駒鳥とチワワ | ナノ


救い上げられる小鳥





脇腹が痛くなって、呼吸をするのも辛くなる頃。私は漸く立ち止まって、膝に手をついて息をついた。
ゼエゼエという息使いの合間に、ヒューヒューと口から空気がもれる。
呼吸が落ち着いて目を開けて初めて、視界がいやに滲んでいる事に気付いた。


「……………は、自分から振っておいて泣くとか。馬鹿馬鹿しい…」


馬鹿みたいだ、本当に。
ぐいっと袖で涙をぬぐって辺りを見回すと、丁度了が倒れていた近くの河原だった。
数メートル先に思い出したようにぽつんと立っている電柱の根元に不自然に置いてあったダンボールがやけに目について近寄ってみると、擦って少し赤くなった目を、真ん丸に開く事になった。


「…………君たち」


ダンボールの中には、オレンジ色の体毛に、アクセントのように首と額に蓄えられたもふもふの毛を持った獣と、それと対照的な艶やかな青い体毛に、魚を彷彿とさせる頭にヒレと尾ヒレを持った獣。
お互いに寄り添うようにして蹲っているそれらは、紛れもなく今私の首に下がったボールの中の生き物と、同じ種の生き物だった。


「ブースターとシャワーズ、だよね…どう見ても」


今までこの手の生き物は何度も見ているから耐性はある筈だけれど、まさかこんなにも捨て犬チックな様子の彼らを見るのは初めてで、突然の事だという事も相俟ってぽけっと2匹を見つめていると、そのブースターの右足に、少し血が滲んでいる事に気付いた。
毛がそもそもオレンジだから気付かなかったんだろうけど、注意して見れば、この子は少し動き辛そうに引きずっている。


「君、傷が………痛っ」


咄嗟に2匹の前にしゃがみ込んで家に連れて帰って手当てをしようと思って抱き上げる為に手を差し出すと、ブースターに右の人差し指を思いっきり噛まれた。
小さいながらも鋭い牙が深々と突き刺さって、痛みから顔をしかめる。
ブースターもシャワーズもフーフーと威嚇をしていて拒絶と同じくらい怯えているのが解った。


「………よしよし、大丈夫だよ。怖くない、怖くない」


噛まれたままにも拘らず懲りずに無事な方の手をブースターに伸ばすと、一瞬びくつかれたけど、構わずその小さな頭を優しく撫でる。
敵意が無い事を伝えるように、見た目に違わずふわふわな毛をそっと撫で続けていると、最初は強張っていたブースターの身体が、徐々に和らいでいった。


「私は君達の敵じゃないよ。ただ、ちょっとだけ手当てをしたいだけなの」


小さく笑いをこぼしてブースターの頭を撫で続けると、やがてそろそろと牙が私の指から引き抜かれた。
文字通り栓を抜いたように血があふれて流れ出た指を見てまるで謝るようにぺろぺろと遠慮がちに傷口を舐められて、小さく笑った。
困惑したようにブースターと私を見比べるシャワーズの事も、先程のブースター同様血が出ていない方の手で優しく撫でる。
そちらも少しは私の事を信用してくれたみたいで、シャワーズの方が私の掌をひと舐めすると、地面についた私の足に前足を乗っけて近寄ってきた。


「? なに…………っ」


ぺろ、と。
不意に目尻を舐められて、ぎょっとする。
ぱちぱちと瞬いて手を顔に持っていくと、両の目尻から頬にかけて濡れている事に気が付いた。


「え………? なに、これ……」


それが何かを理解するよりも先に、次々と目から涙がこぼれ落ちてくる。驚いてごしごしと目を擦っても全然勢いも収まらなくて、訳も解らず困惑する。
何で、何でと呟いているうちに、引きつった嗚咽が口から漏れてきた。


「うっ……ひっ………」


気が、緩んだのかもしれない。
ぼろぼろと涙をこぼしながらみっともなく鳴いていると、ブースターまで膝に乗り上がって来て、2匹ともこぞって私の涙をなめとってくれた。


「はは……慰めてくれるの……? 優しいなぁ………」


情けなくも、こんなに無防備に泣いたのは、前世も入れて初めてだ。
綱吉もいない、京も了もいない。今までずっと一緒にいた大好きな人たちがみんないなくて、でもそれは自分が望んだ事で。だけど一緒にいたらいたで、きっとあの子達に被害が及ぶ。
私は雲雀 恭弥の立ち位置にいるんだから。彼と同じ地位にまでのぼりつめなくては、きっと駄目だから。
だから、でも、でも…少しだけ、どうでもいいと投げ出したくなる。


「―――なーにやってるの? 恭華」

「ぇ…………」


不意に聞こえた声に顔を上げると、見慣れた黒髪がちらりと見えた。


「こーんな所で小動物達に囲まれて。また連れてきちゃうつもりだったとか?」

「刀弥……」

「ん?」


こて、といつもと何等変わらない様子で首を傾げる今世の父の姿に、何故だか更に泣きたくなった。
それを意地でこらえている所為で変な顔になっている私をおかしそうに笑って見て、刀弥は膝上のポケモン達ごと私を抱き上げて、やっぱりいつも通りの笑顔で言った。


「帰ろっか、恭華」


その事に、私は一体どれだけ救われたんだろう。
きっと、この時彼がそう言ってくれなかったら、私はあの時からねじ曲がっていただろうと思う。

刀弥の縹色の着物を握りしめて、ぐりぐりとその肩に額を押し付ける。
何処となく戸惑ったような声を頭上で聞いて、それをあえて無視して、目を閉じて少しだけ、今だけ、彼に甘えていた。






2012.4.9 更新






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