「青い空、白い雲、澄んだ海、そして………」 少女はそこで一旦言葉を切り、楽しそうに笑って両手を広げた。 「着きましたわ、マフィアランド!!!」 大きく弾んだ声が、蒼く澄んだ海にこだました。 「―――って、気が早すぎでしょ、遥花。まだマフィアランドには着いてないよ」 「……むぅ、別に良いじゃありませんか、亜澄」 ポコ、と遥花の頭を軽く叩いてつっこむ亜澄に、遥花は不機嫌そうにむくれて拗ねてみせた。 「それにホラ、まだ着いてはいませんけど、ちょこっと見えてますわ」 むくれたまま遥花が指の方を見てみると、地平線の彼方に観覧車の端っこのような物が見えていた。 それを見た亜澄は、うきうきとした様子の遥花を諌めるように肩を軽く叩く。 「それにしたって、まだまだ着くには時間がかかるでしょう?ほら、戻った戻った」 「はぁーい…」 名残惜しそうにテラスを見る遥花を宥めながら、亜澄は遥花の背中を押して部屋に戻った。 今、遥花と亜澄はマフィアランド行きの船に乗っている。 予てより自分達の執事と一緒にそうそう親や世間の目に止まらない場所に出掛けたいと思っていた遥花と亜澄だったが、遥花は恥ずかしく、亜澄は意地をはってしまい、中々上手くいかなかった。 当の執事達も何かと障害があり、思う様に動けないという現状なのだが、そんな事幼い2人にとっては知ったこっちゃない。 そのせいで数日前亜澄は遥花を盛大に巻き込んで一悶着起こしたりしていたのだが、遥花の機転にようやくその目的を果たすことが出来た。 ……………ちなみにマフィアランドとは、数十年前世界の大企業のトップ達が、真っ白な気持ちで楽しめるようにとどす黒い金を大量に注ぎ込んだリゾート遊園地だ。 その大きさはおよそ東京ドーム数十個分。元々は無人島だった島を買い取り、それを同盟を組んでいる大企業達が金を出し合い作られた。 ここには当初の目的通り立場上中々気が抜けない大企業のトップや政治家、またはパパラッチに追いかけ回され休息を求めるモデルや芸能人、はたまたスキャンダルを 避けるためにここをデートに選ぶ有名人も多く、マフィアランドは別名「スクープアイランド」と呼ばれていたりもする。 そうなると、当然パパラッチや取材者がマフィアランドに潜入しようとして来るのだが、マフィアランドの目的に違反するという事で記者の入場は堅く禁じられている。 もし上手くマフィアランドに潜入してスキャンダルになりうる写真を撮る事が出来たとしても、記事に載った写真の場所から判別され、それを出版した出版社と記事は厳しい処分と罰金が下される。 まあそんな訳で、うっかりスキャンダルになることもないので、遥花の親達も、今回の外出を許可したのだった。 「さてとっ、マフィアランドに着くまで、何して時間を潰す?」 「えっと…とりあえず、もうお昼ですし昼食を食べましょう?お腹がすきましたわ」 自分達に宛がわれた部屋を出ると、亜澄が遥花にそう言った。 それに遥花が笑顔で答えると、2人で手を繋いで自分達の執事がいる部屋へと向かった。 「うおっ、お嬢?」 「あれ、お嬢様?どうしました? 何かご要望でも?」 遥花と亜澄がガチャリと音を立てて執事達のいる部屋に入ると、2人の青年が少し驚いたように遥花達を見た。 そのうちの1人――――金髪に鳶色の瞳をした青年はディーノといって、亜澄の執事をやっている。もう1人――――蜂蜜色の髪と飴色の瞳を持った青年は、遥花の執事をしている、沢田 綱吉だ。 「綱吉、お腹が空きましたわ。レストランに行きません?」 ニコ、と可愛いらしく微笑む遥花に、綱吉もニコリととても18歳とは思えない程愛らしい笑みを浮かべて答えた。 「承知致しました。じゃあ、どのような料理にいたしましょうか。中華にします? フレンチにします? それともイタリアンにしましょうか」 「うーん……フレンチがいいですわ!」 「かしこまりました。では、地下2階のフレンチレストランに参りましょうか」 「はいっ。………あっ、すみません、亜澄とディーノさんは何処がよろしいですか?」 「私ったら何の気遣いもせず…」とオロオロと亜澄とディーノのを焦ったように見上げる遥花に、ディーノと亜澄は困ったように笑った。 「あ、あの…お2人共……?」 「ううん。何でもないよ。昼食もフレンチで良いし。ねっ、ディーノ」 「んっ、あ、ああ。オレも全然構わないぜ」 2人の様子に不思議そうな顔をして尋ねる遥花を見て、亜澄とディーノはごまかすような曖昧な笑みを浮かべてあしらった。 「…? 気になります。何なんですの?」 「何でもないない。さ、行くよ」 ますます不思議そうにする遥花に、亜澄はさっぱりとした笑みを向け、さっさとディーノを引き連れて部屋を出て行ってしまった。 「え、え? あのっ…亜澄……?」 「まあまあ、行きましょうよお嬢様。美味しい御飯が待ってますよ」 「む……また子供扱いして…」 「まあまあ」 最後に亜澄の態度に戸惑う遥花の背中を押して、この部屋にいた人間は全員フレンチレストランへと向かった。 † フレンチレストランにて昼食を食べた遥花達は、今は甲板近くに設置された温水でプールで遊んでいた。 「〜〜〜〜〜っ…ぷはぁっ。ねぇ綱吉、まだマフィアランドに着きませんの?」 遥花は先程まで潜って遊んでいた温水プールの水面から顔を出すと不機嫌そうにプールサイドに待機している綱吉に文句を言った。 「ハハハ…まあまあ、もうちょっとガマンして下さいお嬢様。予定通りに船が進むなら、2時頃には着く予定ですから」 綱吉はそれに苦笑して、執事服の内ポケットから黒革の手帳を取り出し遥花にそう伝えた。 そして、亜澄と話しているディーノに声をかける。 「ディーノさん、オレは少し席を外すので、遥花お嬢様をお願い出来ますか?」 「え? あ、ああ。それは別に良いけど、どうかしたのか? ツナ」 綱吉の突然の申し出に驚きつつも了承したディーノが僅かに感じた違和感からそう聞いたが、綱吉はそれに答えず、ただ「ありがとうございます…」とだけ言ってその場を立ち去った。 「綱吉……?」 遥花も綱吉の異変を直感的に感じ取ったのか、不安げな声で綱吉を読んだが、綱吉はそんな遥花にも「大丈夫です、何でもありませんよ」とだけ言って行ってしまった。 「………ツナ…」 「まあまあ、良いじゃない遥花。アイツだってたまにはそういう事もあるよ」 「ツナ」とは、遥花が綱吉のいない時、しかも遥花が綱吉関連で不安を感じている時に使う呼び方だ。 それを知っている亜澄は、顔を曇らせる遥花にわざと明るく振る舞って見せた。 「亜澄………。……大丈夫っ。別に何ともありませんわっ!」 その亜澄の気遣いに気がついたのか、遥花はニパッと笑った。 亜澄はそれを見てしばし心配そうな顔をしたが、やがて遥花と同じようにニッコリと微笑み、遥花の手を取った。 「よしッ。じゃあ遥花、どっちが長い間息を止めていられるか競争だよ!!」 「ええ! 臨むところですわ!!」 そう言って遥花と亜澄は顔を見合わせて笑った。 「じゃっ、1・2の3で始めるよっ」 「はいっ!!」 亜澄の言葉に勢い良く応える遥花を見てから、亜澄は弾んだ声で合図を出した。 「せーのっ」 「1!」 「2の!!」 「「3!!!」」 その掛け声と同時に、プールに小さな水しぶきが2つ上がった。 一方、その頃綱吉は苛立ったように船内の長い廊下を早足で歩いていた。 そして、その途中にある休息室を見つけると、その中に誰も居ない事を確認して中に入った。 そして、余程知られたく無い事があるのだろう。 もう一度室内をぐるりと見回し、目を閉じて周りの気配も無い事を確かめてから、執事服の内ポケットから橙色のケータイ(これは、去年綱吉の誕生日に遥花がプレゼントした物だ)を取り出した。 それをカチカチと操作し、ある人物の番号に電話を掛けると、そのままケータイをやはりイライラしたように耳に当て、相手が電話に出る時間さえも苛立つのか、 トントンと足で微かに貧乏揺すりをした。 10コール程して、相手が電話に出る。 それが解ると、綱吉は珍しく声を荒げて電話の向こう側にいる相手を怒鳴り付けた。 「リボーン!!! 一体どういう事だよ、どうしてお前がマフィアランドに居るんだ!!」 そう、綱吉が電話をしたのは、彼の元家庭教師で世間からも一目置かれている、リボーンだった。 彼は世界で7人しかいない「アルコバレーノ」という組織に所属してして、遥花の家とも交流が深く、時々身内に頼めない事を頼まれたりする。 そのリボーンがマフィアランドにいる事を何故綱吉が知ったのかというと、皆で昼食を食べた後、綱吉は念のためホテルの予約を確かめるべくマフィアランドのリゾートホテルに確認の電話をしていた。 そこで、受付員からマフィアランドにリボーンが来ている事を知らせられたのだった。 リボーンは世界的に有名なので、綱吉と師弟関係だという事はわりと幅広く知られているのだ。 「一体どういうつもりだリボーン。まさか…」 「ああ、そのまさかだ。オレは上から頼まれてお前等の見張りに来た」 「なッ……!!」 綱吉とは違い淡々とした口調で対応するリボーンに、綱吉は反射的に出た抗議の言葉をぐっと飲み込んだ。 そして少し焦ったように周りを見回して、今度は小声でリボーンに話しかけた。 「どういう事? 今回の件、ちゃんと許可は貰ってるんだけど」 「オレは念のための保険だろ。万が一、お前と遥花との間でマチガイが起きないようにっていうな」 「ハア? いくらなんでも、13歳の女の子に18歳の男が手ぇ出したら犯罪だろ…」 「だな。それに、オレはお前にそんな度胸があるとも思えねぇ」 「テメ……ッ!」 リボーンの言葉に呆れたように綱吉は言ったが、次にリボーンにからかい半分で言われた言葉に、顔を赤くして小さく怒鳴った。 きっと、相手は電話の向こうでニヤニヤと笑っている事だろう。 それを思うととてつもなくムカついたが、綱吉はぐっと堪え、また小声でリボーンに言った。 「じゃあ、ひょっとしてコロネロとかも?」 「ひょっとしなくても来てるぞ。 元からコロネロはマフィアランドの管理を任されているからな。ついでに言うと、ラルも来てるみてーだ」 「はぁっ!? ラルも!!?」 リボーンの発言に、綱吉は目を丸くして声を上げる。 どれもこれも、遥花の前では決して見せない表情だ。 「ま、何にせよ、遥花に手を出したりしたら大変な事になるぞ。せいぜい頑張って堪えるんだな」 「なっ何の話だよっ!! オイッ、リボーン!!!」 リボーンの挑発するような物言いに、堪らず綱吉は怒鳴り付ける。 が、すでに通話が切れていることに気づくと、疲れきったようにため息と共に肩を下げた。 恐らく、リボーンが言ったコトにウソは無い。彼は自分の利益になる事しかしないからだ。何時だって、自分にとって楽しい事、役に立つ事、苦労しない事しかやっていないだろう。 それは、元生徒だった自分が良く知っている。 もとより遥花に手を出すつもりなど毛頭ないが、奴にだけは彼女を逢わせないようにしよう。 そう堅く心に決めていると、休憩所のドアの影から遥花がひょっこり顔を出している事に気づいた。 「っ!? うわっ、えっ、遥花お嬢様っ!!?」 「ごめんなさい、驚かせて仕舞いましたね。………でも綱吉、一体誰とお話ししていたんですの?綱吉の声、廊下の端っこにまで聞こえていたのですが……」 「えっいえいえ、何でもありませんよ、遥花お嬢様」 怪訝そうな顔をする#namr#に、綱吉は必死にごまかしを入れながら、深く心に決めた。 “とにかく、絶対にリボーンに彼女を逢わせないようにしよう。色々とマズそうだ”と。 †おまけ† 「お嬢様、マフィアランドに全身マルマーニの黒スーツ着て黒いボルサリーノ被った男がいると思うんですけど、そいつには絶対係わりを持たないようにして下さい」 「………はい。解りましたけど、どうしてですか?」 「面倒なうえに悪影響を及ぼしますから、色々と」 「?」 加筆 2011.8.22 ← |