駒鳥とチワワ | ナノ


ばいばい、





焦りで呼吸が乱れる。
河原に着いたは良いものの、いかんせんこれじゃあ範囲が広すぎる。
改めて見てみると、河原はざっと見ただけでも十数メートルはある。
これを一々捜していたら日が暮れてしまう。しかも、ここで合っているという確証は何処にもない。
ああまったく、これじゃあ埒があかないじゃないか。


「…………仕方ない。“あの子”を使うか」


元々気が長い方でもないし、自分の根拠の無い勘に頼るより、こっちに頼る方が効率も良いし確実だ。
私は首にかけてあるネックレスの飾りを掴み、思い切り引っ張る。
元より簡単に取り外しが出来る仕組みになっているそれは、いとも簡単にこの手に収まり、そのまま手の中にある小さな球体の真ん中の突起を押して、誰もいない事を確認してから軽く宙に放った。


「出ておいで、ヒジリ」


そう声を掛けると同時に、先程より二回り程大きくなった球体がぱかりと開き、中から白い閃光と共に、緑色の頭部と、その隙間に見える赤い角、そしてその先から伸びる白い体躯が目立つ生き物が飛び出してきた。


【ラールー?】

「あ、眠かった? ごめんね、ヒジリ。折角気持ち良く寝てたのに」


普段警戒心が強いせいで寝付きが浅い彼女が珍しく眠たそうに目を擦っていたので、申し訳なく思って声を掛けると、ヒジリはすぐに頭を横にふって、大丈夫と言うようにぐっと手を握った。


「そう、良かった。
じゃあ、いきなりで悪いんだけど、ちょっと頼んでいいかな。探してほしい気があるの」


しゃがんで目線を合わせて言うと、ヒジリは任せろと言わんばかりにどんと胸を叩いた。

この子の名前はヒジリ。そして、種族名で言えば“ラルトス”。
ラルトスは“感情ポケモン”と言われていて、頭にある赤い角は、人の感情を敏感に感じ取るレーダーになっている。
この子のその能力を使えば、闇雲に探すよりずっと良い。


「小学生くらいの子供の敵意を探ってほしいの。君がそういう感情を感じるの、好きじゃないのは解ってる。でも今は時間がないの。
複数の子供の敵意と、その標的にあたる2人の幼い子供の気配。探ってくれない?」


縋る思いで顔を覗き込んで頼むと、ヒジリはこっくりと頷いて、角を色々な方向に向け始めた。
数秒待つと、ヒジリは気配を探し当てたらしい。じっと一点を見つめて、しきりにそこを指差した。


【ラルッ! ラルルルラルッ!】

「あっちね、解った………!」


ヒジリの態度に頷いて、彼女を抱き上げてその場所に向かった。











ヒジリの指示に従って、京達を探して暫くして、やっと2人を見つけた。
……………………………………けど、もう遅かった


「…ウソ………」


目の前には、額から血を流して、仰向けに倒れて気を失っている了。
そして、彼に縋り付いて、必死に呼び掛けている、京がいた。
おにいちゃん。おにいちゃん。
泣きながら呼び掛ける京を見て、その先にいる鉄パイプやバットを持った彼等を見て、生まれて初めて本気で殺意を抱いた。


「…………ねぇ、彼をやったのは、君達だよね……」


俯いて掠れた小さな声で言う私に、彼等は実に楽しそうに肯定の意を返す。


「おう。笹川の奴、妹を前に出したら「京子に手を出すな」っつってな。お陰で楽にボコれたぜ」


なあ? と周りに聞く少年に、それはげらげらという笑い声と共に肯定される。
それを聞きながら、私は裾の中に隠してあるトンファーを固く握りしめた。


「そう…君達のした事はよく解った。……もういいよ。死んで」


タン、と地面を蹴って、彼等が何か言う前に、1番近くにいた少年の頭にトンファーを叩き込む。
数十メートル程吹っ飛んだそれを見て、周りの少年達に焦りが広がる。


「い、いきなり何すんだよ! あんな所思いきり殴ったら、あいつ、し、死っ………」

「当たり前だろう。殺すつもりで殴ったんだ。…………君達さあ、少し勘違いしてない」


震える声で喋る少年の言葉を鼻で笑って、トンファーを再び構える。


「今の自分達が安全だと思ってる? もし何か問題を起こしても、親や少年法が護ってくれると思ってる? …………そんな訳ないでしょう。甘いよ、甘い。君達の考えは、全くもって全然甘い」


焦りを増す周囲に見向きもせずに、くつくつと笑う。
腹の底から怒りがまるで泉のように沸いて来る。笑う度に、身体から殺気が膨れ上がる。
肩に捕まったままのヒジリが怯えと不安と心配を織り交ぜた表情でこちらの顔を覗くのに、つい苦笑した。


「ごめん。怖がらせちゃったね。もう戻って良いよ。ありがとうヒジリ」


ヒジリをボールの中に戻して、地面に置いて、再び彼等の方を向く。


「あ、あいつが悪いんだ! 年下のくせに、な、生意気で………!」

「人質に出来る存在がいるのが悪いんだ! お、俺達は悪くなんか…………」


下らない弁解をするのを聞かずに、群れの中に飛び込んだ。
そして、甲高い悲鳴が辺りに響く。


「君達は、了にバットも使って、鉄パイプも使って、あんな小さな子供に理不尽な暴力を奮った。当たり所が悪かったら死ぬかも知れないのに。それでも暴力を奮った。なら……殺されたって、文句は言えないよ。あの子に手を出した事を、たっぷりと後悔させてあげる。…………君達はここで、私が咬み殺す」


トンファーを彼等に向ける。跳躍。
持っていたパイプやバットで応戦する彼等を、一切の容赦なく沈めていく。
頭、額、口。それ以外にも、様々な所から血を流していく弱者を見て、口元を歪ませた。
存分に後悔するがいい。あの子に行った事を、私を本気で怒らせた事を、生を感じる事さえも。
彼等は言った。人質に値するモノを持っている方が悪いのだと。
私はこれから、もう1度綱吉に会う為に、この物語を狂わせ無いように、並盛の風紀委員長になる。
この町の頂点に立つ。
そうしたら、今まで通りに人と関わっていたら、きっとその数だけ、傷つく人間が増えていく。
それなら。


「じゃあ…私はずっと独りでいいよ」


あの子達を危険に曝すくらいなら、私はずっと独りで歩いていく。
もう誰にも関わらない。私のせいで、誰かが傷を負うくらいなら。
私は、大切な人を絶対に護る事が出来る程の強さなんて、持ち合わせていないから。
だから、私は独りでいい。

視界の端で、京の姿と、そのすぐ傍に倒れ伏す了を捉える。
ありがとう、京、了。………ううん、京子、了平。愛想も何も無いこんな私に、溢れんばかりの好意をよせてくれて。
つい邪険に扱ってしまう事が多かったけど、本当はそれが、すごく嬉しかったんだよ。
あなた達の事が、可愛くて可愛くてしかたがなかった。
私の大切な、大好きな幼なじみ。
……………さようなら。

ありがとう、あなた達の温もりを、忘れない。




加筆 2011.8.24






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