き上げると、自分の膝の上に乗せた。
年端もいかない、この無駄に軽い肉体が憎らしい。いや、過去の経験から今のうちに体絞っとこうとした結果なんだけど。
刀弥は膝に乗せた私の頭をまた撫でると、その手を私の背に回して抱きしめて、そのままぽんぽんと背中を叩いた。
あやされるような心地のいいリズムに、子供の身体のせいか、抗えずに刀弥の胸に身体を預けた。


「ばっかだなあ恭華は。親ってのはね、子供がどんなになってもいくつになっても可愛いんだよ。しかも恭華は待ちに待った1人娘だし? そりゃもう目に入れても痛くないって」
「…………ふーん」
「ちょ、痛っ! あや、恭華、言葉のあやだから! 流石に目潰しされたら痛いから!」


えいっと刀弥の目に指を突っ込もうとすると、涙目で手を掴まれた。ざまあ。
いつもの彼らしいヘタレた態度に、無意識に安心して頬を緩めた。
それを見て「やっと笑った」と嬉しそうに破顔する刀弥に、やっぱり悔しくてその顔を見ら見つけた。


「ようするにね、恭華は自分を低く見すぎてるんだよ。恭華、自分の位置と同じ存在が出て来たら、自分はその存在にとって代わられるんじゃないかと思ってるでしょ。その子がいるなら、自分はそこに要らないんじゃないかって」
「………………:


言い返せずに黙っていると、刀弥はやれやれと言わんばかりに溜息をついて、これだから恭華ちゃんはぁ〜と間延びした声を出して、ぎゅっとさっきよりも強く抱きしめられた。


「そんな事思ってるから、ヒジリ達も怒ってるの。何で僕達の大切な恭華が、そんな低評価を自分に下してるの。自分の宝物を、宝物自身がけなしたら、そりゃ怒るよ」
「な、何言って………」


至極真面目にそんな事を言う刀弥の視線から逃れるように目をそらすと、ヒジリ達と目があった。
じっとその曇りのない目を向けられて、恥ずかしくって刀弥の胸に顔を埋めた。


「ほら、解った恭華。もう自分をそんな風に悪く言わない?」
「っわ、わかったから。わかったら、もう良いでしょ、止めて。…………てれる」


駄目押しのようにポケモン足りにすりすりと甘えるようにすりよされて、もう泣いていいんだか笑っていいんだかわからない。
しどろもどろにそう言うと、よろしいとばかりに刀弥には強く抱きしめられると共に頭のてっぺんに頬ずりされるし、ヒジリやエンやスイにはぺろぺろと肌が見えてる所を舐められるわ擦り寄られるわ。
何だこれ。今日は何デーだ。私を甘やかすデーか何かか。
何コレ。もうなんて言って良いのかすらわからないけど、ひたすらに恥ずかしい。照れるし、…………認めたくないけど、やっぱり嬉しい。
……………大切に思ってる存在に同じものを返されるのは、想像以上に気恥ずかしくって、くすぐったかった。


「………………刀弥」
「何だい」
「赤ちゃん生まれたら、私が名前つけてもいい」
「もちろん」
「……女の子だったら、さくらがいいなあ」


定番だけど、かわいらしい、自分が愛されていると、強く感じられる子に名前が良い。
きょうだいなんて、出来るなんて思わなかった。
この位置にいる筈だった雲雀恭弥には、そんなそぶりは無かったから。いや、もしかしたら、無かっただけで、いなかっただけなのかもしれないと。


「……………それとね」
「うん」
「……男の子だったら、恭弥がいい」


別に、罪滅ぼしでも、原作の彼の変わりでもないけれど。
もしも男の子が生まれてきたら、私が奪ってしまった、これからもずっと、一生私の心にずっとついて回るであろう、この名前を名付けたい。
因果的過ぎて、もう半身のようにすら感じられる、この私のトラウマの塊みたいな名前を。
これから愛するであろうその子に、この名前を。
それで、きっと鬱陶しがられるくらい可愛がって、当てつけのように、立派な真人間に育ててやろう。それに、恭弥って名前は、単純にかっこいいし。


「うん。良い名前だね、恭華」
「…………うん。生まれてくるのが、ちょっと楽しみ」


ぽんぽんと私の背中を叩いて、月夜を眺めながらそう言った刀弥に頷いて、彼の着物を握る。
そこでようやく、私は自分に出来るきょうだいの存在を素直にうれしいと思えた。
もう大丈夫になったのか、と言いたげな視線をよこしてくる私のポケモンたちに、笑みを向ける。
刀弥が、母様が、この子達が、本当に大好きだ。愛おしくて、笑みが抑えきれないほどに。
後10カ月もしたら生まれてくる赤ん坊も、きっと。
私は、この世に生まれて初めて、親という存在と、家族の意味を。そして、愛されるという事が、解った気がした。











長い時間母様のうめき声と医師と看護師の声しか聞こえてこなかった手術室から、聞いた事のない赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。
その前でずっと祈るように手を握っていた私と刀弥は、顔を見合わせるなり手術中のランプが消えるのも待たずに強引に中へと押し入った。
慌てて制止する医師の声も聞かず、分娩台に横たわる母様に駆け寄った。


「母様!」
「清華!」
「ぁ…………とぅや、さん……きょうか、さん」


顔を覗き込んでいると、衰弱したように息も絶え絶えの母様だったけど、私達に気付くと、嬉しそうに顔をほころばせて、隣の看護師を指差した。
それを辿って目線を移すと、何かを桶の中から抱き上げた看護婦が、疲れ切った顔をしながらも、嬉しそうにそれを私達に持ってきた。


「あのね……。げんきな、おとこのこ、なんですって」
「清華っ…………!」
「かあさ、」


目に涙をためてそう言った母様に、やっと母様も、お腹にいた子も元気何だって実感して、感極まったように母様を抱きしめた刀弥の隣で、嗚咽が漏れそうになる口を抑えて、ありがとう、とかすれた声でやっとの想いで口にした。
ありがとう。わたしに、おとうとをくれてありがとう、母様。

へその緒を切られた赤ん坊は、産んだ母の特権としてまず母様に渡されて、それを愛おしそうに見つめてから、母様は誇らしそうに微笑んで私達にその子を見せてくれた。
まだしわくちゃで、目もろくに開いていないまま大声を上げて泣いているその子を、念入りに消毒をした震える手でそっと撫でる。
そうすると微かに目が開いたように感じられて、耐えようとする間もなく、目尻から涙がこぼれた。


「ああ………っ」


嗚咽とも呟きともとれない声が口から漏れて、胸が愛しさで苦しくなる。
知らなかった。家族が増えるのがこんなに嬉しいなんて。こんなに、この子を守りたい想いでいっぱいになるなんて。
励ますように刀弥に肩を抱かれて、わななく唇を開いて、私の弟に精一杯笑いかける。


「はじめまして。雲雀の家にようこそ………恭弥」


耐え切れずに次から次に涙がこぼれて、もうきっと顔はぐちゃぐちゃだ。
それでも笑ってこの子にそう言うと。
生まれたばかりの私の弟は、微かに、それに応えるように、よろしくねと言うように、笑った気がした。






2013.9.24 更新






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