駒鳥とチワワ | ナノ


臆病者の決別





ピ、ピ、と機械音がする病室内で了平は点滴を打たれた状態でぐっすりと眠っていた。
ある意味不気味ささえ感じる真っ白いこの部屋には、今は私と京子しか居ない。笹川夫妻は了平の病状を医師に聞きに行っているし、うちの両親はこの子の命に別状はないと医師に聞いた時点で、先に帰っていると私に告げて帰ってしまった。
刀弥には、既にもう笹川家には関わらないようにしたいという旨と理由は話してあるから、私が話しやすいようにという配慮だろう。

“話は解った。だけどその事、京子ちゃんにだけはお前の口から言いなさい。笹川夫婦には、僕から話しておくから”

携帯電話で救急車を呼んでから家に電話を掛けた時に、刀弥からそう言われた。
その時の刀弥は話を別段掘り下げるでもなく、私が言い訳をするように理由を話し終えた後、少し考えるように数秒黙って、それから淡々とした口調でそう言った。まるで心の奥底まで何もかも見透かされたような、えも言われぬ恐怖を感じたのも、記憶に新しい。
けど、あの人が言ったことには異論は無い、元よりそのつもりだ。
これは私にも一抹の原因はあって、そしてこれから、私が本質的な原因となって起こりうるであろう事なんだから。ここから先は、私がけりをつけるべき事だ。

ちらりと隣にいる京子へ目線を移すと、未だに目を閉じたままの了平を心配そうにじっと見ている。
手が白くなるまでぎゅっとスーカトを握りしめ、瞬きもしないで了を見つめている姿は酷く痛々しい。
どうしようもなく庇護欲をかきたてられるその様に、今からこの子を突き放すのかと思うと、とんでもなく大きい罪悪感にさいなまれるが、だからと言って止める訳にはいかない。
もう、自分自身で考えて、出した結果がこれなのだから。何より、京達とこれからずっと一緒にいる事の方がずっと罪悪だ。私自身、自分の所為でこの子達が傷付くなんて、とても耐えられたものじゃない。


「…………京子」

「なに……えっ?」


意を決して京の名前を呼ぶと、京は返事をしかけてから驚いた顔で私を見た。
きっと、私が彼女の事を「京子」と呼んだのが初めてだから、だろう。その目に僅かばかりの喜びを見つけて、また少し気が重くなった。
次に私がいう一言に、彼女はどんな反応を示すのだろう。そんな事、考えるまでもなく容易に想像がつくのだけど。
だからと言って、やっぱり止める気なんて、微塵もないけど。


「私は今後一切、君たち兄妹とは関わり合わない事にする」

「えっ………」


眼をまん丸に見開く京の顔を、少しも反らさず真っ直ぐ見つめる。
その目がだんだん水の膜を張って行くのを見ながら、しかし眉一つ動かさなかった。


「な…何で……? わ…わたしが、わるい子だから………?」

「別に。そういうんじゃないけど」


なるべく酷く突き放さなければいけない。京が私の事を嫌うように。そうでなくても、私に近付くのを躊躇うくらいには。そうでなくちゃ、これは意味がない。
その一心で、私はまた口を開く。


「今回みたいなの、もううんざりなんだよね。君達のごたごたに巻き込まれるの、もうごめんだ。大体、了も頭が足りないにも程がある。勝てもしない相手に向かっていくのは馬鹿のする事だ。自業自得だね」

「おっ、お兄ちゃんは悪くないよ……っ」

「ああ、そう。いずれにしても、もう私には関係のない事だ」


無感情に、冷徹に冷めた口調で言い切ると、膝に置いていた上着を羽織って、椅子から降りると京達に背を向けた。


「じゃあ、話はそれだけ。ここから出たら、もう私と君達は他人だから。今後一切、私は君達には関わらない。君達もこの場限りでもう私に付きまとうのは止めにしてくれる。鬱陶しい」


京が何も言わないうちにと大股で彼等のいるベッドから離れて病室から出ようとすると、腰にずしっと重みがかかった。
顔だけ振り返ると、京が涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、ひしと私にしがみついていた。


「やだ…やだよぅ、恭ちゃん。わたし、もっと恭ちゃんといっしょにいたい。大好きなの、恭ちゃん。大好きなんだよ! もうお家にお泊まりしたいなんて言わない、わがままも何も言わないから。だから、だから恭ちゃ―――」

「煩いよ」


そこで初めて、私は京子に敵意と呼べるものを向けた。自分でも驚くほどに瞳は熱を失って、酷く冷めた目で彼女を見据えている。
心では今すぐ振り向いて小さな体を抱きしめて安心させてやりたいと思っているのに、身体の方は私の管轄から離れて、どこまでも従順に私が脳内で描いたシナリオを進めている。
京がしがみついている霞草色のワンピース丈の布を振り払って、手を払われた京が呆然としたまま尻もちをつく。
そのまま私は無感情な顔のまま踵を返して、病室のドアをぴしゃりと閉めた。
京と私の間に挟まれたその白く薄いドアが、絶対的な私達の境界線だった。


「……………っ」


途端、崩れた自分の仮面を取りつくろうように、急いで顔を下に向ける。
きっと、今の自分はとてつもなく情けない顔をしているんだろう。自覚済みだ。
ああ、だけど、まだ足りない。まだ京を完璧に拒絶するには、これじゃあ、まだ、足りない。


「もう、うんざりなんだよ」

「恭、ちゃ……」


小さく呟いた私の言葉を追うように、壁越しから京のふるえた儚い声が聞こえる。
それを唇を噛んでやり過ごして、わななく唇を無視しで出来うる限り息を吸い込んだ。声が震えてしまっては、意味がないから。


「君達と一緒にいるのなんて、もうたくさんだ。いつもべたべたと鬱陶しいし、邪魔で、仕方がない。君達がどう思っているのかなんて知らないけどね、私は君達が――嫌いだ」


ボロが出る前に、一息に言いきってしまう。
壁越しに、京子が大きく息をつめたのを感じだ。
本当は、今すぐこのドアを開けて、嘘だよ、ごめんねと、謝ってしまいたい。そんな訳がないだろうと、私が君達を嫌う筈がないと、彼女に言ってしまいたい。
だけど、それじゃあ何も変わらない。またこれと同じような事が起こるだけだから。

ぎゅ、と一度強く目をつむって、出そうになった涙をせき止める。駄目だ、私には泣く資格なんてない。この先ずっと、こんな自分勝手な人間なんかが、泣く資格なんてあるわけがない。
眼を開けて前を見て、脇目もふらず歩き出した。
ナースステーションも待合室も通り過ぎて、並盛病院を飛び出して、家に向かってひたすら駆けた。







はい、笹川兄妹決別編でしたー。
まだあと1話続くには続くんですが、もう笹川兄妹当分出てきません。
出てくるとしたら原作突入してからですねー。それまでは名前だけ出てる状態になりそう。
原作にはもうあと2・3話上げたら入る予定です。多分。
気長に待ってて下さいな。これ見てる人がいるのか解らんけど。





012.3.12 更新






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