亜麻色のお嬢様 | ナノ


1人の少女



ダダダッと速足で歩く一人の少女が居た。
可愛く整った顔。背中まで伸びた緩くウェーブがかかった亜麻色の髪、黙って微笑んでいればたいていの男はコロッと落ちそうなその少女は、今物凄い形相だった。

少女は目的である扉の前まで来ると、勢いよく扉を開けた。


「綱吉!!!」


その部屋の真ん中にあるデスクの椅子に座り、びくりと肩を揺らした男こそ、少女が憤怒の形相でいる直接的原因の人物である。
優しげな顔立ち通り、少し気弱ではあるがとても優しく、少し伸びている髪の毛は、「髪を伸ばしたらきっと似合うのに」と少女が今とは違い天使のような笑顔で言ったため、頑張って伸ばしている最中である。


「ど、どうかしましたか? お嬢様」

「「どうかしましたか」、じゃありませんわ!! どうして私の専属の執事が貴方じゃなくて恭弥なんですの!!」

「いえ、だから、前々から言ってるじゃないですか。私は執事長ですから、専属の執事にはなれませんよって」


困った顔をして笑う綱吉とは対象的に、少女は膨れっ面のままだ。


「だってだって、綱吉は自分から専属の執事になるのを断ったってお父様から聞きましたわ。きっと、綱吉は私の事なんか嫌いなんですわ……っ!」

「え゛!?」


少女が膨れっ面のまま眼に涙をためると、綱吉は慌てて椅子から立ち上がり、少女に駆け寄ろうとすると、少女はひょい、と誰かに抱き上げられた。


「何、それって僕じゃ不満ってこと? 遥花」


ニヤリと妖艶に笑う雲雀に、少女―遥花が思わず顔を赤らめると、綱吉は内心ムッとした。


「気安く、お嬢様を抱き上げるのは止めてくれませんか、雲雀さん」


雲雀の腕の中の遥花を半分無理矢理取り上げると、自分の背に隠した。


「別に、僕が彼女を抱き上げようが何しようが、僕の勝手でしょ。君に指図される覚えはない。それとも、何かしちゃいけない理由があるわけ?」

「え!? あ、う…それは…」

「ないんなら、それを止める理由も無いんじゃない?」


顔を真っ赤にしてオロオロする綱吉を見て、遥花はにっこり笑うと、綱吉の背中から顔を出した。


「作戦大成功ですわ、恭弥!」

「うん」


雲雀はそう言うと、他の者には絶対向けないであろう優しげな顔をして、腰の辺りに抱き着いている遥花の頭を撫でた。


「綱吉が専属の執事になってくれなかったのはそれなりに不満ですが、恭弥も大好きですから気にしませんわ! それに…」


遥花は唖然とした顔をしている綱吉をチラリと盗み見ると、またクスクス笑った。


「綱吉の面白い反応も見れましたし、大満足ですわ」

「お嬢様ぁ〜」


雲雀にくっついてクスクス笑っている遥花に、綱吉は情けない声を出した。


「さ、遊びはこれくらいにして、部屋へ戻ろう。今日はバイオリンと歌、礼儀作法のレッスンがあるから」

「分かっていますわ。お昼休みには骸とクロームが診察に来るんでしょう?」


雲雀とにこやかに笑いながら部屋を出て行こうとする遥花を綱吉が黙って見送っていると、不意に遥花がくるっと綱吉を振り返った。


「綱吉」

「………はい」


面白くなさそうな顔をしている綱吉を気にせず遥花はにっこりと可憐な笑顔を向けた。


「一番好きなのは、綱吉ですからね?」

「へ、」


そう言って固まっている綱吉に、遥花は「では、ごきげんよう」と付け足し、雲雀と手を繋いで軽やかな足取りで部屋を出て行った。


「うわぁ…」


綱吉は誰にゆうでもなくそう呟くと、椅子に座り直すと、デスクに突っ伏した。


「何やってんだ、ダメツナ」

「うるさいよ…」


音も気配もなく現れた元家庭教師に、綱吉は力無く答えた。


「なかなかやるな、「お前の」お嬢様は。おっと、今は「雲雀の」だったな」


わざとらしく「お前の」と「雲雀の」を強調して言う彼を睨みつけながら、綱吉はぼそぼそと呟いた。


「良いんだよ…。これ以上近くに居たら、抑え切れないだろ……」


そう言って少し顔を上げた綱吉の顔は、真っ赤だった。


「ちっくしょ……あのクソガキめ…」


そう綱吉が呟いていたのを、遥花は知らない。




加筆 2011.8.21