亜麻色のお嬢様 | ナノ


オフモード全開




さて、前回は遥花の誤った前置きがあったが、今回は正真正銘、マフィアランドを舞台とした話である。


「ふわぁー…久しぶりに来ましたけど、やっぱりマフィアランドは他の遊園地とは格が違いますねぇー」

「あれ、お嬢様、前にマフィアランドに来た事ありましたっけ?」

「はいっ。と言っても、一回だけですが。そう言う綱吉はどうなんですか?」

「ええ、ありますよ。私も一回だけですが」


そして、出来る事ならその記憶を銀河の彼方まで吹っ飛ばしてしまいたいです。
という言葉は飲み込んで、綱吉は遥花に優しく微笑んだ。
一方、こちらも久しぶりであろう亜澄とディーノも、楽しそうに周りを見渡していた。

ちなみに、彼等の頭上の建物には、「お帰りリボーンさん」と書かれた大きな布が、風船に繋がれてふらふらと危なげに揺れていた。
――――と、それを見た遥花は、はてと小首を傾げた。


「あれ…? リボーンって、どこかで聞いた事があるような……」

「あーっおおおお嬢様!!」

「はいっ?」


いきなり大声を出した綱吉に若干驚きつつ、どうしたんだと聞くと、いきなりビシリと奥を指差し、


「あ、あそこに苺味のポップコーンがっ!!!」

「……ポップコーン、ですか?」


それがどうしたと言わんばかりの遥花の視線に、綱吉はにこにこっと笑って説明をした。


「ご存知無いんですかお嬢様。ポップコーンといえば、マフィアランドの一種の名物なんですよ」

「めい…ぶつ?」

「はいっ。ここにはエリア別に様々なポップコーンが売られていまして、どれもこれも、一般では中々味わう事の出来ないフレーバーばかりなんです。それを全部集めて食べるというのも、最近流行っているんですよ」

「そうだったんですかっ!? うわーっ。それは知りませんでした!」


うわーうわーと言ってはしゃぐ遥花を見て、綱吉は自分の胸に、安堵とともにチクリとした罪悪感が宿った。
ポップコーン集めが名物なのは事実だったが、綱吉がその話題を出したのは、話をリボーンから反らせたかったからだ。

自分の元家庭教師であり、世界有数のカンパニーアルコバレーノに所属するリボーン。
彼はとても優秀な頭脳と経営の才を持っていたが、それと同時に、とてもとても質(たち)が悪かった。

実は遥花は、リボーンの事を良く知らないのだ。
たまに屋敷の厳重なセキュリティを軽々と突破して、綱吉をからかいに来たりもするのだが、「遥花に会わないようにする」という条件を付けることで、その不法侵入ギリギリの行為を見過ごしたりもしていたのだ。

何故綱吉がそこまでして遥花とリボーンの接触を避けさせようとするのかというと、理由は簡単。
遥花に遥花と出会う前の自分を知られたくないからである。
きっと彼が遥花と会ったりなんかしたら、中学時代…まだ自分がてんでダメダメだった頃の話を、ある事ない事脚色を着けて話しまくるに決まっている。
さらに、自分はあの家庭教師の前では素に戻ってしまう。
別に、今の自分はネコを被っている訳では無いのだが、中学の頃の自分を遥花に知られるのは、何と無く嫌なのだ。


「(リボーンには…リボーンには何としてもお嬢様に会わないようにしてもらわなければ……)」

「?」


一人むんむんと再び固い決意を決めている綱吉を、遥花はもきゅもきゅとポップコーンを頬張りながら、キョトンとした目をして見ていた。


「っしゃあ! 遊ぶぜお前等ぁ!!」

「「「おー―――!!!」」」


自分のお嬢様が傍にいるというのにオフモード全開のディーノの掛け声に、無表情の亜澄、半ばやけくそ気味の綱吉、純粋に今日を
楽しんでいる遥花の三人で、右手を突き上げて大声を上げた。


「よっし。先ずは何に乗る? お嬢」

「じゃあ…ジェットコースター」

「良いですねっ! あの360度回転するのはいかがですか?」

「わあー…。さぞかし吐き気がするんでしょうねぇー…」


わいわいキャッキャと無邪気にはしゃぐ三人の横で、綱吉は一人死んだ魚の様な目をし、あさっての方向を見ながら重く長いため息をついた。


「何? 沢田。もしかして怖いの?」

「そうなんですか? 綱吉」

「いやいやいや、まっさかぁっ! 18にもなってジェットコースターが怖いなんてあるわけないじゃないですかお二人共!!」


明らかに見下したような顔をして言う亜澄と、気遣わし気な視線をちらちらと送る遥花に、綱吉は笑ってその疑惑を否定した。
………が、その実冷や汗だらっだらである。何処をどう見てもはったりであることは明白だ。


「ふーん。じゃ、異論は無いね。行こうか」

「え、あの」

「そうですね。なにせ一泊二日の予定ですから。乗れるモノは乗っておきませんとっ!」

「あの、ちょっ…」

「だな。ほら、行こーぜツナ」


察して下さい。
綱吉はディーノにそう切に願ったが、なにせ彼は遥花並に鈍感+天然なのだ。
残念だが、綱吉の必死に送っている念を読み取るには、少しばかり荷が重買った。

その後、綱吉の悲鳴がマフィアランド中に響き渡ったという。


「あの…綱吉、大丈夫ですか……?」

「は…はは…こんなものへっちゃらですよ……」

「目が死んでるよ。沢田」

「ハハ……」


マフィアランドのとある建物の隅っこで、綱吉は一人やさぐれていた。
遥花が酷く心配そうな顔をして自分を心配する光景に癒されながらも、綱吉は注意深く辺りを窺っていた。

一体どのような形で自分達に接触するつもりなのだろうか。
綱吉が「大丈夫ですよ」とあわあわとどうするべきが戸惑っている遥花に言いながらそう考えていると、不意に周りがザワついた。


「……………?」

「何でしょう」


二人ではてと首を傾げながら、ザワつく人混みから漏れる言葉に耳をすませた。


「ウソでしょっ!? アルコバレーノだわ……!」

「風(フォン)さんだわ、ステキ!!」

「ちょ、ちょっと見て! リボーンだわ!!」


その名を聞いた瞬間、綱吉とディーノの顔が一気に青ざめた。


「おっおおおお嬢様!! 向こうのアトラクションが空いてますよ!! 今すぐ行きましょうさっさと行きましょうちゃっちゃか行きましょう!!!」

「そ、そそそそうだなツナ!! ほほほほらお嬢も行こうぜっ!!!」


傍から見ても解る程に動揺している二人に、遥花は頭に?を浮かべながらも従おうとしたが、亜澄はにやりと人の悪そうな笑みを浮かべて、遥花のバッグからケータイを抜き取ると、それを人だかりの方へ投げた。


「へあっ!? わわっ、私のケータイが……!!」

「へっ!? あっお、お嬢様っ!?」


慌てて投げられたケータイを追う遥花と、ケータイを追いかける遥花を追いかける綱吉。
人混みに押されて空中を進んで行くケータイを追いかけているうちに、どんどん人混みの中心に進んでいる事に二人は気づかない。


「「捕まえたっ!」」


二人同時にそう言って、遥花がケータイを両手でしっかりと掴むのと同時に、綱吉も遥花のお腹に腕を回して捕まえた。
それにまた二人同時にほーっと安堵のため息をついていると、上から低い青年の声が聞こえてきた。


「ツナ………?」

「は?」

「げっ」


その声に反応した遥花が顔を上げると、一人の青年がいた。
すらりとした長身に整った顔立ち。
にカッチリとしたアルマーニのスーツを着、ボルサリーノを被り肩にちょこんとカメレオンを乗っけたまごう事ない美青年だ。
その青年を見て、遥花は無意識にあ、と声を漏らした。


「あ、なた。ええと………」

「おっお嬢様っ! あの、この人は全然全く知らない人でっ……!」


そう言ってあわあわと焦る綱吉を見て、ボルサリーノを被った青年は、ニヤリと人の悪そうな笑みを浮かべた。


「げ、とはご挨拶だなツナ。てめぇほんの数年前まで教えてやってた家庭教師様を忘れるなんざぁありえねーよなァ?」


ゴゴゴゴゴ…という効果音が背後から聞こえてきそうなオーラを発する青年に、綱吉は冷や汗かきまくり脂汗かきまくりな上に顔が真っ青だ。
抱えられる状態でいる遥花が、心配そうに彼の顔を覗き込んだ。


「綱吉、大丈夫ですか? それとその…この方のは一体……」

「あーっと、ですね……」


ただ純粋に問い掛けてくる瞳で見られると、綱吉にはもうごまかす事は無理だった。
仕方ない、と覚悟を決めて、小さく深呼吸して遥花に言った。


「この人は、その………私の、元家庭教師です…」

「へ? 家庭教師さん、ですか?」


きょと、と顔を青くし、遥花から思いっきり顔をそらす綱吉を見て、遥花は首を傾げた。
彼女は何故ただの家庭教師にそんな態度を取るのか、と疑問に思っているのだろう。
たしかに普通の家庭教師になら綱吉はこんなに慌てもしない。
だが、相手は遥花の家ならともかく亜澄の家となら互角の地位を持つ“アルコバレーノ”に所属するリボーンなのだ。


「えと、この人はリボーンといってですね、“アルコバレーノ”に所属していまして……オレがお嬢様にお使いするまで執事に必要な技術や知識を教えてくれていたんです」

「ほぁー……。つまり、お師匠様という訳ですねっ!」

「えっ、はい。まあそうですね」


そう聞くが否や、遥花は綱吉の腕の中から抜け出し、すとんとリボーンの前に降り立ち深々とお辞儀をした。


「事情は概ね理解しました。リボーンさん、綱吉がお世話になりました」


きっちり45度の角度でお辞儀をする遥花を見て、リボーンは無意識のうちにほほえましさからか、顔にほのかな微笑を刻ませた。
そして、右手をゆっくり持ち上げて、遥花の頭をぽんぽんと撫でる。


「……………はい?」

「いや、特に深い意味はねぇ。何と無くだ」

「ちょっ、リボーン! お嬢様に触んなよ!!」


不思議そうな顔をしてリボーンを見上げる遥花を、綱吉は慌ててリボーンから離し自分の後ろにやり、リボーンをきっと睨みつけた。
その姿は、さしずめ自分の大切なモノを護ろうと毛を逆立てて威嚇する猫のようである。
リボーンはそんな綱吉を見て、喉の奥でくっくと笑う。
もっと綱吉をからかってやろうと口を開いたが、それよりも先に柔らかな女性の声が綱吉に話し掛けた。


「綱吉君じゃない。どうしたの? 珍しいわね、貴方がこんな所に来るなんて」

「ル…チェさ……」


リボーンの後ろからひょっこりと顔を出した女性に、綱吉は口をあんぐりと開けて、遥花は見知らぬ女性のいきなりの登場に目を見開いて驚いた。
そして、さらにその後ろから額に迷彩柄のバンダナをした軍服を着た金髪の青年と、黒髪の物腰の柔らかそうな優男風の紅い中華服を着た男性が顔を覗かせた。


「おや、何やら騒がしいと思ったら沢田 綱吉じゃないですか」

「久しぶりだな、コラ!」

「あ、ああ。久しぶり、コロネロ、風(フォン)さ「恭弥にそっくりです!! 御親族が何かですか!?」嬢様………」


各々(おのおの)綱吉に挨拶をする二人に、苦笑混じりに応対する綱吉の言葉を遮って、遥花が目を輝かせて風(フォン)と呼ばれた中華服を着た青年に尋ねた。

それに綱吉は少し驚いた顔をしたが、また少し困った顔をして、興奮して自分の後ろから出て来た遥花の肩に手を置いた。


「お嬢様、少し落ち着いて下さい。今説明しますから」


そう苦笑いで言う綱吉を見て、リボーンを除く三人が感心したように息を漏らした。


「成長したわねー、綱吉君。前は「お嬢様」なんて恥ずかしがってとても言えなかったのに」

「まったくだ。見直したぜ、コラ!」

「やはり四年も経つとなると、人は変わるものですね」

「…………………ちょっと3人共、恥ずかしいから昔の話はしないでよ」


カー―っと赤くなりながらリボーンの後から出て来た3人に言うのを見て、遥花は優しく微笑んだ。


「皆さんは、綱吉の昔からのお知り合いなのですね。ふふっ…、なんだか綱吉が幼く感じてきてしまいました」


にこにこと可愛らしく笑う遥花の前に、先程風(フォン)と呼ばれた青年が出て来て、恭しく一礼をした。


「初めまして、お嬢さん。ワタシは風(フォン)と申します。貴女が、沢田 綱吉のご主人ですね?」

「はい。お初にお目にかかります。私(わたくし)遥花と申します。以前は私の綱吉がお世話になったようで……ありがとうございました」


風(フォン)と同じく、恭しく膝丈のフレアスカートをちょいとつまみながら一礼をする遥花の姿に、風(フォン)は人知れず笑みを深めた。


「あ」

「はい?」

「その顔、恭弥にそっくりです。やっぱり御親族さんか何かですか?」

「……ああ、そういえば、先程も言っていましたね。
……………ワタシと雲雀 恭弥は、親戚でも何でもありませんよ。他人の空似というやつです。世の中には似た者が三人はいると良くいうじゃないですか」

「なるほど…………。でも、その言い方ですと、昔の恭弥も知っているのでしょう?お二人の昔の話、詳しくお聞きしても良いですか?」

「ええ勿論。かまいませんよ」

「ちょ、お嬢様…………」

「あ、やっぱり君達だったんだ。人だかりの現況」


遥花と風(フォン)の会話が段々静かにヒートアップしていると、亜澄の静かな声が聞こえてきた。


「あ、亜澄お嬢さん……。今までどこに?」

「人だかりを掻き分けるのに苦労してね。君等はムダに有名だから」


呆れたように緩く首を傾げる亜澄にに、綱吉は苦笑した。
たしかに、世界でたった7人しかいない“アルコバレーノ”のうち、特に人気が高い美男子と美女の組み合わせだ。
これで目立つなという方が無理だろう。

その意味を、彼は中学の頃から彼等と知り合っているため痛い程解っている。


「とりあえず、ここじゃ人目に付きすぎますから、オレ達が泊まってるホテルに行きましょう」


そう提案する綱吉に、全員二つ返事でOKした。






加筆 2011.8.22