亜麻色のお嬢様 | ナノ


溜息をついた





「ツナさん!!!」


バンッ、と勢い良く扉を開けて入って来たのは、この屋敷のメイド、三浦ハルである。
いつも一人で騒がしくしている彼女だが、今日は何故か切羽詰まった様子なので、不思議に思った綱吉はやりかけの書類から眼を離した。


「どうかしたの、ハル?」

「はっはひっってそうじゃなくて、遥花ちゃ…お嬢様が居ないんです!」


緩く小首を傾げてとう綱吉にハルは少し顔を赤らめたが、ふるふると首を振って熱を飛ばすとそう言った(その際、遥花ちゃんと言おうとして、綱吉が微かに片眉を動かしかので、慌ててお嬢様と言い直した)。


「へぇ? またいつもの登校ぐずりの家出? なら、いつもの所にいるんじゃない?」

「それが、いつもの所にもいないの」


ハルの後ろから現れたのは、同じくこの屋敷のメイドをしている笹川京子だ。
今は肩まで伸ばした髪を一つに結んでいる。
その表情に、綱吉は冗談ではないと悟ると、真剣な顔をして椅子から立ち上がった。


「どうしたんだろ、屋敷とかは捜した?」

「全部隈なく捜しました! 大広間から蟻の巣穴まで!」

「いや、蟻の巣穴には居ないでしょ」


ハルの真剣なんだかふざけているんだか分からない台詞に、綱吉が苦笑していると、執事の獄寺隼人が駆け込んで来た。


「執事長! 先程、跳ね馬のヤツから春日亜澄がこちらに来ていないかと電話が来たようです!」

「え゛、亜澄お嬢さんが?」


その獄寺の言葉に、綱吉の頬がひくり、と引き攣った。


「てことは…「厄介な事になって来たね」って雲雀さん!? いつの間にここに!?」


扉の陰からいきなり出て来た雲雀に綱吉は驚いたが、雲雀はそれを無視して呟いた。


「また巻き込んだ見たいだよ、うちのお嬢様を」


雲雀の言葉に、そこに居る全員がまたかと溜息をついた。











一方その頃、遥花は半分引きずられる形で茂みの中を走っていた。
この茂みは遥花より背が高い草木が多いので、走る度にその艶やかな頬に傷を作る。


「はぁっ…あ、亜澄っ…。ちょっと、今日は、一体、何が、原因、なんです、の!?」

「うるさいよ、遥花には関係ない事だ」

「じゃあ、この手を、離して、下さいなっ」

「絶対ヤ」


遥花を半分無理矢理走らせているのは、先程使用人達の会話に出て来た春日亜澄だ。

優しそうな名前とは裏腹に、性格は男前で、身長もまだ13歳にもかかわらず158pと長身、なおかついつも肩まで伸びた髪を一つに結っているので、男に間違われることも多々ある。


そんな彼女が家出をする時は、決まって一人の男が関係していた。


「もうっ! アズミ、今回はディーノさんに何て言われたんですの!?」


引きずられるのに耐え切れなかった遥花が思い切って言うと、亜澄はぴたりと歩を止めた。
そしていきなり遥花の方を振り返ると、怒鳴る様に言い放った。


「だって! 春休みももう残り少ないから、二人でどっか出掛けようよって言った時、あいつ何て言ったと思う!? 「ガキにデートはまだ早いぜ」、だよ!?
あいつ、いつまで僕を子供扱いするつもりなんだよ! しかもそん時何気なく見せた白い歯にドキッとした自分もムカつくーっ!」


珍しく子供らしく地団駄を踏む亜澄に、遥花は苦笑した。

そう、亜澄は自分の専属の執事であるディーノが好きなのだが、当の彼には全くと言って良いほど相手にされなく、こうして時折遥花を巻き込んで家出をするのだ。


「…はあ、亜澄は何でいつもすぐに癇癪を起こしてしまいますの? それじゃ、子供だと言われても文句は言えませんわ。子供だと言われて怒るのは子供の証拠ですもの」


深くため息をついて飽き飽きとした様子で遥花がそう言うと、亜澄がうぐぐ…と唸った。


「……だって、僕だって頑張ったんだ…。いつも意地張っちゃうから、精一杯やったんだ…。
でも、やっぱりまともに扱って貰えなくて、癇癪起こして家出して……きっと、ディーノはもう僕になんか愛想尽かしちゃったよ。だから自分は捜さないで他の者に捜させてるんだ」

「………亜澄、でも」


亜澄が眼に涙を溜めながら悔しそうに言うのを、遥花が哀しそうに見ていると、不意に大きな声が聞こえて来た。


「居たぞ!! 遥花お嬢様も御一緒だ!」

「急いで連れ戻せ!!」


その言葉に亜澄は盛大に舌打ちをし、遥花は顔を真っ青にした直後、亜澄は素早く遥花の手を取り、ディーノ仕込みの鞭でSPを吹っ飛ばした。


「うざったいなぁ!! 僕を捕まえたいならディーノを連れてきなよ! どうせ僕に愛想でも尽かしたんだろ!?」

「ち、ちょっ、亜澄!? 待って下さ「どけぇぇぇえぇぇ!!!」亜澄っ!」


そう叫び鞭を振るい、道を作り走り出した。


「もぉ、疲れましたわ…綱吉ー…」


そんな遥花の声が、騒がしい森に弱々しく響いた。






加筆 2011.6.6