亜麻色のお嬢様 | ナノ


一難去ってまた一難(訪問編)





深い深い森の奥深く。
月の光が辛うじて届くようなその空間に、天高くそびえ立つ屋敷……否、城があった。
その城のとある大広間に、1人の男を先頭に、長机に7人の人間が座っていた。
そのうち6人は、自分達のボスである先頭に座っている男を見つめ、今か今かと指示を待っていた。
――――――と、その7人のうち1人の男が、この沈黙に耐えられないというように、大声を上げた。
というか、彼の発する音はいつも大音量だ。


「う゛お゛お゛お゛お゛い゛!!! ボスさんよぉ゛、オレ達をこの大広間に突然呼び出しやがってぇ、一体何のようだぁ?」

「うるせぇ」


男…というよりかは青年と言う方が相応しい背格好をした人物が、白銀の髪をなびかせて己のボスにそう言うが、その声を掛けられた――黒髪に赤眼、顔に沢山の傷があり、こちらも青年と呼べる背格好をした――彼は白銀の青年の発した声の音量と内容に不快気に眉を寄せると、手近にあったウォッカの入ったグラスを投げ付けた。


「ぐあ゛っ!!テメェ、何しやがる!!」

「しししっ、なーにやってんだよカスザメ。だっせー」


頭にウォッカがクリーンヒットし、頭をウォッカまみれにした白銀の青年を、その隣に座っていた金髪青年が嘲笑った。


「ああ゛ん? うっせーぞ、ベルッ!!」

「うっせーのはテメーだっつの」


ウォッカを浴びてしまった白銀の青年が隣の金髪の青年は笑ってそれを受け流した。
このベルと呼ばれた金髪の青年は、本名をベルフェゴールと言い、この薄暗い大広間でもキラキラと輝く金髪を持ち、瞳が全て隠れてしまう程長く前髪を伸ばしている。
彼は王族の血もひいており、彼の頭の上にはいつもティアラが乗っている。
白銀の青年の名はスペルビ・スクアーロ。彼はボスの右腕的存在で、6人の中で1番酷い扱いを受けているが、ボスの1番の理解者でもある。
特徴は腰にまで届く綺麗な白銀のストレートヘアと、バカデカイ声だ。
ちなみに、スクアーロとはイタリア語で鮫という意味だ。


「んもーうっ! ベルちゃんもスクも、喧嘩しないのっ。ボスが更に怒っちゃうでしょー?」


睨み合う2人を止めたのは、口調だけなら女性と思える、ガタイの良いスキンヘッドの男だった。
彼の名はルッスーリアと言い、世間一般で言うオカマである。
彼は趣味でムエタイをやっており、ノースリーブから覗く盛り上がった腕の筋肉から、彼がどれ程の実力者なのかが伺える。
2人はルッスーリアの言葉にあからさまにビクつくと、2人揃ってそろりとボスに視線を寄越し、彼がたいして怒っていないのを見て安堵し、ほっとしたように息を吐いた。


「どうでも良いけど、金はでるのかい? ボス。ボクは金の出ない仕事はやらないよ」


ルッスーリアの言葉により少し複雑な雰囲気になった所で、とことんその空気を無視した発言をする少し低めその声がした方をボスを除き全員が向くと、当の本人はその華奢な両手を組みその上に顎を乗せ、面倒くさそうにとろりとした眠たそうな丸い目を細めた。


「何だい、欝陶しい。僕はこのシケた空気を取っ払っただけでしょ。あんまりジッと見てると慰謝料請求するよ」


そう言ってふんと全員を見てそっぽを向いたのは、自身の小さな顔を目元までおおってしまいそうな程大きなフードがついた暗い藍色のコートを着た、13〜4歳程の少女だった。
彼女の名はマーモン、真名をバイパーという。
金にがめつく貪欲で、いつも勘定ばかりしていておまけに依頼料がとても高いのだが、それ相応の金額を払えば、それにお釣りが来る程優秀な諜報員として機能した。


「………で、どうするんだいボス。出すの、出さないの?」

「それについては後で話す。今は黙ってろ」


己のボスの地を這う様な低い声に、バイパーは今は言う時では無いと判断し、大人しく口をつぐんだ。


「っていうかー、ほんとに何でミー達突然呼び出されたんですかー?ミー的にはとっとと終わらせて“め●かB●X”読みたいんですけどー」


と、大人しく口をつぐんだバイパーと入れ代わる様に、大きなカエルのかぶりものを被った少年が気だるげに言った。

それに対して向かいに座っていた男――青年というか成年。というかヒゲが中途半端に伸びたオッサン――がいきり立って文句をつけたが、カエルの被り物を被った少年は、さっきとは違いのんびりとした口調ながらも男に鋭く言い返した。
被り物を被った少年の名はフラン。カエルの被り物は勿論、被り物から覗くエメラルドの髪と瞳、その下に施してあるバイパーと似たメイクが印象的だ。
その少年を怒鳴り付けた男はレヴィ・ア・タン。
彼はこの中で最年長だが、他の綺麗に整った顔をしている6人とは違い、この男だけは並より下…というか、少々気持ち悪い顔をしていた。


「うるっせぇぞぉ゛ビール腹ぁっ!!!」

「なっ、き、貴様っ、オレが気にしている事をッ!!」

「どっちも煩いよ。いい加減黙らないと慰謝料請求するよ」


スクアーロとレヴィの口論が引き金となり、他の3人も好き勝手に話し始めた。
もう当初の目的など宇宙の彼方へとっくに飛んで行っている。
だが、彼等のボスがそれを許すはずもなく、彼の怒りを表すかの様に長机に乗っている燭台が宙に浮く程拳を強く長机に叩きこんだ。
それにより、今まで散々ワイワイと騒いでいた6人は全員同時にピタリと黙り、一様にそうっと彼の顔色を伺った。

―――あ、マズイ―――

彼の顔を見た途端、6人の思考が見事にシンクロした。「あ、これもうオレ等死ぬんじゃね?」と。
だが、彼等の予想を裏切り、彼等のボスは顔を俯かせ、拳をふるわせていた。


「…………………あの餓鬼……、オレにろくに窺いもせずに、勝手に決めやがって………」


彼の低く唸るように言った言葉に、6人中4人は一体何の事かと不思議そうに首を捻った。
その中で、スクアーロとバイパーだけは、ああまたかという顔になった。

普段は自分達以外の前ではけして出さない程の怒りを表している我等がボス。
こうなる理由は、長年の付き合い故か手に取るように解る。
きっと、またイタリアの首都に在住している小さく可憐な1人の少女が原因なのだろう。
その少女の特徴的な亜麻色の柔らかい質をした髪と無邪気な笑顔を思い出し、2人は同時に溜め息をついた。
今回もきっと、彼女が悪い訳ではないのだ、彼女には何の罪も無い。


「…………イタリアの本邸に発つ。カスザメ、今すぐジェットを用意しろ」

「…………………………………si」


ギロリと強烈な眼力で睨まれながらも、スクアーロは(珍しく)黙って返事をし、黒く薄いケータイを取り出した。

まがりなりにも、自分が信じ、ついて来ようと思った男である。
いくら我が儘で横暴で傍若無人であっても、それなりに誠意を持って接しなければなるまい。
―――――そう、例え、珍しく素直な態度で己の言う事を聞いた事さえイラついたボスに、今度はウィスキーをボトルごと顔面に投げ付けられ、見事にクリティカルヒットしたとしても。…………………………だ。











「っはぁー――――!!?
新学期になったら、日本に行って並中に通うって……えっ、マジですか!? お嬢様っ!!」

「ええ、マジですよ? 3学期に入った時から、亜澄とずーっと一緒に考えてたんです」


所変わって、遥花達のいる、イタリアの明るい日のさす森の中。その中にある巨大な屋敷に、綱吉の大きな叫びが響き渡った。
その訳は、今から約1分前。
遥花とその使用人、+亜澄とディーノを交えてブランチを食べていると、もぐもぐとスコーンを食しながら、遥花がなんて事無いような口ぶりで言ったのだ。
「あ、新学期ジャッポーネの並森中学校に転入する事になりましたから、今日中に荷物を纏めておいて下さいね」、と。
それから、あの綱吉の叫び声に繋がる。


「そ、そ、そ、そんな「デパートに行くから支度してね」みたいに気安く言わないで下さい!!」

「そんなに気安くも無いのですよ? さっきも言った様に、この話は3学期に入った時からずっと亜澄と考えていた事なんですから」

「だからっ、その考えに私も交ぜて下さいよ!!」

「バッカじゃないの? ムリに決まってるでしょ」


大切な事を自分に一切説明してくれなかった遥花にショックを受けた綱吉が抗議すると、今まで黙ってアッサムティーを飲んでいた亜澄が口をはさんだ。


「君にこの話をした所で、反対は必至。
それなら、親とかに全て話して、もう後戻り出来ない所でカミングアウトした方が利口ってもんでしょ。
まあその代わり、口が堅くて口煩くない奴らには、ちゃんと話してあるよ」

「えっ!!?」


亜澄の淡々とした話の中に入っていた聞き捨てならない言葉に綱吉が後ろを振り向くと、骸とクロームと雲雀がちょいと手を挙げていた。


「僕等はちゃんと知ってましたよ」

「………(コクコク)」

「うそぉ!? じ、じゃあ何で何にも教えてくれなかったんだよ!!」

「教えてくれ、なんて一言も言われませんでしたしね。ねぇクローム?」

「君に教えて、僕に何のメリットがあるっていうの」

「(ですよねぇー―――――!!!)」


それぞれ別々の反応、だが皆一様に秘密にしていた事に、綱吉は心の中で妙に納得しながら膝をついた。
BGMにベートーベンのあの曲がつきそうである。


「というか、もう私の父と亜澄のご両親には許可を取ってありますから。
残念でしたね、綱吉?」


ガックリと床に膝をついた綱吉の直ぐ側にしゃがみ込み、彼の顔を覗き込んでちょっぴり悪戯っぽく笑う遥花。
その小さな桃の花の様な可愛らしい笑顔に、綱吉は不覚にもちょっと…いやかなりときめいた。


「…………解りました、もう良いですよ。何処へだってお供しますよ、お嬢様」

「ふふふっ。宜しい、ですわっ」


綱吉が諦め半分、開き直り半分で言うと、遥花は楽しそうに言って笑った。
その純粋無垢さ100%の笑顔に、綱吉はとことん弱いのだ。
そんな顔をされて、綱吉がもうぐちぐちと彼女に文句を言える筈もなく、結局綱吉は苦笑いで赦してしまった。


「執事長っ!!」


転入の問題が一先ずかたずいた所で、隼人がバタバタと慌ただしく大広間に入って来た。


「何? どうしたの隼人。今ちょっと取り込み中なんだけど」

「うっわぁ状況が全然理解出来ない!!」


隼人が大広間に入ると、何故かお互い床に膝立ち抱き合っている遥花と綱吉が目に入った。


「気にしないで獄寺君。ツっくんと遥花ちゃん、お互いの仕種にきゅんってなっちゃったんだって」

「ジャマするなんてヤボってもんですよ、獄寺さんっ!」


ティーカップに濃い琥珀色をしたアッサムティーを注ぎながらニコニコと微笑む京子と、バッシーン! と隼人の肩を叩いて笑うハルにそう言われ、隼人は訳が解らないまま曖昧に頷いた。


「えっ……と。た、大変です執事長!」

「うん、なあにー」

「XANXUSが…ヴァリアーここに向かっていると………!!」

「は?」


軽く咳ばらいをして再び切羽詰まった雰囲気を出しながら隼人が言うと、綱吉は遥花を抱きしめながらポカンとして目を点にした。


「は…え? XAN…え、は、何で?」

「執事長、落ち着いて下さい。先程スペルビ・スクアーロから電話がありまして、あと1時間もすれば到着すると」

「ええぇ〜? ちょ、ホント何で〜!?」

「多分、私があの方に何の相談も無しにジャッポーネ行きを決めたからじゃないでしょうか」


あわあわと慌てる綱吉に答えるようにそう言うと、綱吉はギョッとして遥花に言った。


「え゛っ、そ、それはマズいですよお嬢様。
あの人意外とスネ易いんですから。扱いには細心の注意を払わなきゃ……」

「別にあんなのどうだって良いでしょ。
遥花は僕にだって何も言わずに、正式に報告されたのだって昨日の昼頃だったし」

「あんたも何さりげなくスネてんだ!
っていうか、雲雀さんだって知ったのつい最近ってコトじゃないですか!! あとちゃんと遥花“お嬢様”って呼んで下さい!!」


ああ…とこれから起こるであろう事に頭を痛めている綱吉をよそに、腕を組みそっぽを向いて拗ねる雲雀に綱吉は思わず敬語も忘れてつっこんだ。


「………ごめんなさい綱吉。私の、せいですよね……」

「そんな……お嬢様は何も悪くありませんよ。
あの人がちょっと、人より短気でキレやすくって横暴でヤキモキ妬きで子供なだけです」


何だかちょっとやつれている綱吉を見て、怖ず怖ずと申し訳なさそうに謝る遥花を見て、綱吉は物凄く癒されながら優しく遥花を慰めた。
その慰めが、さりげなく全責任はXANXUSにあると言っているのだが、天然な遥花は気づいていない。というか、綱吉自身を無自覚だ。


「……………って、あれ、隼人お嬢様の日本行きの事知ってたっけ」

「えっ、遥花お嬢様の転入の件ですか? それなら、遥花お嬢様に何回か相談を受けていたので知っていますよ」


ふと思い出した綱吉が隼人に尋ねると、隼人はさも当然の様にそう答えた。


「うちの両親と遥花の親を説得してくれたのも彼だしね」


更に亜澄が小さくそう付け足した後、隼人に「え、もしかして執事長知らなかったんですか?」と言いたげな視線を向けられて、綱吉は何だか泣きたくなってきた。


「(何でオレにだけ教えてくれなかったんだよー!)うわーん隼人のバカァー―――!!!」

「ええぇっ!? なっ、何でですか執事長!?」


ガシッと隼人の肩を掴んで涙声で叫ぶ綱吉に、隼人は訳が解らず困惑した顔をした。
というか、綱吉のは完全な八つ当たりだ。


「何子供みたいな事してるんですか沢田 綱吉。いい年した男が情けない」

「うるさいやい! だって遥花お嬢様、オレには何にも言ってくれないんだもん!!」

「子供ですか貴方は」

「うるせー――!」


遥花よりもよっぽど子供らしく拗ねる綱吉。
それを呆れた様に綱吉を諌めていた骸は、ちょっと意地悪げにほくそ笑んだ。


「ちなみに、他の使用人も全員知っていたみたいですよ。貴方以外全員」

「うわーん!!」


骸がニヤリと笑いわざわざ綱吉以外という事を強調して言うと、綱吉は更にガーンとショックを受けた。


「つっ、綱吉、落ち着いて下さいっ」


遥花にどうどうと諌められて、綱吉は涙目ながら弱々しく微笑んだ。
それを見て、遥花はホッとしたように息を吐く。
とりあえず綱吉は一通り騒いで落ち着いたのか、照れ笑いして遥花にすまなそうに謝った。


「遥花、今はそいつの事は置いといて、来客の事を先に考えた方が良いよ」

「あ、はい。そうですね」


亜澄に促され、遥花もそれに同意してコクリと頷いた。
―――と、その時、ジリリリリと屋敷内用の電話が鳴った。
普段、この屋敷でその電話が使われる事など滅多にない。
不思議に思いながらも、電話に1番近い位置にいた遥花が、受話器を取った。


「はい。どなたですか………?」

〔おっ、遥花っ……お嬢様! 山本っす。なぁ、1つ質問して良い?〕

「あ、はい。良いですよ?」

〔今日ってヴァリアー来る予定あったか? 今スクアーロ達とすれ違ったんだけど〕

「…………え、スクアーロさん達と?」


さっきあと1時間はかかると言っていたのに、早過ぎやしないか。
そう思いながら遥花が山本に聞き返すと、後ろが僅かにざわついた。


〔おう。遥花何処にいるーって聞かれたから、大広間にいるって答えたんだけど……マズかった?〕


電話口の向こうの遥花の雰囲気を感じ取ったのか、山本が不安げに聞いてくる。
だけど、遥花はそれに答えず苦笑した。

“嵐が来ます”

只一言そう言った遥花に、山本は不思議そうに首を傾げた。





加筆 2011.8.23