亜麻色のお嬢様 | ナノ


とある森の中を





イタリアのとある森の中を、2人の青年が走っていた。


1人は、太陽のような輝く金色の髪に、鳶色の瞳をした優男風の男で、いつもは頼もしさと同時にいたずらっ子そうな笑みを浮かべているが、今はどこか焦ったような顔をし、その頬には生暖かい汗が伝っていた。


一方、その横を走るもう1人の青年は、青年と称するにはまだ僅かにあどげなさを残していて、柔らかい飴色の髪と、くりくりとした大きな瞳が、彼をより幼く見せていた。
と、飴色の髪の青年が少し息を切らしながら、金髪の青年を見上げてどこか焦ったように言った。


「ディ、ディーノさん、遥花お嬢様と亜澄お嬢さんが、今何処にいるかわかりますか?」


金髪の青年――――ディーノは、ハッとしたように飴色の髪の青年の方を見ると、安心させるように微笑んで、機械マップのような物を見ながら言った。


「あーっと……いまんとこ、お嬢が遥花嬢をムリヤリ引っ張りながら、うちのSP共を蹴散らしてるってとこだな。大丈夫だってツナ。お嬢達はぜってー連れ戻すからよ」


ディーノがニカッと明るく笑い、飴色の髪の青年―――ツナもとい綱吉を元気付けるために、走りながらポンポンと背中を叩いた。
が、ツナはそんなディーノを恨めしそうに見つめながら、彼にしては珍しくぐちぐちと呟く。


「だいたい、元はといえば、ディーノさんが亜澄お嬢さんの誘いを無理矢理ごまかして断ったのが原因じゃないですか。
しっかりしてくださいよ、もう」


いつもに増して辛口な綱吉にズバッと言われ、ディーノはぐっと言葉につまり、途端に情けない顔をした。


「だってよぉ〜 、いつも意地はってばっかのあのお嬢が、頬赤らめてデートに誘って来たんだぜ? びっくりしてついごまかしちまったんだよ」

「そんなの、只の言い訳ですよ。そのたんびにうちのお嬢様巻き込まれちゃたまりません」


はあ、と走りながら大きく溜息をつく綱吉に、ディーノは申し訳なさそうに苦笑した。


「…………オレだってさ、ホントはお嬢ともっといろんなトコに行きてーよ…。でも、周囲の目もあるし。身分の差だって、分かりすぎてる程分かってる。お嬢は、春日財閥の大事な跡取りだしな。
それに、まだお嬢はほんの小さな女の子でしかない。今は…こうするしかないんだ」


少し憂いを帯びたように微笑むディーノに、綱吉は、自分がどうすれば良いのかわからず、先程とは打って変わって戸惑うような視線をディーノに向けた。

自分と同じ、絶対にあってはならない恋をする兄のようなこの男に。


「おっ、いたいた。悪いな、ちょっと遅くなっちまった」


そんな綱吉の心境を察したのか、ディーノはニッと笑って、茂みの向こうを指差した。


「…お、待ってたぜ、お二方」


そこには、亜澄の専属の執事兼執事長のディーノの右腕であるロマーリオが、いつものように渋く煙草を吹かしていた。











その頃、遥花は心配そうにしながらも、亜澄に手を引かれるまま走っていた。


「亜澄……大丈夫ですの…? 息が少し切れて……」

「っはぁ………っ。大丈夫だよ。ちょっとここの所あんまり寝てないだけから……」


そう言って、遥花を安心させるように微笑む亜澄だが、見るからに顔色が悪く、額からは脂汗が滲み出ていた。
一方、遥花も額から汗が出、顔色も悪かったが、亜澄の事を気遣うように顔を覗き込んでいた。


「…亜澄…………あっ! 亜澄っ! 前っ、前を見て下さいなっ!!」

「……え? 何言って…うあぁ!!?」


亜澄が疲れていたのと、背の高い草が生い茂っていたのが重なって、目の前に崖が迫っていた事に気づけなかった。


「うっうっ…………うわぁぁあぁぁあぁ!!!!!!」

「きゃぁあぁぁあぁぁぁ!!!!」


いきなりの事で2人共反応出来ず、まっすぐ崖の下に落ちてしまった。




「…………………う゛……あれ?」


遥花が目を醒ますと、視界いっぱいに深緑色が広がった。

落ちた衝撃のせいか、ズキズキと痛む頭を押さえながら起き上がると、遥か遠くに自分達が落ちたと窺える崖が見えた。


「……あ、そういえば、亜澄はどこでしょう?」


まだ頭が完全に覚醒していないらしく、遥花はぽやぽやとしたたままキョロキョロと辺りを見回して亜澄を捜していると、遥花の下から小さく呻くような声が聞こえた。


「…………?」

「遥花……重いよ……」

「へ……? ふわっ、亜澄っ…!? ………何やってるんですの?」

「……………あのねぇ」


よいしょと亜澄の上から自分の体を退かすと、不思議そうにキョトンとして軽く小首を傾げている遥花に、亜澄は仰向けのまま深い溜息をついた。


「まったく、いつまでたっても相変わらずだね、遥花は。(しかも、さっきの仕種めちゃくちゃ可愛かったし…)」

「? そういう亜澄こそ、あまのじゃくで強引なところなんかは昔とちっとも変わっていませんわ」


キョトンとしたまま直球で投げ付けられた言葉に、亜澄はグサッともろに衝撃を受けた。


「…う゛、うっさいなぁ…。にしても、これからどうする? さすがにあの崖を登るのは僕でもムリだよ?」

「亜澄が無理なら、もちろん私も無理ですわ。とりあえず………」

くぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ―――――…

遥花が次の言葉を話す前に、控えめだが、確実に亜澄の耳に届く程度の音が遥花の腹から聞こえて来た。


「っ!」


途端に遥花は顔を真っ赤にして慌ててお腹を押さえ亜澄の顔を窺ったが、案の定亜澄は面白いものを見つけたとばかりにニヤニヤと笑っていた。


「何? お腹がすいたのかい? 随分長かったけど」

「こっこれはっ、その、今日はまだ朝食を食べていませんでしたし、いっぱい走って更にお腹がすいてしまって…」


「へえ? なら仕方ないね。しょうがないから何か食べ物を…」


くぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ―――――…


「っ!!」


今度は亜澄のお腹の方から聞こえてきた音に、亜澄は顔を真っ赤にしてお腹を押さえた。


「……くぅ、ですか?」

「う゛っ」


亜澄はキッと顔を赤くしたまま睨んでいたが、遥花は堪えきれず、空腹の事も忘れて吹き出した。


「っはは、あははっ」

「わ、笑わないでくれないっ!? ぼ、僕だって朝ご飯途中までしか食べれなかったんだから、しょうがないでしょ……っ」


そう言ってふて腐れたようにそっぽを向く亜澄に、遥花はまた笑った。




加筆 2011.6.6